男子校という縛りがある中で恋愛というのは難しいとよく言われることがある。出会いがないというのは勿論のこと、そもそも話し方すらわからない人の方が多い。大学に行った先輩に聞いた話ではあるが、そもそも女子という生き物と会話をすること自体に抵抗すら感じてしまうというのだ。そもそもの話というべきか、それ以前の話というべきか俺では解りかねるが、同性以外と話すのが不得意になるらしい。
実際に、俺が通っている漢山高校の生徒もそういう奴らが多く、男のノリしか解らないバカが多い。一部の男子は女子と遊んでいたり、彼女がいたりと普通の高校生活を謳歌しているらしいが、その割合は一割と言って差し支えないだろう。それにそういう奴らは俺みたいなチー牛などではなく、ヤンチャ県ヤンチャ市出身のヤンチャ・ヤンチャ郎みたいなバカだ。そうだとも知らずにそいつらを羨ましがる人はきっと想像を絶するほどのバカであろう。
え?だったらお前はそのバカとは違うのかだって?当たり前ではないか。そんな馬鹿な連中と一緒にされたら困るよ。恋愛なんて無意味ではないか。結婚はおのずとできなければ、相談所に通えばいいし、別に今恋愛をしなくたって何も困らない。当たり前だ。なんせまだ高校生なんだから。車も持てないし、学校の校則によってバイクすら持てない。ならば行ける範囲内だって限られるし、どこに恋愛をするメリットが存在するんだ。逆にデメリットの方が大きいこと間違いなしだ。もし、もしだよ?そういう雰囲気になって、そういうことをしちゃって、赤ちゃんおぎゃぁにでもなってみろ。世間様が黙っちゃくれないし、もしできなくても嫌なレッテルを張られてしまうに決まっている。ならばそんなことしないに限るし、そもそも恋愛をしないに限る。だから俺は恋愛をいしない。少なくと大学三年までは。三年になったら、大体の進路が明確になるし、自分のやりたいことも見つかってくると思う。
「好きだ」
そうなれば自分の未来のために良いパートナーを見つけてもいいかなって思う。仮に赤ちゃん事件が起きたとしても、人間にはドラマチックというものが存在する。そこは責任を持って育てるし、ある程度成人しているから、大目玉を喰らうだけで済むだろう。第一俺の親は放任だからそこは上手くやっていけるさ。
「好きだ。付き合ってくれ」
問題は彼女の親だよな。大学生というまだ若くて未来も定かではない一人娘がいきなりポッコリお腹になるのだから憤慨するのは間違いないだろうな。まぁ、そこもどうにかなるだろう。人間にはドラマチックというものが存在する(二回目)。そこは上手くやっていけるさ (二回目)。まぁ、親の気持ちになって真摯に受け答えが出来ればもうなんでもいけるやろ。だから高校生で付き合うとかマジでナッシング。当たり前田。
「聞いているのか?好きだ」
問題は金だよなぁ。赤ちゃんを育てるとして、さすがにバイトだけじゃいけないよなぁ。しっかりとした進路を立てながら少なくとも三人分くらいの稼ぎがないといけないよなぁ。うーん、やっぱり大学での恋愛は厳しいのか?いや、そもそも赤ちゃんできる前提がおかしいのかもしれない。そういう行為をしなければもっとうまいことことが運ぶかもな。
「君、女性が今世紀最大の勇気を出しているんだよ?」
でも、大学の付き合いとか、やっぱりそういうのが横行しているらしいし、所謂プラトニック的な恋愛は難しいだろうなぁ。そう考えると、やっぱり赤ちゃん事件になる可能性が高いよな。もう少し柔軟に物事が運ばれないものかね。難しいというより、難儀というべきものだな。
「おい」
今はとりあえず、自分の進路だけを考えて進むしか方法はなさそうだな。そうだよ。絶対その方がいいよね。何もこんな街の路地裏で思考を巡らせていたってなんの解決にもならないよな。早く家に帰って勉強して、優雅な夕食を済ませて、優雅に湯船に浸かり、優雅に全国の男子高校生が絶対行わなければいけない運動をやってから、フッカフカなベッドの上で考えを張り巡らせよう。さすればきっと朝にはいい答えが導けるはずだ。未来の俺、頼んだぞ。
俺は一人うんうん頷いて、早速家に帰ろうと歩き出した。その瞬間だった。何者かに制服の襟を引っ張られ、壁に叩きつけられた。
「おい!!!!」
「あで!?」
大きな音と共に強い衝撃を背中に感じる。全身にその雷に打たれたようなショックを感じつつ、思わず目を閉じてしまった。その後に耳に響いたのは壁を叩く音。バァン!!という強い音が鼓膜を刺激する。なんだ?なにが起こっているんだ?そう考えながら、ゆっくり目を開けると、俺の顔の横に何者かの手があった。ゆっくりと目線をその伸びている腕の主に向けると、獲物を捕らえるように睨んでいるライオンのような表情を浮かべた女性が立っていた。
「ひっ!?」
小さな悲鳴が自然と漏れる。それと同時に身体が強張るように硬直していった。いったいいつからいたんだ?記憶の中だと俺は友人が彼女ができたという報告があり、その甘いとろけるような話を聞いて、ムカムカしたから彼女がいなくてもいい思考にしようとして、テキトーな路地裏で考えていたはずなんだが……。
「いい加減にしろよ……!」
なんでライオン人間に襲われているのですか?
