キルシュタイン夫妻の逆行物語   作:1sen

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 自分、ネーミングセンスなしなし人間なので、各話の題名は各話の雰囲気に合った好きな歌やサントラの曲にしようと思います…


Prologue Des Cordes:opus

 

 

 

 

 ───「天と地の戦い」。

 

 854年、パラディ島のエルディア人、エレン・イェーガーによって引き起こされた未曾有の大虐殺事件、「地ならし」。

 

 島内の領地を守護する壁として長きに渡り封じ込められてきた幾千幾万もの「巨人」を世界中に解き放ち、島外諸国の人類の殲滅を目論んだエレン・イェーガーであったが、アルミン・アルレルトらを始めとする同じくパラディ島のエルディア人らの決起によって、その計画は完遂寸前で阻止された。

 

 地ならしを食い止めるべく発足した「エルディア・マーレ連合部隊」がマーレ領スラトア要塞付近にてエレン・イェーガーと交戦、激闘の末に彼の打倒、及び全ての巨人の力の根源となっていた「始祖の巨人」の討伐に成功。これにより地ならしの進行は停止し、巨人の力は世界から完全に消失した。

 後にこの争いは、「天と地の戦い」と呼称される事となる。(主要な人物の詳細は後の項に記載)

 

 島外諸国は当時の全人口の約八割を失う甚大な被害を受けたが、パラディ島側政府による支援のもと再起の兆しを見せ始めており、現在に至るまで懸命な復興活動が続けられている。

 

 「エルディア・マーレ連合部隊」はその後「連合国使節団」と名称を改め、マーレら連合国側の組織として正式に発足。パラディ島と連合国間における平和条約の締結を始めとして、各地の復興の支援や統治機関の補助を務める等、非常に多岐に渡る活動を行い、今もなお世界中に平和への歩みを訴えている。

 

 ※以下、連合国使節団構成員

 ● 団長:アルミン・アルレルト (835〜)

 ◯副団長:ジャン・キルシュタイン(835〜)

 ・ 団員:…………

 

 

 …………─────────

 

 

 「……こうして見ると、あんま似てねぇよな」

 「?何が?」

 「お前と、お前の父ちゃん。なんか雰囲気とか全然違ぇからさ」

 「あー、うん。僕はどっちかって言うと母さん似だからね。髪の色とか、顔のパーツとかは大体母さん譲りかな」

 

 そう言って、少年はくるくると髪を弄る。

 柔らかい質感の黒髪に、どこか怜悧な印象を与える切れ長の目と大きな黒い瞳。そしてその顔に浮かべた人の良さそうな朗らかな笑みは、教科書の中の厳格そうな男とまるで似つかなかった。

 

 「けど、アルミンさんとかからは結構父さんの面影あるって言われるよ。考え事してる時、眉間にシワ寄せたりする所がソックリなんだってさ。ライナーさんやコニーさんからは、悪人面が伝染るぞって笑われちゃうけどね」

 「お前の口から大物の名前しか出てこねぇのが一番笑っちまうよ……なんで俺、お前と友達出来てんだろ」

 「君が仲良くしてくれるからじゃないか。そもそも親がどれだけ有名でも、僕は僕だからね。何にも関係ないのさ」

 

 うーん、と少年は大きく伸びをした。

 まだ歳も十を超えたばかりである筈の彼は、しかし何処か年齢にそぐわない、随分と大人びた表情をする事がある。

 外見の差はあれど、その纏う空気は確かに似ているのかもしれない。友人は少年と写真を見比べて、ボンヤリとそう思った。

 

 「……って、おっと。そろそろ昼休みも終わりだね。世界史の課題、写し終わった?」

 「げっ!もうこんな時間かよ!?まだ終わってねぇんだけど……」

 「しょうがないなぁ。ホラ、半分貸して。そっちは僕の課題写し続けてていいから」

 「マジでありがとう優等生……この恩はいつか必ず……!」

 

 はいはい、と軽く流しつつ、残っている友人の課題の紙を掴んで手元に寄せる。

 その時ちらりと、少年は紙の中にいる父と目が合った気がした。

 

 『お人好しめ』

 

 いつもそう言って、どこか嬉しそうにニヤリと笑いながら頭を撫でてくる。

 そんな父の顔が、息子は何より好きだった。

 

