ラブコメに女装は必要ですか?   作:その日見た空は赤かった

6 / 6
#6 女装バレと詰めの甘さ

「あれ、宗谷くん? ……宗谷くんだよね?」

 

 ……バレた?

 慎重に確認するように二度ほど俺の名字が呼ばれる。他人のふりをしたいが、無理だ。もう俺は呼ばれた方向を確認しようとしてしまっている。

 

 顔を向けた先にはラフな私服姿の花宮がいた。桜柄が特徴的なワンピースを着て、様子を見るに一人らしい。

 俺を認識すると花宮は「やっぱり!」と華やかな笑顔を散りばめた。

 

「絶っっ対これ宗谷くんだと思ってさ! 自分を信じてよかった~!」

 

 嬉しそうに言う桜宮とは反対に俺の心境は奈落一直線である。どうすんのよこれ。女装がバレたが。つまり待つのは社会的死という見えきった結末だけだが。

 

「にしてもよく似合ってるね~凄いかわいいじゃん! え、肌とか元からこんなつるつるだったっけ? 全女子から羨まがられるよそれ」

「ほっといてくれ……」

 

 諦観を覚えつつ、しかし、一向に来ない『キモい』『キショい』という罵詈雑言に内心首を傾げていればそんな事を言われる。俺にとっては褒め言葉ではない。というか大抵の男にとって褒め言葉ではない。

 

「でも何で女の子のふりなんてしてたの?」

「その前になんで俺だって分かったんだ?」

「え? だって宗谷くんの顔は知ってたし。それに私、昔から人の顔を覚えるのは得意なんだよね。それもあるかも」

 

 頬に指をつけて考えながら桜宮は言った。

 最悪だ。俺、これでも自分の女装姿には自信というか、バレないだろうという奇妙な確信があったんだけどな。髪色も髪の長さも違うし、化粧だって多少はやってもらっている。

 見抜かれた理由も理由だ。男っぽさが隠せてないからとかであればまだ受け入れられたのに、よりによって顔を覚えているからとは……探偵真っ青の記憶力だ。白旗を上げるしかない。

 桜宮は俺を見ると、再度似た質問を投げかける。

 

「それで何でそんな恰好してたの?」

「それはか──────」

「か?」

 

 危ない。桂川のことを話すところだった。

 桂川と俺の複雑怪奇を極まりすぎて骨折しそうな関係性は抜きにしよう。俺の恋愛事情をありのままひけらかすのも恥ずかしいし。

 

 よし、俺、考えろ。この場で女装していてもおかしくない理由を!

 一先ず「なんでもない」と誤魔化すように首を振る。幸いにも花宮もさして追及する気はないみたいだった。

 3秒くらい考える。しかし、女装をする理由なんて全然思いつかないぞ。

 

 うん、諦めた。女装する正当な事情なんてこの世には存在しない。

 口に出した勢いのまま言葉を紡いでみる。

 

「───趣味なんだ。女装するの」

「へ、へえ。そ、そうなんだ……」

 

 明らかにドン引きされた気配。選択肢を失敗した気がする。ただ俺の発想が貧困なこともあってこれ以上に相応しい理由も見つからない。俺の名誉と社会的イメージを生贄にこの場を乗り切るか。さらば華の高校生活。こんにちわ暗黒の時代。

 

 そう覚悟を決めていたのだが、花宮はくつくつと漏らすように笑い出した。

 

「あははは、なんてね。分かってるよ。言えないんでしょ?」

「え?」

「顔に描いてあるもん」

 

 居ても立っても居られず、ベタベタと頬を触ると「実際に描いてあるわけじゃないって!」とまた揶揄うように指摘が入った。手玉に取られている感じがして少し居心地が悪いな。むず痒い。

 花宮は考えるように「うーん」とか唸って、

 

「まあ私からすればどうでもいいかな。だって宗谷くんの女装とても似合ってるし」

「あ、ありがとう?」

「うん、どういたしまして!」

 

 ここでお礼を言う俺も、それに合間も置かず返答する花宮も、何かが決定的に間違っている気がしてならない。何を言ってるんだろう俺は。

 

