チートヒーロー -正義の電脳犯罪者-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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[001] TUTORIAL HACKING !!
チュートリアル


 弾丸は、確かにその男の頭を撃ち抜いた。

 

 当たったのは一発だけではない。マガジンを空にする勢いで発射した何発もの弾丸、その全てが男の頭部を穿ったのをこの目で見た。

 だから、有り得ない。この世界(ゲーム)に設定されたHP、武器の威力、ヘッドショット倍率を考えれば、その(アバター)はポリゴンの欠片のみを残して消滅……つまり、「死亡」しているハズだ。

 なのに男は消えない。倒れない。弾丸を弾く怪物のように、実体のない幽霊のように、無傷の体でゆらりと此方に歩み出てくる。

 

 ――その男には顔が無かった。

 深く被ったフードの下に広がるのは人の顔ではなく、ただ闇。深淵を思わせる濃い黒色が、全てを呑み込む奈落みたいに視界に穴を開けている。先程放った弾丸はその闇に吸い込まれてしまったのではと思えてしまうほどの闇色だ。

 そんな闇の上に、ゆらゆら揺れる鬼火が三つ。上にふたつ、下にひとつの三角形を作りながら揺らめく火は、数秒歪み踊った後、ようやく人の表情を真似ることに成功した。

 つまり、弧を描く目と口だけで笑ったのだ。ニヤリと、あるいはニタリと嘲笑したのである。

 

 ネット越しの視覚信号を受け取った体に怖気が走るのを感じる。今恐怖に貫かれた脊柱は、電脳の(アバター)のものかそれとも現実(リアル)の肉体のものか。それを冷静に思考するには、やはり眼前の(アバター)は不気味に過ぎた。

 

 嗚呼、彼は。

 今知己たる女性を守るため現れた彼こそは。

 電脳たるこの世界において無類の強者にして無法者。糾弾されこそすれ賞賛を浴びることなど叶わぬだろう違法の存在。

 即ち、「チーター」。ゲームのルールを破った犯罪者。

 しかして彼は、同類から友を庇いながら口にする。希望を、正義を、断罪を。

 

「――どうも初めまして電脳犯罪者(クソチーター)。残念だが、オマエはここで『GAME OVER(ゲームオーバー)』だ」

 

 チートヒーロー。

 そんな言葉が、直接脳味噌をハッキングされたみたいに口からこぼれた。

 

 

 

 

 

  ▶[CHEAT HERO] -Cracker of Justice-

 

 

 

 

 

[1]

 時は西暦2074年。インターネットを可視化・体験化した「電脳世界」が発明された時代。

 

 そんな電脳革命の時代において、人々の娯楽たる電子ゲームもまた、VRの究極系とも言うべき「フルダイブ型」に進化していた。

 モニターやヘッドホンを介して情報を得、コントローラーやキーボードを使ってキャラクターを動かしていたのは昔の話。仮想空間の中で五感で感じるように情報を受け取り、手足を動かすが如くアバターの動きを操作する――文字通り意識を電脳の世界にダイブさせる。今やそれが電子ゲームのスタンダードとなったのである。

 

 実際にキャラクターと会話し、強大な敵と対峙し、ストーリーを全身で体感できるRPG。

 電脳世界を介することで、実際の路上ファイトのように対戦できるようになった格闘ゲーム。

 他にもMOBA、FPS、MMO、アクション、レースゲーム、ハクスラダンジョン、ストラテジー、育成ゲー、バトロワにサンドボックスサバイバル。テーブルゲームにスロットなど賭博用のゲームにも事欠かない。今まで発明されたゲームジャンルの悉くがフルダイブ化された現代こそ、フルダイブ型VRゲームの全盛期とも言えた。

 

  [|>>次のページへ]

 

[2]

 それら電脳化され進化たゲームにおいて、しかし50年前から解決していない問題がひとつある。

 「チーター」だ。オンラインゲームにて、主に違法なツールを用いて不正行為(チート)を行う悪質なプレイヤーたち。

 人の世から犯罪が無くならないのと同じように、ゲームの世界から彼等を根絶することも未だ出来ていないのだ。

 故に、

 

  [ERROR!!]

