「……流石に巡航ミサイルは予想していませんでしたわね。ゲヘナの対空防護には感謝しなければなりませんか」
トリニティ旧校舎の一角に、自費で用意した放送機器が詰め込まれていた。
規模としてはちょっとした旅行鞄に丸ごと入ってしまうような質素な物。
ただし総じてミレニアム製であり、技術のあるものが扱えばトリニティの電子防御をすり抜けることさえ可能なハイスペックな機材。
不安そうな顔でセッティングを続けているのはミレニアムの制服に身を包んだ、地味な生徒。
「アノ……ホントニヤルノ……?」
機材の調達を任された科学都市からの来客は、自信なさげにぼそぼそと言葉を漏らす。
「これでも先輩ですので。頼ってくれた下級生には、ちょっと格好を付けたいと思ってしまうのですよ」
未だ黒煙の晴れない曇天の空を眺めながら、金糸を靡かせたお嬢様は穏やかな笑みに乗せて苦笑を零す。
全域に響き渡るような爆発音を合図に攻撃が始まっているのか、そこかしこから銃声が響き始めている。
「つーかあたしは割と平気だけど、お嬢はどうなの? こんなことやらかしたら絶対タダじゃすまないでしょ」
その部屋にはゲヘナの制服――
条約の関係もあり、ゲヘナからの来客があること自体は不自然ではない。
しかし、表向きは使用されておらず、現在は補習授業部が最終テストを受けている建物に訪れているというのは、流石に眉をしかめられる行いといえるだろう。
「別にどうということはありませんわ。わたくしを糾弾するのであれば、テロを未然に防げなかった自らの失態を晒し上げることになりますもの。連邦生徒会の目もある以上、表立っての処罰など出来ないでしょう」
「まあイッチが防衛室のお偉いさんだったのはマジで笑ったけど」
ここには居ない白髪の生徒の姿が面々の脳裏に浮かぶ。
ただしイメージ映像は連邦生徒会の白を基調とした制服姿ではなく、お尻のホクロがチャーミングな透き通るような全裸である。
むしろそっちしか記憶に残っていないのは日々のやり取りの成果でしかない。
そりゃ警備情報もまるっと手に入るだろうと嫌な納得が浮かんだのも記憶に新しい。
「まあ、もし何かあったら交換留学という名の島流しにでも名乗りを上げますわ。条約が締結されたのなら、両校の交友を深める試みはそう簡単に拒絶することは出来ませんから」
「正直お嬢ならゲヘナでも十分やっていけると思う」
「喧嘩なら買いますわよ???」
「あ、そういうとこはちゃんとトリニティしてんのね」
けらけらくすくすと笑い声を返す二色の翼が交わるのは、ある意味でエデン条約の先に求められている姿なのだろう。
だがここに居るのは、御淑やかなどという形容の似合う少女ではない。
目的のためなら校則どころか常識や倫理観、果ては身に纏う衣服さえ投げ捨てることを厭わない、歴とした犯罪者たち。
「さて」
ここから先は時間との勝負だ。
「殴ってくるのならこちらも殴り返して差し上げましょう。ただし、トリニティのやり方で対応させていただきますが」
式典会場に、トリニティに、ゲヘナに、混乱が広がる前に混沌を叩きつけなければならないのだから。
キヴォトスに散らばる無数の学園にはそれぞれ特色がある。
秩序と規律を重んじるトリニティ。
自由と混沌の世界であるゲヘナ。
科学と成果を積み上げたミレニアム。
ではここに、平均より上、最上位には届かないまでも各校基準でもそれなりに優秀な生徒が居るとして。
トリニティの優秀な生徒の政治調整能力はゲヘナやミレニアムではどの程度の水準なのか。
ゲヘナの優秀な生徒の法を省みない発想力はトリニティやミレニアムではどの程度の水準なのか。
ミレニアムの優秀な生徒の電子戦能力はゲヘナやトリニティではどの程度の水準なのか。
