キルシュタイン夫妻の逆行物語   作:1sen

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お久しぶりです!
仕事が忙しくて、ずっと死んでました……
 


ep.10 Ashes on The Fire

 

 

 

 ───ふと、思い出す。

 あなたの愛を知った、あの日を。

 

 エレンを失った私の元に、あなたは何度も足を運んでくれた。

 遠い海の向こうまで仕事に行ってしまった時は、いつも手紙をくれて。

 島へ帰ってきた時は必ず、明るくて楽しい話や珍しいお土産を持ってきてくれて。

 そしていつも、私と一緒にエレンのお墓参りをしてくれて。

 あなたのお陰で随分と寂しさが紛れたのを、よく覚えている。

 

 でも私、あなたがどうしてそんなにも気にかけてくれるのか分からなかったの。

 あなたは仲間思いの人だから、きっと戦友である私の事も同じように大切にしてくれているだけだろうと思ってて。

 あまり無理をして来なくても大丈夫だと言ったけれど、『俺が来たいから来てるだけだ』ってあなたは譲らなかったっけ。

 

 どうしてそんなに、って。

 ある時ついに、私は聞いてしまったのだ。

 

 『……お前が、エレンの傍に居たかった理由と同じだよ』

 

 ただ、それだけ。

 あなたはさらりとそう言って、優しく微笑んでいた。

 

 ……それが、どれだけ。

 私の心臓を跳ねさせたか、あなたは知らなかったでしょう。

 きっとあなたは、()()()()()()じゃなかっただろうから。

 

 その想いは何より、私自身がよく知るものだった。

 何もいらない、何も得られなくて良い。

 ただ、その人の傍に居たい。

 

 それは、私の知る「愛」に他ならなかった。

 

 それから私は、世界がとても色付いて見えるようになった。

 あなたと共に過ごす時間は、穏やかで……輝いていて……。

 あなたの愛に包まれているのが、何よりも幸せだった。

 

 でも、その幸せを感じる度に。

 同時に、酷い罪悪感にも駆られていた。

 

 エレンを忘れられない自分が、彼の愛を受け取って良い筈がない。

 もっと相応しい、彼の事だけを愛してくれる人と、幸せになるべきだ……と。

 私の事なんかより───。

 

 『───お前が良いんだ。ずっとエレンを想ってて、ずっとそのマフラーを巻き続けてる、お前が』

 

 罪悪感に耐えられなくなった私が漏らした本音を、彼は真っ直ぐに受け止めてくれた。

 

 『変わらなくていい。変わる必要なんてない。俺は、()()()()()()()()()()を、愛してる。それじゃダメか?』

 

 そう、苦笑しながら私の手を取った彼の顔は。

 涙で、よく見えなくなってしまっていて。

 

 その後に交わした、優しい口付けの記憶だけが。

 深く深く、脳裏に刻み込まれている───。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 どうして。

 こんな時に、思い出すの。

 

 あの、陽だまりの中のような。

 温かい記憶を。

 

 ……どうして。

 思い出して、しまうの。

 

 「……殺シテヤル……」

 

 戻りたい。

 

 あの、幸せな日々に。

 

 「……エレン!!知っていることを全部話すんだ、きっと分かって貰える!!」

 

 帰りたい。

 

 私達のお家に。

 

 「……今、貴様らがやっているのは人類に対する反逆行為だ!!貴様らの命の処遇を問わせて貰う!!」

 

 会いたい。

 

 子供達に。

 

 「……貴様の正体は人か!?巨人か!?」

 

 何より、あなたに。

 もう一度会いたい……。

 

 「……し、質問の意味が分かりません!!」

 「……シラを切る気か!?化け物め!!」

 

 ───煩い。

 

 「……私は貴様らに躊躇無く榴弾をブチ込めるのだ!!」

 「……今なら簡単です!!」

 

 ───五月蝿い。

 

 「……奴が人に化けてる内にバラしちまえば!!」

 

 ───うるさい!!

