チートヒーロー -正義の電脳犯罪者- 作:龍川芥/タツガワアクタ
欲望渦巻く争奪戦へ
《ceter》――強欲が齎すは、栄光か、破滅か。《/center》
ぎゃあぎゃあと、頭上で竜が鳴いている。重い灰色の雲に覆われた空の下、鳥の代わりに幼竜の群れが騒ぐ廃都は訪れる者の胸中に不吉なものを抱かせた。あの猛禽類にも似た幼竜たちは、きっと安全に喰える死骸が出来るのを待っている。それが自分なのかそれとも別の誰かなのかは、今はまだ誰にも分からないが。
「設定設定……あった。環境音を50から10に……これでよし。ちょっとギャーギャーうるさすぎんだよな鳴き声が」
ざり、とボロボロの石畳にブーツが擦る。重くのしかかる曇り空の中に広がる周囲の光景は、ただひたすらに荒廃していた。壊れて、寂れて、廃れていた。
石煉瓦を中心とした街並みは、僅かな建物の名残りによってその過去を伺わせていた。それが無ければ、この壁の残骸が並ぶ場所が「都市」だったとは誰も思わないだろう。現に今歩いている石畳が、かつて街路だったのかそれとも家中の床だったのかも分からない。もし一陣の突風が吹いたなら、それでこの廃墟の全ては塵となって消えていきそうな程に、周囲は暗く不気味だった。
街が崩壊した理由はなんとなく察しがついた。空気に混ざる焦げるような匂い。生ぬるく、時に火花を運ぶ風。砕けた壁に残った巨大な生物の爪痕。そして頭上を回遊する生物。即ち――
竜に滅ぼされ未だ竜に囚われた王国の残骸、「竜葬の廃都ラオール」を彼は進んでいた。余り綺麗な格好とは言えない、そしてまともな格好だとも言えないだろう男だった。
それは、二本の剣を背負った若い戦士。剣の一本には紫色の宝石、もう一方には青色の宝石が刀身の根元に埋め込まれている。厚手の布製の服の上から革の鎧を着こんでおり、その服は土や煤の汚れが目立つという服装。そんな中、色を変えながら虹色に輝く汚れ一つない髪と瞳が、景色の中で妙に浮いていた。
「しっかしマジで世界観重視ゲーだな、コレ。むしろ俺のアバターが許されたのが不思議だね」
呟く声もまた、状況に似つかわしくない緊張感の無さを伴って廃墟の街に消えていく。
戦士が見やるのは向こうの空。灰色の雲が色の付いたフィルムでも通したかのように紫色に見える部分がある。それは楕円の線を描きながら戦士を取り囲み、首を回せば丁度ぐるりと世界を円形に取り囲んでいるのが分かった。その線は直角に地面まで落ちているのが、遠くに見える紫色に侵食された廃墟の光景から何となく分かる。
アレは「呪い」だ、と戦士は知っている。毒々しい紫色に空気を染めているのは、とある秘宝が放つ呪い。それがこの廃都に自分を含めた人間たちを閉じ込め、徐々に円を狭めることで殺し合いの奪い合いを強制している。そう、戦士は知っていた。
と、戦士の視線が空から地上へと素早く動く。死の街の中で彼以外に動くものがあったのだ。
それは、人間。崩れた壁の影から、虹髪の少年と同じような服装の人影がするりと現れた。鎖帷子に深くフードを被り、短剣を腰に差した格好の男。「盗賊」だ、と二刀の戦士は一目で見抜く。
さっと戦士は物陰に隠れた。今にも崩れそうな石煉瓦の壁の残骸に背を付け、顔だけを出して先の方向を覗き込む。盗賊の男はまだこちらに気付いていないのか、あらぬ方向を向いて廃都の探索を続けている。
チャンスだ。言葉にせずにそう呟き、戦士は腰に手を回す。腰の横に付いた革製のポーチを漁った様子は無かったが、しかし彼の手の中にスッと硝子瓶が出現した。丸い、フラスコ型の硝子瓶だ。中に色の付いた霧のようなものが入っており、コルク栓で閉じ込められたそれがキラキラと薄い黄色に揺らめいている。
戦士はコルク栓を外し、瓶の口元に向けて小さな声で囁いた。
「
言うや否や硝子瓶を空中に投げる。投擲された瓶は綺麗な放物線を描き、カランと音を立てて盗賊の男の近くに転がった。盗賊の男が物音に反応して、罅も入っていない硝子瓶の方を振り向く。
「!? 閃光魔法の『魔法瓶』――」
盗賊がそれの名を口にするよりも速く瓶が爆発し、閃光が世界を埋め尽くした。
彼は咄嗟に目を腕で覆うも、もう遅い。視界に張り付いた鮮烈な白色が網膜にべったりと張り付き、彼の視力を一時的に奪う。
瞬間、瓶を投げた少年は弾かれたように物陰から飛び出した。盗賊目掛け疾走、否、突進。石畳の上を猛烈な速度で突進しながら背中の二刀を抜剣する。
「行くぜ!」
いかにも少年といった戦士の若い声、それが孕むは喜色と勇壮。
訳も分からず立ち尽くす盗賊の体に、紫色の燐光を纏う右手の剣の一撃が炸裂する。薄紫の軌跡を空中に描きながら、袈裟切りにしてその体を通り抜けた剣は、盗賊の血ではなく
次いで左手の剣が振るわれる。こちらの纏う光は青。視界が戻ってきた盗賊がようやく状況を理解し腰の短剣を抜くが、ガードは間に合わず再び剣が彼の体を通過する。
漸く視界が戻る。視線が交錯する。盗賊の目の前には、爛々と虹色の目を輝かせ二刀を振るう戦士の姿。
「くそッ」
「貰ったァ!」
悪態と共に短剣が付き出され、それを勝利を確信した二本の剣が迎え撃つ。
果たして――短剣は少年の胸に刺さり。しかし二本の剣が盗賊の両肩にめり込んで、残っていたHPを余さず吹き飛ばした。
