ラブコメに女装は必要ですか? 作:その日見た空は赤かった
翌々日の登校日。日付は4月15日。
俺は平時と同じように教室に登校すると、早速友人である紺野に絡まれた。
「おはようところで告白したって聞いたけどよ、な、どうだった?」
金色に染まった短髪をウルフカットにして、チャラさに極振りしているこの男は
紺野とは高校一年生の頃からクラスメイトで、高校二年になっても運良く同じクラスだった。苗字のイニシャルが「そ」と「こ」だから名前順だと席が近く、それ起因で話すようになって、以来は特記することもない平凡な友人関係を築き上げている。
ただコミュニケーション能力がちょっと低いのは友人ながら気になる点だ。今だってずけずけと衆目のある中で俺の恋愛状況を聞いているわけだし。この部分さえなければ今頃クラス内カースト最上位で胡坐を掻けただろうに。
「振られたよ、フツーにさ」
素直に答えると、同情するように紺野は俺の肩に手を置いた。
「ああー……それはまた何と言うか、ドンマイだな。だがその経験がお前をまた一段と強くする! そうだろ宗谷!」
「何様なの?」
「いや慰めようかと思ったんだけど駄目だったか?」
「気持ちは嬉しいけど暑苦しいし正直ウザかった」
「酷くね? 俺の渾身の情熱注入だぞ?」
「要らない要らない」
紺野は愕然とした顔をして凹み始める。何処に意外性を感じたのか聞いてみたい。
「でも残念だなマジで。俺は宗谷なら行けると思ったんだがダメかー」
「回数考えてみれば当然じゃないか? 3回だぞ3回。諦めきれないとは言え、我ながら粘着しすぎたとつくづく思うよ」
「ばーかじゃねえの宗谷よ。恋愛ってのは大事なのは回数じゃないだろ! 相手の感情を大きく揺さぶることだ! テレビを見ろよ、とある芸能人なんか女優に何度もプロポーズを繰り返してOKされた事実があるんだ。告白回数を無理な理由にしちゃいけねえって」
「生憎俺はあんまりテレビ見ないし。それに特殊な事例をこの世の理屈みたいに語るのも止めろよな。その人は容姿も良くて貯金もあって人望もある、諸々の好条件が重なって想い人を射止めたわけで、土台からして俺とは前提条件が違うだろ」
「まあ貯蓄どうこうは学生の俺達じゃどうにもならないけど、容姿なら結構良いだろお前」
揶揄ってるのかと目を見れば割と本気で思ってそうだ。
……まあ、自分でも見た目が悪いとは思わない。でも中性的な顔立ちだし、あと身長が低い。告白されたこともない。どの視座から眺めても女子から好物件とされる男性像には成り得ないと思う。これまでの経験上、どちらかと言えばクラスのマスコット的な立ち位置になる機会の方が多いくらいだ───自分で言うのは非常に遺憾ではあるが。
本気で俺をイケメンの括りに置いている紺野に反論するのもアホらしいので、話の向き先を変えることにする。
「はあ。それを言うなら紺野はどうなんだよ」
「俺か? 俺はまあ、程々だよ。今年に入ってからは数回女子から告白された程度」
「そっか。殴って良いか?」
「何でだよ!? 誰だって月1回くらいは告白されるだろ!? 何か悪いこと言ったか俺!?」
煽りにも聞こえる発言にさらに強く拳を握り締める。でも紺野に当たっても不毛なのですぐに力を抜いた。手ごろな椅子でも投げつけたい気分になったのが正直なところだが、まあ、こいつがモテるのは分かっていたことだ。何を今さら熱くなってるんだ俺は。ただ、一瞬でも撲殺したいという感情に囚われかったかと言えば否であるのは事実なので3アウト制で行くことにする。残り2アウトだから覚悟しておけよこの野郎。
「そもそも相手は桂川だぞお前。最後には俺は行けると思うが、落とすまでの道中に艱難辛苦が詰まり切ってることは最初から知った上だっただろ。お前の中の桂川ってそんな告白されたらすぐOKするような奴だったか?」
「いや……そんなことはないな……」
「だろ?」
こんな奴の発言とはいえ、言われてみると理屈は通っている。
