キルシュタイン夫妻の逆行物語   作:1sen

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書いてて辛いんですが、一番書きたかった所の一つです。
 


ep.9 omake-pfadlib

 

 

 

 

 ───目を覚ますと。

 そこには空ではなく、石造りの天井が見えた。

 

 「あ……良かった、気が付いたんだね……ミカサ」

 

 隣に座っていたアルミンが安心したように小さく微笑む。

 見渡せばマルコやアニ、他の皆の姿もあった。

 どうやらここは兵団本部の中であるらしい。

 しかしどうして自分がこんな場所で寝ているのか分からず、奇妙に思って身体を起こそうとしたのだが。

 

 「……()ッ」

 

 後頭部に走った鈍い痛みに、思わず顔を顰める。

 咄嗟に手で頭に触れると、幾重にも巻かれた包帯の感触を指先に感じた。

 

 「あ……まだ動かない方が……!一応血は止まってるけど、応急処置しか出来てないんだ。いつまた傷が開いても……」

 「大丈夫……アルミン、あれからどのくらい経ったの?最後に貴方と外で会話して、そこから記憶が飛んでる……どうして自分がここにいるのかも、思い出せなくて……」

 「お、落ち着いて……ミカサが気絶してたのはほんの少しの間だよ、まだ僕らの状況はそこまで変わってない。ただ……今、外で()()()()()が他の巨人達相手に大暴れしてるんだ。そのお陰で、今僕らには少しだけ時間の猶予が与えられた……って感じかな」

 「……アンタは、()()()()()がアンタんとこに群がってた巨人共相手に突撃を仕掛けた時に、一緒に粉砕した建物の崩落に巻き込まれそうになってたんだ。けど突然、粉塵の中からアンタが()()()()()()ように飛んできたから、アルミンと私で受け止めてここまで回収してきたってワケ」

 

 アルミンの方を軽く顎でしゃくりながら、アニが補足するように付け加える。

 二人の説明を受けて、断片的にではあるがミカサの記憶が戻ってきた。

 

 不意に現れたエレンの巨人。

 浮かび上がる自分の身体と、瓦礫の山。

 頭を打って朦朧としていた自分を引き上げてくれた、温かい手───。

 

 ……ジャン。

 

 「あ」

 

 思い出した。

 全部。

 

 「ああ」

 

 あの、微笑み。

 あなたの。

 

 「ああああ」

 

 ───さようなら、ミカサ。

 

 「あああぁあぁぁあああ」

 

 ───また、いつかな。

 

 「………………そん、な………………」

 

 これは、何?

 

 悪い、ユメ?

 

 「……ミカサ……!?……ミカサ、しっかり……」

 「……どうしたんだ、アルミン……!?……一体、何が……!?」

 「……マルコ……!!……ミカサの呼吸が……!!」

 

 全部の音が、遠い。

 何も頭に、入ってこない。

 

 涙が。

 涙が。

 止まらない。

 苦しい。

 息が、できない。

 

 たすけて。

 ジャン。

 

 えぇ?

 何を言ってるの、私?

 

 たすけてくれたじゃない。

 いのちをかけて。

 

 「……ふ、ふふふ……」

 

 ダメだ。

 ムリだ。

 

 「……ごめんなさい、ジャン……ごめんなさい……」

 

 酸素の回らなくなった頭が、強制的に視界を暗転させるまで。

 ミカサは譫言(うわごと)のように、夫への謝罪の言葉を繰り返していた。

 

 

 

 

××××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 「ジャンが、死んだ……?」

 

 アニの口から出た言葉を、マルコは呆然と反復した。

 

 「……多分ね。あの崩落の瞬間、ジャンに似た兵士が一人、粉塵の中に突っ込んで行くのが見えた。そして、ミカサのあの反応……アイツが、動けないミカサを何とかぶん投げたんでしょ。それで自分が、代わりに瓦礫の下敷きになった……ってとこじゃない」

