銃を持たない人は裸で歩いてる人より少ない世界   作:こまつな

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075 阿慈谷ヒフミ

 補習授業部、最終日。

 彼女たちの進退を賭けた最後のテストが始まるまで幾ばくも無く、旧校舎の一室は緊張に包まれていた。

 

 前日に行った模擬テストでは一応全員が合格ラインを突破することは出来ていた。

 けれど本番の緊張感と、後がない最終テストという状況で、普段通りのパフォーマンスを発揮出来るかは疑わしい。

 

 補習授業部という出会いがあったことを幸運だったのだと考えているのはみんな同じだ。

 けれど補習授業を受けているいうこと自体は改めないといけないことであるし、不合格の末にはよろしくない通知が突き付けられるのも想像に難くない。

 

「アズサちゃん、どうかしたんですか? さっきから外の様子を気にしてますけど……」

 

 それに加えて、アズサの様子がおかしかった。

 落ち着かない様子でしきりに窓の外に視線を向け、今にも教室を飛び出していきそうな雰囲気を湛えている。

 

「……いや、なんでもない」

「もうっ! なんでもないようには見えないわよ! テストが不安なのは、その、私もだけど……」

 

 ここまで全て合格点を獲得出来ているヒフミとハナコはまだ大丈夫だろう。

 けれど、前回のテストでギリギリの合格だったアズサも、ギリギリで不合格だったコハルも不安は拭えない。

 

 彼女の纏う空気が変わったのは、以前通っていたという学園から友人が訪ねてきてからのことだ。

 

 トリニティの物価を知らなかったのか宿を取る余裕もなかったらしく、旧校舎の空き教室で一泊していった少女たち。

 D.U.方面に用事があるとのことで一晩で去っていったけれど、補習授業中というアズサの現状をからかおうとして、逆に学力で大差を付けられていることに気付いて絶望の表情を浮かべていたのは記憶に新しい。

 

「はい、皆さん席に着いてくださいませ。答案用紙を配りますわ」

 

 不安に揺れるメンバーを他所に、講師役である補習授業部唯一の三年生がプリントを抱えて入室してくる。

 

「それでは皆さんの合宿の成果をテストにぶつけてくださいませ。もし不合格になってしまった場合は……口にするのは野暮ですわね」

 

 実際にどうなるのかを聞いているのは部長のヒフミだけ。

 他人事ではないコハルは何度か尋ねているが、あははと濁されてしまっている。

 

「それと、大切なことなのでお伝えしておきます」

 

 解答用紙を各自で受け取り、緊張の面持ちで開始を待つばかりのはずなのに。

 

「例え銃声が聞こえても、爆発音が響いても……何があってもテスト終了まで教室から出ないように。まあ、流石に教室内まで攻め込まれた場合はその限りではありませんが」

 

「え?」

「へ?」

「あら」

「……っ! それは……!」

 

 なんでもないかのように告げられた言葉は、学力テストとは大きくかけ離れたものだった。

 

「特にアズサさんが不安を感じていらっしゃるようなので明言しておきましょう。本日はエデン条約という連邦生徒会主導の条約の調印式が御座います。そして、テロリストがそれを襲撃するだろうという情報も、ティーパーティーは既に把握しております」

 

 防災訓練の注意事項でも告げるかのように、淡々と。

 

「ですが、皆さんには特に関係がありませんわ。襲撃が起きるにしても式典会場が中心でしょうし、多少騒がしくなるかもしれないとだけ心に留めておいてください」

 

 自分たちが気にするようなことではないと、他人事のように振舞うのは彼女の本心なのだろうか。

 

「わたくしは所用で席を外しますが……ヒフミさん、部長として、皆さんをよろしくお願いします」

「はっ……はい!」

 

 足早に消えていく翼の生えた背を見送ると、沈黙の重苦しさは色を変えていた。

 ちくたくと時を刻む音が教室の中に響く。

 

 そして。

 

 劈くような轟音が大気を振るわせる。

 

 曇天に咲いた灰の華は、尋常ではないことが始まってしまった証左で。

 

「待ってください!」

 

 武器を取り駆け出そうとしたアズサを、ヒフミは反射的に呼び止めていた。

 