盗賊の体が力を失って頽れ、どさりと地面に伏したかと思うと、次の瞬間空気に溶けるように消滅していく。残されたのは彼が
地面に転がったアイテムの中のひとつ、緑色の液体の入ったフラスコ型の硝子瓶を拾い上げ、蓋を外して中身をごくりと嚥下した少年――プレイヤー[
「くぅ~! 痺れるなこの瞬間! 今までの物資収集で積み上げたリソースを吐いて行う、全てを失うかどうかのスリリング・バトル! これがバトロワの醍醐味ってヤツか!」
そんな勝鬨を上げる間も、回復ポーションの効果で胸に負った傷が――HPが徐々に回復していく。視界内に表示された緑色のゲージが最大値まで戻るのを確認し、カギヤは殻になった瓶を雑に放り投げた。空の瓶は地面に当たって砕ける前に、ポリゴンの欠片になって消滅する。
それらのことから分かる通り、カギヤは今ゲームの真っ最中だった。
ゲームのタイトルは《
しかし彼がこの仮想空間にて剣を振るうのは、他の一般プレイヤーたちと同じように、趣味や娯楽の為というワケではない。
何故カギヤがこのゲームをプレイしているのか。それを説明するには、少しだけ時を遡る必要がある――。
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そこは白い部屋だった。
四角く、白い。模様も汚れも無い無地の空間は、それだけだと奥行きや壁と天井の境目が分からなくなりそうだが、辛うじてある黒い線がワイヤーフレームのように部屋に立体感を与えている。そんな、まだ壁紙も設定されていない殺風景な電脳空間にあるのは、机を挟んだソファと椅子と、そしてソファにふんぞり返った1人の男だけ。
その男の黒髪黒目を縁取るのは、色を変えながら虹色に輝くゲーミングカラーのラインライト。服装はサイバーチックな黒い服で、そこにも当然のように虹色の線。フードを浅く被ったその若い人相は、奇抜な格好も相まって余り良いとは言えなかった。浮かべている楽し気な笑みも、周囲を明るくするというよりは享楽主義者的な彼の内面を端的に示しているだけのように思える。
KAGIYA
@kagiya_justicehacker
正義の天才ハッカー 電脳犯罪に巻き込まれたり害悪チーターに悩まされたりしてたら是非DMに連絡を! ホワイトハッカーが取り合ってくれない些細な事件でも大歓迎!
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少年、自称正義のハッカー・カギヤは、遊びの無い急ごしらえの会話用電脳空間で相手を待つ。
ほどなくして、椅子の方にアバターが出現した。足先から徐々に肉体が構成されていき、数秒で人型が完成する。
褐色、というには赤すぎる肌と白い髪を持つ青年だ。服装は中世ファンタジーに出てくる戦士あるいは傭兵のような軽装の鎧姿で、袖から覗く手は爬虫類のような鱗と爪が生えていた。耳が尖っているのも相まって「竜人」という言葉が何となく浮かぶ。
そんな彼は、縦に裂けた瞳孔を持つ金色の瞳でカギヤと眼を合わせ、牙の生えた口を開いた。
「……アナタがハッカーの[
意外にも、牙の間から出たのは柔らかい声。カギヤ程ではないが若さを感じるハリのある低音は、烈火を連想させる外見に反して、どこか静かに弾ける焚き火のような火を思わせる。
よく見れば、赤い肌と竜のエッセンスを取り入れたアバターの顔つきは、しかし性格が現れているのか随分と温厚そうに見える。縦に裂けた瞳孔を持つ金の瞳も、見慣れれば落ち着きの色を纏っているようにも感じられた。
そんな彼の第一声に、カギヤはソファにふんぞり返ったまま答える。
「イエス。そういうそっちは依頼人で合ってるかな? えーと……」
「はい。[
SHIKHER BOTG勢
@shikhar304
ゲーム垢。現在BOTGにハマり中。現在ダイヤランク、野良募集歓迎。
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第一声から自己紹介まで、やはり余すところなく穏やかで丁寧な物腰だった。
そんな彼――シクハとは対照的に、いつも通りの礼儀を知らない態度で未だにふんぞり返ったままのカギヤは返す。
「殺風景な場所にご足労悪いねシクハくん。俺、依頼を受ける時は
片手で合掌、首から上だけを下げる気安い謝罪。
そんな初対面のカギヤの態度にも、シクハは気を害さなかったようで、
「いえ……それより、本当に可能なんでしょうか。その、チーターをどうにかする、というのは」
そうカギヤに問うた。成程、気分を害さなかったのはそのことが頭を埋め尽くしていたからか、とさえ思える性急な問いだった。
そんな切実な響きを含んだ問いに、カギヤは鷹揚に頷く。
「ああ。まあ詳しいことは話を聞いてからだが、大体の事はなんとかできる自信あるぜ? とくにチーター関連はな。あんなの
にやり、と不敵に笑うカギヤ。
その自信満々といった表情に、シクハはぱちくりと瞬膜を瞬かせた。
「天才ハッカー、ですか」
その荒唐無稽な言葉を確かめるように口にすれば、カギヤは当然というように頷く。
「おう。ま、元々の専門は電脳世界
信じるのかどうかはそっちが決めろ、と言いたげな声だった。ネットの海でたまたま発見した「自称・正義のハッカー」を信じるのかどうか……それを委ねられたシクハは、たっぷり10秒ほど悩む。