 

 ザザッ

『――おっと、チーターのことでお困りかい?』

 

 yゆえeeee、にニniiii???

 髮サ閼ウ隴ヲ蟇溘↓繧医k繝√?繧ソ繝シ蟇セ遲也少縺ョ逋コ雜ウ縺ョ蠢?ヲ∵?ァ縺悟将縺ー繧後※縺?k縲

 

『読み物中に割り込み失礼。文字がバグったりサイトが落ちたりしたらもっと失礼。ただこんなネットの端っこに転がってる記事なんかよりは有益で、何より楽しい話が出来ることは保証するぜ? だから通報はやめて欲しい。なにせされたらめっちゃ困る! 朝起きたら垢が凍結されてるのって結構辛いんだぜ? おっと、話が逸れたな』

 

  [◎接続確認中……]

 

『俺は正義のハッカー、[KAGIYA(カギヤ)]。お悩みがあれば気軽にDMまで連絡を! どこよりもド派手な事件解決を約束するぜ? ……おっとそろそろ時間切れだ。それじゃ、グッドラック!』

 ブツン――

 

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   ◎Now Loading..._

 

 

 

 宇宙を思わせる虚空にぽつり、机と2脚の椅子が浮かんでいる。

 電脳仮想空間上に存在するプライベート・スペース。昔のビデオ通話をフルダイブ型VR式に発展させたというべきその仮想空間で、机を挟んで椅子に座った2人のアバター(※電脳空間上のユーザーの肉体)が向かい合っていた。

 

 ぴょこん、と白いウサギの耳が揺れる。それは奇異なことに同色の人の髪から突き出たものだった。頭頂部に一対のウサギの耳を生やした頭から真っ直ぐ腰辺りまで流れるのは艶のある白髪。その前髪から覗くは髪と同色の眉と紅玉(ルビー)を思わせる大きな瞳で、その下に人間の女性の顔が続く。鼻も唇もこれでもかと整っていて、その顔の造形には非の打ち所がなかった。そんな芸術品のような頭部を支えるのは細く白い首、アイドルテイストの白い衣装の袖とスカートから出た肢体もまた細く、しなやかに美を纏う。ウエストもきゅっと締まり、ただその上と下は下品にならないくらいのサイズでしっかり主張。全体的な印象は「可憐」だろうか。どういう原理か、腰の後ろに付いている丸い尾がぴょこりと揺れる。

 ウサギの耳を持つ白髪赤目の、作り物じみた美少女あるいは美女――その言葉は正鵠を得ている。何故なら彼女の外見はプロの3Dスキン・クリエイターが製作した「作り物」そのものであるからだ。

 そんな外装(スキン)を身につけた女性アバターは、感情表現AIにより表情とウサギ耳を動かしながら口火を切った。

 

「――[マッドハッター]。今流行してるFPSゲーム《MOON(ムーン) INVADER(インベーダー) 2(ツー)》に出没する迷惑行為プレイヤー……いわゆる『チーター』っす。プレイヤーネームは見る度違うんすが、一貫して帽子が特徴的なキャラクタースキンを使ってるのでそう呼ばれてるってカンジです」

 

 平熱な声がダウナー気味にそう言うと同時。ヴン、と仮想空間に立体映像(ホログラム)として、[マッドハッター]と呼ばれるプレイヤーを写したスクリーンショットが展開される。

 それは、SFホラー映画の悪役にぴったりな異形のエイリアンが、そのグロテスクな外見に不釣り合いなシルクハットを被っているという奇怪な姿のアバター。そのミスマッチさは見る者に滑稽さとおぞましさとを同時に与えるかのようだ。なるほど、その外見は確かにおかしな帽子屋(マッドハッター)という言葉に相応しい。

 そんなアバターを写した写真(スクリーンショット)を見ながら、この空間に居るもう一人である男は呟く。

 

「有名なチーター、ねぇ。なんで運営がBANしないんだ?」

 

