キルシュタイン夫妻の逆行物語   作:1sen

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ep.15 tragedy and fate

 

 

 

 

 

 ───妙に気まずい空気が漂う中、バタバタと逃げるようにリコが部屋を後にして、暫く。

 あれっきり、ミカサは此方と全く口を利いてくれなくなってしまった。

 

 「……」

 「……なぁ、ミカサ」

 「……」

 「おーい」

 「……」

 「俺が悪かったって、ホントに……頼むから、返事だけでもしちゃくれねぇか……」

 「……」

 「あと、おでこで胸んとこぐりぐりすんのもやめてくれ……痛いから、今めっちゃ身体痛いから」

 「……〜〜〜!」

 「ゔぐっ!?いだだだだだ!!痛い痛い痛い痛い痛い、ギブギブギブギブ!!」

 

 情けなく悶絶の声を上げるが、一向にミカサは止まってくれない。

 ベッドの上に押し倒された状態で為す術もなく、延々と額で攻撃され続ける。

 

 「ゔ、ゔぅ……いてぇって、言ってんじゃんか……」

 「……か」

 「え?」

 「ばか……馬面……悪人面……カッコつけ……スケコマシ……馬面……」

 「おい何で二回言った」

 「……うるさい」

 

 此方の胸の上に突っ伏したままべしべしと、雑に顔をはたいてくる。

 目にも口にも鼻にも頬にも、ありとあらゆる所に彼女の掌が降り注いだ。 

 ……けれど。

 その手は、先程の()()()()()とは打って変わって酷く弱々しくて。

 微かに、震えているのが分かった。

 

 「……心配、した」

 「……!」

 「本当に、心配、した……!」

 

 此方のシャツを掴んで、ミカサはまた顔を伏せる。

 時折すすり泣くような声が、胸元から痛々しく響いてくる。

 

 「怖かった……またあなたが、居なくなってしまうんじゃないかって……折角、帰ってきてくれたのに……」

 「……ミカサ……」

 「あなたが瓦礫の中に消えた、あの時……私はもう、どうしたら良いのか、分からなかった……」

 「……」

 「もういっそ、死んでしまえたらとさえ、思った……そうすれば、もしかしたら()()()に戻れるんじゃないか、って……また、あなたに会えるんじゃないか、って……」

 「……っ」

 「でも……諦めたら駄目だって、前にあなたに言われたから……私、頑張った……あなたの分まで頑張らなきゃって、頑張ったの……助けてくれたあなたに、報いたかったから……」

 

 そう言って、手繰るように小さくシャツを引っ張るその姿が。

 あまりにも儚くて、痛々しくて。

 ───ジャンはそれ以上、口を開く事が出来なかった。

 

 「あなたが、女性にだらしのない人じゃないのは分かってる……今更、そんな事疑わない……でも、さっきは本当に、胸が苦しくて仕方なかった……」

 「……」

 「……ずっと、あなたが目を覚ますのを待ってて……その手でもう一度、触れて欲しくて……なのに、そこには私じゃない、他の女性(ひと)が居て……それがどうしようもなく、辛かった……嫌で嫌で、堪らなかったの……」

 

 ……あぁ。

 これは。

 こればっかりは。

 何も、反論出来ない。

 

 「……私の……なのに……」

 

 つくづく。

 己の情けなさを恥じ入る他なかった。

 

 「……お願い……行かないで……何処にも、行かないで……」

 

 大事な嫁に。

 大事な、家族に。

 何をやってやがんだ、てめぇは。

 辛い思いをさせた挙句、傷つけ、悲しませ、あまつさえ泣かせて、か?

 

 ───馬鹿でいるのも大概にしろ、この大馬鹿野郎。

 

 「……ミカサ。そのままで良い、聞いてくれ」

 

 ゆっくりと、彼女の頭を胸に抱き寄せる。

 互いに決して離れぬよう固く、力強く。

 その綺麗な黒い髪を優しく撫でながら、ジャンは囁くように呟いた。

 

 「本当に、本当にすまなかった……お前に、辛い思いをさせちまって。あの時も、今も」

 「……うん」

 「……約束する。何処にも行かねえ。お前を、置いていったりなんかしねえよ。……俺がくたばるのは、婆さんになったお前をきっちり最期まで看取ってからだ。俺がお前から離れるとしたら、あの世でお前がエレンとまた会えてからだ。それ以外で、お前の前から消えたりしない……絶対に」