 英雄だとか、偉人だとか、少年にとっては本当にどうでも良くて。

 ただ純粋に、「父」として。

 昔から尊敬しているし、憧れていた。

 強くて勇気があって、頭が良くて冷静で、けれど何よりも家族や仲間を大切にする優しい人。その背中はいつも大きくて、暖かい。

 いつか自分もああなりたい、と。少年は、そう思わずにいられなかった。

 

 (……父さんに言われたくないよ)

 

 カリカリと鉛筆を走らせながら、こっそり父の写真にニヤッと笑い返す。

 ……学校から帰ったら、また一緒にチェスをして貰おう。まだ一回も勝てたことがないけど、今日こそは絶対勝ってやるんだ。

 ───父との勝負に燃える少年の、穏やかに火を宿すようなその目は、彼自身も知らない父の親友とよく似ていたそうな。

 

 マルコ・キルシュタイン。

 彼が父の背に届く日は、きっとそう遠くない。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 「うわあぁああん!!ごめんなさいいぃぃぃ!!!」

 「勘弁してくれぇぇぇえ!!」

 

 シガンシナ区の中心街から外れた一角にて。

 幼い子供の、そんな悲鳴が響き渡った。

 しかし、周囲の大人達は特に慌てることもなく、「またか」と言ったように顔を見合わせて笑ったり、溜め息をついて仕事に戻ったり、野次馬のようにベランダから身を乗り出して眺めたりと、まるで緊張感がない。

 その理由は、悲鳴を「上げさせた」側にあった。

 

 「……待てぇぇ!!今日という今日は許さないんだから!!覚悟しなさいよアンタらぁ!!」

 

 そう吠えて、逃げ惑う子供達を凄まじい剣幕で追い回す、彼らと同い年くらいの少女が一人。

 彼女は、この辺りで非常に有名なガキ大将だった。

 大人顔負けの腕っぷしと頭の回転の良さが売りで、拳でも口でも彼女に適う同年代の子供は一人としておらず、瞬く間に街の少年少女達の頂点に君臨してしまった。

 それでも大人達から咎められないのは、普段の彼女が真面目で明るく、礼儀正しい子であるという評判故である。今回もまさに、いじめっ子の常習である悪ガキ達から少年を一人庇い、更に言えば返り討ちにしていた所であった。

 

 「っはぁ、はぁ。全く、逃げ足だけは速い……ちょっとアンタ、大丈夫?」

 

 そう言って、剣呑な雰囲気を引っ込めた少女はいじめられていた子の元に駆け寄る。その子と面識は無かったものの、見て見ぬ振りをすることは彼女自身の性格が許さなかった。

 

 「う、うん……。ごめんなさい……」

 「は?いや、どうして謝るのよ?」

 「だ、だって……何か、怒ってるんでしょ……?」

 「怒ってる?何を……あぁ、そういうことね」

 

 少女は溜め息をつく。

 今だけは父譲りの目付きの悪さが恨めしい。父のことは大好きだが、それはそれとして美人な母の方にもう少し似たかったと思う、複雑な年頃である。

 

 「別に怒ってないわよ。元々こういう目付きなの、私は」

 「あ、え、そう、なの……?ご、ごめん!!」

 「謝ってばっかりねアンタ……。もう少し堂々としてないと、いつまでもナメられっぱなしよ。ああいう馬鹿も拳で黙らせるくらいじゃないと」

 「拳で……無理だよ。僕、弱いもん」

 

 そう言って項垂れた少年の額に、ぺちっと衝撃が走った。

 驚いた少年の前には、弾いた指先を此方に向けて、優しく笑う少女。

 

 「そんなの分かんないじゃない。誰だって、戦わなければ……勝てないのよ」

 

 憧れの、母の言葉だった。

 誰よりも強くて、優しくて、凛々しく美しい。

 そんな母のようになりたいと、少女はいつも真っ直ぐに生きている。

 

 「さて、じゃあ私はそろそろ行くわね。あ、それと……」

 

 ぐううぅぅぅ。

 突然響いた、大きな音。

 咄嗟に辺りを見渡した少年が次に目にしたのは、先程までの威勢は何処へやら、顔を真っ赤に染めた少女の恥ずかしそうな照れ笑いだった。

 

 「……お腹、へっちゃって。この近くに美味しいお店とか、ある…?」

 

 綺麗に束ねられたフワフワの薄茶の髪をぎこちなく撫で付ける少女の目には、ヘーゼル色の瞳の横に薄っすらと光る雫があった。

 

