キルシュタイン夫妻の逆行物語   作:1sen

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明けまして、おめでとうございます。




ep.18 (未定)

 

 

 

 

 

 

 ───『旧調査兵団本部』。

 

 壁と川から遠く離れた場所にひっそりと聳え立つ、今はもう使われていない古びた施設だ。

 聞けば元は古城だった所を改装した物らしく、確かに趣深さと広さを兼ね備えた、大層立派な建物である。しかしながら、壁外調査を主な活動内容とする調査兵団にとっては如何せん立地が好ましくなく、すぐに無用の長物となってしまったのだとか。

 

 「……まだ志だけは高かった結成当初の話だ……しかしこのでかいお飾りが、お前を囲っておくには最適な物件になるとはな」

 

 ……。

 なんか、なんだろう。

 この、絶(・)妙(・)に(・)本(・)人(・)を(・)誇(・)張(・)し(・)た(・)感(・)じ(・)の(・)喋(・)り(・)方(・)は。

 

 自分の少し前を馬で進みながら隣のエレンに話しかける、やや老け顔の男の背を妙な感覚で見つめていると。

 

 「……はぁ……また……」

 

 丁度此方の近くに居た女兵士が、うんざりと言った様子で大きく溜め息をついた。

 

 「……あの、ペトラさん」

 「ん?何、ジャン?」

 「あの、あちらの方……オルオさん?の、あの感じって……もしかして……」

 「あぁ……うん、よく分かったね……多分、君(・)の(・)想(・)像(・)し(・)て(・)る(・)通(・)り(・)だから、安心して……」

 「……『本人』……目の前にいらっしゃるんすけど……」

 「……私も、アイツのあのメンタルの強さが何処から来てるのか、ずっと気になってるよ……昔はあんなんじゃなかったのにな……」

 「え……っと、その……お、お疲れ様です……?」

 「うん……ありがとう……」

 

 顔を見合わせて、互いに苦々しく微笑む。

 ……何というか、こう。

 『彼』の事をそれなりに知っている身からすると。

 

 ───少々、『厳しい』ものがある。

 

 「……調子に乗るなよ、新兵……」

 

 ずいっとエレンの方に身体を寄せて、男(オルオ)は囁く。

 

 「巨人だか何だか知らんが、お前のような小便臭いガキにリヴァイ兵長が付きっきりになるなど───」

 

 ……ガクン、と。

 突然、その身体が傾いた。

 

 次いで響く、ガリッという嫌な音。

 そのままオルオの口から、鮮やかな赤色の飛沫が迸り……。

 

 「……ちょっ……オルオさん───!?」

 「あ、ジャン!放っといて良いって、あんなの……!」

 

 ペトラに止められながらも、慌ててオルオの下に駆け寄る。

 

 「だ、大丈夫ですか……!?」

 「……し……」

 「し?」

 

 依然として、ポタポタと血を垂らしながら。

 その口で弱々しく言葉を紡ぐ。

 

 「……舌……噛んじまった、だけだ……狼狽えんじゃねぇ、新兵その二……」

 「……」

 

 うん、まぁ。

 乗馬中にアレだけ喋ってたら、そら舌も噛むわな。

 

 「と……とりあえず、今は此方で押さえておいて下さい。もう少しで旧本部に着きますから、お手当ての方はそちらで……」

 「ほ……ほう。ガキにしちゃあ、中々殊勝な心掛けだな……悪くない……」

 

 手拭いを差し出した自分の方を見ながら、オルオは強がるようにニヤリと笑う。

 ……こんな状態でもキャラを崩さないその精(・)神(・)力(・)は、割とちゃんと見習うべき所なのではなかろうか。

 

 ───自分にとって、『二度目』の調査兵団生活。

 その、あ(・)ま(・)り(・)幸(・)先(・)が(・)良(・)い(・)と(・)は(・)言(・)え(・)な(・)い(・)幕開けに、ジャンは小さく顔を引き攣らせながら苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

× × × × × × × ×

 

 

 