 「……っ」

 「傍に居る。何があろうと、ずっと」

 

 ───これ以上。

 お前に家族を、失わせてたまるかよ。

 

 「……愛してるぜ。()()()()な」

 

 例え、()()()()を失うことになったとしても。

 この愛だけは、奪わせてやるものか。

 

 ニッと、ミカサに笑い掛ける。

 腕の中で感じる彼女の体温は、とても暖かくて。

 漸く、『帰って来たのだ』という実感が湧いてきた。

 

 「……ズルい」

 「ん?」

 「ズルい、ズルい、ズルい……」

 

 胸の中で、ミカサが首を振る。

 イヤイヤと顔を擦り付けるような仕草がどうにも愛らしくて、思わず苦笑が溢れてしまった。

 

 「そんな……そんな風に言われたら……もう、怒れない……」

 「ん……まだ、()()()()()()()()か?」

 「……いじわる……」

 「かもな」

 

 彼女の頬を、優しく擽る。

 指先に触れる白く柔らかな肌が、ほんのりと赤く染まっていた。

 

 ───全部が、愛おしい。

 きっとこの先、何度生まれ変わっても、自分は彼女に恋をする。

 その時にまたこうして。

 想いを伝えられたら良いんだが。

 

 「───……!」

 「うん?……うぶっ」

 

 するり、と。

 突然、ミカサが腕の中から消えた。

 驚く間もなく、今度は此方の顔が二つの手で鷲掴みにされる。

 ……がっちりと固定され、首から上が全く動かせない。

 

 「お、おい。何を……」

 「ジャン」

 「えっ、あっ、おう」

 

 彼女の、夜空のように美しい漆黒の瞳の奥に。

 ───もっと()()何かが揺らめいて見えたのは、果たして気のせいだろうか。

 

 「……奥さんを困らせるのは、このお口?」

 「はい……?何言って……むぐっ!?」

 

 聞き返す暇もなく。

 唇が、暖かいものに包まれる。

 目の前には、仄かに上気した妻の顔。

 粘り気のある水音が、静かな部屋の中で反響する。

 

 ……溶け合う。

 ……絡まり合う。

 

 こんなにも激しいのはいつぶりだったろうと、熱くなった頭でふと考える。

 もしかしたら肉体の若さに、精神も幾らか引っ張られている部分があるのかもしれない。

 

 きっとその瞬間、自分達二人は『夫婦』ではなく。

 ただの、『男女』に()()()()()

 

 「ぷはっ……私……私の……」

 

 唇から滴りかけた唾液を舐め取り、指先で小さく拭いながら譫言のようにそう呟く彼女の姿は。

 あまりにも、扇情的で。

 

 「ミ、カ……サ……」

 

 ……思わず自分も、喉を鳴らしてしまった。

 

 また、距離が近付く。

 また、互いの吐息が重なる───。

 

 ───と。

 

 「……おお。ここかの、(くだん)の英雄の部屋は?案内して貰って助かったわい。危うく爺が一人迷子になる所じゃった……」

 「……いえ、滅相もない。それに私も、彼に用がありましたので。しかし、まさか貴方がこんな所にいらっしゃるとは思いませんでした……」

 

 声が、聞こえる。

 部屋の外に、誰かが……。

 

 「「っ!!」」

 

 咄嗟に、互いの身体から離れる。

 コンコンと、扉をノックする音が響き渡ったのは、その直後の事であった。

 

 「……キルシュタイン。私だ、イアンだ。入っても良いか?」

 「は、はい!問題ありません!」

 

 ガチャリと、扉が開かれ。

 その向こうから、安堵の表情を浮かべたイアンが顔を覗かせる。

 

 「……やっと目を覚ましたか。リコの奴から、お前が起きたと聞いて飛んできたが……元気そうで、安心したぞ」

 「あ、ありがとうございます。班長方も、ご無事なようで……!」

 「ああ……()()()で、な。もう少しゆっくりお前と話をしたい所だが……今は私個人の感情よりも、優先せねばならない事がある。寝起き早々で悪いが、お前に『お客人』だ」

 「……お客人?」

 

 首を傾げながら、扉の向こうを見つめる。

 道を開けるようにして退いたイアンの奥から、ぬるりと現れたのは───。

 

