キルシュタイン夫妻の逆行物語   作:1sen

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ep.17 END TITLE

 

 

 

 

 

 ───『直談判』。

 それがこの短期間で自分達に打てる、最大の一手だった。

 

 兵団内における全ての権限を有するザックレー総統に相まみえ、此方の『要求』を直接伝える。

 それが叶うとすれば、今日この日をおいて他にない。

 

 この『賭け』に必要な要素は三つだ。

 一つ。多忙な総統が、()()訪れる場所である事。

 二つ。彼と面と向かっての対話が可能な状況である事。

 

 そして、三つ。

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ミカサから『前回』の大まかな流れを聞き、どうにかして其処に介入する手立ては無いかと考えた。

 その結果として唯一付け入る隙があると判断したのが、()()()()()

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()、『壁の英雄』。

 『価値』の説得力を上げる要素としては、申し分ない筈である。

 

 ミカサが注目を集めて(エレンを焚き付けて)いる間に所内へと忍び込み、頃合いを見てエレンの前に飛び出しつつ、急展開で混乱してるだろう周りを置き去りにしながら()()()()()話を進める。

 かなり危ない橋のつもりだったが、驚くほど上手くいった。

 『大役』を完遂してくれた彼女には、ほとほと感謝の念が尽きない。

 

 (こっからだぞ……気合い入れてけよ、ジャン・キルシュタイン)

 

 悟られないように小さく、息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

 人前に立つ事など今更だが、『今』の自分は()()()()()()()()ペーペーのガキンチョなのだ。

 

 言葉を間違えたら終わり。

 タイミングを損ねたら終わり。

 

 切るべきカードは、見誤るな。

 

 「……まず、大前提として一つ言わせて頂きます。エレン(コイツ)の力は確かに強大ですが、皆さんは余りにも()()()()し過ぎている……特に、()()()()()()()()()()場合に関してです」

 

 人差し指を立てて、軽く周囲を見渡す。

 ……依然として呆気に取られたままのような聴衆達の間に、微かなざわめきが走った。

 

 「コイツの力の真髄は、『人が巨人の身体を操る』事。その意思が抜け落ちた時点で、それは()()()()()です。実戦経験の豊富な兵士達であれば、数人()()で問題なく対処可能かと」

 「ほう。では、彼がその()()()()()()、我々人類にに牙を剥いたならば?」

 「……それは()()()()()()()()()()()()()

 「何故断言出来るのかね?」

 「『この状況』が、まさにその答えだからです」

 

 総統へアピールするように、跪いた姿勢のエレンの頭を上からぐしゃぐしゃと撫で回す。

 

 「()()()()()()()()()()、少なくともコイツは巨人の身体を『任意』に作り出せる。コイツがその気なら、とっくに巨人の力を使って抵抗している筈です。しかし拘束具を付けられ、刃や銃を向けられた今もこうして()()姿()()()()()()()()()()()以上、その議論は意味を為さないと言わざるを得ません」

 「……き、詭弁だ!!明確な根拠も無いのにそのような……!!」

 「ナイル」

 

 声を上げた憲兵団の師団長の言葉が、対角からの別の声によって遮られた。

 

 「……今は、彼が話している途中だ」

 「っ!!」

 

 静かに、低く。

 強い圧が、ナイル師団長へと向く。

 

 「……ありがとうございます、()()()()()()()

 「構わない、続けてくれ」

 

 ───懐かしい。

 彼だけじゃない、その周りに見える面々も。

 

 最期まで戦い、そして散っていった、尊敬すべき()()達。

 胸に見える、その『自由の翼』が。

 何よりも大きく、輝いて見える。

 

 ……今の彼らには、きっと信じて貰えるまい。

 自分が、『最後の調査兵団』として戦った事を。

 彼らに誇れるために、地獄の中で藻掻き続けた事を。

 

 その翼を。

 もう一度、背負えるなら。

 

 「よって……この話は、『如何にエレン(コイツ)が暴走した時に、迅速に制圧出来るか』。それを議題として論ずるべきであると主張します」

 「ふむ。そして、その口ぶりから察するに……エレン・イェーガーの処遇は、調査兵団に委ねるべきだ、と。そう言いたいのかね?」

 「仰る通りです」

 「……成程。面白い」

 