 『調査兵団特別作戦班』。

 

 通称、リ(・)ヴ(・)ァ(・)イ(・)班(・)と呼ばれるその班は、調査兵団内でも選りすぐりの実力者達を束ねて結成された精鋭部隊となっている。

 

 ペトラ・ラル。

 巨人討伐数10体、討伐補佐数48体。

 オルオ・ボザド。

 巨人討伐数39体、討伐補佐数9体。

 エルド・ジン。

 巨人討伐数14体、討伐補佐数32体。

 グンタ・シュルツ。

 巨人討伐数7体、討伐補佐数40体。

 

 『生きて帰って一人前』が通説の調査兵団という地獄の環境で、何度も生還を果たし且つ成果を残している、紛れもない強者達である。

 リヴァイ兵士長が自ら抜擢し、指揮を取る彼らは確かに『危険物(エレン)』の存在を委託する上でこれ以上ない適所だろう。

 

 (そういえば、『リヴァイ班の先輩』でもある……んだよな)

 

 馬を納屋に留めながら、ふと思い出す。

 

 彼らの後継として兵長から抜擢されたのが、自分を含めた104期訓練兵卒の自分達だった。

 ……とは言っても、あの時は『エレンが死に物狂いになれるような環境』のために敢えて選ばれただけで、単純な能力値で判断された訳ではない、というのは理解している。

 

 つまり。

 彼らはそういった裏(・)の(・)魂(・)胆(・)が全く無い状況で、兵長に引き抜かれたのだ。

 その実力は、折り紙付きという言葉でさえも生温く思える。

 

 「……最初が肝心だ……あの新兵ども、ビビってやがったぜ……」

 「……オルオがあんまり間抜けだからビックリしたんだと思うよ……舌を噛み切って死ねば良かったのに……」

 

 ……少々、クセが強い可能性は否定出来ないが。

 

 手早く井戸から水を汲み上げ、乾いた布と共にオルオの下へと持って行く。

 

 「オルオさん。此方、お使い下さい。もし血が止まらないようでしたら、その時はまたお声掛けして頂ければ……」

 「……ふん、成程?『英雄』だの何だのと持ち上げられてる割には、礼儀を弁えてるらしいな。まぁもっとも、調子に乗ってるようだったらその鼻っ柱を折ってやるつもり───い゛っでぇ!!?」

 「頭で良かったね、次は顔だと思いなさい。……ごめんねジャン、ありがとう。コイツには後でキツ〜く言っておくから」

 「い、いえ……ははは……」

 

 拳骨を作りながら、ペトラが優しく微笑む。

 若干その剣幕に気圧されつつ、何ともぎこちない愛想笑いを浮かべていると。

 

 「……おーい、エレン、ジャン!お前達もこっち来て手伝ってくれ!」

 

 少し離れた所から突然、呼び出しの声が掛かる。

 目を向けると、顎髭を生やした金髪の兵士が此方にひらひらと手を振っているのが見えた。

 ───その奥には、や(・)や(・)不(・)機(・)嫌(・)そ(・)う(・)に(・)荒(・)れ(・)た(・)本(・)部(・)を(・)見(・)つ(・)め(・)る(・)、兵長の姿が。

 

 ……やっべぇ。

 そうだ、『コレ』があるのを忘れてた。

 

 「は、はい!すぐ行きます、エルドさん!……おら、さっさと行くぞ、エレン!」

 「え、あ、あぁ……」

 

 呆気に取られている様子のエレンを半ば強引に引き摺って、エルドの下にズンズンと進んでいく。

 

 「……な、なんかお前、妙に張(・)り(・)切(・)っ(・)て(・)ね(・)ぇ(・)か(・)……?」

 「あ?何が?」

 「いや、なんつーかこう……立ち振る舞い?がさ、や(・)け(・)に(・)『(・)前(・)の(・)め(・)り(・)』(・)気(・)味(・)に見えんだけど……」

 「……気のせいだろ。こんなモンだ、下(・)っ(・)端(・)ってのは」

 