……確かに、普段ならばとても信じられなかったかもしれない。外見があてにならない世界であるとは分かっていても、カギヤの言動は頗る若く、貫禄や説得力というものが無い。態度も己の命運を託すには少し乱暴すぎる気もする。
騙されているかもしれない。
けれど、シクハは椅子の上で悩み続けた。叶って欲しい願い、切実な望み……あるいは祈りのような欲望が、彼をそこに縛り付けていたから。
――強欲が齎すは、栄光か、破滅か。
そんな、己にとって馴染み深い言葉を思い出し。やがて、彼は口の中で「なら、いつもと同じだ」と言葉を転がして。
「……では、お話します」
そう、覚悟を決めたように話し始めた。
「カギヤさんは《
「あー……なんか今流行ってるバトロワね」
「はい。そして私がハマっているゲームでもあります」
シクハが口にしたそのタイトルは、ヘヴィなゲーマーというワケではないカギヤでも名前くらいは知っているゲームだった。ジャンルは「バトロワ」……要するに敵対した2陣営の戦いではなく、自分及び味方以外の全チームが敵の乱戦をメインに据えたゲームだったハズだ。
カギヤが聞きかじりの知識を記憶フォルダの底から引っ張り出しながら、続くシクハの話に耳を傾ける。
「解決して欲しいことというのは他でもない、《
「大量発生?」
奇異な言葉に思わずそっくりそのまま聞き返せば、
「はい。私は今ダイヤランクなんですが、毎試合のようにチーターに出会うんです」
そう平然と返って来た。
ほう、と片眉を吊り上げ、身を乗り出して怪訝な顔をするカギヤの様子を見ながら、翳りが混ざって来た声音でシクハは続ける。
「私も少し調べたんですが、《BOTG》はゲームエンジンが比較的古く……ゲーム自体は面白いんですがバグなども他ゲームに比べると多いんです。運営も余り評判が良い方では無くて……」
「中々チーターがBANされないって事か」
「はい」
オンライン対戦ゲームにおいて、ゲーム自体の面白さと運営の手腕に相関関係が無いことは稀によくある。だが人気となったゲームに蠅のように群がってくるチーターを払えるのは運営しか居ない。
チーターとは言わば対戦ゲームの癌だ。放置すれば瞬く間に増殖し、一般プレイヤーを駆逐して、結果的にゲームの寿命を縮めてしまう。このチーターに一般プレイヤーが抗う方法はほぼ皆無だと言って良い。彼等を断罪出来るのは運営だけだ。
逆に言えば、運営にチーターを排除する意思や技術、資金がなければ、どれだけゲーム自体が面白かろうと、いずれチーターに食い潰されてコンテンツが終わってしまうだろう……それでも良いと「商業的に判断」してしまう運営会社は、残念ながら少なくないということだった。
「私はダイヤランクの上、オリハルコンランクに到達するのを目標に友人と《BOTG》をプレイしていたのですが……ここ最近のチーターの多さに友人が萎えてしまって。正直、私もそうなりかけているのが現状です」
語る途中もシクハの丁寧な口調は崩れなかったが、その態度からは確かに悲しさ、悔しさが見て取れた。
「とても面白いゲームなので、こんな廃れ方をするのは余りに悲しい。カギヤさん、どうか《BOTG》に蔓延るチーター問題をどうにかしてくれませんか」
それが、依頼。それが、彼の欲望。
やはり丁寧な動作で頭を下げるシクハに、カギヤは……吼えた。
「任せろ! 例え10人だろうが100人だろうが、まとめてこの天才ハッカーカギヤ様が一掃してやる!」
どんと胸を叩いて、彼の依頼を引き受けることにしたのである。
シクハは本当ですか、と上げた頭を、カギヤの自信たっぷりな表情を見て再び下げた。
「……ありがとう、ございます」
声が震えていた気がしたのは……男と男の間では、見なかったことにする程度の些細な問題だ。
暫くして、シクハが己のせいで訪れた沈黙を、静かな声で破る。
「それで、報酬の件なのですが……」
「あー、はいはい?」
「一応5万
ヴン、とカギヤの前に、シクハから5万Cを受け取るか否かの確認ウィンドウが出現する。
「
そんな
「いや金はいいよ。そっちが気持ち悪いってんなら受け取るけどさ」
「? 金銭以外の報酬形態ということですか?」
再び瞬膜をぱちくりと瞬かせながら訊ねたシクハに、カギヤは肯定の意を込めて勝気に笑った。
「ああ、それより欲しいもんがあってね。成功した暁でいい。《BOTG》の界隈に、チーター問題を解決したのが誰かを思いっきり言いふらしてくれ!」
高らかに告げられたその欲望は、しかしシクハを困惑させた。
「……それは、どういう意図で。ご自分で言われればよろしいのでは」
「それじゃ自慢みたいでダサいだろ。俺は有名になりたいが手段は選ぶタイプなんだ。なるべくカッコいい有名人になりたいからな!」
有名になりたい……それは何故、と重ねて尋ねたくなったシクハは、しかし自重して喉から出かけた問いを引っ込めた。有名人願望などどの時代でもさほど珍しいものでもない。それよりも大切なのは、カギヤの要望を叶えると約束すれば、彼が己の依頼を受けてくれるということだろう。
疑問の声を喉に押し込み、代わりに承諾の声を押し出す。
「……では、成功報酬はカギヤさんの名声を得る一助となるということで」
「ああ、交渉成立! 《BOTG》のチーターは任せとけ!」