 ゆっくりと椅子に背を預け、総統は深く溜め息をついた。

 そのまま静寂が続くこと、暫く。

 

 「───エルヴィンよ」

 「……はっ」

 「仮にエレン・イェーガーを調査兵団に預けるとして……その具体的な対応策等はこの場に用意してあるのか?」

 「はい。彼の『巨人の力』は未だ不確定な要素を多分に含んでおり、危険は常に潜んでいると思われます……そこで、彼が我々の管理下に置かれた暁には、その対策として其処のリヴァイ兵士長に行動を共にして貰います。彼ほど腕の立つ者なら、いざという時にも問題なく対応出来るかと」

 「ほう……出来るのか、リヴァイ?」

 「……殺す事に関して言えば、間違いなく。問題は寧ろその中間が無い事にある……」

 

 腕を組みながら、彼……リヴァイ兵長は鋭い目でエレンを見下ろした。

 

 ───本当、変わらないな。

 未来の記憶が、ふと脳裏に過る。

 

 自分達の知る彼は、もう随分と()()()()になってしまったけれど。

 今も昔も、その迫力は何一つとして変わっていない。

 

 (……しかし、流石に若えか……)

 

 もう()()()()、嘗ての上司の姿を思い出し。

 緊張も忘れ、思わずしげしげと眺めていると。

 

 「……何だ。人の面をジロジロ覗き込みやがって……気持ちわりぃ」

 「えっ、あ、はい……!す、すみませんでした、失礼を……」

 「あ?……ったく、妙なガキだな。随分ハッキリ上に物を言うと思ったら、今度は急に畏まりやがる。お前は俺の部下か何かか」

 

 ───そうです、部下なんです。

 貴方の班の班員でもありました。その節は本当にご迷惑ばかりおかけしまして───。

 

 などと、口が裂けても言える筈がなく。

 仕方なく、乾いた笑みを返す他無かった。

 

 「……何者だ、お前。俺の蹴りを真っ向から止められる奴なんざ、そうはいねぇ。そのくせ、やけに口も頭も回ると見た。……お前みたいなガキが、一体どれだけの『場』を経て来たらそうなる……?」

 「……()()()()()()。生まれも育ちも、トロストのしがない一般家庭ですので」

 「……」

 

 尚も懐疑的な眼差しを向けてくる兵長に、眉を下げながら会釈を返す。

 ……世話になった彼に面と向かって『嘘』をつくのは、あまり気分の良いものではない。

 

 「……まぁ良い」

 

 そう言ってツカツカと、エルヴィン団長の下へ戻っていった。

 一応は納得してくれた、という事で良いのだろうか。

 

 「───議論は、尽くされたようだな。此処で決めさせて貰おうか」

 

 ザックレー総統から、決着の声が掛かる。

 

 ───かくして、エレンは調査兵団に託される事になった。

 しかし依然として壁内の情勢が混乱していることに変わりはなく、この決定を巡って民衆間の対立を煽る危険性も否定出来ない。

 その落とし所として、調査兵団にはエレンの力の有用性を次回の壁外調査で証明する事が求められ、その結果を踏まえた上で今後を判断するという方針に固まった。

 成果次第では再度、審議所(ここ)に戻って来る事にはなるだろう。

 だがこれで、晴れてエレンは調査兵団へと入団を果たし、娑婆へと戻る事が出来た。

 

 ……これで一先ず、()()()()()()()と言った所か。

 

 「……ジャン、お前……俺は……」

 「良かったな、エレン。とりあえずてめぇは自由の身だぜ……まぁ、『監視付き』だが。あんまり先輩達に迷惑かけんじゃねーぞ」

 

 よっこらせ、とエレンの隣にしゃがみ込む。

 そのまま膝を付き、背筋を正して。

 ……()()()()()()()()

 

 さて。

 ───()()()()()()()()()

 

 「……どうしたのかね、キルシュタイン君」

 「あぁ、いえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「何?」

 「は……!?」

 

 愕然とした様子で、エレンが目を見開いた。

 審議所内に、再度ざわめきが広がる。

 

 「……それは、どういう意味かね?」

 

 ザックレー総統が、静かに此方へ問い掛ける。

 それに、軽い微笑みを返しながら。

 