「じゃあさ、今度遊びに行くときは宗谷くんは女装だね!」

「それは勘弁してほしいんだけどな」

「もちろん冗談だよ?」

 

 悪戯っぽく舌をちらっと出して、すぐに引っこめると花宮はにこりと微笑みを湛えた。あざとい。あざといけど多分天然だこの子。だから男から告白されまくるんだろうな……。アドバイスしてやりたい気持ちもあるけど、それをしたら世界自然遺産に石油工場を建設するのも同じくらい無粋で愚行な気がする。少し考えて、相槌を打って曖昧に溶かすことにした。

 

 花宮は吹いてきた風に揺れる髪を右手で抑えると、

 

「私そろそろ行くね。ノアのご飯を買わなきゃいけないんだ」

「ノア? ペット飼ってるのか?」

「うん! ゴールデンレトリバーでね、今年で五歳で凄いおっきいんだよ!」

 

 花宮は腕を広げて大きさを表す。成犬ということもあって、中々のサイズらしい。うちは朱里や親父がアレルギーでペット飼えないから少し新鮮だ。

 

「じゃあまた学校でね! その女装、凄い可愛かったよ!」

「その誉め言葉は嬉しくはないけど、また明後日な」

「えへへ……うん!」

 

 そう言って軽く手を降って花宮はモールの中へと歩いて行った。うーん天然のあざとさが凄い。将来の彼氏は花宮の一挙手一投足に嫉妬しそうだな。

 

 二階の北側にペットショップがあるからそこに行くんだろうなとかアタリをつけつつ、俺もそろそろ戻ろうかと考える。その前にスマホを見ると桂川から着信があったみたいだ。三回ともに花宮と会話をしていたタイミング、つまりド直近のタイミング。合わせてメッセージの返信も来ていた。

 

【終わったけど、どこ?】

【漫画のとこにいないし。ねえどこいるの?】

【帰ってないよね?】

【でんわでて】

 

 圧が強い。圧が。最後の平仮名とか現代ホラーかよ。

 俺はすぐさま電話をかけることにした。

 

 少々不機嫌な桂川が1コール目で電話に出て、場所だけ共有してすぐ切った。2分後に俺のいるモール外廊下のバルコニーで合流した時には、桂川は眉間に皺を寄せて非常に不機嫌そうだった。

 

「なにしてたのほーちゃん」

「漫画も見飽きたから散歩してた」

「それにしては反応遅かったけど?」

「スマホをマナーモードにしていてさ、着信に気づかなかったんだ」

 

 我ながら言い訳がましい響きがあるけど一応真実でもある。基本的に音はならないような設定にして常にスマホは携帯しているためだ。それでも着信時はバイブレーションはあるからその点に指摘が入ると困りものだったが、桂川は仏頂面を深めるだけに留めて特段言及することはなかった。

 

 その後、時間もいい頃合いということで昼ご飯を食べることとなった。

 普段ならば二階にあるフードコードで軽く済ませてしまうことが多いのだが、今日はそうはならなかった。きっと俺と再会して初の外出ということで特別感を意識しているのだろう、店は学生の身からすれば少々お高めの予算3000円程度のハンバーグハウスに決まった。

 

 ……決まったはいいが、行ってみれば凄い並びだった。

 

「本当にここにする? けーちゃんが気にしないなら他のほうが良いと思うけど」

「気にする」

「あっそうでしたか……」

 

 陳言は敢なく撃沈。並ぶことになった。

 暇潰しに数を数えてみる。店外約40人程度、店内7人、計47人の行列だ。この人数とだとどのくらいの時間がかかるだろうか。一回の食事が30~40分程度と考える。人数こそ多いがほとんどがグループ客であるので、1グループおおよそ3人と考えて、16グループ程度。席数はそう多くない、外から見た限りは8つだった。計算完了。となると待ち時間は1時間は最低でも見積もるべきだな。

 