 

 溜め息をつきながら、アニは瞑目した。

 周囲は騒然となり、訓練兵達の間にざわめきと動揺が伝播するが、彼にとっては最早それどころではない。

 膝から崩れ落ちそうになる己の身体を支えるだけで、マルコはやっとであった。

 

 胃に鉛が詰め込まれたみたいに重く、苦しい。

 吐き気が込み上げてきて、喉の奥が熱い。

 

 ───ジャンが。親友が、もういない。

 その事実を受け入れられない頭が、目眩さえ引き起こしていた。

 自分達は一体、どうすれば……。

 

 「……かっけぇな、アイツ」

 

 そう、ぽつりと誰かが呟く。

 見れば、唇を噛んだコニーが手元のブレードに目を落としながら、苦しそうに顔を歪めていた。

 

 「俺、バカだから……こういう時、なんて言ったら良いか全然分かんねぇけどよ。悲しいし、悔しい筈なんだけどよ……でも、それと同じくらい、かっけぇな……って思っちまった。どうせやるなら、それくらいやってから死んでやりてぇ……ってな」

 

 コニーのその言葉は静かに、けれどハッキリと訓練兵達の耳に届いた。

 広がっていた動揺の波が、ピタリと止まる。

 

 「……私もです。それに、ここに来る前のジャンの言葉が、ずっと頭から離れなくて。『今、何をすべきか』って……」

 「サシャ……」

 「……きっと今、この状況で彼を悼み続けるのは……彼の思いに反する事になるかもしれないね……」

 「ベルトルトの言う通りだ。それに俺達が死んだら、誰もアイツを弔う事が出来なくなっちまう。礼の一つも言わないままくたばったら、化けて出てくるかもしれんからな。それだけはゴメンだ」

 

 サシャの独白に、ベルトルトとライナーも続く。

 

 ───死者を活かすも殺すも、生者次第。

 そして活かす義務と責任が、自分達にはある。

 

 彼の言葉が、マルコの内にもう一度火を灯す。

 

 ……すまない、ジャン。

 少しの間だけ、君を()()()にする。

 その代わり、約束させてくれ。

 ()()()この窮地を脱することは、もう出来なくなってしまったけど。

 君とミカサが繋いでくれた僕らの命は。

 

 「───総員に告ぐ」

 

 これ以上、一つも欠けさせない。

 

 「これより、ガス補給室の奪還作戦を実施する。各自、持ち場に付いてくれ。彼の事を想うなら、この作戦を必ず成功させるんだ」

 

 固く握り締めた拳から、血が滲んで滴り落ちる。

 

 亡き親友に、報いるために。

 マルコはもう、迷わなかった。

 

 

 

 

××××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 ───ガス補給室に入り込んでいる小型の巨人達は、最後に確認した段階で七体。

 算段としては、散弾銃を持った大多数の人員をリフトで降ろし、そこに食いついて来た連中の目を散弾にて潰した後、上の梁に登っていた別動隊が隙をついてうなじを削ぐ、といったものである。

 

 「……一人、足りんな……」

 

 そう言いながら、ライナーが別動隊となる人員を見渡す。

 ライナー、ベルトルト、アニ、マルコ、コニー、サシャ。

 現状、最も作戦を成功させられるであろう成績上位者達が集まっている訳だが、その数は六と不足している。

 本来であればここに、最大戦力となる()()が入る筈だったのだが……。

 

 「……ミカサは、まだ休ませてある。あんな事があった後だし、それに……彼女はもう充分働いてくれた。僕らはそれに報いないと」

 「そりゃそうだが……もう一体の巨人はどうするんだ?」

 「残す一体だけを先に決めて、他の六体をとりあえず討つ。その後すぐに、()()()()で一体を仕留めるんだ。脚を崩して、腕を切って、倒れた所を斬る……強引だけど、これしかない」

 