 心底不思議そうな男の声は、感情豊かで若い。

 女性アバターがその可憐な容姿で人目を引く存在なら、こちらもある意味では人目を引くアバターであった。

 黒い髪に黒い瞳。10代半ばくらいの容姿は現実世界基準でありふれている凡庸さ。独特の光沢をもつサイバーチックな服装もこの世界では普通の域を出ない。

 だがその髪の輪郭と目の(ふち)、そしてフード付きの黒い服の至る所にゲーミングカラーライトが仕込まれ、それが滑らかに色を変えながら虹色に発光しているのは異常であった。ゆるく被ったフードの下、文字通り虹色の虹彩が、薄い影の中で光りながら相手を見やる。一秒として同じ色を保っていないその瞳は、しかし好奇の(いろ)に染め上げられているようにも見えた。

 そんな「虹色の男」の質問を受け、女性アバターはウサギの耳をぴょこぴょこと動かしながら答える。

 

「運営もBANしてはいるらしいんすけど……沢山アカウントを持ってるのかすぐ復活してくるんすよ。プレイヤーネームが頻繁に変わるのはそういう事情なんだと思います。まあ、そこまでは良いんすよ。チーターなんて程度の差はあれどのゲームにも湧くもんすから」

 

 でも、とウサギ耳の女性アバターは続ける。力を抜いた平坦な声に、それでも抑えきれない怒りを確かに滲ませて。

 

「[マッドハッター]……アイツはただのチーターじゃなくて『スナイプチーター』なんすよ」

「スナイプ……配信者とかと同じ試合に狙って参加する迷惑系プレイヤーでもあるってことか」

「ハイ。《ムンイベ2》やってるある程度有名な配信者は皆狙われてるっす。愉快犯というか、一生配信者に粘着して死体撃ちとかしてくるタイプで……」

 

 成程それは最悪だ、と虹色の男はわざとらしく頷いて理解を示した。

 「チーター」。それはオンラインゲームにて、主に違法なツールを用いて不正行為(チート)を行う悪質なプレイヤーのこと。その中でも積極的に他者に迷惑を負わせるらしい[マッドハッター]は、殊更悪質な存在なのだろう。

 ふぅん、と男がその虹色の瞳を細めて[マッドハッター]の写真を睨んでいると、女性アバターは感情と同期して動くよう設定されたウサギ耳を力無く垂らして言葉を溢す。

 

「ウチ、ゲーム配信をしてるんすけど……1週間後に《ムンイベ2》で結構な有名人とコラボする予定なんすよ。でもその配信を狙われたら折角のコラボが台無しになっちゃうと思って。でもいくら運営に通報してBANしてもらってもすぐ復活してくるヤツし、どうしていいか分からなくて……」

「それで俺に依頼をくれたと」

「ハイ。その、『ハッカー』なんですよね[KAGIYA(カギヤ)]サンは。お願いです、迷惑チーター[マッドハッター]をどうにかしてくれませんか」

 

 その言葉に、男はにやりと不敵に笑った。

 


 KAGIYA 

 @kagiya_ezhack

 正義のハッカー 電脳詐欺の解決から害悪チーター退治まで DMにて絶賛依頼受付中!

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 「ハッカー」。それは西暦2074年において、単体ではあまり使われぬ名前。

 何故なら、その中で善良な心を持つ者は『電脳警察(ホワイトハッカー)』に所属し、そしてそれに属さず悪事を働く者は『電脳犯罪者(クラッカー)』と呼ばれる。故に「ハッカー」という人種は必然的に、善悪で括られればその名を使う意味が無くなるのだ……善とも悪とも言い切れない特異なものを除いて。

 そんな絶滅危惧種とも言うべき、善でも悪でもない「自称・正義のハッカー」カギヤは、女性アバターからの依頼に大袈裟な笑顔を作って親指を立てた。虹色の瞳がきらきらと輝く。

 

「当然オッケー! いやあラッキーだねラブ……ラブイット? さん。俺に依頼して大正解、誰よりもド派手な事件解決を約束するぜ?」

 

 どこか芝居がかったようなその台詞に複雑なものを抱きつつも、とりあえず女性は初見で正しく読まれにくい名前の発音を訂正することにした。

 