そう言って、カギヤとシクハは握手を交わした。固い握手は、シクハに相手への信頼感を育て、カギヤには相手の願いの強さを教えるようだった。
暫くして手を離す。電脳の世界には存在しないハズの掌の余熱は、しかし確かに焼き付いているような気がした。
と、ここでカギヤが少しばつが悪そうに頭を掻く。彼が口にするのは依頼達成のための最初の疑問。
「……それでさ、《BOTG》ってどんなゲーム?」
そんな、ちょっと不安になる言葉と共に、カギヤの新しい依頼が始まった。
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《
中世ファンタジーを舞台にしたフルダイブ型VRゲームで、ジャンルはバトルロイヤル。プレイヤーは「秘宝」を求めて無人の危険地帯に立ち入り、他のプレイヤーと争奪戦を繰り広げる。時にはマップのギミックとして敵エネミーや罠なども攻略しなければならない、基本PvPのPvPvEゲームである。
ゲームシステムは基本は一般的なバトロワと同じ。ジョブ(キャラ)を選び、行動可能エリアが収縮していくマップに転送され、物資を集めながら非チームメイトの他プレイヤーと、時に物資を、時に安置を、そして時に直接秘宝を巡って争う。ただ一般的なバトロワゲームと違い、勝利条件は「敵の全滅」ではなく「秘宝の入手」。1チーム以外が全滅するかマップが最終収縮を終えるとマップ中央に「秘宝」が出現、それに一定時間触れると「入手した」扱いとなり、そのプレイヤー及び所属チームがゲームに勝利する、というものだ。
ただ最終局面は全員が秘宝の入手を狙い敵のそれを阻止するよう動くため、結局は決着前に1チームを除いて全滅することが殆どなのだが。
そんなこんなで時間は戻る。
敵プレイヤーであり秘宝を狙っていた同業者のひとりである「盗賊」を下したカギヤ。彼は倒した相手が持っていたアイテムの中で有用そうなのをアイテムポーチに仕舞い、必要ないものを捨て置きながら呟いた。
「しっかし、この3戦で『盗賊』と『魔術師』、『僧侶』にも会ったが、今の所チーターらしきヤツは居ねえな。やっぱランクマッチにしか居ないのか?」
彼がこのゲームをプレイしている目的は依頼解決のための下調べ。情報によるとチーターで溢れかえっていると噂のゲーム内は、しかし今の所一般的なゲームと変わらないように見えた。3戦ゲームをプレイして、まだチーターらしきプレイヤーと遭遇していないのである。
ただシクハの情報だと、チーターが多いのは「ランクマッチ」であり、今プレイしている「カジュアルマッチ」ではないというのもあるのかもしれない。ちなみにランクマッチは上位のランクを目指して世界中のプレイヤーと競い合う競争色の強いモードであり、カジュアルマッチはランクの上下しない気軽なモードだ。初心者がプレイしやすいのは後者といえる。
そんなカジュアルマッチ内の初心者・カギヤは散らばったアイテムを眺め、使えそうなものだけを腰のポーチに仕舞う……といっても、アイテムを掴んで腰や背中に回せばそれらが自動的にストレージ内に転送されるのだが。
「鞄の容量の問題もあるし、漁りはこんくらいで良いか。『マップ』」
音声認識によりマップがカギヤの手の中に出現する。
世界観を大切にするゲームらしく、マップはウィンドウでも
「とりあえず次の安置に入るか……前の試合じゃ移動を忘れてて戦わずに死んじまったからなぁ」
その言葉尻は苦々しかった。
バトロワゲームは基本的に、時間経過と共にマップ上の行動可能エリアが狭まり、その外に出ると
そんなシステムに従って移動するカギヤは、幸か不幸かそれから誰とも出会わず最終局面まで辿り着いた。
半径10m程の最終安置が収縮し切った頃。
毒々しい紫の霧の壁に囲まれた、丁度円状の行動可能エリアの中心に、天から何かが下りて来ていた。
それは、黄金に輝く王冠――亡国の遺産にして富と権力と悲劇の象徴。それが竜によって積み上がった屍山血河を想起させるように赤の光を帯びて地上に舞い降りる様は、天使の降臨のように荘厳かつ悪魔の到来が如く禍々しい。行動可能エリア外に出たプレイヤーを蝕むのが「奪い合いを強制する秘宝の呪い」という設定も納得の存在感である。
カギヤは3戦目にして初めて目にしたソレを見上げ、
「アレが『秘宝』か。よし、早速アレを手に入れ――」
手に入れるため走り出そうとし……そこで他のプレイヤーとかち合った。
異郷の格好をした男だった。
頭にはほつれた笠、体はぼろの着物、足は緒が切れかけの草履。何年も同じ格好で野を旅して来たのかと思う程の姿だ。ただそんな汚れた衣服の中で、腰に差した刀だけが綺麗に保たれ、柄に嵌め込まれた青色の宝石がきらりと輝く。
「『侍』!」
思わず叫んだのはシーズン3で追加された新ジョブの名。これを使えるということは、即ち課金者かある程度ゲームをやりこんでいるか。どちらにせよ強敵の可能性が高い。
カギヤが背から剣を抜くのと、侍が居合の構えを取るのは同時だった。
抜刀は同時。
轟風纏うは両刃剣。風すり抜けるは異郷の長刀。
鉄は、それこそ竜が歯を嚙み合わせるように――激突。
双剣と日本刀がぶつかり、灰色の街の中で火花が散る。ギリギリと鍔迫り合いを演じながら、歯を剥き出してカギヤは笑った。
「中々イカしてんな! 俺の二刀流程じゃねえが」
「……」