 この作戦には、六人が「必ず」一撃で巨人を殺す事が求められる。

 失敗すれば、きっと大勢が死ぬ。

 しかし、やるしかないのだ。

 今は外で「謎の奇行種」が暴れているお陰で他の巨人達の注意がそちらに向いているとは言え、それがいつまで続くかも分からない。

 短時間で目的を果たすには、この策で踏み切るしかなかった。

 

 「……リフトの方の指揮は、誰が?」

 「アルミンに任せた。『そっちに全員の命を背負わせてしまってゴメン』って言ってたよ」

 「そう……まぁアイツも、弱いクセに根性はあるからね。きっと大丈夫でしょ。それに、誰がやろうとリスクは同じなんだ。アイツが謝ることじゃない」

 

 フッと微かに口角を上げ、アニはブレードを抱えてとっとと梁に移動しようと階段を下る。

 慌ててマルコは彼女を追いかけ、他のメンバーもそれに続く。

 

 「……けどよ……立体機動装置も無しで、巨人を仕留めきれるか?」

 「行けるさ!相手は3〜4メートル級だ。的となる急所は狙いやすい」

 「うん……大きさに拘わらず頭より下、うなじにかけての」

 「縦1メートル、幅10センチ!!」

 「もしくは、ブレード(こいつ)を奴らのケツにブチ込む!!弱点はこの2つのみ!!」

 「!!知らなかった!!そんな手があったのか!!」

 「私も今初めて知りました……」

 「ライナー……それが君の最後の言葉になるかもしれないよ……」

 

 溜め息をついて、マルコは乾いた笑いを返した。

 

 

 

× × × × × × × ×

 

 

 

 「……撃てぇぇぇぇええええ!!!!」

 

 アルミンの絶叫が、ガス補給室に響き渡る。

 ギリギリまで巨人を引き付けた散弾銃の乱発砲は、見事に巨人達の視界を奪うことに成功した。

 

 ───あとは、此方が。

 巨人のうなじを削ぐだけだ。

 

 「今だ!!」

 

 マルコの号令と共に、六人が一斉に梁の上から飛びかかる。

 そのまま、十二本の刃が一気に振り抜かれた。

 

 (捉えた……!!)

 

 自身で削ぎ落としたうなじの肉片を視界の端で追いながら、マルコは巨人の討伐を確信する。

 他のメンバーの方を確認すると、ライナー、ベルトルト、アニは無事成功したようで、彼らの側には三体の巨人の骸が地に伏していた。

 だが……。

 

 「……サシャとコニーだ!!」

 

 ベルトルトが叫ぶ。

 二人の斬撃がやや浅かったのだろうか、彼らの担当した巨人は依然として生きており、徐々に視力を回復させて自分達を襲った人間を喰らおうとそちらに向かい始めている。

 

 「……急げ!!援護だ!!」

 

 そうマルコが言った直後、背後のリフトから耳を劈くような悲鳴が聞こえた。

 見れば、後に残していた一体の巨人が、視界が潰されているにも拘わらずリフトに(にじ)り寄り、訓練兵達を襲い始めている。

 散弾銃を撃ち尽くした彼らに為す術はなく、ただ小さな籠の中で逃げ惑い続け、そして───。

 

 「うわあぁぁあああ!!」

 

 ───とうとう、一人が捕まった。

 ()()()()()

 

 「……ッ!!!」

 

 方向を変えて急いで救出に向かったが、もう間に合わない。

 彼の身体が、巨人の口へ。

 捩じ込まれようとした。

 その時。

 

 ───部屋に、一陣の風が吹いた。

 

 穏やかな微風などではなく。

 もっと()()()()、嵐のような暴風が。

 

 「え」

 

 マルコは一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 気付けば、アルミンを捕まえていた巨人の身体が、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 巨人の手から逃れたアルミンの傍に、その原因となった()が降り立つ。