 ……1時間かぁ。

 つい辟易として、ため息が出そうになる。超人気有名店とかなら味に期待して長蛇でも並ぶ覚悟は出来る。でもここはそうじゃない。値段分の味はあるだろうがそれ以上の期待は持てない、そういう極々平凡な店だ。さっきネットのレビューサイトを見たらそんな感じだった。うーん。なんとも言えない。

 

 でも桂川は梃子でも動かない構えを取っていて、俺はまた諦めることにした。桂川は昔よりも決めたことに頑固なところがあるみたいだ。ともかくさっさと並ぼう。

 

 そうやって最後尾に俺と桂川は並んだ。椅子は空いてなく、立ち並びの状況だ。

 最初こそ取り留めのない会話がぽつぽつとあったが、30分もすれば話題も尽きる。桂川がスマホを取り出したのを見計らって俺もスマホを弄ることにした。終わりだ。一対一で遊んでこうなったらもう気まずいことこの上ない。

 

 耐えかねてさりげなく桂川を様子を確認してみる。全然微動だにせず指だけ動いている。と思ったら桂川の目が動いて、視線が合った。

 ここで無言なのも変だよな。

 

「……何を見てるの?」

「別に。国内ニュース、冷凍餃子に毒が混入してたって」

「そうなんだ。それは怖いね」

「うん」

 

 話は広がらず、そこで会話終了。桂川の視線はスマホに戻った。深海で息も出来ず溺れてるみたいな鈍重な空気。とても気まずい。助けてほしい。

 そう思っていれば桂川が口を開いた。

 

「ほーちゃん、それって」

「なに?」

「キーホルダー。アクア……なんちゃらってやつさ、外したの?」

 

 俺と同じく気まずさを感じていたのかと思ったけど、単純に俺のスマホに前付いていたキーホルダーが外れていることが気になったらしい。指を指されて、やべ、と心臓の鼓動が早まる。些細な変化に気づいてくれて恋の予感が疼いたとか、そんな甘いものでは断じてない。どちらかというとヘマをした時の焦燥感。

 

 ───アクアロンドのキーホルダー、付け直すの忘れてた!

 

 冷や汗が出る。

 そもそも最初の邂逅の後、俺はアクアロンドのキーホルダーはスクールバックに付け直していた。『宗谷穂立』が『ほーちゃん』と同様にスマホに同じアクキーを付けているのは流石に違和感があるからだ。しかし、それを今日スマホに装着し直すことを完全に忘れていた。なんで忘れたんだ俺。完璧に凡ミスだ。

 まあでも、救いなのは桂川の顔にはそこまで疑懼の兆しが浮かんでいないことだ。多分純粋に気づいて引っかかっただけだろう。それなら幾らか誤魔化しようもある。

 

「えっと、あのアクキーだよね。ちょっと汚れちゃってさ、改めて思うと貴重なものを汚れやすいとこに付けておくのもどうかと思ったから外して今は机の中に閉まってるんだ」

「ふーん」

「にしてもよく気づいたよね、そんな細かいこと」

「普通でしょ」

 

 桂川は普段と変わらぬ平坦な声ながら姿勢だけ胸を張った。よかった。特に疑念は抱いていないみたいだ。

 

 キーホルダー繋がりでアクアロンドの話になる。何でも意外なことに、桂川が最近『星霜のアクアロンド』を見ているというのだ。意外も意外だ。さっきも思ったが桂川はカテゴライズするなら文学少女の部類だ。それがアニメ、しかも男性向け深夜アニメを見るなんてどういう心境なのだろう。

 

 まあいいか。俺としては話せる相手が一人増えるのは歓迎すべきことだし。今までは朱里としか話題を共有できなかった。紺野もアニメは全話見たらしいけどあいつはそのシーズンの気になったアニメを全話薄く見て、雰囲気だけ楽しむ、所謂アニメライト勢だ。見てるアニメの展開もあまり覚えてないから俺の求める対話相手のレベルにまで達していないし、それにあいつのメインコンテンツはVtuber鑑賞だ。推しは秋夏春雪(あきなつはるゆき)という女性Vtuberで、その話題になるとヒートアップして推せる部分を猛烈な勢いで話し始めるから気持ち悪い。そういうのが無ければもっとモテていただろうに、いや、あってもモテてるからムカつくな。やっぱ本当に殴ろうか。閑話休題。