 「───これが、自分が此処に来た()()()()()です。先程のエレンの議論に介入したのも、全ては貴方に謁見するためでした……ザックレー総統」

 

 淡々と。

 己の目論見を明かし続ける。

 

 「……先の奪還作戦で、自分は不相応にも『英雄』などと呼ばれるようになりました。ですがそれは、自分の親友が自分に向けられる筈だった責任の全てを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自ら(こうむ)ってしまったからです。その事実が目の前にある以上、『()()()()』と言って大人しく引き下がっていられる程、自分は出来た人間じゃありません」

 「……」

 「自分の……いや、()の一番の罪は、ソイツに()()()()()()()()だ。俺にとってその『夢』はとっくに過去の物で、もう必要ないんだって事を告げられずにいた。ソイツを、()()()()()()()()()()()んです……俺は」

 

 つくづく、馬鹿だったと思う。

 一言。たった一言、()()()()()()()()()だったのに。

 

 死んだアイツに縛られて。

 生きてるアイツを、ちゃんと見ていなかった。

 

 「そのツケを、今此処で払いたい」

 

 ……だから、今度こそお前には。

 ちゃんと、()()()()と思う。

 

 「───私的な兵の動員、及び無許可での武器弾薬の使用。その主たる実行者、『マルコ・ボット』」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 「奴に下った処分の撤回を、この場をお借りして嘆願致します……そして、そのままその処分を、俺に与えて下さい」

 

 床に手を付き、思い切り頭を下げる。

 今一度、己の『甘さ』を振り払うように。

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 

 ───目まぐるしく移ろい続ける展開に、アルミンは思考を放棄せずにいるだけでやっとだった。

 

 突如現れたジャンがあっという間に議論を収めてしまったかと思いきや、今度はあろうことか自らを裁いて欲しいと申し出て来た。

 それも、彼の事を庇って、マルコが何かしらの罰則を課せられた事に起因するものだと言う。

 

 矢継ぎ早に新しい情報が飛び交い、審議所内はまた俄に騒がしくなった。

 

 「……つまり。君が言いたいのは、そのマルコ・ボット訓練兵の犯した違反行為が君自身の指示に依る物だと、そういう事かね?」

 「その通りです」

 「ふむ……」

 

 ザックレー総統は再度手元の報告書をペラペラと捲り、眼鏡をかけ直しながらその内容を読み上げた。

 

 「彼に課せられた罰則は主に、『憲兵団への入団資格の剥奪』……それと『立体機動装置等、各種装備品取り扱いの無期限停止』か。それらを代わりに君に与えて欲しい訳だな」

 「はい」

 「成程、事情は把握した。確かに私であれば、その決定を覆すことが出来る。だが……」

 

 深い皺の刻まれた目元の奥が、鋭く光る。

 

 「本当に良いのかね?憲兵団への入団資格はさておくとして……君は()()()()()()()()を、永久にもがれる事になるやもしれんが?」

 「……構いません。それに……」

 

 顔を上げ、ジャンはゆっくりと横を見た。

 そこには驚いたように目を見開く、調()()()()の面々が居る。

 

 「───飛べなくても、『翼』は背負うつもりですから」

 

 ……穏やかに、されど重く。

 その言葉は瞬く間に、審議所を静寂で包み込んだ。

 

 アルミンの背を、ぞくりと何かが駆け抜ける。

 

 ……並大抵の覚悟で言える台詞じゃない。

 気迫も、度胸も、信念も。

 何もかもが、遥か『向こう側』にある。

 

 (ジャン……まさか、本当に……)

 

 本当に、彼も。

 調査兵団を志願するというのか。

 

 「……ふ。()()()()()()()()()()()

 

 すると、突然。

 ───総統の顔に、小さく笑みが溢れた。

 

 「だ、そうだ……()()()()()。ここは、君の意見も聞くべきだろう」

 

 その豊かに蓄えた顎髭を軽く撫でつつ、視線をエルヴィン団長へと向ける。

 団長の方もそれを予期していたように、迷うことなく即座に頷きを返した。

 

 「……では、僭越ながら。彼の申し立てが事実であるならば、彼の要求通りの処分を彼に課し、今後の活動を制限する事が『筋』であると考えます。しかし……それを容認するには、些か彼の戦功が()()()()()