 その人物の残心の姿勢から、漸く事態が理解できた。

 

 ───「彼女」が、()()()()()()()()()()()()()と。

 

 「………………」

 

 無言。

 一言も発さず、彼女───ミカサは、自身が蹴り飛ばした巨人に向かって大きく飛びかかる。

 

 ……()()()()()()()()

 

 「………………」

 

 そして倒れている巨人の髪を引っ掴んで。

 思い切り()()()()()()()()()()()

 

 「……ぇ……?」

 

 巨人の身体は、「軽い」と。

 そんな噂を、耳にした事がある。

 まだ実証例が少ないらしく、兵団では明確に教わらなかったけれど。

 しかし、まさか……。

 

 立ち尽くすマルコを他所に、ミカサは攻撃の手を緩めない。

 

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 

 巨人の頭を掴んで、叩き付けるを繰り返す。

 グチャリ、グチャリと嫌な音が響き続け、最後には巨人の身体が衝撃に耐えられず、首から下がもげて吹き飛んでいった。

 

 「こ、れは……」

 

 マルコは、喉を鳴らして唾を飲み込む。

 ……素手で巨人を屠るなんて、前代未聞だ。

 

 「───おい!こっちの二体は何とか片付けたぞ!!今の音、は……?」

 

 急ぎ足で此方に向かってきたライナー達も、あまりの光景に言葉を失う。

 

 巨人の生首を掴んで佇むミカサの姿は。

 それほどまでに。

 怒りと、悲しみに、満ち満ちていた。

 

 その矛先は巨人へか。

 はたまた、()()()()へか。

 

 「……行こう」

 

 俯いたままのミカサが、そうぽつりと言った。

 ハッと我に帰ったマルコは急いで、リフトの班にガスの補給作業に移行するように指示を出す。

 暫く呆気にとられた様子だった彼らも漸く状況を飲み込めたのか、徐々に歓喜の声が広がり、我先にとガスボンベの方へ向かい始めた。

 

 「ミカサ……ありがとう、助けてくれて……」

 「……気にしないで、アルミン。貴方が無事で良かった……」

 

 そう、力なく微笑むミカサの顔は、酷く疲れているようで。

 痛ましくて、マルコは見ていられなかった。

 

 「マルコ……ごめんなさい、来るのが遅れてしまった。貴方達を危ない目に……」

 「そんなこと……!ミカサ、君はもう……!!」

 「私は大丈夫……大丈夫、だから」

 

 弱々しく言い張る彼女の姿は、何処か無機物めいており。

 明らかに()()が抜け落ち、欠けてしまっているのだと嫌でも気付かされる。

 

 マルコの目に、不意に涙が溢れた。

 

 「大丈夫な、もんか……!君は……君は……!!」

 「あ……泣かないで、マルコ。泣かないで……」

 

 その瞳は、輝きを失いながら。

 それでも目の前の少年に、涙を流して欲しくなくて。

 

 ガスの補給の順番が回ってくるまでの間、ミカサは優しく、マルコの頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

××××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 全員がガスの補給を終え。

 立体機動で壁を目指し始めた頃。

 

 エレンの巨人もまた、力尽きて倒れたのだった。

 

 あの時と同様、巨人のうなじからエレンが姿を現す。

 ライナーやベルトルト、アニもその瞬間を目にしていた。

 

 計画の達成を見届け、ミカサは静かにエレンの方へと飛んで行く。

 そうして彼の身体を抱き留め、その生存を確認した後、ズルリと膝を付いた。

 

 ───エレンは巨人の力があるから、戻って来れた。

 けれど、あの人は違う。

 もう二度と、戻っては来れないのだと。

 

 エレンの肩に顔を埋めて、静かに泣く。

 あの人の、最後の微笑みを思い出して。

 

 

 

 

 




 
ミカサの戦闘シーンは、アニメ版「悔いなき選択」のリヴァイをイメージしました。
 
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