 ───余談だが、彼女の両親曰く、彼女の食欲は在りし日の二人の戦友にそっくりなのだとか。

 

 サシャ・キルシュタイン。

 本人に自覚はないが、そのギャップに落ちた男子も数多く。今日も、また一人。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 「おじーちゃ〜ん、おばーちゃ〜ん!遊びに来ったよ〜」

 

 シガンシナ区から少し離れた郊外にある一軒家の前で、呼び鈴と音と共に元気な少女の声が響いた。

 程なくして玄関扉が開き、中から満面の笑みを浮かべた恰幅の良い初老の女性が顔を出す。

 

 「あらあら、いらっしゃい!遠い所ご苦労さま!おや、またちょっと背が伸びたんじゃないかい?お母さんに似て、いっそう美人になってきたわねぇ〜」

 「えへへっ、ありがと!最近髪も伸ばしてるんだ〜」

 

 嬉しそうに少女が髪をふわりと持ち上げて見せると、濡羽色の綺麗な黒い髪が陽の光を受けて輝いた。

 

 「いいわぁ、よく似合ってる。ちゃんとお手入れしているのね、えらいえらい」

 「うん!おとーさんがね、お手入れの仕方を教えてくれたの!」

 「まぁ、ジャンボ……んん、お父さんが?」

 

 少女を家に招き入れながら、祖母は驚いたように聞き返す。

 

 「そ!おかーさんの爆発する寝癖、おばーちゃんも知ってるでしょ?あれをおとーさんが梳いたり整えたりしてるうちに、いつの間にかおとーさんの方が髪のお手入れ上手くなっちゃったんだって!」

 「ふふっ……そうかい、あの子がねぇ……」

 

 そう言って目を細めた祖母の脳裏に、嘗ての思春期真っ盛りで生意気だった頃の可愛い我が子の姿が浮かぶ。

 

 ───本当に、今でも信じられない。

 こんなにも幸福な未来が待っていたなんて、あの頃の自分には想像もつかなかった。

 息子が調査兵団になったと聞いた時から、どんな結末も受け入れる覚悟はしていた。もし最悪の結果になったとしても、息子はそれを重々承知の上で、それでもなお人類のために戦う道を選んだのだ。ならば、親である自分はどれだけ辛くても、その結果から目を反らしてはならない、と。そう己に言い聞かせ続けていた。

 

 ……それがまさか五体満足で無事に帰ってきてくれたばかりか、美人で可愛らしいお嫁さんにも恵まれ、更には三人もの孫の顔を見せてくれる事になるとは。

 

 それでも本人は「家も立場も、迷惑かけてばっかだ」、「仕事仕事で碌に孝行もできてねぇ」なんて、申し訳なさそうにしてるのだから笑ってしまう。

 世界を救った英雄サマというのは、あれで意外とまだまだ親心というものに疎いらしい。

 立派な大人に育ってくれた。幸せな家庭を築いてくれた。

 

 ───十分過ぎるくらいの、親孝行者だ。

 

 「あ、そうだおばーちゃん。今日ね、おばーちゃんに教えて欲しい事があるんだ〜」

 「おや、なんだい?」

 「ふふ〜ん。あのね……」

 

 祖母の手を引っ張りながら、少女は悪戯っぽく笑う。

 母親と瓜二つの見た目に、唯一違う父親と同じ色の瞳。

 純粋でよく笑い、家族が大好きで甘えん坊な女の子は、両親からも兄姉達からも可愛がられる、まさに一家の癒やし枠というわけだ。

 

 ……そういえば。

 この子が生まれた時、息子から不思議な話を聞いた。

 赤ん坊だった少女が初めて外に出た際、一羽の鴎が少女の上に舞い降り、花を一輪落として飛び去って行ったらしい。

 にわかには信じ難い話だったが、息子が「ったくあのバカ……」と呆れながらも嬉しそうに笑っていたので、きっと自分の想像を超えた、素晴らしい奇跡があったのだろうと思うことにした。

 

 少女の名前は、その花から貰ったのだとか。

 美しい彼女にとても似合う、良い名だ。

 

 「おとーさんとおかーさんにね、プレゼントしたいものがあるの。もうすぐ、二人の結婚記念日だから!」

 

 最愛の両親に、最高の思い出を。

 リンドウ・キルシュタイン。

 思いを巡らす彼女の首元には、買って貰ったばかりの新しいマフラーが靡いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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