「……止めないでヒフミ。こうなったのは、きっと私にも原因がある」

「いいえ、止めます。私たちは補習授業部ですから、皆でテストを受けて、合格をしましょう」

「そんなことを言っている場合じゃないんだ!」

「そんなことを言っている場合なんです。……信じていますから」

 

 アズサが夜な夜な抜け出して何かをしていたのはハナコから聞いていた。

 前の学園のお友達とのやりとりで、複雑な事情を抱えているのもなんとなく察していた。

 

「私は、何の特徴もない普通の生徒です。アズサちゃんみたいに戦うことも出来なければ、ハナコちゃんみたいに頭もよくありません。コハルちゃんみたいな向上心もないですし、エルマさんみたいに政治に強くもありません」

 

 それは決して自虐ではない。

 自分より優れた人が居るという信頼と、他者の優れた部分を見つけられるという自信。

 

「でも、好きなものを好きだということに関しては、ちょっとした自負があるんです」

 

 モモフレンズについて、ペロロについて語るときのように。

 ヒフミの目にはこの上ない力が篭っていた。

 

「アズサちゃんのことが大好きです。ハナコちゃんのことも、コハルちゃんのことも。エルマさんのことも……補習授業部の皆が大好きです」

 

 恥ずかしげもなく、臆面もなく、聴いているほうが恥ずかしくなるほどに、高らかに好意を宣言する。

 

「それに、ナギサ様なら何とかしてくれると信じています。正義実現委員会が護ってくれると信じています。そんなトリニティ総合学園が、私は大好きなんです」

 

 スピーカーからは運動会で使われるような軽やかな音楽が流れ始めた。

 そして実況の席に座っていたのは、所用があると去っていった件の先輩の声。

 

「これ、は……」

「あはは……こ、これは、ちょっと予想していませんでしたけど……」

 

 気まずそうに頬をかく普通の生徒には政治屋たちの思惑はあまり理解出来ていない。

 何が起こっているかわからないコハルも目を白黒させているが、一瞬で察したハナコに諭されて席に着いたまま、二人に視線を向けている。

 

「私たちが学園に通っているのは、きっと青春をするためなんです」

 

 好きなものを好きだと言うことが得意なだけの普通の少女。

 どこにでも居る何の変哲もないひとりの生徒は、それでいいんだと胸を張る。

 

「合格したらみんなで海に行きましょう。お休みの日にはショッピングにも行きたいです。アズサちゃんのお友達も誘って、一緒に遊びましょう」

「……そんな簡単なことじゃない。ヒフミはアリウスのことを、何も、知らないじゃないか……」

「そうかもしれません。でも、きっと簡単ですよ? ほら!」

 

 ぎゅっと抱きつき、手を握る。

 

「アズサちゃんとはお友達になれましたから!」

 

 至近距離から見詰め合えば、互いの瞳に自分自身の姿が映し出された。

 

「今ここには、ティーパーティーにも、正義実現委員会にも出来ないことが……私達補習授業部にしか出来ないことがあるんです」

 

 音楽に紛れてチャイムが鳴る。

 

 キンコンカンコンという当たり前で、定番で。

 学園という青春の舞台に相応しいゴングが鳴り響く。

 

「おっとっと……ほらアズサちゃん、テスト開始です。いつまでも立っていたらダメですよ?」

 

 補習授業部は全員そろって席に着く。

 自分たちにしか出来ないことをするために。

 

「……ヒフミは、強いな」

「あはは……そんなことありませんよ。私はどこにでもいる、何の特徴もない普通の生徒なんですから」

 

 信じることにかけては誰にも負けない、普通の生徒は照れたように笑う。

 

 学力テストに合格して、この事件を、ただの青春の一幕にするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それはそれとしてエルマのことは信じ過ぎないほうがいいと思う」

「えっ?」

「そうですね。彼女とは一定の距離を置いて表面上の付き合いに留めるべきかと」

「えっ!?」

「ちょっとハナコ!? 先輩は悪い人じゃないって、誤解は解けたんじゃなかったの!?」

「ええ、まあ、はい。ちゃんと誤解は解けたんです、誤解は……」

「……ハナコ、あとで相談に乗ってくれるか?」

「……もちろんです。お二人は絶対に魔の手から守り通さなければなりませんから」

「えぇっ!?」

 

 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りもまた、よくある青春の一幕なのである。

 

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