侍は反応を返さない。変わらない表情はまるでこちらの言葉が聴こえていないかのようだ。いや、あるいは実際に
「おっと、お喋りは嫌いか? それとも敵とのVCオフ設定にしてる系? ――どっちにしろつまんねえ、なッ!」
叫びながらカギヤが力任せに剣を押し込み――ガキン、と拮抗が崩れる。弾かれたのは長刀、押し切ったのが双剣。カギヤはすかさず追撃を入れようとして……しかし振り抜いた剣を戻すより、弾かれた刀が翻る方が早かった。
水の流れを思わせる滑らかな軌道で突き出された刃が銀光を帯びて閃き、咄嗟に身を捩ったカギヤの肩を浅く切り裂く。1割ほど無くなるHP。
――容赦なく首を狙った一撃だった、とカギヤは理解させられる。急所に当てるとクリティカル判定でダメージが上昇するシステム故、狙い通りなら浅手では済まなかっただろう。
「ひぃ! 危ない危ない、良い太刀筋してんね!」
その悲鳴と賞賛にも侍は表情を変えない。やはりコミュニケーションを遮断するVCオフ設定か、とカギヤは口をへの字に曲げた。
フルダイブ型VRゲームにおいて、「敵と話すと情が移って倒しにくい」というプレイヤーは少なくないので、基本的に現代のゲームにはそのための設定が用意されている。使うと相手の声はこちらに聴こえず、また己の声もあちらに届かなくなるという便利な機能だ。ただカギヤのようなお喋りには……戦いの最中にも言葉を交わしたい派の人間には少し辛い設定だが。
無言のまま刀が閃く。ひとつ、ふたつ。銀の半月を描く刃が振るわれ、カギヤの体に斬撃が掠る。双剣による防御を試みるも、素人のそれでは怒涛のような剣術を防ぎきれない。しかし刃が奪うのは血では無くHPゆえ、カギヤの脳裏に訪れるのは相手の技量への賞賛だった。
「(やるぅ、純粋な腕前じゃ勝てねえな……だが俺は天才ハッカーなんでな)」
賞賛は惜しまず。しかし虹色の瞳に反撃の意思が宿る。
斬撃の嵐の前に、己のHPが半分を切る前にカギヤは動いた。
煤けた石畳を蹴り、大きく背後に跳躍。バックステップで距離を取りながら、追撃しようとしてきた相手に、
「そら!」
左手の剣を投擲して牽制する。
ガキン、と刀で飛来する剣を防ぐ侍。だがその足が一瞬止まった。
その隙にカギヤは空いた左手で腰に手を当て、赤く光る
「
そう叫んで、侍に向けて瓶を投擲。
『魔法瓶』。魔法を閉じ込めたという設定の使い切りアイテムで、色によって効果が異なり、口頭指示で発動時間を設定する。先の黄色は視界を奪う『閃光魔法』。そして赤色の魔法瓶に込められているのは――『火炎魔法』。
「Bom☆」
カギヤがぱちんと指を鳴らすと同時、1秒のカウントダウンを全うした魔法瓶が爆発し、炎が侍を呑み込んだ。その様は《ムンイベ2》などのFPSゲームに出てくるグレネードに似ている。
すぐに勢いが収まり消滅する炎。その中から火炎魔法に炙られた侍の姿が現れる。カギヤ側から彼のHP残量は見えないが、直撃したので最低でも3割は減っただろう。
「……」
やはり何の表情も見せない、いやどんな表情をしていてもこちらからは見えないだろう侍。炎の中から出て来た彼の鉄面皮の裏に隠された驚愕の顔を見透かすようにカギヤは笑い、彼に見せつけるように2個目の魔法瓶を取り出す。その色もまた、赤。
「
カギヤは見せつけるようにニヤリと笑ってそう言い、瓶を斜め上に放り投げる。放物線を描きながら侍に向かって飛翔する瓶。
それと同時、カギヤは残った右手の剣を両手持ちにして侍に斬りかかる。
威力を身を以て知った、空から落下してくる炎の魔法瓶。
そして正面からは剣を手に襲い来るカギヤ。
侍は両方の攻撃に同時に対応しなければならなくなり……
フルダイブ型ゲームにおいてキャラクターを操作するのは――そもそも電脳世界のアバターを動かすのは、人間の脳波である。機械が脳から体に発せられる命令を遮断し、読み取ってアバターの動きに変換するのだ。
そんなフルダイブ型ゲームにおいて、プレイヤーが「迷い」を抱けば……それは一時的な「アバターの停止」という結果となって世界に反映される。どちらにも対応しなければという想いによって命令が混線し、結果的にどちらも選べなくなってしまうのである。
刹那、侍は止まりカギヤは走り。
――そして、斬撃一閃。
そのまま両者はすれ違い。
残身の構えを取ったカギヤは、振り向かないまま空いた左手を横に突き出す。
「俺は天才ハッカーなんでな。普通の奴より
動けない間に、急所である首に鋭い一撃を受けた侍のHPがゼロになり。
カギヤの突き出した左手に、
……このゲームの消費アイテムである『魔法瓶』は、蓋が開いていなければ「〇〇秒後爆発」の命令を受け付けることは出来ない。蓋であるコルク栓は手榴弾のピンのようなものだ。2個目の魔法瓶は最初から相手を迷わせるのが目的のものだった……まあ蓋を開ける余裕が無かったというのもあるが。
一切の
「よーし、これで秘宝をゲットすれば――」
3試合目にして初勝利だ、とカギヤは秘宝に歩みより、それに手を伸ばして――。
どす、と彼の肩に矢が突き刺さった。HPががくんと2割ほど削れ、ゲージの色が緑から黄色へと変化する。
「な」
見れば、遮蔽に潜んでいた『狩人』が弓を構えてこちらを見ていた。
「まだ居たのかよ!?」