「……[Love>_<it(ラビット)]っす。基本ラビーって呼ばれてるんでそう呼んでくださいっす」

「ふぅん、ならラビーで」

「(『さん』まで外せとは言ってないんすけど……)」

 


 Love>_<it ❤ 

 @loveitgames204

 twitube(twitube.com/@Love>_<it204)でゲーム配信をメインに活動してます☆ / 配信の感想は #loveitstream で聞かせてね♡ / サブ垢(@loveit_sub)

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 カギヤの若さが匂う気安さに、ウサギ耳の女性アバター・ラビーは片耳を折りながら、少し複雑な顔で内心呟く。

 

「(ほんとにこの人に頼んで大丈夫かな……)」

 

 彼女は今しがた説明した[マッドハッター]の件について、紛れもなく真剣に悩んでいた。チーターの対処というのはしかし、一番頼れそうな『電脳警察(ホワイトハッカー)』には頼れない。否、頼みはしたが、「ゲームの話なら運営に言え」と至極当然なセリフで門前払いされてしまったのだ。

 だが[マッドハッター]は現状運営が対応出来ていないチーター。このまま勝負時とも言える1週間後のコラボを待つのは余りに不安だ。コラボ配信は成功すれば新しい層をファンとして取り入れられるが、失敗すれば相手方のファンから少なからず不興を買うことになる。それは配信者として人気になりたいラビーにとって、あまり想像したくない未来だ。

 そんな中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を経由してSNSで見つけたハッカー[カギヤ]。投稿内容を見る限り結構な頻度でアカウント凍結と新(アカウント)作成を繰り返しているらしく、正直胡散臭かったが、藁にも縋る思いで連絡をすれば返信が来た。で、指定された個人チャット用空間に現れたのが……この所々ド派手な虹色の、少年らしさ全開のアバター。気安く、頼りなく、不遜で尚且つ胡散臭い。ラビーが不安を抱くのは当然であった。

 彼女は掴んでしまった藁の丈夫さを祈るように、反芻した不安を打ち消そうと内心で己を納得させようと思考する。

 

「(でも、電脳世界(こっち)のことって子供より大人の方が弱かったりするし。ここまでの話を聞いて『できない』って言わないってことは大丈夫、っすよね?)」

 

 彼女は耳をピコピコ動かして少しの間悩み、そして他に頼れる心当たりもないので、目の前の「自称・ハッカー」の男を信じてみるしかないという結論に至った。

 

「ええと、依頼成立ってことでいいんすよ、ね? それでその、報酬とかは……」

「うーん、そうだな」

 

 報酬、と聞き、カギヤは少し悩む素振りを見せた。

 大丈夫だよね、ふっかけられたりしないよね……とラビーが耳を垂らして不安がっていると、ふとカギヤが此方を向く。その顔には「良い事思いついた」という文字がでかでかと書かれているようで、一層ラビーを不安にさせた。

 そんな彼女の内心に気付くことなく、少年は言う。

 

「なあ、ラビーは電脳ゲーム配信者なんだろ?」

「あ、ハイ。一応フォロワーは20万人くらい居るっす」

 

 それを聞くと、カギヤは目一杯口角を吊り上げて笑った。にんまり、という擬音が放たれているような笑顔だ。彼は宝箱を見つけた少年そのままの、期待が目一杯に輝く笑顔で提案を口にする。

 

「ならさ、依頼が完了した暁には俺を配信で紹介してくれよ! 俺ってば有名になりたいんだよねぇ。今はSNSのフォロワー100人居ないし、すぐ凍結されちゃうしでどうすれば良いか困ってたワケよ」

 

 金銭ではない、特殊な形態の報酬。

 それが果たして「高い」のか「安い」のか、ラビーは即座に判断しかねた。配信でこんな怪しい人物の売名を許して大丈夫だろうか、でも大金をふっかけられるよりはマシでは……と本日何度目かの懊悩を挟み。

 数秒後、彼女は目の前でワクワクキラキラと目を輝かせている男に向かって、覚悟を決めたように結論を口にする。

 

