電車に揺られ、僕は少し体勢を崩してよろける。壁に手をついて倒れることは免れた。
ふと電車のドアの小窓から外を見てみると、辺り一面の畑、ぽつぽつと建てられた古い民家、そして青い木々が次々と流れていく。
その光景を見て、なんと田舎に来たのだ、と思う。
高校に進学すると同時に、僕は中学から遠く離れた高校に行くことに決めた。だから、できるだけ田舎の、人が少なそうな場所を選んだ。
騒がしいのは元から苦手だったし、元々住んでいた場所の学校のあのなんとも言い難い険悪な雰囲気が嫌いだった。だから、遠く離れた田舎に来ることにした。
わざわざ電車で移動している理由は二つ。一つは、普通に車で移動するのに時間がかかりそうだったこと。もう一つは、何となく、電車から見れる景色が流れていく様子を見たくなったからというものだ。立っている理由は、ただ単に座れる席がなかったのだ。だから出入口の前に立つしかなかった。
今僕は特にこれといった荷物を持っていない。
服やら家具やらは当たり前だが全て業者に運ばせている。
今持っているのは、せいぜい財布とか保険証、スマートフォンくらいだ。
ここまで来るのに長かったので、財布の中もすっからだ。
電車が到着すれば、ようやく僕が住むことになる町、という訳では無い。次はバスに乗っての移動だ。それほど田舎ということだ。
ただ、この引越しは僕の独断の上、さらには突然始めたものだ。
独断で決めた、と言っても、そもそも両親は既に死んでいるし、兄弟は元からいなかった。だから、元から一人で決めるしかない。一応、母方の祖父母はいたものの、あの二人は昔から僕に甘いので何の反対もしなかった。
まあとにかく、これは僕の独断だ。それ故に多少は確認不足のこともある。
探しても全然見つからないアパートは、とても少ない中から比較的綺麗なものを選んだ。だが、下見はしていないので写真だけという可能性も十分に考えられる。
まあ、その時はその時だ。
前の学校に仲の良かった人などいなかったので、引っ越すことは誰にも話していない。知っているのは中学校の担任だった教師だけだろう。その教師が誰にも話さなければの話ではあるが。
両親の遺産と祖父母からのお小遣いがあるので、バイトなどをする気は無い。
ぼんやりと小窓から外を見ていると、田舎の風景が途切れ、真っ暗になった。トンネルに入ったのだ。
僕は溜息をつく。
別に景色を楽しんでいた訳でもないが、何となく口から零れてしまった。
「次は──────」
アナウンスが鳴った。
そろそろ次の駅に止まるようだ。
目的地まで後三駅ほどだ。
電車が止まったら、まずは席の確保が最優先だな。
そんなことを考えながら、スマートフォンを操作して次々とLINEの連絡先を消していく。
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電車を降りてから数時間バスに揺られ続け、ようやくアパートに到着した。
アパートは写真で見た通り案外綺麗であり、さらにいえば写真で見た時より少し大きく見える。これは嬉しい誤算だ。
やはり、見立て通り車で来るより電車の方が早かったらしい。まだ引越し業者の姿は見えない。
とりあえず、管理人に挨拶しておこう。
そう思い、管理人室の扉を四回ノックする。すると、中から四十代頃に見える女性が出てきた。
「あの、今日からここに住む夕谷です。部屋の鍵を受け取りに来ました」と言うと、女性は無愛想に「ああ。これが鍵だよ」と言って鍵を渡して部屋に戻ってしまう。鍵に付いているプラスチック製の札を見ると、そこには「204」と書かれていた。
本人確認とかしなくてもいいのだろうかと思ったが、それがここのスタイルなのだと勝手に納得して何も言わずに部屋に向かう。
僕の部屋は二階の右端。
ちなみにこのアパートは二階建てで、管理人室を除けば「101」「102」「103」「201」「202」「203」「204」の七部屋ある。
にしても、4がつく部屋とはなかなかに運が悪い。僕は結構不幸な数字とかそういう話は信じるタイプなのだ。泣き出したり嘆いたり、大袈裟に喜んだりとかそんなことはなくても、ほんの少しだけ気分が落ち込んだり嬉しくなったりはする。
管理人室の隣の階段をのぼり、右の方に歩いていく。
「204」と書かれた扉の前に立ち、鍵穴に鍵を挿して回す。
カチッと音がしたのを聴き、鍵を抜いて扉を開け部屋に入る。
中はやはり広く綺麗だったが、押入れ以外は何も無く、どこか寂しい感じがする。
こんなに広いと、荷物が届いても全然広いままかもしれない。
とりあえず他の住人に挨拶しにでも行こうか。
そう考えて部屋を出る。
挨拶の時は何か持っていくものだろうが、引越しの荷物にそれがあるので渡せるものが何も無い。また明日渡そうか。
「203」と書かれた扉の前に立ってノックする。
「はーい」
中から高く若い女性の声が聞こえてきた。
バタバタと音がして扉が開くと、そこには僕と同い歳くらいの女性が出てきた。
「隣に引っ越してきた夕谷です。これからよろしくお願いします」
「あー、あの部屋に引っ越してきたの······。これからよろしくね。私は
僕は「そうですね」と少し笑みを浮かべて返す。
そろそろ次の部屋に挨拶に行こうと考えていると、鈴乃宮さんが「ねぇ」と訊いてきた。
「何でこんな田舎町に引っ越してきたの?」
「こっちの高校に進学してきたんです。理由は特にありません。何となくです」
「ふゥーん、ま、気をつけなよ」
「え?」
「ここら辺、いろいろ起きるから」