驚愕を叫びながら剣を手にそちらに突進するカギヤ。狩人は弓を使って戦う遠距離主体のジョブで、近接戦闘は得意ではない。故に彼の判断は的確だった……そのHPが先の戦闘と今の奇襲によって、3割ほどしか残っていないことを除けば。
カギヤが距離を詰め切る前に、狩人が弓に二の矢を番え。
ぴょう、と放たれた矢が風を切り――どす、とカギヤの頭に突き刺さった。
「――」
見事な急所への一撃に、残り3割のHPは一気に0になり。
カギヤの
リザルト画面を経てロビーである薄暗いキャンプ地に戻されたカギヤは、
「……まあほぼ勝ちみたいなもんだろ、うん」
せめてもの抵抗とばかりにそう強がった。
秘宝を取り損ねた空っぽの手が、なんだかやけに寂しかった。
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周囲を喧騒が取り囲む。それを縫うように響くのは、鉄を叩く鍛冶の音。
どこからか流れて来る肉を焼く匂いと、薄れたこれは麦酒の芳香か。
道を往く軽装備の2人組は、間に獣の死体を吊った棒を担いでいる。近くの建物の煙突からは白い煙が空に吐き出されていた。
《BOTG》のロビーは、秘宝の入手を目指すトレジャーハンターたちが準備を整えるキャンプ地をイメージしたものだ。キャンプ地とは言ってもちょっとした集落のようになっていて、ジョブを変更する武器屋や課金をするためのショップなどが用意されている。またゲーム的には意味のない店やオブジェクト、NPCなどが多数配置され、その全てが中世ファンタジーの世界観を忠実に守ったデザインで統一されていた。世界観を大切にするゲームと知ってはいても、対戦ゲームでここまでロビー画面を作り込むことに意味はあったのだろうか、なんてことを、カギヤは道の真ん中で考えていた。
「……この3戦でゲームの雰囲気はだいたい分かった。そろそろ問題のランクマッチに行くか」
そんな作り込まれたロビーの中でカギヤは呟き、移動を開始。
道の先、集落の出入口にはアーチ状のゲートが並んでおり、それぞれ「アンランク」「ランクマッチ」「イベント」というゲームモード用の3つのゲートが。そしてアーチ前に立っている立て看板、もしくは馬車の御者っぽいNPCに話しかけることで「ソロ」「デュオ」「トリオ」のパーティーの人数を選ぶことが出来る。
フルダイブ型VRゲームでは、当然「野良」のパーティーメンバーとのコミュニケーションは現実でするように行う必要がある。カギヤはそれを苦に思う性格では無かったが、目的がゲームを楽しむことではないため「ソロ」を選択。当然ゲームモードは「ランクマッチ」だ。
集落から出るようにゲートを潜る――すると視界が暗黒に切り替わりロードが始まる。360度どこを見ても暗黒の世界、その中で黄金の輝きを放つ「秘宝」がこちらを誘うように浮かんでいた。先の王冠……廃都ラオールの秘法「亡国の冠」ではない、巨大な宝石を思わせる「賢者の石」だ。
他に見るものも無いのでそれをぼうっと眺めていると、不意に渋い男のナレーション音声が脳内に響く。
『石を黄金に変え、死者すら生き返らせるという「賢者の石」……かつて錬金術師の都と呼ばれたその島は、賢者の石を作り上げた事により一夜にして滅び去った――』
「はいはい、スキップ。気になったら公式サイトで見るから」
『……』
雰囲気づくりの解説音声が押し黙ると同時、カギヤの体を浮遊感が包む。転送だ。
そうして瞬きの間に暗闇は去り、その足は枯葉の積もった土を踏みしめる。
『――強欲が齎すは、栄光か、破滅か』
そんな言葉がおどろおどろしく頭に響き。
アバターが自由に動くようになり、試合が始まった。
ゲームモード「ランクマッチ・ソロ」。
マップは「帰らずの孤島ボーニドゥム」。鬱蒼とした森や剥き出しの山肌を晒す岩場、自然に半ば呑まれた古い廃墟など様々な顔を持つ高低差の激しいマップだ。
カギヤがスポーンしたのは島南側の森の中。立ち並ぶ木々は名は知らないが針葉樹のようで、緑というには暗すぎる葉の色と真っ黒な幹は生命の息吹などまるで感じさせない。葉の隙間から覗く空は曇天。薄暗く視界の悪い森の中はひんやりとした空気が淀んでいて、そこかしこの影の中からこちらを見つめられているかのような不気味さがある。今ぬるりと頬を撫でたのは、湿った風かそれとも亡霊か何かだろうか。
「これがランクマッチか。気のせいだろうが、なんか空気がピリついてる感じがするなぁ」
呟く声も、すぐに森の深さに掻き消されるようだった。
しかし「作り物」と分かっている以上律儀に怖がったりしないカギヤは、セオリー通り地面に落ちているアイテムを探しながら探索を開始する。欲しいのは二本目の剣、回復ポーション、魔法瓶、そして
それらを探していたカギヤは、ふと目的のアイテムのひとつを発見した。
「お、剣あった。ラッキー」
拾った
カギヤはそれを左手で掴み、背中に回して装備する。カラン、と背中から盾が落ちた。最大装備数を超えたため自動的に地面に落とされたのだ。
「ま、盾剣士より二刀剣士の方がカッコいいし」
と呟き盾をそのまま捨て置き漁りを再開する。近くに落ちていた弓や短剣も、彼にとっては盾と同じ不用品であり、それを避けてポーション類や魔法瓶を拾ってポーチに格納していく。途中かなりレアなアイテムであり戦士の最強装備とも呼ばれる「騎士の大盾」を見つけたが、カギヤは趣味じゃねえなとそれを一蹴した。