「……分かったっす。[マッドハッター]をどうにかできたなら、ウチの配信で売名でもなんでもやってください」

 

 その言葉に。

 カギヤは目を見開き、そしてもう上がらないだろうと思っていた口角を諸手と共に高く上げて――。

 

「マジ!? よっしゃ、やる気出て来たー!」

 

 演技っぽさなど微塵も無い、感情がそのまま口から零れたみたいな声でそう叫んだ。

 ……なんて悪童(ガキ)っぽさだろうか。

 虚空の椅子の上で器用に跳ね回る少年を前に、やはりウサギ耳の女性はその耳を迷いの形に折り曲げた。

 

 

 

   ◎Now Loading..._

 

 

 

 《MOON INVADER 2》は今から3ヶ月前にリリースされた、同名のSF映画をモチーフにしたVRゲーム《MOON INVADER》の正当続編――言ってしまえば非フルダイブ型ゲームだった無印版をフルダイブ型に対応させたタイトルだ。

 ゲームジャンルはオンライン対戦型FPS。プレイヤーは「防衛軍」と「侵略軍」の2チームに分かれ、主に銃火器を手に戦う。対戦人数は下は「5vs5」から上は「100vs100」まであり、人数の大小によって幅広い戦場を楽しめるのが人気の一助となっている。

 特筆すべき点は、月面を舞台に選んだことによる低重力アクションと、人間である『防衛軍』と非人間(エイリアン)たる『侵略軍』の様々な能力差。状況に応じて有利不利が切り替わる、元ネタの映画を再現したシステムが個性的として、多数のプレイヤーから高い評価を得ているのだ。

 

 

「――んで、ココが『月面基地(ムーンベース)』か」

 

 ゲームの世界(フィールド)の中。白を基調とした窓の無い基地の中で、壁を天上を眺めながらカギヤは呟いた。月面基地は国立大学に匹敵する敷地面積を持ち、リアルタイムに状況を反映する立体館内地図(ホログラムマップ)やSF映画に出てくるような宇宙戦闘機(スペースファイター)を格納するガレージなど、ハイテクノロジーがこれでもかと詰め込まれている。最も、2074年現在こんなに発展した月面基地は現実世界には無い。これはあくまでフィクション映画を再現した仮想空間だ。

 そんな基地内で物珍しそうに周囲を見回すカギヤの髪と目は相も変わらず虹色で、若い容姿とサイバー感溢れる服装も相まって月面基地の中では浮いている。映画が現実世界を舞台とした真面目なSF作品だった事でリアリティを追求した月面基地と、電脳世界の住人そのままのカギヤの姿は水と油だった。

 そんな二重の意味で目立つ彼に、ゲームの経験者でもあるラビーは『防衛軍』の制服――クリーム色の軍服に似た服を着た状態で頷く。最もウサギの耳を生やした美少女は、例え映画さながらの服装をしていても、カギヤと同じく実写映画の世界観からは浮いていたが。

 

「ハイ。ここ月面基地(ムーンベース)は『防衛軍』……人間側チームの拠点っすね。カギヤさん、映画の《MOON INVADER(ムーンインベーダ―)》シリーズを見たことは?」

「無いけど」

「……《MOON INVADER》は、月面基地に攻めてきた地球外生命体(エイリアン)の侵略軍と月面基地防衛軍が戦うっていうストーリーで、シリーズ最新作の3までその軸は変わってません。それはゲームでも踏襲されてます。要するに人間とエイリアンでキャラクターの性能に差があるんすよ」

 

 そう言うと、ラビーはメニュー画面を出してそれを慣れた手つきで操作した。すると彼女の体をびゅん、と宇宙服が包む。ゲームらしいスマートな宇宙服のヘルメットからぴょこん、とウサギの耳を飛び出させながら、宇宙服備え付けのスピーカー越しにラビーは語る。

 

「人間は当然月面で呼吸出来ないので、基地の外に出るには宇宙服を着ないとダメ。しかも酸素量とかの制限もあって、ヘルメットが割れたら窒息で即死っす……まあすぐ基地内で復活(リスポーン)するんすけど。逆にエイリアンは宇宙空間でも問題なく呼吸できるし、割れて困るヘルメットとか酸素とかの制限もありません」