 

 ジャンの方を見ながら、エルヴィン団長は淡々と意見を述べていく。

 

 「報告書によれば……彼は民間人の避難誘導時から奪還作戦の完了に至るまで、()()()()()の巨人をその手で沈めたとか。我々調査兵団としては、その多大な戦力を壁の中に留めて置くような理由も、余裕もありません。来たる壁外調査に際しても、是非ともその腕を振るって頂きたい所存です」

 「ならば、どうする……この場で以て、彼の処分を私の一存で()()()にさせるか?」

 「いえ、それでは他兵団や他兵士への『示し』が付かないかと。それに何より……()()()()()()()()()()()()()()()()

 「……」

 

 『図星』だと()()()()()()に、ジャンが至極申し訳無さそうな顔をする。

 ……しかしそれを見て、エルヴィン団長は何故か()()()()()ふわりと微笑んだ。

 

 「そこで……私は今この時を以て、()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()。そして、彼には()()として一つ『特命』を下し、それと引き換えに調査兵団長(わたし)の方から総統に彼の()()()()()()()()()()を申請する……といった形の措置を取ろうかと思いますが、如何でしょうか」

 「ほう……その『特命』とやらは、一体何なのかね?」

 「無論、彼の能力を最大限有効活用させられる任務です。そして……現状、最も()()且つ()()()の課題でもあると言えます」

 

 ───もしや。

 唐突に、アルミンは理解した。

 

 間違いない。

 彼は、これを()()()()()のだ。

 エレンの審議に割って入ったのも、突然この場で『裁き』を求め出したのも。

 ここまでのやり取り、その全てが、この決着に行き着くための布石だったとすれば。

 

 ……何人(なんぴと)も、その()()に文句は付けられまい。

 彼にはそれだけの『価値』があると、きっと誰もが()()()()()()()()筈だから。

 

 「───彼には、()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()。必ずや、リヴァイ兵士長らと共にエレン・イェーガーの監視と不測事態への対処を全うしてくれる事でしょう」

 

 エルヴィン団長の、低い声が轟いた。

 きっと、彼はとっくに『気付いている』。

 恐らくは、ザックレー総統も。

 

 ───この審議。

 敢えて、『勝者』を決めるとするならば。

 憲兵団でも、調査兵団でも、ましてやエレンでもない。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

×××××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 「───アッハッハッハ!……全く、とんだ波乱の会議だったねぇ」

 

 拘束を解かれ審議所を後にするエレンの前を軽快に歩きながら、その()()()は腹を抱えて高らかに笑った。

 

 「笑い事じゃないですよ、()()()()()……なんで捕らえられてる側の自分が、こんなにハラハラしなくちゃいけなかったんですか……」

 「まあまあ、良いじゃない。その甲斐あって君はこうして自由を取り戻せたんだから。加えて、君に向いていた恐怖や不信の矢印まで()()()()に有耶無耶にしてくれた。ホント、此方としても大助かりだよ」

 「それは……確かにそうですが……」

 「それに、本当は『あの時』、君はリヴァイに()()()()()()()()()筈だったからね。君の本心を曝け出させた上で、『未知の怪物』を調査兵団(わたしたち)なら完璧に抑え込めます……って、演出するつもりだったけど。まあ、痛みを伴わなくて済むならそれに越した事はない。彼の蹴りを喰らってたら、まず間違いなく歯の二、三本は吹っ飛んでたと思うし」

 「……マジですか」

 「マジマジ、大マジ。アイツは加減が下手くそでさ。多分、()()()()()()()()()に難しい事なんだろうなって、私は勝手に思ってるけどね。あ、私がこんな事言ってたってのは内緒にしといてくれよ?またこっ酷く怒られちゃうからさ」

 

 しーっと、人差し指を唇に当てて、目配せを一つ。

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分の姿を想像してしまったエレンは、それに引き攣った笑いを返す事しか出来ずにいた。

 

 「……さぁて。もうそろそろ、『タネ明かし』をしても良い頃合いなんじゃないかい……()、『英雄』君?」

 

 悪戯っぽく微笑みかけながら、彼女(ハンジ)はエレンの更に後方を覗き込む。

 ───そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()があった。

 