 

 「うぅぅっ!!」

 

 声にならない声を張り上げ、ミカサは手にしていたブレードを思い切り地面に叩き付けた。

 辺り一帯に反響する、強烈な破砕音。

 粉々になった刃の破片が四方八方に飛び散る様を見て、ミカサ達の周囲を取り囲んでいた駐屯兵達はたちまち言葉を失ってしまった。

 

 「………………もう……黙って……お願い……」

 

 歯を食いしばって、駐屯兵達を睨み付ける。

 彼女の、まるで獰猛な獣のように鋭く殺気の籠もった目に戦意を削がれ、震え上がった彼らは皆一様にじわじわと後退(あとずさ)っていく。

 

 「み……ミカサ……?」

 「ミカサ、ダメだ!反抗的な姿勢を見せちゃ……!!」

 

 エレンとアルミンの声が背後から聞こえるが、今のミカサにはそれに応じる余裕も気力も無い。

 ただ()()()、自分達に敵意を向けてくる者の前に立ちはだかる。

 強い意志もなく、大きな感情もなく、ただ息をする機械仕掛けの修羅と成った一人の少女がそこに居るだけだった。

 

 ───もう、分からないのだ。

 自分がどうしたら良いのか。

 

 力なく天を仰いで、彼方の空を見つめる。

 

 ……いっそ、()()()()()()()()()()()()()()()

 そもそもがよく分からないこの過去の世界で、ただ生き続ける事に何の意味があるというのだろうか。

 もしかしたら、死んでしまえば全部()()()()事になって、彼も私もあちらの世界に戻っているかもしれない。お互いに長い夢を見ていたと、あの木の下のお墓の前でまた笑い合えるかもしれない。

 少しでも、あなたに会える可能性があるなら。

 私はそちらを選びたい。

 一人っぽっちはもういやなの。

 置いてかれるのはもういやなの。

 

 ……さむい。

 

 お願い。

 私も一緒に───。

 

 「……もう一度問う!!貴様の正体は何だ!?」

 

 もう暫くもすれば、あの駐屯兵達の隊長が私達に榴弾を撃ち込む。

 

 「……自分は……!人間です!!」

 

 このままじっとしていれば、きっとエレンの手も届かない。

 

 「……悪く思うな……誰も自分が悪魔じゃない事を、証明できないのだから……」

 

 そうして、隊長の手が振り下ろされる。

 上から響く、砲撃の音。

 

 ───そっか。

 これで終われるんだ。

 

 さようなら、皆。

 また会えて、本当に嬉しかった。

 

 どうか、元気で───。

 

 「……うおおおぉぉぉぉおおおぉおぉおお!!!!」

 

 咆哮と共に、ミカサの身体が勢い良く後ろに引っ張られる。

 

 振り向きざま、彼女が最後に見たのは。

 必死の形相でアルミンを抱えながら、此方に飛びかかり。

 自分を引き寄せた手をそのまま、勢い良く噛み千切った。

 

 エレンの、姿だった───。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 気が付くと。

 ミカサとアルミンは、エレンが作り出した巨人の骸の下に居た。

 

 「……うあああぁぁああああ……!!!」

 

 『外』から届いた兵士達の絶叫と共に、巨人体の中から這い出てきたエレンが慌てて此方に駆け降りてくる。

 

 「オイ!?大丈夫か!?お前ら……」

 「……エレン!?これは───」

 「わからん!!ただこいつはもう蒸発する!!少し離れるぞ!」

 

 エレンは二人を連れて、骸の奥に移動する。

 それからエレンは、父であるグリシャから()()()()注射を打たれたこと、地下室について教えられたことを思い出したようで、その情報を隠していたことに戸惑いと憤りを露わにし、怒りのままに骸の骨を殴り付けた。

 

 「クソッ……何でだ!そもそも今どこで何を……」

 「エレン!それよりも、僕らは……!」

 「……!あぁ……」

 

 そうして、エレンとアルミンが今後のプランについて話し合いを始める中。

 ミカサはただ呆然と、朽ち行くエレンの巨人の骸を見つめる事しか出来ずにいた。

 

 ───生き延びてしまった。

 

 ぼんやりと、最初に感じた事はただそれだけだった。

 

 ……どうしよう。

 あそこで終わりだと思っていたから、本当に何も考えていなかった。

 奇しくも、嘗てと同じ状況にはなっている。このままアルミンが皆を説得するよう動いてくれれば、やがてピクシス司令がやって来て、場を収めてくれるだろう。それで、二人の命は助かる筈だ。