「うーん? それだとエイリアンの『侵略軍』側が超有利に思えるんだが」

「いえ、エイリアンたち『侵略軍』が強いのは酸素の無い月面……つまり()()()()だけっす。()()()()には酸素があるんで人間側は制限ナシ、逆にエイリアン側は動きが鈍くなるっす」

 

 つまり簡単に纏めれば、人間の『防衛軍』は基地の中で、エイリアンの『侵略軍』は基地の外でそれぞれ相手よりも有利になる、ということらしい。

 だが、それを理解したカギヤは首を捻った。

 

「……それだと試合が膠着しねえ? 自分の有利な場所から極力出たくないってのが人情だろ」

 

 カギヤが心底不思議そうに問うと、ラビーは宇宙服を消しながら耳を曲げた。その声は平坦ではあるが、内心の不安を表して仄かに暗い。

 

「ホントにルール知らないんすね……。そんなんで大丈夫なんすか?」

 

 胡乱気な視線をじとりと向ける……が、残念ながら効果は無く、カギヤは笑顔でそれを軽く受け流して、扇ぐように手を横に振る。

 

「大丈夫大丈夫。()()()()をたっぷり調べてたんで、ちょっとゲーム自体の知識が間に合わなかっただけだから。それより、どんなルールなんだ?」

 

 そう自然に切り返され、ラビーは溜息ひとつで追撃を諦め、解説を再開させることにした。

 メニューを操作して立体映像(ホログラム)の3Dマップを展開。そこにある月面基地と、どこか栄螺(サザエ)の殻を思わせる禍々しいデザインの宇宙船をそれぞれ指さしながら彼女は語る。

 

「各チームの目的は、相手チームの陣地――『防衛軍』ならエイリアンの宇宙船に、『侵略軍』なら月面基地にあるエリアを取ったりコアを破壊したりすること。つまり勝利条件を満たすには相手の有利な陣地に行くしかないよう設計されてるんです」

「へぇー。上手いこと出来てんなぁ」

 

 本当に感嘆しているらしい素直な反応。カギヤの理解を確認し、ラビーは煙を払うように手を振って3Dマップを消した。

 

「他にもちょっとした差異はあるっすけど、まあそんな感じっす」

「大体分かった。で、俺らは明日『防衛軍』側でプレイすんのか?」

 

 最初に防衛軍の基地に連れて来たことはそういうことなのか、というカギヤの疑問に、ラビーはその通りとばかりに頷く。

 

「ハイ。[マッドハッター]は『侵略軍』側でしかプレイしないらしいんで、カギヤさんの立てた作戦通りに()()()()()()なら必然的にそうなるっすね」

 

 昨日の段階でカギヤから授けられた「作戦」を思い返しながら言われたラビーの言葉に、しかしカギヤは引っ掛かりを覚えた。

 

「なるほど……ん? なら来週のコラボは『侵略軍』側だけでプレイすればいいのでは?」

 

 話を聞く限り、《ムンイベ2》は『防衛軍』と『侵略軍』で戦うゲームらしい。そして[マッドハッター]は『侵略軍』のみで姿が確認されている。ならば、奴と同じ『侵略軍』でのみプレイするのが奴への対策となるのではないか。まさか『侵略軍』どうしで戦うこともないだろう……という思考の下放たれたカギヤの言は、

 

「……『侵略軍』側は見た目がちょっと……人型のアバタースキン使えないですし……」

 

 というラビーの少しばつが悪そうな言葉で否定された。

 確かに、ぱっとゲームについて調べたときに出て来たエイリアンの姿は多少グロテスクであったとカギヤは気付く。少なくとも、今ラビーが使っている美少女アバターよりは「需要」がないだろう。何の需要かと言われれば、それは当然――。

 

「あー、『配信映え』ってヤツかぁ」

「特にウチはその、()()()()()気にするチャンネルなんで。それに本当に[マッドハッター]が『侵略軍』でしかプレイしないかどうかも分からないっていうか。本人の気が変わることもあるかもですし、味方になったらそれはそれで見栄え悪そうですし」