 「……何の話でしょうか」

 「とぼけちゃってぇ。隠さなくたっていいんだぜ……何処までが、()()()()()()()なんだい?」

 「……」

 「此処に来て、『偶然』だなんて()()()()()()はやめてくれよ?」

 

 ニッコリと、ハンジが笑う。

 その『圧』に観念したかのように、ジャンは小さく溜め息をつき、重々しく口を開く。

 

 「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。けど、それは自分だけの力じゃない……エルヴィン団長とザックレー総統が()()()()()()()()()()()()()()()()()お陰です。もっと話が拗れる可能性も、視野に入れてましたから」

 「……え?」

 「うん、うん。だろうねぇ。流石は我らの団長、そして兵団のトップと言った所だ」

 「?……?」

 

 一人話に付いていけずオロオロとするエレンに、ハンジが横から説明を入れる。

 

 「つまりね、彼───ジャン・キルシュタイン君で合ってるよね?───は、こうして『()()()()()()()()()()()()()()()()()』まで、ぜーんぶ予想してたってワケさ。いや寧ろ、()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()()()……って方が正しいかい?」

 「は……?」

 「……大仰な言い方ですが、概ねそんな感じです」

 「ひゅう!やるねぇ、大した度胸だ!君みたいのがもし私の()()()()()()くれたら、両手(もろて)を挙げて歓迎するよ!」

 「いえ……自分では、()()()ですよ」

 

 手を叩いて興奮するハンジを見ながら、ジャンが苦笑を浮かべる。

 告げられた事実に唖然としつつ、ふとエレンは彼の様子に違和感を覚えた。

 

 ……先程から、何処かジャンの元気が無いように見えるのは、気のせいだろうか。

 その瞳が酷く()()()()で、けれど同時に少しだけ()()()()で。

 自分の隣で敢然と言葉を紡いでいたあの時の男と同一人物のようには、とてもじゃないが見えなかった。

 

 「───あ、そういえば自己紹介がまだだったね!私の名前はハンジ・ゾエ。調査兵団で分隊長をやってるよ。これからは仲間としてよろしく!」

 「……はい。よろしくお願いします、()()()()()()

 

 そう言って、二人は固い握手を交わす。

 ……彼の声がほんの僅かに、()()()()()()()()

 そんなような気がしないでもなく、ただただエレンは首を捻るばかりであった。

 

 「って、おっと。そうこうしてる内に()()だね。二人共、準備は良いかい?」

 

 いつの間にか、自分達は何処かの部屋の前へと辿り着いていた。

 その扉に手を触れつつ、ハンジは溜め息をついて振り返る。

 

 「……改めて言わせて貰うけど、この扉の先に待ち受けてるのは『地獄』だ。人の命なんてのは簡単に奪われて、そのくせ大した成果も上げられちゃいない。無駄死になんてのは当たり前で、世間からの評価も依然として冷たいまま……ハッキリ言って、まともな人間は正気を保つことさえ難しい。そんな残酷極まりない世界を選んで、君達は本当に後悔しないかい?今ならまだ、引き返す道だってあるかもしれないよ?」

 

 真剣な面持ちで、彼女は此方に問い掛けて来る。

 その瞳の鋭さに、ほんの一瞬息が詰まった。

 

 ───だが。

 思い出す。

 自分は、何のために兵士になったのか。

 

 「……しません。俺は必ず、巨人共を『皆殺し』にします……!」

 

 自分が人間(ひと)だろうが怪物だろうが、この際どうだって良い。

 ()()そうすると、誓ったのだ。

 それを成し遂げるまで、例え死んでも止まるつもりはない。

 

 「うん、良い返事だね。……ジャン、君はどうだい?」

 「……自分は……」

 

 徐ろに、ジャンの視線が手元へと落ちる。

 その手が、何かを()()()()()()()()静かに閉じていき。

 

 そして、作った拳を見て。

 彼は何故か、優しく微笑んだ。

 

 「……()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけで、十分です」

 「!……へぇ」

 

 ハンジの口が、愉快そうに吊り上がる。

 

 しかし、それ以上何も続ける事はなく。

 納得するように軽く頷き、正面に向き直った。

 

 「じゃあ、改めて……二人共、歓迎するよ」

 

 その言葉と共に。

 ゆっくりと、扉を開いていく。

 その部屋の奥には───。

 