 「おう、すまんすまん。ワシが我儘を言って、連れてきて貰ったのじゃ。お主の顔を、()()()拝みたくての」

 

 ひょっこりと、その風体にそぐわない気さくさで部屋に入って来た人物を見て。

 ジャンはまたズルリと、ベッドから転げ落ちそうになってしまった。

 

 「……ピ、ピクシス、司令……!!?」

 「久しいの、キルシュタイン。以前の()()()()以来じゃな。『壁の英雄』がまさかお主じゃったとは!まっこと、世間は狭いのう」

 

 カラカラと笑う、自分達の()()()()()()()の姿に。

 ジャンは呆気に取られ、目を瞬かせる事しか出来ずにいた。

 

 「む、アッカーマン?お主もおったのか!いやはや、無事だったようで何よりじゃ」

 「あ……はい。え、と、ジャンとはどういった……?」

 「いやなに、ちぃとばかし前にな。中々に面白い勝負事があったのじゃ。のう、キルシュタイン?」

 「そ、う言えば、そんな事もありましたね……()()()()

 「はて、まだ一年程しか経っとらん筈じゃが……まぁ、それはさておき。『話』は既に、このイアン達から聞いておる。随分とまぁ、無茶をしたようじゃの?」

 

 此方を一瞥し、深い溜め息を一つ。

 ……一体何を言われるのかと、内心でビクついていると。

 

 「……一人の『大人』として、お主らのような若者が身を投げ出す事を肯定したくはないが……それでもワシは、一人の『兵士』として、お主に()()()を付けねばなるまいて」

 

 ツカツカと、司令はベッドの横に歩み寄り。

 唐突にその場にしゃがみ込んだかと思うと、そのまま膝に手を付いて、此方に向かって深々と()()()()()

 

 「───恩に着る。その無茶で、大勢が救われた。いつか必ず、その勇に報いると誓わせてくれ」

 「ちょっ!?やめてくだ、いいいいてててて……!」

 

 慌てて立とうとして、また身体中に痛みが走る。

 しかし何とか気合いで起き上がり、息を切らしながら司令と向き合った。

 

 「っぐ……あ、頭を、上げて下さい……!貴方のような立場の方が、そんな……!」

 「……『立場』とは、厄介なものじゃな。気付けば責任ばかりが増えていって、己の一挙一動に常に何かが付き纏う。実に面倒な事ばかりじゃ、のう?」

 「───っ」

 

 ……その感覚には。

 少しだけ、覚えがある。

 

 世界を救った英雄として名を馳せ、国政にすら関与出来る程の地位を得て。

 机と紙の上が戦場となり、言葉とペンが武器となった未来では。

 ───確かに、窮屈に感じる事は多かった。

 

 己の行く足一つで、周りの人間がバタつく。

 己の下げる頭一つで、国の情勢が動く。

 自分の行動全てに、気を払い続けなければならない日々だった。

 

 「この重圧から解き放たれたいと、何度思ったか……途中から、数えるのも馬鹿らしくなってしまったわい」

 「……」

 「じゃが……嫌だ嫌だと喚いても、今のワシの仕事は『これ』なのじゃ。ならば、何があっても勤め上げるしかあるまい。それが兵士としての義務でもあるが故、な」

 

 半ば自嘲するように、小さく司令は笑った。

 

 ……きっと。

 今の自分には、彼の気持ちが()()()()()()()()()()

 

 「……違う……」

 「む?」

 「……それだけじゃ、ないんでしょう。貴方が、立場を投げ出さない理由は」

 

 この人は。

 『未来』の、己だ。

 

 為政や外交に疲れ果てて、時々仲間達やミカサに愚痴を聞いてもらって。

 面倒と問題が山積みの職務に、頭を抱える毎日で。

 

 それでも目の前の使命から、目を背けられないのは。

 

 「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「!」

 

 ───地ならしが起こった、あの日。

 感情と理屈の狭間で揺れていた自分の前に現れた、仲間達の影。

 

 「自分達の捧げた心臓がどうなるか、彼らも知りたい筈だから。彼らに、自分の生き様を誇れるように在りたい一心で、己を()()()()()()……」

 

 あの影は、今もずっと変わらず。

 自分の背中を見ているだろう、と。

 