桂川碧音は孤高の人物だ。容姿の良さから色々な人から告白されているらしいけど一度として頷いたことがないというのは有名な話で、同じ中学だった紺野曰く中学時代から桂川はそんなクールな感じだったらしい。思えばけーちゃんも今よりは柔らかい雰囲気を纏っていたとはいえ、その傾向はあって口数も多くなかった。
友人も少なく、伝手が無い状態から仲良くなろうとして距離を置かれた人間の数幾多。俺もその大多数の一人で、同じクラスにすらなったことのない状態から告白して盛大に自爆している。それも三度も。
しかし今は桂川が断る理由も知っている───好きな女子がいるからだ。
それを思い出して、僅かに大地へ芽吹いた楽観的な感情は即座に焼き尽くされた。
「……けど初めから勝ち目ないんだよな」
「自信喪失するのは早いだろ宗谷、自信を持て! 俺はお前が良いやつだって知ってっから!」
「ありがとう紺野、お前も少々のコミュ障ぶりに目を瞑ればとても良いやつだよ。でもそれとこれは訳が違うんだ」
「何かいま俺、話の途中で滔々と罵倒されなかった?」
「気のせいだよ」
「そうか……?」
聞き違いかな? と紺野は夢でも見たかの如く眼をぱちぱちとさせる。
俺だって紺野の友人だからその欠点は治してやりたい気持ちはある。でも現実として、インドアで目を合わせて人と話せないとかなら未だしも、天然故のコミュ障は中々治せるものじゃないのだ。それに人と違う気質を世間が何と呼ぶか知ってるだろうか。個性と呼ぶのだ。社会がダイバーシティとして片付けている欠点を俺が指摘するもの違う───と言うか面倒───なので俺も社会に倣いこいつの欠点は個性として静観している。
紺野は結局気にしないことにしたようで、頭を掻きながら口を開く。
「まあいいか。んで、既に三度も告白したお前が、土日挟んで一転してそんな頑なに自信無さそうにしてる理由ってなんなんだよ」
「あーこれはあんまり人に言いふらせないからオフレコなんだけど……」
「お、いいぜ。俺に言い触らせるような人脈は無いし安心しろよ」
それは胸を張って言うことじゃないだろと思いつつも、俺は手招きした。紺野は不思議そうな顔をして近づいてくる。
そのまま小声で言う。
「桂川、実は好きな人がいるらしい」
「……りゃ、掠奪愛ってのも乙なもんじゃないか?」
「しかも相手は女子らしい」
「……うーん」
考え込んでしまった。まあ幾ら紺野が良いやつだったとしても、フォローには限度がある。その限界点が丁度この状況だ。
10秒ほど悩んだ後、バッと顔を上げて俺の顔を見た。
「女装すればワンチャン? メス顔じゃんお前」
殴ろうかと思ったけど止めた。一応これでも友人である。
「あのな……似たことは姉にも言われたよ。でも女子が好きなんじゃなくて、多分その相手が好きなんだと思う。結果的に相手が女子だったーってやつ。まあちゃんと聞いた訳じゃなくて、雰囲気的にそう思っただけだけど」
「なるほどねえ。そりゃ難しいな」
難しい顔をして手を顎に当てる紺野。別に指摘する気は無いけど、その悩むポーズは致命的に似合っていない。
「……ま、気を落とすなよ。女なんて星の数ほどいるんだ、ただ桂川がお前に相応しい女じゃなかったってだけだ。次行こうぜ次。俺は誰相手だろうと応援してるからな!」
「お前───ちょっと失言多いことを除けばホントに良いやつだよな!」
「俺慰めてるつもりなんだけど何で毎度チクチク言われてるんだ?」
「ごめん、つい本音がポロリした」
むしろメス顔とか言われて許している寛大な心を持った俺に感謝すべきだと思う。
話していれば朝のホームルームの時間を告げる鐘が鳴って、俺と紺野は自分の席に戻った。
その日、5限は総合という科目だった。
最近知ったが総合の正式名称は『総合的学習』らしい。各教科で学んだことを生かしてそれを応用し、自ら思考を働かせ新たな学びを得る、そんな主目的があるのだとか。
「では図書委員は花宮さんと宗谷くんに決定です」
……でも、現実においてそんな高尚な学習目的は果たされているのだろうか?