 エレンの指摘に目を逸らしつつ、先を急ぐ。

 ……とにかく、今は悠長に喋ってる場合ではないのだ。

 下手すると、今日が丸(・)一(・)日(・)『コイツ』で潰れてしまう。それだけは何としても阻止しなくてはならない。ほんの僅かな時間であっても、自分には貴(・)重(・)極(・)ま(・)り(・)な(・)い(・)モノなのだから。

 

 「……お待たせしました!自分とエレンは何(・)処(・)を(・)当(・)た(・)れ(・)ば(・)!?」

 「よし、じゃあこれからお前達には───ん?」

 「?はい?」

 

 不思議そうに首を傾げるエルドと、視線がぶつかる。

 

 「今から『大(・)掃(・)除(・)』……って、聞こえてたのか?あの距離から……」

 

 ……。

 

 「……耳は、多少良いモンでして……」

 

 ───どうやら、自分は。

 自分で思ってる以上に、不(・)器(・)用(・)なのかもしれない。

 

 

 

× × × × × × × ×

 

 

 

 ……リヴァイ兵士長は、超(・)が付くほどの『潔癖』である。

 こと『掃除』に関しては自他共に妥協の一切を許さず、その徹(・)底(・)ぶ(・)り(・)は恐らく専門の家政婦や使用人達等でさえ遠く及ばないだろう。

 

 小さな埃、僅かな汚れ。

 それら全てを落とし切るまで、彼の『掃除(たたかい)』は決して終わらない。

 当然、ジャンもその恐ろしさを味わって来た男の一人である。ナ(・)メ(・)た(・)掃除をした結果、後にどんな地獄が待っていたか……とても素面では語り尽くせない。

 

 しかしその結果、有り難い事(?)に彼が納得出来るレベルの清潔さ、というのはこの身体にしっかりと叩き込まれた。

 少なくとも、彼の機嫌を損ねてしまうようなマネはしないだろう……と、信じている。

 

 掃き、拭き、擦り、磨く。

 基本に忠実に、されど応用も怠らない。

 慌てず、急いで、正確に。

 一つ一つの作業を丁寧、且つ迅速に行う。

 ……それこそが、この『掃除(たたかい)』の早(・)期(・)決(・)着(・)を望める、唯一にして最大の『近道』なのだ。

 

 ───そう。

 兎にも角にも、今は『時間』が惜しい。ちんたらと作業していては、すぐにでも日が暮れてしまう。

 今(・)度(・)の(・)壁(・)外(・)調(・)査(・)までたった一月しかない事を考えると、その間は例え一時間だろうと決して無駄には出来ない。……その一時間で、今(・)後(・)に(・)救(・)え(・)る(・)命(・)の(・)増(・)減(・)が(・)掛(・)か(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)となれば、尚更だろう。

 

 だが、今回の相手は何と言っても『城』だ。

 無数の部屋に、果てしなく続く長い廊下。それに対して求められる清潔さのクオリティを考れば、その予期される仕(・)事(・)量(・)の多さに気が遠くなりそうになる。

 

 ……大変だ。

 いや、全く以て大変な作業だ。

 こんな作業、一体兵長以外の誰が好き好んでやると言うのか。

 

 ホント、誰がこんな面倒な事を……。

 

 「……〜……♪」

 「……なぁ、ジャン」

 「あ、はい!何でしょう、グンタさん?」

 「お(・)前(・)も(・)も(・)し(・)か(・)し(・)て(・)、(・)相(・)当(・)掃(・)除(・)が(・)好(・)き(・)な(・)ク(・)チ(・)な(・)の(・)か(・)?」

 「……はい?」

 

 ……思わず、間抜けな声を出してしまった。

 そんな自分を見て、横にいたやや浅黒い肌色の男が苦笑を浮かべる。

 