 「……遅かったな、ハンジ」

 「クソでも長引いてたか、クソメガネ」

 

 ───エルヴィン団長。

 リヴァイ兵士長。

 そして複数名の、()()と思しき兵士達が待っていた。

 

 ……これからだ。

 決意を固めて、エレンは部屋の中に足を踏み入れる。

 

 自らの命運を、『彼ら』へと託すように。

 

 「ようこそ……『調査兵団』へ」

 

 

 

 

××××××××××××××××××××

 

 

 

 

 ───月明かりの差し込む、夜の宿舎。

 

 他の()()()()が完全に寝静まり、深い闇と静けさが満ち切った頃。

 『彼』はゆっくりと毛布を捲り上げ、誰も起こさないように慎重に床を立った。

 

 抜き足、差し足。

 静かに、『告げられた場所』へと移動する。

 

 ……そこで、()()()()()をしているのだ。

 

 決められた時間、決められた所に、他の人間に()()()バレないように来て欲しいと。

 そう唐突に伝えられ、今に至る。

 

 ───此方としても、その話は『都合』が良かった。

 その()()に訊きたいことが、山のようにあったから。

 

 そして、遂に。

 『彼』は『告げられた場所』へと到着した。

 

 宿舎の側の、森の中。

 風にさざめく木々を、銀色の月明かりが照らし出し───。

 

 「……こんばんは。来てくれてありがとう……()()()

 

 その影の中から、するりと。

 ()()()()()()()()()()()が現れた。

 

 「……ミカサ」

 「ごめんなさい、急に呼び出してしまって……疲れているでしょう」

 「構わないよ、僕も丁度()()()()()()()所さ。……ところで、『アイツ』はまだ?」

 「ええ……でも、すぐに来ると思う。時間はちゃんと守る人だから……」

 「───御名答。流石だな、ミカサ」

 

 彼女の後ろから、もう一人。

 『その男』が、姿を見せる。

 

 「……ジャン」

 

 ガサガサと、草葉を踏み鳴らし。

 彼に詰め寄って、その肩を思い切り掴んだ。

 

 「……事の顛末は、上官とミカサ達から全部聞いた……!君、何してるんだ!総統の前に直接乗り込むなんて、正気の沙汰じゃない……!下手すれば、反逆罪として取られて兵団から永久追放されてもおかしくなかったんだぞ……!?」

 「あぁ、ソイツはやばかったな。けどまぁ、こうして丸く収まったんだ。今更、()()()()の話をしてもしょうがねぇだろが」

 「……!!」

 

 ───バキ、と。

 彼の頬を、殴り付ける。

 

 「ふざけるなよ……!僕は君に、夢を()()()叶えて欲しかったから『ああ』したんだ……!それを、こんな……!!」

 「……そうかい。なら、()()()()()()()()()()()()()()

 「え……?ゔっ───ぐ……!?」

 

 自分と、()()()()()()力で。

 彼の拳が、此方の頬に振り抜かれた。

 

 くらりとした一瞬に。

 彼に胸倉を掴まれて、詰め寄られる。

 

 「……()()()()()()()だって、てめぇの優秀な脳みそは教えてくれなかったか?」

 「っ……!」

 「てめぇに『夢』捨てさせるぐらいなら、俺は素っ裸で巨人の口ん中に飛び込んだ方が百万倍マシだぜ……なぁ、『親友』……!」

 

 そのまま、軽く突き飛ばされる。

 尻餅をついて見上げた彼の顔は、苦しそうに歪んでいた。

 

 「……俺はなぁ……てめぇが()()()()()()()()()()()事が、どうしても許せねぇんだよ……!生憎とこちとら、『死ぬほど』嫌な思い出があるんでな……!!」

 

 声を震わせて、静かに彼は叫ぶ。

 

 「()()経とうが、()()()経とうが、忘れられねぇんだ……!()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 気づけば彼は、その目に涙を浮かべていて。

 力が抜けたように、自分の前に膝を付いた。

 

 「俺はもう、『沢山』だぞ……俺の知らない所で、()()()()()()()()()()()()()()()のは……」

 

 ……。

 …………。

 ……………………何か。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「ジャン……一体、何の話をしてるんだ……僕が、()()()()()()って……?」