 「……()()()()()()()()()()()から。自分の『今すべき事』から、()()()()()()。そんな、曲げられない信念みたいなものが、貴方の中にあるのではないですか」

 

 真っ直ぐに、司令の目を見つめる。

 その後ろにある自分自身の幻影に、今一度問い掛けるように。

 

 ……年季を感じさせる穏やかなその瞳の奥が。

 僅かに、輝いたような気がした───。

 

 「……不思議じゃな」

 「はい?」

 「前に会うた時は、年相応の若さが見えておったが……たった一年で、人はここまで熟するものかの……」

 

 ボソリと呟きながら、司令は静かに立ち上がった。

 

 「……寝起きに、騒がしくしてすまなんだな。ワシらはそろそろお暇するとしよう。この本部は好きに使ってくれて構わん。調子が戻るまでは此処におると、ワシの方から訓練兵団側にも伝えておく。それと……そうじゃな、手の空いた医官に後でお主を診て貰うよう、声を掛けておくとするかの」

 「えっ、あ……は、はい!すみません、お手数をおかけして……!」

 「うむ、大事にの。あとはゆっくり、二人で()()を楽しんどくれ」

 「ぶっ!?」

 

 吹き出すジャンに一度目配せをして、司令の足が扉へと向かう。

 その去り際、ふと部屋の隅に居たミカサに対し優しく微笑み掛けるのが見えた。

 

 「なるほど、お主が言っていた通りの男じゃな、アッカーマンよ。……これだけの器、何処にも逃がすでないぞ」

 「……言われずとも、そのつもりです。私の、()()()()ですから」

 「ふふ、そうじゃったの。愚問も良い所じゃわい……ワシも耄碌したか」

 

 頬を搔きながら軽く苦笑を浮かべ、司令はイアンと共に部屋を後にする。

 ……残されたジャンとミカサは一度互いに顔を見合わせ、大きく息を吐いた。

 

 「……なんか、アレだな」

 「……?」

 「俺は、まだまだ半端なガキだなって、思い知らされたわ」

 

 ……真実も。現実も。

 全部見てきて、全部味わって。

 漸く、今の自分がある。

 

 それだけ沢山の事を経験して来ても尚。

 ……司令(かれ)の背は、遥か遠くに見える。

 

 度胸も、度量も、柔軟さも、器も。

 全部が、『違う』。

 

 上に立つ者とは()()()()()()と。

 そう、教えられた気がした。

 

 「いつか、あの人くらいの歳になった時……俺も、()()なってたいもんだが。どうにも、道のりは長そうだ」

 「……なれる。あなたなら、きっと」

 「……だと良いけどな」

 

 額を押さえて、またベッドに倒れ込む。

 目指すべき背中は、今も多い。

 

 「……ま!せいぜい、目指すだけ目指してみるさ。お前の()()()()として、恥ずかしくないようによ」

 「!」

 

 ───ミカサと司令の間に、どんなやり取りがあったのかは分からないが。

 彼女にそう言って貰えただけで、自分は何処までだって高く登ってやろうと思えるのだ。

 

 『彼女の隣に立つに、相応しい存在で在り続けたい』。

 これは多分生涯変えられない、()()()()()()()という奴なのだろう。

 

 「……って、これはこれでちょっとカッコつけ過ぎか」

 「……カッコよかったから、問題ない」

 「お前も大概、俺に甘いよなぁ」

 「どの口が言うの」

 

 視線を交わし、互いに小さく笑い合う。

 

 ……司令もああ言ってくれた事だし。

 このまま二人で、ゆっくりと『()()』を……。

 

 ───と、思っていた矢先。

 ドンドンドンと、またもや部屋の扉を叩く音がする。

 

 「こ、今度は誰だよ……」

 

 ……若干、顔が引き攣ってしまった。

 

 起き掛けだというのに色々な事が一気に起こり過ぎて、流石に脳みその容量が限界に近い。

 申し訳ないが一度お引き取り願おうかと、喉元まで声が出かかった所で……。

 

 「……ジャン!僕だ、マルコだ!さっき、君が目を覚ましたって聞いて……今、入っても大丈夫かい!?」

 「面倒くせぇ!マルコ、強行突破だ!押し入るぞ!!」

 「コニー、それはまずいです!中にまだミカサが居たら、私達ただじゃすみません!」

 

 ……やめた。

 