 「いや何、随分と楽(・)し(・)そ(・)う(・)に(・)雑巾掛けをしてるモンだから、ふと……な」

 「え……あぁ、えと……自分、そんな顔してました……?」

 「ああ。えらく清々しい、晴れやかな表情(ツラ)だったぞ。……その様子だと、完全に無自覚だったみたいだが」

 「は、はい。ちょっと、気ぃ抜けてたみたいです……すいません」

 「いやいや、何も注意なんかしてないって。純粋に、興味があったから訊いただけさ。……新しい『仲間』の事が気になるってのは、割と普通の事じゃないか?」

 

 塵取りでヒョイとゴミを掬い上げながら、男(グンタ)は気さくにそう言った。

 

 「さっきの、オルオ達とのやり取りの時もそうだったが……団(・)長(・)か(・)ら(・)直(・)々(・)に(・)『(・)腕(・)』(・)を(・)買(・)わ(・)れ(・)た(・)男(・)に(・)し(・)ち(・)ゃ(・)あ(・)、やけに低姿勢というか、大人びてるというか、気遣いしいというか。……色んな意味で、何とも新(・)兵(・)ら(・)し(・)く(・)な(・)い(・)奴だよ、お前は」

 「そ、うですかね……ははは……」

 「あぁ。今の時点でそれだけの頭(・)があるってのは大したモンだ……だが、あまり無理はしなくても良いんだぞ。気を遣えるってのは確かに美徳だが、遣い過ぎて自分が疲弊してしまったら元も子もないんだからな」

 「い、いえ!無理なんて全く……」

 

 ……あれ?

 そういえば、どうして。

 

 (俺、全(・)然(・)無(・)理(・)を(・)し(・)て(・)ね(・)ぇ(・)ん(・)だ(・)……?)

 

 『(・)下(・)っ(・)端(・)』(・)に(・)な(・)る(・)、なんていうのは、実にウン十年振りの筈だ。敢えて嫌(や)な言い方をすれば、事実その人生の半分以上が何かしら人(・)の(・)上(・)に(・)立(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)時の記憶しかない。

 そんな身としては───同期達の間にひっそり混じると言うならまだしも───こうして実際に誰かの下に付く事になった際には、流石に何かしらの違和感や粗雑さが出て来てもおかしくないと思っていた。

 

 だと言うのに。

 今も自分自身、特にこれといった我慢や無理もなく、ご(・)く(・)自(・)然(・)にその立場に見合った動きや態度が取れている。

 それも、『身体が勝手に』というよりは、『ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)頭(・)が(・)そ(・)う(・)し(・)た(・)い(・)と(・)考(・)え(・)て(・)』動いているような感覚だ。

 

 何なのだろうか、この感じは。

 一体、何故……。

 

 「───おお。まだ初日だってのに、何やら思い詰めた顔をしてるな、ジャン」

 

 ……すると。

 自分の真横に突然、ぬるりと人影が伸びる。

 驚いて顔を上げると、そこには興味深そうな目でしげしげと此方の顔を覗き込むエルドの姿があった。

 

 「うぉっ!?エ、エルドさん……?」

 「何だ何だ、グンタ(コイツ)が面倒臭い事でも言ってきたのか。お前も案外、新人には厳しいタイプだったりするのかね」

 「馬鹿言え、オルオじゃあるまいし」

 「まぁそうか。オルオじゃないしな」

 

 エルドとグンタが目を見合わせて、ニヤリと笑う。

 

 「いや、何だ……ジャンが、俺達に気を遣い過ぎて無理をしてるんじゃないかって話をしててな。そんなに畏まらなくても大丈夫だぞって言っただけなんだが……俺、何か言い方ミスったか?」

 「あぁ……成程。別に、間違ってはいないと思うぞ。ただまぁ強いて言うなら……」

 

 よっこらせ、とエルドは腰を落とす。

 そのままジャンと目線を合わせるようにしゃがみ込み、軽く微笑みながらその肩にポンと手を置いた。

 