学級委員長となった吉田という男子生徒の声と共に、パチパチパチとあまりやる気のない疎らな拍手が室内に虚しく響いて、思わず俺は唸りそうになった。満足そうに頷く担任の教師がより中身の無さを助長している。
勿論、俺は自ら挙手して立候補だなんて殊勝な行動はしていない。大学を推薦入試で行くなら立候補して損はないがそういうつもりもない。委員会なんて避けようと思えば避けられるし、なら誰かに任せて俺はノータッチ。無責任かもしれないけど学生生活平和に送るのがそれが一番、そう思って昼下がりのポカポカ陽気に身を任せてのんびりと転寝をしていたのだ。
そうして、何やら辺りが騒がしいと起きてみれば俺は図書委員になっていた。
否、役割を押し付けられていた。マジかと思う。
しかもよりによって図書委員だ。今の図書室の担当教員は阪上先生と言って、学内でも有名な変人教師である。本を異様なほど愛し、少しでも表紙を汚したり貸与中に本のページに折り目を付けた日には生徒指導室での一時間にわたる説教が飛んでくると噂だ。昼休みに図書室で勉強していて消しカスを床に落とした生徒が5限6限ぶっ通しで激怒されたとかいう話もある。そんな生徒たちの声もあって、我が校の図書室は蔵書数が県立図書館クラスの豊富さを持つにも関わらず不人気スポットランキング最上位を固守しており、いつ訪ねても人気は無く伽藍洞としているのである。因みに阪上先生の担当は国語。言わずもがなと言った感じだ。
図書委員はそんな地雷教師と身近に関わらなくてはならない。そう考えると寝てる間に進行した思惑が推測できる。委員決めという貧乏くじを行うにあたり、二年生となってある程度この高校のことを知ったクラスメイトが考えることは一致していて、どうやって図書委員の空き枠を処理しようか、その一点だったのだろう。
そして丁度良く寝ていた俺が栄えある哀れな羊に選ばれたというのが事の成り行きだった。
黒板には図書委員の担当として宗谷穂立と花宮エリンの名前がチョークで書かれている。何回見ても変わらない。
……憂鬱だ。まさか今日が委員会決めの日だったなんて、知ってれば寝なかったな。
その後も他推と自推───九割が他推だ───を交えながら委員が決まっていく。犠牲者になった多くが俺と同じような帰宅部や、それか活動頻度の低い文化部に所属しているぱっとしない人ばかり。運動部に属しているイケイケなクラスメイトは練習だの大会だので忙しいと言い訳をして、ここぞとばかりにクラス内カーストの権威を振り回していた。本当に忙しいは忙しいんだろうが、それと納得できるかは別の話だ。ついつい恨めがましい目で見てしまうが、彼ら彼女らは何一つ気にする様子は無かった。俺なんて彼らからすればいないも同然、幽霊みたいな存在なのかもしれない。
全て委員が決まると担任が教卓に戻る。因みに紺野の名前は無い。あいつも帰宅部の癖に、上手く立ち回って回避したようだった。
「委員の人は放課後顔合わせがあるからそれぞれの集会場所に行くように」
うわぁ。本当に嫌だな。無視して帰っていいですかね。
堪えようとしたが喉で止まらず溜息が出た。
放課後になる。
やる気は欠片も出てこないが、一応行かないと後から色々誹りを受けると思い、しょうがなく集会場所へ赴くことにする。
図書委員の指定された集会場所は図書棟だった。実のところこの学校で図書室と言うのは正確ではない。
何故なら蔵書数10万冊、市の図書館よりも優に勝る冊数を管理するために図書室は単体で建物があるからだ。これを図書棟という。ウチの高校の誇りでもあるらしく、高校受験パンフレットには必ずこの図書棟がアピールポイントの一つとして記載されている。
……でもまあ、そんなアピールポイントが生徒たちから敬遠されてるんじゃ意味ないんだけどな。
図書棟は三階建ての造りで、指定された図書棟内の会議室は二階に上がる階段の直ぐ傍にある一室だった。
スライド式のドアは開きっぱなしで、既に1年と2年の各クラスから2名ずつ選出された図書委員が並べられた椅子に座っている。3年は受験のため委員は免除だ。そりゃそうか。大事な受験期に雑用させて落ちたら保護者からクレームが来ること請け合いだろう。
適当に空いている椅子に座ってから俺は気付いた。