「じゃあね」と言うと、鈴乃宮さんは部屋に戻っていく。
いろいろ起きる、とはなんだろうか。スリとか泥棒とかだろうか。鈴乃宮さん自体にも何か違和感のようなものもあった気がするが、気の所為だろうか。
とにかく他の部屋にも挨拶に行こう。
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結局、鈴乃宮さん以外には誰もいなかった。みんな出かけていたのだろうか。
こっちに来たのが遅かったため、もう日が暮れている。
一応今日の晩御飯はバスに乗る前にコンビニで買っているからそれを食べて寝ようと思う。
だが、荷物が届いていないので床で寝るしかない。
前の人の荷物が残っていないだろうか。
そう考えて部屋の押入れの中を確認する。
中には敷布団とちゃぶ台があった。
これならご飯も食べやすいし寝られると思い、二つとも押入れの中から引っ張り出す。
その時、僕は気がついた。
一冊の小さい手帳が押入れの中に落ちていたことに。
前に住んでいた人の物だろうか。何が書かれているか気にはなるが、今は見る必要も無いだろう。
学校は明後日からだ。
明日は荷物を運ばないといけないし、今からでもゆっくり休んでおかなければ。
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翌日
荷物が届いたので荷物を整理している。
荷物は元々そこまで多くない。一人暮らしをしていく上で必要になるだろうと思った物だけ持ってきている。
どうせテレビを観ている余裕なんてできないだろうし、特に好きな番組があるわけでもないためテレビは必要なかった。
整理は数時間で終わった。
僕はベッドに座り、昨日見つけた手帳を見る。
名前などの人物を特定できるものは書かれておらず、茶色の革のカバーが付けられている。
手帳を開いて何か書かれていないか見る。最初のページには何も書かれていなかった。
次のページにも何も書かれていない。
こうして一枚づつ確認していると、何か書かれているページを見つけた。
その字は決して綺麗とは言えず、どちらかといえば力強く書き殴ったかのような字で、何かに怯えていた、または焦っていたのではないかという印象を受ける字だった。
この手帳を見つけた時のことを思い出してみると、この手帳はその場所に置かれたというより、投げ入れられたというか、隠すように入れられたようにも感じる。
手帳の角を見てみると、何かにぶつけたように丸くなっている。
やはり、この手帳はあの押入れに投げ込まれたのだろう。
そう考えた僕は、何となく、部屋の鍵がちゃんと閉まっているか確認したくなった。
確認してみると、ちゃんと鍵は閉まっていたが、念の為、チェーンロックをかけることにした。
僕は再びベッドに座り、手帳に書かれている文字をゆっくりと読み進める。
「『この町は何かおかしい。住人が変にフキゲンでブアイソウだ。それに夜に外を歩いているとさびついた鉄のようなにおいがした。あれは絶対に血だ。あの場所にはひとかげがあった。俺が逃げ出すとそいつも追いかけてきた。今すぐこんなばしょ』······」
書かれている文字は、ここで途切れていた。
これは何なのだ。
手帳に書かれていることは、自分の常識ではあまり考えにくい。
だが、住人が変に無愛想というのだけは心当たりがあった。
あの管理人だ。
確かにあの管理人は僕との会話を全く続けようとしなかったし、鍵を渡すとさっさと部屋に戻っていってしまった。
そういう性格なのだと思っていたが、この手帳の所為で印象ががらっと変わってしまった。
「っ!」
突然、コンコンとノックされた。
僕は誰が来たのだろうと扉に近づく。
その時、鼻をツンと突く臭いがした。
それはまさに、先程の手帳に記されていた言葉で描写するならば、錆びついた鉄のような臭い、と言える臭いだった。
恐怖で足が震えている。
逃げなければ。そんなことを考えていると、突然カチッと部屋の鍵が開いた。
そして、ゆっくりと扉が開く。
が、チェーンロックをしていたおかげで少しだけしか開かなかった。
だが、その手は読んでいたとでも言うように、チェーンカッターが開いた隙間から覗かせる。
その瞬間、僕は走って押入れの中に入った。
バチン、とチェーンが切られる音がすると、すぐに誰かが中に入ってきた。足音が近づいてくる。
そして、足音がかなり近づいたところで止まった。
ああ、僕もあの手帳の持ち主のようになるのか。と、驚く程落ち着いていた。
押入れの扉が開き、そこには。
「······は?」
「ドッキリ大成功!引っかかるとは思わなかったけど、こんなに上手くいくなんて」
『ドッキリ大成功!!』と大きく書かれた板を持った僕と同い歳くらいだろうと思える少女がいた。部屋の窓から差し込んでくる太陽光に反射しキラキラと輝く金髪のように見える薄い茶髪は、まるで一つの芸術作品のようであった。
文句のひとつでも言えばよかったのだろうが、僕にそんな余裕はなかった。
先程までの恐怖は一転し、ただ困惑だけが僕の心には残った。
「あなたが
そういうと彼女は、先程までの憎たらしい笑顔ではなく、まるで今真南で輝いている太陽のような明るい笑顔だった。
今思えば既にこの時、僕はきっと、彼女に惹かれていた。
数年前に勢いで書いて世に出さなかったものを、違和感のあった部分を修正しての投稿です。
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