 

 全話見ているわけではないというからネタバレを避けてアクアロンドの話をしていれば、漸く店内の席へ案内された。

 注文はメニューを見て決める。まあハンバーグだろう。デミグラスハンバーグの180gのランチセットにした。桂川も俺と同じものにするようだ。

 

 注文の品が来るまでの20分ほどは無言の再来だった。ただ先ほどよりは空気は重くない。複合的な要因があると思う。周囲の家族連れが楽しそうな雰囲気を醸し出しているのとか、さっきは立って待ち時間も分からぬまま並んでいたが今は座って料理を待つだけといった状況が、俺と桂川の心を軽くしている。

 

「ねえ、カップルドリンクだって」

 

 手持無沙汰にしながらメニュー表を眺めていた桂川が唐突に言う。

 カップルドリンクね。どういう意図で言ったのか分からないけど、若者向けの喫茶店とかであればともかく、モール内のレストランにあるのは珍しいかもしれない。

 

「ハンバーグハウスにそんなのがあるんだね。珍しい」

「……ね」

 

 気のせいか、桂川は肩を僅かに落として残念そうにメニュー表を閉じた。

 まさか頼みたかったとか?

 いやいやまさか、それこそあり得ないだろ。俺の願望が混じった見解になってるってそれは。

 恐らく本当に興味があっただけだろう、味も南国ミックスサイダーとあまり見ないジュースらしいし、と俺が察しを付けている間にやっとハンバーグが運ばれてくる。

 

 石焼ハンバーグだ。皿代わり鉄板の中には熱された円柱上のストーンが置かれていて、ハンバーグからはコンソメ色の肉汁がだくだくと流れ落ちている。

 

 いただきますとだけ言って、肉を切り分けて口に含む。熱いが美味しい。なるほど。アレだけ並ぶのは土日だからかと思っていたけども、多分、味が良いからだ。ネットのレビューだけ見て食べた気になるのも良くないな。

 俺と桂川は一言も感想を共有することもなく、ただ夢中で食べた。ガヤガヤする店内で唯一の特異点だったことだろう。

 

 20分ほど喫食。口周りを拭って、満足感を覚えながら退店。

 

 さて、何をしようか。桂川とまたモールに放り出されてしまった。

 頭を悩ませ始めようとしたとき、桂川に手を握られる。ドキッとして思考が止まった。

 

「どうしたの?」

「ハンバーグ、美味しかった」

「そうだね。あんな旨いものだとは思わなかった」

「カップルドリンク……」

「ん? 何か言った?」

「……何でもない」

 

 小さな声で聴きとれなかった。プイとそっぽを向いてしまう。小さい子供みたいで可愛い。

 

「けーちゃん、ペットショップ行かない?」

 

 柔らかくすらりとした手の感触に思考回路を掻き乱されながら提案してみる。特に考えたわけじゃない。何となく、女子ならペット好きだろうな~という雑な決めつけから言ってみたのだが、桂川は小さく頭を振る。

 

「わたし、犬アレルギーだから」

「そっか。それじゃ無理か」

 

 思い返せば昔公園で遊んでいた時も犬にはあまり近寄らなかったかもしれない。

 気恥ずかしさが勝ってきたので手を離すと、ぽつりと桂川は言う。

 

「それよりその……なんでもない」

「え?」

「なんでもないから!」

 

 なぜか顔を赤くして目を鋭くした。何を言おうとしたかはさっぱり分からないけど、とても理不尽に睨まれてることだけは分かるぞ。

 困った俺は頭を振って、

 

「手、繋いでたかったの?」

「違うし……! 何でもないって言ってるでしょ!」

「じゃあ繋がない?」

 

 桂川は批難するような目。

 

「なんでそうなるの。……予定もあるしもう帰る」

 

 俺を咎めるように溜息を漏らすと、踵を返して駅方面に歩いて行ってしまった。

 えぇ……。なんか俺やっちゃったか。

 理解困難な言動に呆然と見送るしかなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。