 「そんなに難しく考えるなよ、ジャン。お前が一番『自然体』で居られるなら俺達はそれで良いわけで、何も敢(・)え(・)て(・)素(・)の(・)自(・)分(・)を(・)曲(・)げ(・)ろ(・)って話じゃない。ただでさえストレスの多い環境だ……こんな小さな事で『窮屈』な思いをさせる程、調査兵団の上下関係ってのはイカれてないさ」

 「……エルドさん……」

 「特にお前に関しては、色々と特殊な事情が重なって此処に来た人間だからな。新兵が急に最前線の班にブチ込まれて、『すぐ馴染め』なんて言われても難しいだろう。お前の強(・)さ(・)については勿論耳にしてるが、ソ(・)レ(・)とコ(・)レ(・)とはまた別の話だ。だからお前自身のペースで、ゆっくり緊張を解(ほぐ)していけばいいさ。な?」

 「は……はい。ありがとう、ございます」

 「おう、頑張れよ」

 

 バシバシとジャンの背中を叩き、目配せをしてエルドは立ち上がる。

 

 「……って事だ。今はコイツの『好き』にさせてやろう、グンタ。そのうち自然と、自分の一(・)番(・)落(・)ち(・)着(・)け(・)る(・)位(・)置(・)を見つけるさ」

 「成程な、それもそうだ。……しかし、それまで大丈夫か?オルオ辺りが調子に乗って、ダル絡みして来んとも限らんぞ」

 「その時は俺達で適当にあしらってやれば良い。そうだな……『アイツが新兵だった頃』の話でもチラつかせれば、嫌でもカッコつけていられなくなるだろうよ」

 「そうか。ま、オルオだしな」

 「あぁ、オルオだし」

 「……おいさっきから聞こえてるぞ、そこの馬鹿二人!」

 

 エルドとグンタがニヤついていると突然、隣の部屋の扉が勢い良く開け放たれ、そこから心底苛ついた様子のオルオが姿を現した。

 そのままズンズンとエルド達に向かって詰め寄って行き、彼らに鋭く指先を突き付けて忌々しげに声を張り上げる。

 

 「てめぇら、くっちゃべってる暇があったらさっさと手ぇ動かせや、手ぇ!終わんねぇだろうが、掃除がよ!」

 「お、とうとうキャラがブレてきたな。よく見とけよジャン、コイツの『素』はこんな感じだぞ」

 「あ゛ぁ!?何新兵にテキトー吹き込んでやがんだエルドこらぁ!」

 「だからいつも言ってるだろ、お前に兵(・)長(・)の(・)物(・)真(・)似(・)は合わないって。いい加減、ペトラ辺りがマジギレする前にヤメとけよ」

 「グンタ、てめぇまで……!」

 

 ギャーギャーと言い争い始める、先輩の兵士三人。

 飛び交う冗句と、悪態と、顰め面と、笑顔と。

 ……その光景が、どうにも眩(・)し(・)く(・)て(・)。

 

 (あぁ……そっか)

 

 思わず、小さくクスリと吹き出してしまった。

 

 ───無理をしてない?

 そりゃそうだ。

 此処に無理をする『要素』なんか、これっぽっちもない。

 

 この環境こ(・)そ(・)が。

 自分にとって……。

 

 「……おい新兵、何笑ってんだ!」

 「いやそりゃ笑うだろ、酷な事言ってやるなよ」

 「そうだぞお前、ただでさえお前の第一印象は『舌噛みおじさん』なんだから」

 「だぁれが『舌噛みおじさん』だって!!?」

 「フ、クク……い、いえ、すいません。ただ……今やっと、自(・)分(・)の(・)事(・)が分かったような気がして」

 

 頬を搔き、気恥ずかしさを紛らわすように明後日の方向を向く。

 

 ───そうだ。

 漸く、自分の奥(・)底(・)にあるものに気付いた。

 

 (……俺は……嬉(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)んだな……)

 

 『世界を救った英雄』でも、『連合国使節団副団長』でもなく。

 ……一(・)時(・)の(・)間(・)で(・)も(・)、(・)た(・)だ(・)の(・)一(・)人(・)の(・)『(・)下(・)っ(・)端(・)』(・)に(・)戻(・)れ(・)た(・)事(・)が(・)。