《
初期実装のジョブ――初心者が無課金の状態で使えるジョブの一覧はこちら。
・「戦士」
両手に剣と盾を持つことができ、攻守のバランスに優れる。
・「狩人」
弓の使い手であり、遠距離攻撃に長ける。接近戦は苦手。
・「魔術師」
魔法で敵を攻撃したり味方を癒したりすることが可能。MP管理などのテクニックが必要。
・「盗賊」
身軽で斥候・暗殺などの隠密行動に秀でている。防御力は低い。
・「僧侶」
メイスによる近接戦闘を得意とし、回復など補助系の魔法を扱える。小さな盾なら持つことが出来る。
この中からカギヤが選んだジョブは「戦士」。MP管理やエイム能力の必要が無くHPが高い初心者向けのジョブだ。普段から使い慣れている
ちなみに本来盾を持つ左手に剣を装備して二刀流などをやっているのは、完全に彼の趣味である。攻略サイトでも「弱い」と明言されている戦術ではあったが、そこにあるロマンが彼を惹きつけたのだった。
暫くして周囲を探索し終わり、カギヤはふぅと額を拭った。アバターが汗を掻くはずも無いので、あくまで「一仕事終えた」というジェスチャーに過ぎないが。
「アイテム収集はこんくらいで良いか。そろそろ移動をしないとな」
呟き、音声認識でマップを取り出し両手で開く。
マップによると、この森は次の安置(行動可能エリア)に入っていない。つまりエリアが狭まる前に移動をしなければならないのだ。
カギヤは鬱蒼と茂るじめじめとした森の中、ぬかるんだ地面をブーツを汚しながら歩き、そして視界の悪い森から出る――。
「!」
ざす、と弓矢がカギヤの足元に突き立った。
咄嗟に弓の飛んで来た方向を振り向くカギヤ。
「『狩人』か――」
そう言ってこちらを狙っていた敵の位置を把握する――前に、風を切り二の矢が飛んで来た。否、二の矢だけではない。三の矢四の矢五の矢と、矢が1秒数本というペースで此方に飛んで来る。
「はぁ!? (なんだこの連射速度!?)」
驚愕し、咄嗟に来た道に横っ飛びして避けるカギヤ。だが、それを追って矢はレーザービームのように彼を追う。ドスドス、と下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの言葉通りにカギヤの肩と足を矢が穿ち、その10倍もの矢が地面に突き立ち、ようやく彼は木の陰に隠れることに成功した。FPSゲームで学んだ遮蔽物の利用だ。これで射手の視界からカギヤは消え失せただろう。
しかし、射撃は止まなかった。
木を穿ち続けドドドドドドと釘打ち機のような音を響かせ続ける無限連射の矢。その音を木ひとつを挟んだ背中から感じ、思わず肩を寄せるようにして体を縮めてしまう。木の陰から指一本もはみ出ないように注意していると、カギヤは気付く。
――音が一定、かつ等間隔。
その事実に、己を襲っている攻撃の正体を悟った。
「(これは『マクロ』か! 弓を番えて射る、その一連の動きを自動で無限に出来るようマクロを組んでやがるのか……確か狩人の矢は残弾無限、こんなんほぼガトリングガンじゃねーか!)」
マクロ。旧来は特定の操作を自動化するプログラム。そして電脳世界ひいてはフルダイブ型VRゲームにおいては、アバターの操作を自動化するプログラムもこれに含まれる。今回の場合は弓矢を番え射る一連の動作を自動化、それを何千何万と繰り返しているのだ。自動化した動作の速度・効率は人間の限界を超えたシステムの限界、当然人間が太刀打ちできるものではない。
ガスガスと木を穿つ矢のガトリングガン。現実がどうかは知らないが、少なくともこのゲームの狩人の矢には木を破壊する性能は無いため何千発撃ち込もうが幹を倒すことは出来ないが……脅威なのはその弾幕であった。こちらを押さえつけるような矢の群れに、反撃や逃走はおろか木の陰から手足を出すことも出来ずカギヤは歯噛みする。
尋常な手段では、永遠にここに釘付けだ。あるいは「不正には不正」と無敵になったりテレポートでも出来たら良かったのだが……。
「(下調べ中だからな、こっちはまだチート組んでねえどころか適応されてるアンチチートシステムすら知らねえ……どうする? イチかバチか
チートとは当然ルール違反。アンチチートシステムに検出されれば即BANもあり得る。そのしがらみを潜り抜けるにはいくら天才ハッカーと言えども事前の調査と準備が必要だが、今のカギヤはまだその調査中で準備も出来ていない。
カギヤが迷っていると……木を穿つ音に紛れて、ガシャガシャという異音が耳に入り込んで来た。なんだこの音は、と思っていると、それはどんどんと大きくなる――否、近づいて来る。
「なんだぁ!?」
ガシャガシャと何かが擦れるような音。そして地響き。その方向を振り向けば、すぐに音だけでなく、異常が目でも把握できるようになる。
最初、それは波のようなものに思えた。だが違う、それは「群れ」だ。人と同じサイズのナニカが、大量に並びこちらに走ってくる。
それは髑髏だった。
それは骸骨だった。
しかしそれは肉の無い骨格だけの腕で剣を握り、死者であるのに生者のように地を走っていた。
黒く染まった人骨の群れ……一言で言えば「死者の兵団」だろうか。だが、ありえない。そんなものが存在するのが、ではない。