「───あっ」
前に座ってるの、桂川じゃん。
思わず声が漏れる。
桂川はその声が気になったのか、後ろを振り向いて、すぐに眉を顰める。
「あなたも図書委員?」
「う、うん。まあね」
「…………ストーカーなの?」
「違う、本当に違うって!」
両手を上げて激しく否定。でも全く誤解が解けた様子は無い。必死になればなるほどジロリと変質者を見る瞳に変化していってる気がする。
「俺はただ教室で昼寝をしてたら役目を押し付けられてしまっただけだって! それ以外の事情も下心も無いんだ、信じてくれ」
「ふーん、まぁ別に構わないけど」
ん、と促すように指を俺の背後へと差した。なんだなんだと首を後ろへ回す。
「随分な言いようじゃないか……そこの男子生徒?」
ラフなシャツにジーンズを履き、高身長から不快げな眼差しをこちらを見る女性教師がいた。
あーうん、阪上先生だ。図書担当教諭の。
新学期早々終わったなぁ俺。
早くも諦観から目が遠くなる俺に対し、阪上先生は腰に手を当て溜息を盛大に吐いた。
「まあな……先生だって分かってる。本気で委員会活動に取り組みたい人間などいない。たかが委員会活動だ、誰しも本を愛している訳じゃないことくらい知っている。読書が好きで来ましただの、大学生になったら本屋でバイトしたいだの、口先だけ綺麗など御託を並べた生徒だって結局は推薦入試のための内申目的だった。先生は別に否定してるわけじゃないぞ。推薦狙いは合理的な手段だし、彼らなりに学力の足りない分を課外活動で補おうという意思も理解している。───ただな、そういう詭弁を神聖なるこの図書棟に持ち込むのが心底気に入らないのだ!」
沸々と感情が煮え滾ったのか最後には言葉尻が強まって、会議室内の空気は一気に五度くらい下がった。
この先生、事前に聞いていたよりも遥かにヤバいぞ。
本にガチすぎる。図書室ガチ勢。本の虫レベル100だ。
阪上先生は自分が盛り上がりすぎていたことに気付くと、
「すまない、話が逸れてしまったな。ともかくそこの生徒、クラスと名前は?」
「2年3組の宗谷穂立です」
「そうか。宗谷、そういった生徒よりは君みたいな素直な生徒の方が私からすると好ましい。恐らくこの場の7割以上が考えている実に見事な本音だった」
「ありがとうございます……?」
自然と疑問符が付いた。
これは褒められているのだろうか。褒められていない気がするが……。
「だが、教師の前で本音を口にするのは如何かと思う。社会では簡単に明け透けと本心を語る奴は通用しないからな。罰としてこの集会が終わったら図書館の掃除をしてから帰るように」
やっぱり褒められていなかった。
阪上先生から図書委員会の仕事の説明を受ける。あれだけ敬遠されている図書委員だが、仕事自体はそう多くないようだった。
1.曜日当番
これは誰もが想像する本の貸し借りの受付だったり、本の整頓だったり、そういった日常的な仕事だ。総計48人を占める図書委員全員が参加する仕事で、2週に1度程度受け持てばいいらしい。つまり月に2回。面倒は面倒だけど想像よりは楽だなと思う。
2.「図書棟だより」の作成
これは有志を募って作成するらしい。図書棟だよりなんて、クラスで配布されてもすぐにゴミ箱に捨てるか取りあえずバックに入れてぐちゃぐちゃにしてから捨てるかのどちらかだったから内容はあまり知らない。多分図書委員がどの本が面白いとか、最近この本を入荷しましたとか、そういうありきたりなコラムを書くんだろうと思う。絶対にやりたくない仕事だ。しかし、有志っていうのは嫌な言葉だな。もし有志が存在しない場合、間違いなくランダムに徴兵されることが目に見えている。阪上先生ほどではなくても本大好きっ子がいてくれるといいんだけど。
3.掃除
まんまである。図書委員では曜日当番が毎日やるものとは別に半年に1回大掛かりな掃除を行っている。どうやら掃除の対象は図書棟の床や机など調度品のみならず本も対象らしい。一冊一冊愛を込めて乾いた布で埃を拭うのだと阪上先生は熱弁し、何故か実演までして見せた。ちょっと目がマジすぎて怖かった。室内で見ていた全員の総意だったはずだ。それにしても10万冊以上を拭うとか無理ゲーじゃないか? ここだけ見ると図書委員が嫌がられるのは分かるが、まあ年2回だし……耐えるしかないな。