 

 背負って、背負って。

 思えば、色んな物を背負い続けてきた人生だったから。

 

 壁の中の命運も、壁の外の命運も背負い。

 果ては数(・)億(・)という単位の人間の行く末を託され、未来では今も尚、壁外人類全ての代表者として『世界の舵取り』の一端を担い続けている。

 呆れた話だ。元はただの一兵士でしかなかった男がよくもまぁそこまで成(・)り(・)上(・)が(・)っ(・)た(・)もんだと、自分(ジャン・キルシュタイン)を知る人間が聞けば皆一様に苦笑を浮かべる事だろう。

 

 勿論、その現状に些か思う所はあるものの、全てに対して不満がある訳じゃない。それだけの権力を得たからこそ見えた景色もあれば、届いた理想だってある。

 『上に立つ』というのは、悪いことばかりでは決して無かった。

 

 だが。

 やはり、重(・)い(・)も(・)の(・)は(・)重(・)い(・)のだ。

 

 責任も、重圧も。

 一兵士だった頃とは比べ物にならない程に、強く深く肩へと伸し掛かって来る。

 『偉大なる英雄』ではなく『普通の人間』としての仕事など、最後に何時(いつ)やったかさえもあまりよく覚えていない。

 

 けれど、いつか。

 いつの日か、自分達が『英雄』として在る必要がない程の、平(・)和(・)な(・)未(・)来(・)が訪れる事を夢見て。

 その立場(やくめ)を最後まで全うしてやろうと、『未来』で自分は固く誓ったのだった。

 

 ───今、その夢の『片鱗』が。

 少しだけ、垣間見えたような気がして。

 

 「……エルドさん、グンタさん」

 「うん?」

 「おう?」

 「仰って頂いた通り、俺(・)は俺のやりたいようにやらせて貰います。だから……これからも暫くは、こ(・)ん(・)な(・)感(・)じ(・)で行かせて下さい。それが何より俺の、『一番落ち着ける位置』だと思いますので」

 

 ……何とも奇妙で、滑稽な物言いだ。

 だが、仕方がないだろう。

 

 自分の心が、身体が。

 『そうさせてくれ』と言って、聞かないのだから。

 

 「……ん、そうか。お前が自分でそう言うのなら、誰も否定も止めもしないさ」

 「あぁ。気負わず存分に動け。きっとその分、この班にも新鮮な良い風が吹く。……『出来る後(・)輩(・)に、ケツを蹴り上げられるなよ』ってな」

 「っ、はい」

 

 小さく、頭を下げる。

 

 ───彼らもまた、『自分達の前任者』の彼(・)ら(・)じゃない。

 マルコの時と同じだ。そんな事は分かっている。

 

 ただ、それでも。

 素直に、嬉しかった。

 

 ……他でもない彼らに、『後輩』として受け入れて貰えた事が。

 

 自分の思いと彼らの思いとでは、そこに確かな『時間』の違いがあるだろうけれど。

 それでもこの喜びは、如何ともし難く。

 

 (……ガキっぽいよなぁ……ホント)

 

 伏せた目が熱くなるのを堪え切れず。

 バレないようにこっそりと、目元を指先で拭ったのだった。

 

 「……ったく、何なんだお前ら。此処は何時からそんな新人にお優しい仲良しグループになったんだっての……あーあ、めんどくせぇ。やめだやめ、これ以上馬鹿共に付き合ってられっか」

 

 やれやれと言った具合で大袈裟に溜め息をつき、オルオが首を振ってエルド達の下から離れる。

 そのまま部屋を後にするのかと思いきや、何故か今度は真っ直ぐに此方へと向かって来て……。

 

 「……ほれ、ジ(・)ャ(・)ン(・)。さっきは助かった、あんがとよ」

 

 そう言って、ジャンの前にぶっきらぼうに差し出したのは。

 ───綺麗に小さく折り畳まれた、一枚の手拭いだった。

 