「……確かに。まぁ、今のは俺がバカだったな。悪い、忘れてくれ」

 

 そこまで思考が至らなかった己の考えなしさを少し反省しながら、カギヤはゲーム内容の確認に入る。

 今は練習モードなので敵プレイヤーも居ないしアイテムも出し放題。メニューウィンドウを操作すれば、カギヤの手元に近未来的なデザインの銃が出現する。つるりとした白い表面は、金属ではなくプラスチックだろうか。適当に壁を狙って引き金を引けば、飛び出すのは鉛玉ではなく白く輝くエネルギー弾。

 壁を破壊する機能(ちから)の無い弾は、壁に焦げ跡のようなエフェクトを残して消える。その焦げ跡も数秒後には薄れて消えていき、後には元通りの傷ひとつ無い壁が残った。

 カギヤはその壁ではなく手元の銃を見ながら、反動を覚えた手を撫でつつラビーに問う。

 

「武器は(こういうの)だけ? 俺、『剣』とかの方が得意なんだが……」

「……あの、このゲームFPSっすよ、剣なんかあるワケないじゃないっすか。このゲームの基本は撃ち合い、銃どうしの銃撃戦なんすから。それに、銃にも色々種類があるんすよ。例えばAR(アサルトライフル)とかSMG(サブマシンガン)とか……反動が苦手なら拳銃とかどうっすか? まあ兎に角、そういう多様な銃が30種類くらいあって、『防衛軍』と『侵略軍』で見た目が違うけど性能は同じ、ってカンジっす」

「ふぅん。ならまあ、コイツで良いか。それで、基本は、ってことは例外があんのか?」

 

 好きなゲームのことで饒舌になったラビーの説明をばっさり切って、カギヤは興味のままそう訊ねた。ラビーは少し険しい顔になりつつも、すぐに溜息を吐いて気持ちを切り替える。なんだか振り回されるのに慣れて来た気がする、と自覚してしまった彼女は、その重い気持ちが反映された疲れたような声で問いに答える。

 

「……そうっすね。銃以外だと……グレネードとかの副武装(サブウェポン)とか、エイリアンの爪による近接攻撃とか、あとはキリストリーク……要するに、死なずに連続で敵を倒し続けると使えるようになる必殺技があるっす。基地のミサイル砲撃とか、宇宙戦艦を呼び寄せて地表をレーザー砲で焼き払うとか」

 

 語る内に口調は元に戻っていた。数える程しか発動したことのない最強のキルストリーク、その威容を脳裏で描けば、自然と彼女の機嫌は直っていた。

 それが伝染するかのように、カギヤは先と違ってワクワクとした表情を見せる。

 

「へえ! 良いね良いね、ド派手でカッケーじゃん! テンション上がって来たぜ」

 

 ぴょん、と軽く飛び上がって喜ぶカギヤ。やはりその仕草は子供っぽいが、今だけは余り気にならなかった。己の「好き」に共感してくれるというのは、それだけラビーにとっては嬉しいことだった。

 と、そんな彼女の視線の先で、カギヤは少し不思議そうに己の足元を見つめる。

 

「……? なんか体が軽い?」

 

 その反応に、ラビーはすぐにピンと来た。今まで気付いて居なかったのだろうが、それこそがこのゲームの最大の特徴。つまり。

 

「あー、ここ設定的に月面なんで。重力が普通のゲームの六分の一なんすよ」

「へえー、マジか! なら……」

 

 ラビーの言葉を確かめるように、カギヤはぴょーん、と大きく飛び上がった。その体は浮上を続け、遂には基地の天井にタッチする程の跳躍となった。床から3mは飛んだだろうが、それでもまだ勢いに余裕はありそうだ。

 

「おお、これ楽しい!」

 