以上の内容を、一時間程度に渡り説明を受けた俺たちは、次の一時間でグループ分けの時間になった。
その前に図書委員長と副委員長を決めたのが、こちらはクラスの委員決めと違い驚くほどスムーズに自推で決まった。先程阪上先生が言ってたが、きっと推薦とかAOとか、そういう入試方式で大学を狙っている生徒なのだろう。俺は優秀だと思う。だって俺なんかは三年になってから頑張ればいいかなと全く将来について考えてないし、上昇志向もあまり無いから、そうやって二年後を考えて逆算して動ける人間は純粋に凄いと思う。俺には出来ないなあ。
図書委員長の指示の下で四人グループを作る。基本の仕事である曜日当番は、当面この四人で仕事に当たるんだとか。
「まだ学校に慣れてない新入生をフォロー出来るよう、基本単位は2年生が2人、1年生が2人でグループを作ろうと思います! みんなもそれで良いですか?」
図書委員長になった花宮(俺と同じクラスの金髪美少女だ、多くは知らない)は室内を見渡して、何も意見が出てこないことに安堵するように息をついた。花宮は真っ先に手を挙げて図書委員長になったのだが、人前に立って指示を出すことにあまり慣れていないようだった。
グループを作る方法はクジ引きだった。これは花宮の指示ではなく代々図書委員はクジでグループを決めているようで、阪上先生は図書棟事務室からクジの入った木製の箱を二つ持ってきた。即興で作ったとは思えないので、備え付けの備品として保管されていたみたいだ。
一年生と二年生で分かれて一列に並び、委員長や副委員長も含めて次々とクジを引く。クラスの席替えならともかく、クラスからランダムに二人ずつ集められ既存のグループもろくに出来て上がっておらず人間関係的には原野状態だからか、どの生徒も特に悩んだり緊張した様子もなく淡々とクジを引いていく。俺の番になった。俺も同じく適当に手を突っ込んで、指先に最初に当たった紙を取り出した。列から外れて紙を広げる。3番と書かれている。
3番を探す。周囲でも自分と同じ番号を探す生徒で会議室後方がざわついていた。俺もその中に入って3番も探す。
屯ろする中に桂川の姿もあった。あまり意識しないようにしているつもりだけど、我ながら未練がましく、自然と視線が吸い寄せられる。桂川は閉口して、無言で紙と睨めっこしている。時折他の図書委員から番号を聞かれては首を振っていた。
……声、掛けてみるかな。
「お疲れ。桂川は何番?」
「……なに?」
「いや番号だって」
声をかけた主が俺と分かった瞬間、一歩後退って、目に警戒の色を宿らせる。何だか凄く警戒されているな……分かっていたけどショックだ。
「俺は3番なんだ。そっちは?」
無駄話を続けても俺が傷付くだけなので、単刀直入に自分の番号を言ってみる。
番号を聞いた刹那、飛んできたハエが口の中に入ってしまったみたいな、そんな苦悶に満ちた表情に変化した。
「……………………3番」
何度も言うのを躊躇するように下を向いたまま指をさすり、もう一度俺から何か言うべきかと悩んでいたら、諦めたように桂川は俺と同じグループの番号を小さな声で言った。思考が途切れる。
桂川と同じグループ。いやいや、まさかとしか言いようがない。嬉しいという感情もある。平常心で居ようとする俺と裏腹に勝手に胸は高鳴ってる。でも一方で、本当に困ったなあ。非常に居づらい。告白の当事者と告白された当事者という関係値は大変気まずいもので、その証跡とばかりに桂川は俺と目を合わせようとしない。
でも俺までその空気に呑まれたら会話にならなくなる。
「じゃあ、同じグループだな」
「……かもね」
桂川は会話を終わらせるようにスマホの画面を見始めた。うーん。前途多難だ。
困り果てた俺は桂川と人一人分距離を開けて再度室内を見渡していると、今度は俺が声を掛けられた。
「あの! 先輩たちも3番すか?」
「うん。えっと君たちもそう?」
「そっす! お初にお目にかかります!」
その二人組を見ると、一人は運動部の上下関係を経験したことがあるのか後輩口調が板についている女子生徒と、もう一人はその後ろで背後霊のように佇む前髪の長い如何にも気弱そうな男子生徒だった。