 「あ……俺の」

 「元はと言えば、てめぇにコイツを返すために此処に来たんだ。安心しろ、血も汚れも綺麗さっぱり落としてある。それでも気になるようなら言え、適当に新しいの見繕ってくれてやるからよ」

 「い、いえ!ありがとうございます、オルオさん……」

 

 両の手で丁寧に受け取ったソレからは。

 仄かに木灰の洗剤と、陽(ひ)の香りがした。

 

 「おぉ、あのオルオがちゃんと新人に礼を言ったぞ……」

 「明日は多分雪が降るな……」

 「だぁから、てめぇらは黙ってろや!!無駄に茶々入れて来るんじゃねぇ!」

 「凄い、シワ伸ばしまできっちりと……オルオさんこれ、相当気ぃ払って仕上げてくれたんじゃ……」

 「おいおい、本当かよ……こりゃ明後日も雪で間違いないな」

 「いや、明後日は多分もう槍かブレード辺りだ」

 「よぉぁし殺す、覚悟しろてめぇら……おいお前もあんま調子に乗るなよガキンチョ!今回はアレだったが、お前が俺らや兵長に礼を欠くような事があれば何時でもシバきに行くからな!そこんとこ、ちゃんと覚えとけ……っ!?」

 

 忙しなく各方面に向かって叫ぶオルオだったが。

 此方に目を向けたその一瞬に、何やら生(・)温(・)か(・)い(・)目をしたエルドとグンタに背後を取られ、その両肩をがっしりと掴まれてしまう。

 

 「あー、気にするなよジャン。コイツ、焦(・)っ(・)て(・)る(・)だ(・)け(・)な(・)ん(・)だ(・)……そうだろ、ん?」

 「っ、はぁ!?んだとエルドぉ!?」

 「気持ちは分からんでもないがな、それ以上吠えても意味はないと思うぞ。この子は多分、遠(・)慮(・)は(・)し(・)て(・)も(・)萎(・)縮(・)は(・)し(・)な(・)い(・)タイプだ」

 「?あ、と……すいませんお二人とも、先程から何の話をされて……?」

 

 焦ってる?萎縮?

 この班に来たばかりの自分と、一体何の繋がりが……。

 

 「───『討(・)伐(・)数(・)』……違うか、オルオ?」

 「っ!!!」

 「どうだ、図星だろう。お前の通算は39体、そしてこの子がトロストで仕留めたのが大体3(・)0(・)体(・)以(・)上(・)……普段から自分の戦績(スコア)をペラペラ自慢してるお前にとっちゃあ、そりゃ脅威的だよなぁ」

 「ばっ、な、はあ゛あ゛ぁ!!?」

 「良い頃合いだ、そろそろ考え方の変え時じゃないのか。数の多寡で兵士の優劣は決まらないってのは、いつも言ってる事の筈だ。競い合いそれそのものを否定する訳じゃないが、何事も過ぎたるは及ばざるが如しってヤツだぞ、オルオ」

 「エルドの言う通りだ。優秀な人間は優秀、特(・)別(・)な人間は特(・)別(・)、それで良い……俺達はあくまで、『組織』の一員なんだからな。それにどの道単純な戦績(スコア)だけで言えば、元々お前も兵長やミケさん達に遠く及ばないだろう。この子(ジャン)だって、もしかしたらそ(・)ち(・)ら(・)側(・)の人間かもしれない。上には上がいる事を素直に受け入れて、自分は自分の役割に徹するってのが『大人』ってモンだ」

 「ふ、ふっざけんじゃねぇアホ共!てめぇらさっきから何を的外れな事ばっか抜かしてやがる!お、俺がいつ、こんなガキンチョを脅威に……っ!!」

 

 ……ガリッ、と。

 本日二度目の、嫌な音。

 