 

 でも。

 私は、もう。

 

 「……分かった。僕が必ず駐屯兵達(かれら)に話を付けてみせる。二人とも、極力抵抗の意志が無いことを示してくれ」

 

 そう深く頷き、アルミンは自分の装備を次々に外していく。

 ()()()よりもずっと、強い意志を宿した瞳で駐屯兵達の下へ向かおうとする彼と、そこで不意に目があった。

 

 「……ミカサ。一つ、聞いていいかな?」

 

 悲しげな表情で、アルミンは優しく問いかける。

 

 「君が、さっきの砲撃から逃げなかったのは……やっぱり、()()()()()()かい?」

 「……!!」

 「気持ちは分かるよ……誰も、君を責めたりなんかしない。でも、『彼』は……きっとそれを望んでないと思う。きっと君に、前に進んで欲しくて、君の手を掴んだんだ」

 

 そう言って、アルミンは立ち上がる。

 弱気な少年だった彼はもう、どこにも居ない。

 そこには、未来の姿と変わらぬ力強さを秘めた、紛れもない「男」がいた。

 

 「()()()()()()()()……これが、僕の『答え』だ」

 

 一度だけ柔らかく微笑み、アルミンは勢い良く駆け出した。

 

 「……なぁ、ミカサ。やっぱお前、死のうとしてた……んだよな。一体あれから、お前らに何があったんだ……?アルミンは何か知ってたみたいだけどよ……」

 

 状況がさっぱり分からないといった様子のエレンが酷く困惑しながらミカサに問い掛けるが、彼女の方はその声に全く気付いていなかった。

 まるで取り憑かれたように一点だけを見つめ、そのままぴたりと動かなくなってしまう。

 

 彼女の目がじっと、遠ざかるアルミンの背中を追う。

 そこに、『彼』の影があるような気がしたから。

 

 ───あの人の意思が、まだ生きてる。

 色んな人の心を、強く、変えている。

 

 視界が滲む。

 目の縁から溢れた滴が、静かに頰を伝って地面に落ちた。

 

 ……ねぇ、ジャン。

 あなたならどうする?

 

 私、思うの。

 あなたがもし、此処に立っていたなら。

 きっと、ああして怖がっている駐屯兵達(かれら)の心さえ、変えてしまっていたんじゃないかって。

 

 強い人の気持ちにも、弱い人の気持ちにも。

 どちらにも寄り添える、あなただからこそ。

 理屈以上に、()()()()として。

 皆が納得できる言葉を、彼らに届けられていたんじゃないだろうか。

 

 ───でも。

 結局はこれも、「もしも」の話。

 どれだけ祈っても、どれだけ願っても。

 あなたはもう二度と、帰ってこないから。

 

 こんな私じゃ、あなたのようには、到底───。

 

 『……諦めるなよ、ミカサ』

 

 ……。

 

 『やれることは全部やって、くたばる寸前までは精一杯足掻いてみようぜ』

 

 ……。

 

 『俺達は、往生際の悪い調査兵団なんだからな』

 

 ………………。

 

 ()()に来たばかりの頃。

 彼にそう言われたのを思い出す。

 泣いていた私を包んでくれた、温かいあの手が。

 今日もまた、私を助けてくれたのだ。

 

 ───あぁ。

 そうだった。

 私は。

 

 「……エレン」

 「……え?」

 「ごめんなさい、すぐ戻るから」

 「ちょっ……み、ミカサ!?お前どこ行くんだよ!?」

 

 エレンの声を振り切り、ミカサは立ち上がってゆっくりと前に歩き出す。

 

 自分の言葉に、どれだけの力があるのかも分からない。

 もしかしたら、この選択は間違っているのかもしれない。

 けれど、結果なんて誰にも分からないのだ。

 僅かな歯車の狂いが悲劇を齎す事を、私はよく知っているから。

 

 それに、あなたなら。

 きっと()()()()でしょう。

 

 ……アルミンの隣を走る、彼の姿を思い浮かべる。

 

 私は「ミカサ・キルシュタイン」。

 (ジャン)に救われ、託された。

 