「(『死霊使い』の骸骨兵、なのか……!? だが数がおかしい! こんな量出せるスキルじゃないだろ!?)」
カギヤは内心で驚愕を嚙み殺しながら呻く。
『死霊使い』はシーズン2、つまりひとつ前のシーズンで実装されたジョブ。あまり単騎での戦闘能力は高くないが、固有能力として、味方NPCユニットである骸骨兵を作り出すことが出来る。何もない場所でも骸骨兵は作れるが、死霊使いの名の通りプレイヤーやNPCの死体がある場所でスキルを使えばより強力な味方を作り出せるのがウリだ。
だが死霊使いのスキルのクールタイムは120秒、消費MPは最大値の半分ほど。更に詠唱に10秒くらい掛かったハズだ。MP回復ポーションを使い続けたとしてもこの量の兵が出るのはおかしい。
「(消費MPの無料化とスキルクールキャンセルってとこか……にしたってやってることヤバいがな!)」
「マクロ狩人」も骸骨兵の大軍に気付いたのか、そちらに狙いを変え速射による矢の雨を降らせた。大量の矢が骸骨兵の大軍に降り注ぎ、そのHPを削り取って元の動かぬ死体に返す。だが全ての骸骨兵を倒すことは出来ず、生き残った骸骨兵は仲間の屍を踏みながら狩人に肉薄せんと群がっていく。
降り注ぐ鏃の雨霰。構わず進む地獄の兵団。
「妖怪大戦争かよ!」
もはや別ゲー、戦争ゲームさながらの光景に、カギヤは思わずそう叫び。
ぐるり、と。それを察知した骸骨兵の一部がこちらに進路を変えた。眼球の無い髑髏の顔がはっきりとこちらを捉えているのが分かる。その手には例外なく、鈍い光を放つ傷だらけの剣。
カギヤに走り寄ってくる骸骨兵は10体ほどだが、
「くそッ」
思わず木陰から飛び出し骸骨兵に背を向けて逃げる――弓兵は骸骨兵への対処で手一杯でこちらを狙っては来ない――と同時、不意に視界を赤色が満たした。
今度はなんだと見れば、骸骨兵たちを包む魔法の炎。『魔術師』の範囲攻撃魔法だ。だが……範囲が有り得ないくらい広い。通常魔術師の範囲攻撃魔法は直径3mの円の内部に燃焼ダメージを与える技なのだが、これは攻撃範囲が直径20mはある。しかもスキルの
「今度は魔術師のチーターかよ!?」
叫ぶ声よりも速く、じめじめした昏い森が燃え盛る灼熱地獄に変貌し。
炎が大量の骸骨兵を、無限連射してきた狩人を、そしてついでのように近くに居たカギヤを巻き込み、そのまま全てを焼き尽くした。
「ぬわあああああああああああああ!!?」
悲鳴と共にカギヤのHPが全損、糸が切れた人形のように地面に倒れ、真っ黒になった視界には「You are dead.」の文字。
試合から退場し、ロビーに戻って来たカギヤは、とんでもなく重い声で言葉を吐き出す。
「……なるほど。ランクマが『終わってる』ってのはよーく分かった」
最早チーター大戦争であった。そこに硬派な中世ファンタジーバトロワの姿は無く、あるのはインフレし過ぎた少年漫画の終盤みたいなチート技とチート技のぶつかり合い。成程、一般プレイヤーが萎えて止めていくハズである。
「……ゲーム体験はこのくらいで良いや、ウン。後は情報収集と『準備』だな」
一般プレイヤーたちと同じようにプレイする気を削がれたのかは不明だが、カギヤはメニュー画面を開きゲームを終了。今回の依頼人であるシクハを迎え入れたのと同じ、殺風景な電脳空間に移動する。
ソファに座り、そのまま素早い操作で多数のウィンドウを展開。浮遊する半透明な四角い画面であるウィンドウには、それぞれ違うサイトが表示されていた。
様々な意見が書かれたネット掲示板、《BOTG》運営の公式サイトや公式SNSという誰でも見れるものから、チートの販売サイトなどのいわゆるダークウェブ的なものもある。
それらに同時に目を通しながら、カギヤは素早く情報を収集する。
「……チーターへの不満の声はやっぱり多いな。特にランクマッチがゲームとして成り立ってないのを大体のプレイヤーが感じている。だが運営は『我々も頑張って対応している』の一点張りで特に革新的な対応策を打ち出してはおらず、プレイヤー間では不満が高まっているって感じか……。ちょっと気になるのは異常なほどに活気づいた《BOTG》用チート販売サイトだな。この品揃えの良さと価格の高さはなんだ? そんなにチートの需要が高いのか?」
必要な情報は色々あるが、最たるものは「使われているチートの種類」。敵の手の内を調べるのは重要なことだ。
「確認されてるチートは『無敵化』、『弓マクロ連射』、『広範囲魔法』、『スキルクールタイム無効化』、あとは……なんだこれ、『ステータス書き換え』? 攻撃力や移動可能距離を書き換える、か。移動距離を書き換える、ってのがよく分かんねえな。それと、触った感じ絶対に『MP無限』と『ウォールハック』は居たな。視界の悪い森の中で俺の姿をハッキリ捉えてたんだ……やっぱりあった、《BOTG》対応ウォールハックチートの販売サイト」
カギヤはぶつぶつと独り言を呟きながら思考を整理する。どうもカギヤには独り言を言うきらいがあった。
色々と気になるところはあるが、チーター退治の依頼の場合出す結論は同じだ。
「とにかく、チーター討伐のためには俺もチートを組まないとな。その為にも、評判の悪いアンチチートシステムの詳細な解析結果が欲しい……よし、
そう呟いた彼の表情は、さながら別のクラスの友人に会いに行こうと思い立った学生のようだった。