その答えがここにある。
ゲヘナの水準では最高権力者を凌ぐトリニティの政治屋が事前準備を整え。
トリニティの水準では最上位さえ欺くミレニアムのハッカーが校内放送を掌握し。
ミレニアムでもトリニティでも笑い話では済まない一般ゲヘナ生の日常を実行する。
片手で持ち運べるサイズのノートパソコンがトリニティ総合学園のセキュリティをあっさりとすり抜け、校内放送のスピーカーから軽快な音楽が流れ始める。
『あー、始まりましたエデン条約記念捕り物大会。実況はあたし、議長からなんか出し物考えとけと無茶振りされた木っ端議員、
『同じく上からレクリエーションの企画を任されました、
これはつまりそういうこと。
保身だけは完璧な、後始末など何も考えていない部外者による、
アリウス分派の襲撃を、よくあるイベントに貶めるための馬鹿騒ぎ。
襲撃なんてよくある面白イベントじゃんというゲヘナ生の素直な感想を。
じゃあそれでいいかとトリニティ生が雑に採用して下準備を整え。
ちょっとえっちな自撮りを身バレしないようにネットに掲載する為に無駄に高度なハッキング技術を習得したミレニアム生の協力の下、実行に移したのである。
ミサイルの着弾が防がれたのであれば、彼女たちが何の行動も起こさなくても事態は沈静化するだろう。
両校の首脳陣も最高戦力も健在であり、意思決定にも武力行使にもなんら問題は起こらない。
全く被害が出ないというわけではないだろうが、何事もなければ襲撃事件は無事に終わりを告げるはずだ。
――アリウス分派という【
彼女たちがやっていることは校内放送のジャックと台本を仕立てた生放送。
襲撃に加担もしていなければ防衛側を支援しているわけでもない、むしろ両方から狙われる可能性すらある第三勢力。
それほどのリスクを負ってまで、少女たちは、これが襲撃ではなくイベントであると誤認させるためだけに行動を起こしている。
夏日星エルマがこんな無茶を通そうとしている理由は、ただひとつ。
――アズサに警戒され過ぎて身の上話を全っ然聞けなかったからである。
とりあえずこの間の事件で3人は友人が居ることは確定している。
しかし友人知人が、どんな子で、どの部隊に所属しているのか。
そして恩人が、家族が……彼女が苦楽を共にした、無事であって欲しいと願う相手がアリウスにどれだけ居るのか。
そういったことは何も教えてもらえなかったのだ。
なので救えるだけ救い上げておいてその中に入ってればいいなぁという雑な手しか用意できなかったのである。
そんなくだらなくも見栄とプライドをかけた目的のために、彼女は仲間たちを巻き込んで全力を賭している。
アリウス分派がどんな意図を持ってテロを仕掛けているのかはもはや関係がないし、知ったことではない。
声高に叫ばれたところで口元を隠してくすくすと笑い声を返せばいい。
上層部は混乱に包まれるだろうが、現場は逆だ。
恐ろしい襲撃者から学園を護るのではなく、多少被害は出てもイベントなら大丈夫だよねという、いい意味で力の抜けた対応に走るだろう。
そして何より、この放送で全ての一般生徒が防衛側の戦力として加算された。
なんなら騒ぎを聞きつけて銃を片手に遊びに来るまであるのがキヴォトス民である。
そうなってしまえば上層部も容認せざるを得ない。
彼女たちを糾弾するということは、これがイベントではなく本物の襲撃であると世間に公表するに等しい。
仮に真実をぶちまけるのであれば、どの勢力も襲撃を防げなかったものとして政治的に、社会的に多大なダメージを追うだろう。
ここはキヴォトス、青春と暴動の世界。
だからこそ、たかが大規模な暴動なんて、彼女達にとっては青春の一ページに過ぎないのだから。