 彼の代わりには、なれっこないけど。

 彼がいない今、せめて。

 

 ───彼の分まで、頑張らないと。

 

 零れる涙を拭い、彼女は敢然と進んでいった。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 「……つまり()()は彼の事を、我々人類と同じ捕食対象として認識しました!!我々がいくら知恵を絞ろうとも、この事実だけは動きません!!」

 

 己の目で見て知り得たその『根拠』を、己の持ち得る言葉の全てで駐屯兵達にぶつける。

 人間の『感情』がエレンの存在を恐れさせるのなら、人間の『理性』の側面で以て説き伏せるしかない。()()というたった一つの、されど揺るぐことのない武器を使って。

 

 アルミンは、自分の考えの全てを出し切った。

 あとは、彼らがどう出るか───。

 

 「……迎撃態勢をとれ!!奴らの巧妙な罠に惑わされるな!!これ以上、奴らの好きにさせてはならん!!」

 

 駐屯兵達の隊長が、怯え切った顔でそう叫んだ。

 それを見て、アルミンは思わず歯軋りする。

 

 ───ダメだ。

 考えることを放棄している。

 考えることが怖いんだ。

 

 どうすればいい……!

 理屈じゃ届かない、彼らの恐怖を取り除くには、どうしたら───!!

 

 ……その時。

 ガシャン、ガシャンと。

 アルミンの背後で金属の鈍い落下音が響いた。

 

 「な……!?」

 

 隊長を始め、駐屯兵達が一様に驚愕の声を上げる中、その人物はゆっくりとアルミンの横に並び立つ。

 その黒曜石のような瞳で、静かに眼前の男を見据えながら。

 

 「───皆さんに、率直に伺います。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 不遜に、そして大胆に。

 己の武装を全て解き、丸腰になった彼女───ミカサはしかし、一切の躊躇を見せる事無く、さらりとそう問い掛けた。

 

 「……な、んだと……?」

 「ここで、抵抗の意思もない怪物を大砲で脅す事ですか?分からないものには分からないと蓋をして、思考をそこで諦める事ですか?……それで、()()()()()()()()()()()()()()()()()?いつ、敵を上回る事が出来るのですか……!?」

 

 そうだ。

 これも、あなたの言葉だったっけ。

 

 「……き、貴様……ッ!!何を無礼な……!!」

 「私の無礼なら、後でいくらでも罰せばいい!!」

 「……っ……!?」

 「(エレン)の事だって、いくらでも追求すればいい!!どんな仕打ちも、罰も受ける!!……()()!!」

 

 ミカサは叫ぶ。

 ……喋るのは昔から下手くそだ。説明とかも苦手だし。

 言語力が残念だって、前に彼から言われたのを思い出す。「そこがいい」って彼は笑ってくれて、嬉しかったけどちょっぴり恥ずかしかった。

 相変わらず、上手く言葉は選べない。

 だが不思議と、口は動く。

 ───『言いたい事』は、とっくに決まっていたから。

 

 ()()()()()!!」

 

 あなたの思いを。

 あなたの信念を。

 皆に。

 

 「どの道私達は、『鎧の巨人に後門を破られたら終わり』なんでしょう!なら()()()()()使()()()()、すぐにでも巨人を街から退けなきゃいけない!人類(ひと)の力だけじゃどうにもならないなら、怪物に首輪をかけて従えればいい!怪物が暴れるなら、他の怪物達への囮か餌にでもすればいい!どうにだって『利用』出来る(エレン)の力を、()()()()手放す理由があるのですか!!」

 「……!そうです!!彼の持つ『巨人の力』と、残存する兵力が組み合わされば、この街の奪還も不可能ではありません!!彼の戦術的価値を説けるのであれば、この命が果てるのも本望!!我々はとうに、人類復興のために心臓を捧げました!!今我々を生かすこの鼓動が最後の一拍を刻むその時まで、我々は人類の栄光を願い続けます!!」

 

 ミカサの声に背を押されるように、アルミンは右の拳を胸に打ち付けて力の限り咆えた。

 二人の剣幕に圧倒され、駐屯兵達は言葉を無くす。

 一帯に轟いた彼らの叫びは、さながら雷鳴の如く。

 聞く者全ての芯を揺らし、震わせる。

 