 

 震える足で立ち上がり。

 彼の隣に、跪く。

 

 何か。何か。

 途轍もない事態が、起こっているような───。

 

 「……なぁ、マルコ」

 「え?」

 「お前は……今、()()だ?」

 「……今年で、十六だ。それが、どう……」

 「……そうか……()()()()……もう、二回りくらい違うのか……」

 「……は?」

 

 何を、言ってるんだ。

 どういう事なんだ。

 彼は、一体……。

 

 「……俺達はな……本当は、()()()()()()()()()()()()()

 

 ───唐突に。

 目の前の少年はそう、言い放った。

 

 「俺とミカサ……俺ら二人は、()()()()()()()()()()()()()()()からやってきた。『この世界』の俺達の肉体に、入り込むようにな。だから、見た目は若くても、中身はもう()()()()()()()()()()()なんだよ」

 「な……ど、どういう……?」

 

 分からない。

 否、頭が理解を拒んでいるような感覚だ。

 

 「……こんな事になった経緯(いきさつ)は、俺らにもハッキリした事は言えねぇ。だが、間違いなく言えるのは……俺らの()()が、『別世界の()()のジャン・キルシュタインとミカサ・アッカーマンだ』って事だ」

 「……!」

 

 咄嗟に、ミカサの方を振り向く。

 ……その話が『事実』である事を裏付けるかのように、彼女は重々しく頷いた。

 

 頭を、鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 

 「……な、んで……()()()()()なんだ……?」

 「……俺達は未来で、夫婦なんだよ。そんで、二人でとある場所を訪れていた時、突然この世界に飛ばされちまった。それが()()だったのか、()()だったのかは分からねぇ」

 「っ!!夫、婦……」

 

 まるで、稲妻のように。

 全ての点と線が繋がった気がした。

 

 あの日。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その変化が、あの時に起こった物だとするならば。

 

 ……全部、辻褄が合う。

 

 「まさか……そんな、本当に……」

 「……この事は、他言無用で頼む。もし話が広まりでもしたら、()()()()()が出るか……未来を知ってても、全く想像がつかねぇんだ」

 「……じゃあなんで、僕には話したんだ……僕が絶対に口を割らないなんて、そんな保証は何処にもないだろ……?」

 「そうだな……()()()()()()()()()()()()()()()()()。けど……」

 

 ───その、台詞の先を。

 自分は知っている気がする。

 

 「……こればっかりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……。

 

 ああ。

 全く、もう……。

 

 「……なんだよ……それ」

 

 互いに、顔を見合わせる。

 二人揃って腫れた頬が、どうにも間抜けな感じで。

 

 ……思わず、同時に吹き出してしまった。

 

 「───言いたいこと、ちゃんと全部言えた?」

 

 頭上から、そんな優しげな声が降ってくる。

 

 「あ……ミカサ。ごめんね、うるさくしちゃって……」

 「ううん……とっても、()()()()()だったと思う」

 「……そっか」

 

 腰を落として、座り込む。

 生まれて始めて、殴り合いの喧嘩をした。

 殴られた頬は、やっぱり痛い。

 ……けど、不思議とその痛みが心地良いような気さえする。

 

 「なぁ……マルコ」

 「ん?」

 「……ありがとよ。()()()()()()

 「!……()()()()

 

 どちらからともなく、拳を突き合わせる。

 じわりと伝わる熱が、どうにも擽ったくて。

 

 「……お前にはこれから、『全部』話そうと思う。だから、どうか聞いて欲しい」

 

 彼と『親友』で在れて、本当に良かったと。

 心の底から、そう思えた。

 

 「この世界の、真実を……俺達の歩んできた、物語を」

 

 そうして、彼は語り出す。

 

 この美しき、残酷な世界に隠された、『全て』を。

 

 ……その()()となる筈だった、少年に向けて。

 

 

 

 

 









本当は、ep.16と17が繋がったモノになっていました。
しかし、3万数千字というとんでもない長文になってしまったため、2つに分けさせて頂いた感じです。

……そういえば。
マガジン15周年記念号で、新しい情報が追加されましたね。
ミカサが運動音痴に……。

いずれ、そこら辺の帳尻を合わせるような話も書いていければと思っています。

では、また次回。

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