 ゆっくりと――現実の6分の1の速度で天井から落下しながらそう感嘆し、着地と同時に再び跳躍。

 ぴょん、ぴょんとピンボールのようにせわしなく基地内を飛び回るカギヤ。その姿に、やっぱ子供っぽすぎて不安になるな、いやでも自分も最初はあんな感じだったなーと懐古に頬を緩めつつ、落ち着きのない初心者へラビーは語る。

 

「楽しいっすよね飛び回るの。低重力だから武器も軽いし、立体的なアクションが楽しめるんで凄い好きなんすよこのゲーム。実際に月面に行ったらこんな感じなのかなーって思えたりして……」

 

 と、ここでピタリとカギヤの動きが止まった。つられてラビーの語りも止まる。

 どうしたんすか、と彼女が問う前に、カギヤは手で口を覆って呻いた。

 

「……うっぷ、酔った。気持ち悪……」

 

 見ればその顔面は蒼白で、脂汗を思わせるエフェクトが頬に額に張り付いている。そのまま地面に手を付いて倒れ込んだその姿を見て、ラビーは彼を襲っている現象が何かを理解した。

 

「あー、ゲーム酔いっすか。まあただでさえフルダイブのゲームって酔いやすいっすもんね。その上この低重力っすから。ウチでさえ未だに激しい動きしたら酔っちゃうレベルなんで、あんまりそういうことしないように気を付けてくださいっす」

「うぷ、それを早く言……おえぇ」

 

 アバターに胃の内容物を吐く機能など無いが――そもそも内臓自体無いが、現実世界と共有している唯一の臓器たる脳に流れ込んで来た感覚のまま、カギヤは口元を抑えてえずいた。

 フルダイブ型ゲームのゲーム酔いはそこまで珍しいものでもない。特にこういう特殊なアクションができるゲームは、それだけゲーム酔いのリスクも高まる。カギヤはそれを身を以て体験したということだ。

 

 ……それからカギヤの復活を待ち。

 30分程軽くゲーム内容を確認して、カギヤは「よし」と呟いた。宿題が終わった学生そのものの声だった。

 彼が手に持ったお気に入りの武器を消すのを見て、ゲームを去ろうとしているのを察し、ラビーは少し焦った声を出す。

 

「え、もう終わるんすか?」

 

 咎めるような響きを含んだ声だったが、やはりカギヤは取り合わない。気付いていないのかあえて無視しているのか……その顔を見れば前者な気がするが。

 

「おう。解説ありがとなラビー。俺1人ならもっと時間かかってたかもだし助かったぜ」

「いや、でも、まだチュートリアル終わったくらいっすよ。とても[マッドハッター]を倒せるレベルじゃ……」

 

 ラビーの声は、今度は引き留める意思の表れとして僅かに震えていた。

 カギヤはまだ実戦――プレイヤーとのオンライン対戦を一度も行っていない。これまでの確認でカギヤが《ムンイベ2》の素人なのは分かっている。特別な才能があるわけでもない、思い通りの狙い(エイム)もままならないただの初心者だ。

 だからこそカギヤを引き留めようとしたラビーに、カギヤは安心させるためなのか軽く笑う。

 

「オイオイ、俺はゲーマーじゃなくハッカーだぜ? まあ確かに、チュートリアルは大事だからそれだけはやったが。でも俺は別に、真正面から戦ってマッドナントカを倒す訳じゃない。それじゃ根本解決にもならねえしな。それに、俺にも必要な準備ってもんがあるんでね」

 

 声音にも表情にも焦りは無く、それどころか自信らしきものに満ちていて……それが逆にラビーを不安にさせた。

 その「準備」とやらは本当にゲームの事前練習よりも大事なのか、と彼女が追加で問う前に、

 

「それじゃ明日、世界標準時間の15時に『作戦開始』で」

 

 と一方的に言い残し、カギヤはゲームからログアウトした。そのアバターが仮想世界から掻き消え、後には静寂だけが残る。

 月面基地に一人残されたラビーは、昨日授けられた作戦を再び脳内でなぞるも、それでは不安は消えず。「本当に大丈夫かな……」という不安の感情にウサギの耳を折り曲げた。それは庇護欲を刺激する可愛らしい仕草だったが、残念ながらそれを見る者は既に()()()に居なかった。

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