「私の言葉が通じないとでも言うまいな?」
睨みつけるその眼光が俺の心臓を射抜き、なぜかキュッと締め付けられる感覚に陥った。今目の前にいるのは本当にライオンかもしれない。
「君は日本人だよな?私の言葉、通じているよな?」
「い、イエス」
「私はいま君に日本人かどうかと尋ねた。イエスで答えないでくれ」
「は、はい!!」
思わず声が裏返った。どうにも緊張して仕方がない。きっとアフリカとかでライオンと出くわす機会が合ったら、きっとこうなるのは必然だろう。
俺の返答に女性は怒りの顔を沈め、今度は緊張した表情をし始めた。どうやらこのライオンは百面相の持ち主らしい。
「それで返答は?」
「え、えっと……」
俺は首を掻きながら女性の顔をじっくりと見つめた。長い黒髪に整った容姿、見たところ制服を着ているので、どうやら高校生で間違いないはずだ。容姿や風貌も如何にもアニメでいうところのヒロイン候補間違いなし。しかも男子からも女子からも信頼されて頼りになりそうな雰囲気がある。ここまではぶっちゃけギャルゲー知識でしかないが、ある意味俺の勘は間違っていないはずだ。
黒色の綺麗な瞳がずっと俺を見つめている。なんか意識するとめっちゃ恥ずかしいな。モテない男子にとってはこれだけで一週間くらいは何もできなくなるレベル。間違いなく今夜行われる一人体操が捗りますね。ごちそうさまです。
というより、こんなところでなにしているんだ?まさか俺の後をつけてきた?だとしたらなぜ?告白?そんなことはないな、だったら……カツアゲか。それだったら辻褄が合う。アイツ弱そうだからやっちゃおう見たいなノリかもな。ああ、俺の漫画代バイバイ、俺はこの美少女に投資しなければならなくなった。将来は絶対にキャバとかいったら破綻するな。どうか行かないでくれよ未来の俺。
「おい!!」
「ひゃい!!」
「いつまで待たせる……!」
またやってしまった。自分のこの夢遊病にも似た一人思考をどうにかして辞めないとな。目の前にいる人はお金で解決できるが、将来上司とかでこれが発動したらもうたまったもんじゃないしな。
俺はこほんと一つ咳払いをしながら、バックに手を入れた。女性は俺の一挙手一投足を見逃すまいと目線を俺の手に動かした。安心してくれ。三千円くらいなら持っているから。ゲームと甘い食べ物くらいなら食べられるだろう。
俺は財布を取り出し、女性の前で開けて見せる。この時肝心なのは俺今これだけしか持っていないよという意思表示。本当にこれだけか?という相手の猜疑心を無くすのがポイントだ。そしてゆっくりと開けながら、相手に明確な敵意がないことを伝える。さらにお札を自身で数えるということをせず、相手にお札を渡す。完璧だ、何一つ無駄な動作がない。やられたことはないが、友達がいつもやられているのでそれを見様見真似でやっただけだが、これは相当評価が高いのではないだろうか。
俺は最後の極めつけである笑顔、これが一番大切だ。別ににこやかな笑顔ではない。何かにこびているような、やられ役の笑顔。下卑た笑顔を作ることだ。
「こ、これで全部でさぁ……」
「……」
女性は目の前に出されたお札を無表情で見つめ、そのまま手を払った。俺のお札はひらひらと風で飛ばされ路地裏の奥に行ってしまった。高校生の三千円ってなかなか大金なんだけどね……。
「君は私の話を聞いていなかった」
「い、いえ聞いていましたよ?カツアゲですよね?だから、しゃんぜんえんを……」
「違う!!まったくもって違う!!いいか!!もう一度、本当にもう一度だけ言ってやる!!よく聞いてくれ!!」
「ひゃい!!」
カッと開かれたその目に思わず電撃が走る。背筋が伸びてそのまま直立不動。ああ、情けないな。でもこんなに女性と話したことないから少し嬉しくなるのはなぜだろうか?
女性は俺の足の間に自身の足を入れさらに近づいた。もはや目線を逸らすことすらできない距離。なんならキスができるくらいの距離である。人生初めての体験である。そして女性は俺に爆弾を投下した。
「好きだ。君が女装している姿に惚れた。どうか付き合ってくれ」
「……は?」
頭の中が真っ白になったのはいうまでもない。
なんかこういうのもいいですよね。ほんまに。