「私は
「うわぁ!? あ、ええと、
渡瀬に押されて、榎田はバランスを崩したように前に出ると慌てながら自己紹介をした。パワーバランスが何となく分かった気がする。
渡瀬は黒髪ショートカットで如何にも陸上部で短距離を走ってそうな風貌で、見た目から活発な印象を受ける。鍛えているのか、春先だというのに半袖のYシャツから覗かせる二の腕は筋肉質で運動系の部活に入っているのかもしれない。笑顔に愛嬌のある子だ。
榎田はそんな渡瀬とは真反対な男子生徒だ。今もオロオロとしていて、前髪で隠れて目が見えない。身長は俺より高いが、それでも小動物感を覚えてしまう。根暗っぽい気もするけど悪い後輩ではなさそうだ。
「俺は
「はいっす!」
元気な声で渡瀬は返事をした。何か図書委員が似合わない子だなぁ。
委員会活動は怠そうだけど人間関係に悩むことは無さそうだと満足感を覚えていると、今まで寡黙だった桂川が口を開く。
「ちょっと。勝手に私の紹介しないで」
「あ……ごめん」
反射的に謝る。俺が気弱なのか、桂川に惚れた弱みなのか。多分後者だ。
桂川は俺を見かねて溜息を吐くと、
「私は桂川碧音。そこの宗谷とは何も無いけど一応知り合いだから。一年間よろしく」
「……了解っす!」
戸惑いを殺すように渡瀬は返事をした。それと同時に俺の様子を窺うように視線を飛ばしてくる。俺が軽く肩を竦めると渡瀬は神妙な面をして軽く頷いた。事情の詳細は理解せずとも、複雑な関係であることは理解したのだろう。
にしても、桂川から他人と言われるのは二度目だけど、それでも心にダメージが入るのはもうどうしようもない。思い出してまた胃が痛くなってきた。俺の女装、ほーちゃんが相手ならあんなに優し気と言うか、親友のように接してくれるのに……だからと言って正体を明かせないから余計胃が軋む。うん。
「何か仲良さそうだけど、渡瀬と榎田は同じクラスなのか?」
一旦桂川のことは考えないようにして、後輩二人組に視線を振る。この二人、初対面というには気兼ねない関係に見える。渡瀬が一方的に榎田に絡んでいるだけにも見えるけど、多分ここが初顔合わせとかじゃない気がするんだよな。そう思って聞けば渡瀬は頷いて、榎田は視線を落とすという正反対な反応を見せた。
「そうっす! 中学の頃から塾のクラスが一緒で知ってて、高校で同じクラスになったって感じっす!」
「……渡瀬さんと初めて話したのはここに入ってから、ですけどね」
「あぁー! またそんなこと言ってこのたいちっちは~!」
「ちょ……!? そこは痛いっ! 痛いです渡瀬さん……!」
「運動不足なのが悪いんすよ!」
榎田の肩を思いきり掴んでふんすと握力を込める渡瀬。
肩を揉んでいるようにしか見えないけど榎田の顔は苦悶に歪んでいて、見ている以上に大ダメージっぽい。
渡瀬の手を払いのけると、自身の肩の具合を確かめるように揉みながら非難がましい目線を渡瀬へ向けた。
「それとたいちっちは止めてくださいよ……クロアチアじゃあるまいし」
「え~。名案だと思うっすけどねたいちっち。駄目なんすか?」
「ダメって言うわけじゃ……」
「てことはOKっすよね!」
「そうは言ってないですけど!」
不服そうに声を大にするが、嬉しそうに笑う渡瀬に毒気を抜かれたのか、最終的には不承不承といった面持ちで榎田は閉口した。二人の仲が良いというよりは、渡瀬のコミュ力が高いというのが適切みたいだ。実際榎田は渡瀬に大分絆されてるようだし、俺もちゃんと意識的に線引きしないと先輩面して色々奢ってしまいそうだ。気を付けないと……。
そのまま榎田と青春劇みたいなやり取りを続けるかと思いきや、渡瀬は唐突に俺の方を向いた。
「あ、あと宗谷先輩ッ! 聞きたいことがあるんすけどいいすか!」
「えっと、いいけども」
「宗谷先輩って男っすよね? いや! 制服的に分かってるんすけどもし間違えていたら今後失礼になるかなあーと思ったんで!」
なんてことを聞くんだこの後輩は。男子用の制服を着てるし、何より顔立ちも確かにちょっとは中性寄りだけど骨格的に男だろうが。
ここは先輩として厳しく躾けないとな、と威厳のある返答を考えようとしたら隣でスマホを見ていた桂川が噴出した。