 「……貴方達の気持ちだって、理解出来ない訳じゃない……!分からないものは、怖いから。目も耳も塞いで、何も考えない方が、絶対に楽な筈だから。……私も同じ。誰かに物申せる程、私は立派な人間じゃない。でも、だからこそ……私は貴方達に、言わなきゃいけないの……!」

 

 彼に誇れるように。

 彼に報いるために。

 

 「───私達が()()()()()()()()()()を……!!」

 

 静かに。

 されど、力強く。

 少女の声は凛と響き渡った。

 

 「……………………」

 

 沈黙が数秒か、数十秒か、はたまた数分も続いた頃だろうか。

 目を固く閉じ、唇をきつく結んで黙り込んでいた隊長が、のろのろとその手を掲げる。

 

 「───()()()()()()()……」

 

 憔悴し切った顔で、歯を食い縛りながら彼は周囲の部下達にそう告げた。

 

 「……イェーガーには手錠をかけ、鎖に繋いで拘束しろ。抵抗するなら、その場で殺してしまって構わん」

 「た、隊長……!!宜しいのですか……!?」

 「いい、リコ……どの道もう少しで、ピクシス司令がいらっしゃるだろう。あの方の判断に委ねる。それまでは……引き続き、ヤツへの警戒を怠るな。あの二人にもだ……司令が到着されるまで───」

 「その必要はないぞ、キッツよ。ワシならここにおる」

 

 隊長の背後から突然、壮年の男が姿を現す。

 特徴的な禿(かむろ)の頭に、豊かに蓄えられた口元の髭。

 そしてその顔には、生来の変人として謳われる「彼」らしい、実に満足そうな笑みが浮かんでいた。

 

 「良き判断じゃったな。お主は図体の割に子鹿のように繊細な男じゃと思っとったが……今一度、認識を改めねばなるまいて」

 「し、司令……」

 「状況は早馬で聞いておる。この一連の(くだり)も、半ばからではあるがこの目で見させて貰った。彼らの身柄はワシが預かろう。ワシから彼らに直接問いたい事もあるのでな」

 

 隊長(キッツ)の肩を労うように軽く叩き、周囲に侍らせていた護衛の兵士達にも席を外すよう言いつけて、その男はまるで散歩でもしているかの如く平然とミカサ達の下へ歩み寄り、朗らかに語りかける。

 

 「さて……勇気ある、若人達よ。少しばかり(じじい)の話に付き合ってくれぬか?」

 

 駐屯兵団最高司令官兼南方領土最高責任者、ドット・ピクシス。

 人類の防衛を担う最大の権力者である彼はしかし、その立場に似つかわしくない好々爺然とした態度で、壁の上を指しながら目配せをするのだった。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 それから、話は非常にスムーズに進んでいった。

 エレンは自身の記憶で見た父との会話から、地下室に巨人の秘密が隠されている事をピクシス司令に伝え、アルミンはエレンの巨人の力を使って大岩を移動させ、穴を塞ぐ算段を提案した。

 司令はすぐにその提案を受け入れ、参謀達を壁の上に呼び付けると、彼らとアルミンに作戦を練らせ始める。

 作戦の要となるエレンには、彼が知り得る己の情報を全て参謀達に共有させるように命じ、後は策の目処が立ち次第、司令の口から駐屯兵と訓練兵達にトロスト区の奪還の旨を述べて貰うだけとなっていた。

 

 しかし。

 

 「……あの……ピクシス司令?私に、何かご要件が……?」

 

 ミカサは彼らと離れた所で一人、司令と共に壁の上を歩いていた。

 『お主と話がしたい』と呼び出され、言われるがままに彼に付いて来たが、正直言ってその理由が全く分からない。

 心当たりがあるとすれば、さっきの上官への無礼だろうか。何をどう責められた所で、自分には謝ることしか出来ないのだが。

 

 「なに、ただの世間話じゃよ。肩肘を張ってくれるな。ワシはどうも昔から堅苦しいのが苦手での、こうして一対一(サシ)で話すのが一番『自分』を出せる……と言ったところか」

 

 そうして司令は唐突に立ち止まり。

 振り向きざまに、ミカサへ軽く()()()()()