 「ミカサ、悪りぃ……扉、開けてやってくれ」

 「う、うん……」

 

 アイツらは。アイツらだけは。

 ぞんざいに扱えない。扱いたくない。

 

 「どうやら、まだ暫くは落ち着けそうにねぇみてぇだな、こりゃ……すまん」

 「……仕方ない。皆もあなたの事、凄く心配していたから」

 

 そう、諦めたように答えるミカサの顔が。

 ───何だかちょっぴり、残念そうで。

 

 「……()()は、また後で……な?」

 「!」

 「俺も、全然()()()()()からよ」

 「……うん……!」

 

 そうして、少しだけ表情の晴れた彼女が、扉を開けに行くまでの僅かな間に。

 ジャンはふと未来での生活を思い出し、『家で子供達に家族サービスしてる時も、丁度こんな感覚だったっけか』と、半ば呆れたように一人笑っていた。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 「いやはや、実に面白い男じゃ……よもや、あれ程までに成っていたとは。若いというのはまっこと素晴らしい事じゃの」

 

 静かな廊下をイアンと連れ立って歩きながら、ピクシスはぼんやりと窓の外を眺めた。

 

 夕暮れに染まる遠くの空は、残酷なまでに美しく。

 ……思わず、溜め息を溢してしまう。

 

 「あやつも、()()()()()()()を目指す者の目をしておったな」

 「……はい。そのつもりのようです。私も、偶々耳にしただけですが」

 「やはり、か。これまた、何とも歯痒い物じゃ。目の前の大きな魚が他人の手の中に飛び込んでいくのを、ただ指をくわえて見ている事しか出来んとは!……せめて、エルヴィンの(もと)で悠々と泳いでくれるのを祈るしかあるまいて」

 

 ───あの男もまた、珠玉の逸品であるが故に。

 その目は必ず、彼へと向けられる筈である。

 

 人類最大の矛が、彼の力をどう活かすのか。

 それはそれで、興味の種が尽きない。

 

 「……不思議な、少年ですね」

 「……」

 「初めて任務を共にした時から、何処か普通の兵士達とは一線を画していました。訓練兵としてだけでなく、我々精鋭班と比べても、遥かに肝が据わっているというか……。仮にも上官としては、何とも恥ずかしい話です」

 「……ふむ」

 

 バツの悪そうな顔をして頬を掻くイアンの前で、ピクシスはぴたりと立ち止まり。

 ゆっくりと後ろを振り返って、軽く微笑んだ。

 

 「───()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「……は……?」

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。やれやれ、歳は食いたくないもんじゃ。最近はめっきり老眼も酷くなっての……」

 

 驚いて目を見開くイアンを尻目に、ピクシスはまたカラカラと笑って歩き出す。

 

 あの時、対峙していたのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それさえも、今は確証が持てずにいる。

 

 「この世界は実に、奇天烈な事で満ち満ちておる。のう……イアンよ?」

 

 胸の内に燻る、奇妙な違和感。

 しかしそれが、やけに血を騒がせる。

 

 ───とびきりの美女を見つけた時でも、もう少し穏やかな心持ちでいられるだろうに。

 

 久方ぶりに出会った、紛れもない『本物』の存在に。

 ピクシスは己の身体が、期待で沸き立つのを感じていた。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 「……今……何って言った……?」

 

 ジャンの顔が、驚愕に染まる。

 見開かれた目が、『彼』の瞳を捉えて離さない。

 

 「言葉通りの意味だよ。まぁ半分びっくり、半分予想通りって所かな」

 「んな、馬鹿な……!命令違反っつったって普通は厳重注意か、悪くても懲罰房行きくらいだろ……!()()()()()にまで影響する訳が……!?」

 「何せ、規模が規模だったからね。数十人単位の兵士に、大砲十数門。()()()の違反行為としては、上も流石に看過できなかったんだろう。あの時はちょっと、僕も()()()()()()()って事さ」

 「『張り切り過ぎた』って、お前……つか、そうしてくれって頼んだのは、こっちなんだぞ……?何でそこでお前に話が行く……!?」

 「目撃者───主に現着した、調査兵団の帰還兵達かな───が、何人も居てね。勿論、()()()()()()()僕の事も確認されてる。報告書にも、僕の名前が『代表』として載っていたよ。僕もこれで、ちょっとした有名人になったかもね」