「ふふふ……宗谷が女子……! 見方によってはそう見えるけど……変なの……!」
えーと。
意中の女子からめっちゃツボられた。こういう時ってどういう顔をすればいいんだろう。俺には分からない。
「ってことは宗谷先輩って一応男なんすね! 了解っす!」
「ははは……女子でもいいんじゃない……! 女装させたら似合いそうだし……!」
冷静に俺の性別を把握する渡瀬と対照的に未だにコロコロと楽しげに笑い続ける桂川。困った俺は無言を貫くことにした。
と、小声で榎田から話しかける。
「……あの、宗谷先輩。先輩と桂川先輩って仲が悪いんですか?」
「大人しそうに見えてさては榎田も大概だな?」
「す、すみません……今後の委員会活動の参考にしようかと思って……」
よく言う話だけど見た目で中身を判断するなとはよく言ったものだなとつくづく実感する。よりにもよって胆力に乏しい見た目をした榎田が火の玉ストレートを飛ばしてくるとは。
「敢えて言うなら……なんだろうな。俺が告白して、桂川が振った。そんな関係かな」
「え……ええっ!」
榎田が小さく驚く。言葉にすると恥ずかしすぎて、つい迂遠な言い回しをしかけてしまった。
悩まし気に目を伏せると、榎田は口を開く。
「それはその……分かりました。顔合わせるたびに変な感じになるのも嫌ですし……僕もフォローさせてもらいますね」
「そっか。それは助かるよ、ありがとな」
「いえ、僕自身の為でもありますので」
榎田は案外空気が読める奴なのかもしれない。見た目こそ陰というイメージだったが、人間関係の機微を観察するのは長けている。渡瀬が強引に人と関わりを持とうとすることを考えれば、この二人、結構いいコンビなのかもしれない。何のコンビかは知らないけど。
「そうだ! RINE交換しましょう先輩方! グループ作るっすよ!」
渡瀬がスマホを取り出しながらそう言った。
一理ある。今後このグループで関わる機会が増えるのなら交換しとくべきだ。
そう考えながら俺はそっと桂川の方を見た。そして思う。
───心底あの時交換したのが電話番号だけで良かった!
「まあ……仕方ないかな」
「さあさあ、お二人とも己のスマホを出すっす!」
その言葉に釣られて懐からスマホを取り出してRINEを起動した。桂川だけは消極的だったが、業務上の理由を出されて仕方なく、といった顔をしながら緩慢な動きでスマホを取り出した。
「───ん?」
「どうしたっすか?」
「いや何でも」
桂川は突き出たような声を出して、すぐに引っ込めた。RINEを操作するのに忙しくて見てなかったけど、俺のことを見ていた気がする……まあ気のせいか。そういう思い込みは自分でも気持ち悪いと思うから、そろそろ止めたいんだけどなあ。中々上手く行かないもんだ。
渡瀬が機敏な動きで俺達のスマホのQRコードを読み取って友達登録していく。登録が終わると5秒後にはグループを作成して、10秒後にはグループ名とグループアイコンまで設定を完了させた。これが令和のJKのスマホ操作術か。凄まじきJK力。
桂川がグループ名を見て声を上げた。
「ええと『図書委員No.3!』……これがグループ名なの?」
「はいっす! 分かりやすい方が良いかと思いまして! それとも何か問題とかあるっすか?」
「別に無いけど……安直だなって思っただけ。私はなんでも良いから」
「了解っす! ならこれで!」
俺も榎田も特に反対表明をしなかったため、今後もこの名前で行くらしい。
それにしたってまるで図書委員の中で三番目の地位にいるみたいなグループ名だなあと思う。権力者の椅子は委員長と副委員長で終わりだから、三番目の地位なんて無いんだけども。
渡瀬は『図書委員No.3!』の面々を見回すと、大きく一度頷いて言う。
「じゃあこれから宜しくっすよ皆さん!」
「ああ、よろしく」
答えたのは俺だけだった。榎田は口だけ動いていたが声が小さくて聞き取れなかったし、桂川に関してはそもそもこっちを見てすらいない。渡瀬はそんな散々たる門出にも拘らず変わらない笑顔を浮かべて楽しそうだ。
見た目よりは相性は悪くないはずだが、あまりにもまとまりが無さ過ぎる。あと面々の個性が強くて衝突しまくってる気がする。
早速難儀な船出になったなあと思って、俺はこっそり溜息を吐いた。