 

 「……え?」

 「───先程の演説、感服した!場所が場所なら、席から立ち上がって盛大に拍手を送りたい所じゃったが……今はこれぐらいでしかアピール出来んの」

 「あ……えっと、ハイ……ありがとう……ございます……?」

 

 カラカラと笑いながら頭を掻く司令に、ミカサはしどろもどろになりながらも礼を返す。

 そんな彼女を愉快そうに見つめて、司令は深く溜め息をついた。

 

 「『今、何をすべきか』……か。まさに、兵の本質じゃな」

 「……本、質……」

 「置かれた状況を正しく理解し、己に出来る事は何か、為さなければならない事は何かを考える。『集団』という括りに求められるのは常にそういう資質じゃ。それを理解はしていても、行動に落とし込める人間はそう多くないじゃろて」

 「……」

 「故に、お主のような若い人間が言ってのけるとは思わなんだ。いやはや、今時の新兵は随分と優秀じゃの。是非とも駐屯兵団に来て欲しいが……その覚悟を持つ者にとっては、この壁の中はちと狭すぎるやもしれんな」

 

 残念そうに苦笑する司令の目は、遠い南の空の方へと向けられていた。

 

 ───違う。

 違う……違う……!

 その言葉は。称賛は。

 自分が受け取って良いものじゃない……。

 

 とっくに限界を超えていたミカサの心は。

 そこでとうとう、堰が切れてしまった。

 

 「……私……」

 「む?」

 「……大切な人が、いたんです……」

 

 景色がぼやける。

 鼻の奥がつんと痛くなって、声が震えだす。

 

 「こんな、私なんかのことを、『愛してる』って言ってくれて……沢山の幸せをくれて……ずっと、傍に居てくれて……」

 

 止まらない。

 止められない。

 

 「そして……死ぬ筈だった私のことを助けてくれて……代わりに……」

 

 湧き上がるのは、後悔と。

 自分への虚しい怒りだけだ。

 

 「さっきのは……彼の言葉です。彼ならきっと、こういうだろうって……ずっと、一緒にいたから……」

 

 それ以上は。

 もう、続けられなかった。

 咄嗟に顔を背け、袖で乱暴に涙を拭う。

 

 「……そうか……辛い思いをしたの」

 

 そう呟いた司令の声は、どこまでも優しかった。

 

 「良い男じゃ。一度会ってみたかったわい……さぞや、好青年だったんじゃろうて」

 「……顔は、ちょっと怖い方でした……」

 「はっはっは、これは一本取られた。うむ……()()()()、良き愛じゃ」

 

 司令は小さく笑って、ミカサの肩を叩く。

 その時丁度、アルミン達のいる参謀側から司令を呼ぶ声が届いた。

 来た道を戻る最中、背中越しに司令が告げる。

 

 「……己のために死んだ者に報いるには、己の価値を損なわぬ事じゃ。己を卑下してはならん。己の命を諦めてはならん」

 「……はい」

 「過程がどうあれ、結果としてお主は託された。そして、その者は間違いなくお主の中で生きておる。()に活躍して貰うぞ……若き兵達よ」

 「……はい……!」

 

 目元を擦り、ミカサは前に踏み出す。

 眼下に見える街の一角を、ちらりと一瞥して。

 

 ───あなた。

 助けてくれて、ありがとう。

 私、頑張るから。

 今はまだ迎えに行けないけど。

 後でちゃんとお礼を言いに、会いに行くから。

 

 ……少しだけ、待っていて。

 

 瓦礫の下に眠っているであろう彼に、心の中で語りかける。

 

 覚悟を決めた女の瞳には、大きな炎が宿っていた。

 

 

 

 

××××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 ────街の一角。

 

 堆く積まれた、とある場所の瓦礫の山。

 

 誰も気付かない。

 

 兵士はおろか、街中に蔓延る巨人達でさえも。

 

 けれど、それは仕方がない。 

 

 あまりにも小さく、あまりにも微かで。

 

 ほんの僅かな風でも、掻き消えてしまっていたから。

 

 ……だが。

 

 確かに、『在る』。

 

 瓦礫の山の、その一部分に。

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

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