 「───い゛っでぇえええええええ!!!?」

 「動揺で、舌が回り切らなかったみたいだな……平地でコレが見られるのは滅多にないぞ。折角だし、しっかり拝んでおけジャン……フッ、ククク……」

 「いつ見ても芸術的な噛み方をするなお前は。何だってそんなに何度も何度も……っく、〜〜〜ふ……ダメだ、堪え切れん……」

 「……スーッ……っ……!」

 

 ───流石に二(・)度(・)目(・)は予想外だった。それも、何もない屋(・)内(・)で。

 咄嗟に下唇を噛みながら全力で息を吸い込んで、必死に『耐え』の構えを取ったものの、その努力の甲斐虚しく───。

 

 「て、てめぇら……マジであとで、覚えてやがれ……!!」

 「ほう……オルオよ、ア(・)イ(・)ツ(・)ら(・)に(・)何(・)を(・)覚(・)え(・)て(・)お(・)け(・)と(・)?」

 「……へっ?」

 

 ───泣きっ面に蜂とはこの事か。

 涙目になりながら弱々しく捨て台詞を吐いたオルオの背後から、冷ややかな声が響き渡った。

 

 「へ……兵長……」

 「お前の声が騒々しいと思って来てみれば……埃が舞うと何度言えば分かる。随分と悠長に構えてるようだが、お前の持ち場の掃除は終わったのか」

 「い、いえ……少々、深い事情がありまして……」

 「ならさっさと片付けろ……その前に、口元をちゃんと洗って来い。床に血が落ちちまうだろうが」

 「っはい……申し訳、ございません……!……うおぉおおチクショオオォオォ!!なんで俺ばっかりこうなるぅうぅうう!!」

 

 リヴァイ兵長に深々と頭を下げ、弾丸のような速さで部屋を立ち去るオルオの背を見送った直後。

 ……ジャンはエルド達と顔を見合わせ、そして思い切り吹き出してしまった。

 

 「ふっ……ははは……!」

 「だ、駄目だ……笑いが止まらん……!」

 「げ、芸術点が高過ぎるぞ、今のは……!」

 

 三人で、腹を抱えて笑う。

 オルオには悪いが、あまりにも見(・)事(・)な『オチ』と言わざるを得ない。後を引く余韻が、延々と腹筋を苦しめる。

 

 「……何があったんだ、お前ら……?」

 

 一方、何も知らないリヴァイ兵長は怪訝な顔で此方を見つめるばかりである。

 それも相まって、更にドンドンと深くツ(・)ボ(・)に嵌っていく。

 

 ……あぁ。

 全く、何やってんだろうか。

 こんなの、大(・)幅(・)な(・)時(・)間(・)の(・)ロ(・)ス(・)で(・)し(・)か(・)な(・)い(・)の(・)に(・)。

 ほんの少しでも早く、作業を終わらせなければいけない筈なのに。

 

 けれど。

 久し振りなのだ。

 ───こんなにも、心(・)が(・)軽(・)や(・)か(・)なのは。

 

 もう少し。

 もう少しだけ。

 この温(ぬく)い時間を、味わっていたい。

 

 大笑いするエルドとグンタに身体を揺さぶられながら、ジャンは己の内の自(・)制(・)の鎖を頬と一緒に緩ませる。

 

 今(・)だ(・)け(・)は、ちょっとぐらい肩の荷を下ろしても良いか……と。

 誰に聞かせるでもない弁解を、頭の片隅に巡らせて。

 

 

 

 

 







もう、前回の投稿から一月ほども経ってしまってましたね……筆が遅くて申し訳ありません。
どうにも納得が行かず書いては消し、書いては消しを繰り返していました……

今回、初めてリヴァイ班の面々を登場させました。
ジャンとエルド・グンタ・オルオとの絡みは、本編でエレンがペトラやリヴァイと絡んでいる時だと思って下さい。
彼らの掘り下げ……というか、より『良い先輩』という描写をしたかったので。ジャンみたいな人間は多分、後輩としても気に入られる要素が多いでしょうし。

ここまで、かなりジャンが活躍する話を書いて来ました。
なのでこれからは、彼の『人間臭い』所も強調して書ければと思っています。

では、また次回。
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