 「じょ、冗談言ってんじゃねぇぞ……!だからって、お前が不利益を被る理由はならねぇだろうが!事の経緯(いきさつ)くらいはお上にも説明したんだろ……!?ならそこに、俺の名前が出て来ない筈がねぇ!そしたら、()()()()は俺に下されるのが普通じゃねぇか……!」

 「よせよ。折角、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それをみすみす手放す気かい?」

 「は……?お前、何言って……」

 

 ジャンの表情が、だんだんと青褪めていく。

 何か、大変なことに『気付いてしまった』みたいな……。

 

 「お前、まさか……()()()()()()()()()()()()()()……!?」

 「……ご想像にお任せするよ」

 

 肩を竦めて、『彼』は答える。

 その様子が、あまりにも()()()()の穏やかさで。

 対するジャンの狼狽が、より一層酷く見えてしまった。

 

 「お前、何やってんだよ……!なぁ、()()()!!」

 

 悲痛な面持ちで、ジャンは『彼』───マルコを睨み付ける。

 

 ……この二人が、ここまで激しくぶつかり合うのを。

 『嘗ての自分』は、見たことがあっただろうか。

 

 「……ジャン。僕は別に、何も後悔はしていない。本当だ。あの戦いで僕は間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()。君に頼って貰えて、その助けになれたのは、僕の誇りそのものだよ。……だから間違っても、自分を責めたりしないでくれ」

 「……」

 「さっきのだって、あくまで結果論だ。そもそも本来なら僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが兵団の、『指揮と統御』なんだからね。それをせずに君に協力したのは、紛れもない僕自身の意思だ。そのツケを払うことに、躊躇う事なんて一つもないのさ」

 

 きっぱりとそう言い切って、マルコはジャンを制止するように手を立てる。

 その姿には確かに、一切の迷いも後悔も感じられず。

 ただただ、自分達は押し黙る事しか出来なかった。

 

 何も言い返せないまま、ジャンの頭がゆっくりと項垂れていき。

 それから暫くして、呟くように彼はマルコへ問い掛けた。

 

 「……コニーとかサシャは、知ってんのか……この話を」

 「他には誰も知らないよ。話すのは此処が初めてだ。二人を先に帰したのも、それが理由。後で怒られちゃうかもだけどね」

 「……なんで、俺に話したんだ……こんな反応をされることくらい、お前が予想出来ねぇ筈ねぇだろ……」

 「そうだね、何でかな……言わない選択肢も、あるにはあったんだけど」

 

 マルコは静かに、窓の外を見つめた。

 帳の降りかけた夜の暗がりの中では、しとしとと小雨が振り始めている。

 その雨音がどうにも、物悲しげに聞こえてしまって。

 

 「……こればっかりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 照れ臭そうに微笑むその姿が。

 ───何処か、痛ましく見えた。

 

 「それじゃあ、僕もそろそろ帰るとするかな。また近い内に顔を見せに来るよ。ミカサも、邪魔したね」

 「い、いえ……マルコ、あなたは……」

 「ミカサ」

 

 ニッコリと、マルコが笑う。

 ()()()()()()()()彼を象徴するような、実に朗らかな笑顔で──。

 

 「ジャンの事、頼んだよ」

 

 そう言って、彼は部屋を後にした。

 

 ……ドスン、と。

 ジャンが枕を殴り付ける。

 

 「……()()()……何でハッキリ、()()って言わなかったんだ……俺は……馬鹿野郎……!!」

 

 歯を食い縛りながら、身体を震わせてジャンは自分への怒りを露わにする。

 そんな彼に、ミカサは言葉を掛けてあげることが出来ず、ただその背を静かに撫で続けていた。

 

 

 

× × × × × × × × × ×

 

 

 

 ───私的な兵の動員、及び無許可での武器弾薬の使用。

 その主たる実行者、マルコ・ボット。

 兵団の名の下に彼の功罪の如何を検討、及び処分の詳細を決定。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 並びに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とする───。

 

 

 

 






組織の書き方って、本当に難しいですよね……。

もうそろそろ、調査兵団の方にフォーカスを当てていきたいです。


※6.11.11 03:37 補足
 最後辺りの文を大幅に変更しました。
 既に読まれてしまった方は、申し訳ありません。
 どうにも、納得がいかなかったもので……。
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