ベレス視点
学級対抗戦の、騒々しくも楽しい祝勝会が開かれた翌日の朝。
まだ寮で疲れた大多数の生徒が眠っている中、私はそれなりに慣れない化粧をして、着飾ってガルグ=マク大修道院の門の前でドロテアを待っていた。
隣の明るい雰囲気の門番と雑談をして時間を潰す。
「いやあ、それにしても昨日の学級対抗戦では見事な指揮だったそうですね、先生。教団兵の中でも噂になってますよ。」
「そうなの?それは嬉しいな。実際は優秀な生徒に恵まれた幸運の方が大きいと思うけどね。」
「いやいや。アロイスさんとかベタ褒めしてましたよ。流石にあの壊刃の娘は違いますね!」
アロイス…あの髭の人柄の良い騎士のことか。
そういえばジェラルトが話してたな。昔の従者だったと。
ならジェラルトの話をしに行ってみるのもいいかもしれない。
そんな風にぼんやりと考えてみると、後ろから華やかな声が聞こえてきた。
「あら先生!もう居たんですか?ごめんなさい、待たせちゃったかしら。」
振り返ると、一輪の花が咲いていた。
普段と同じく見事な化粧に、端正な顔立ち。そして制服のままでも胸元が見える誘惑的な服。
「あら、私のために化粧してくれたんですか?ふふ。似合ってますよ、先生。」
そう囁いてくる声さえ、官能的だ。
「ドロテアと街に出かけられると思うと、ついね。張り切ってしまった。ドロテアとの差で少し恥ずかしくなるが…」
「何言ってるんですか!先生は十分綺麗な顔立ちしてますよ。お腹もすらりとして綺麗だし…」
そんな風に互いに褒め合っていると、なんだか気恥ずかしくなってくる。私とドロテアは互いにほんのりと顔を赤くして無言になる。
「とりあえず街に行こう。色々店見たいし。」
「そうですね。ふふ。楽しみだなあ。先生とのお出かけ。」
そう会話をして、私たちは街への道を降りていく。
「良い休日を!」
門番さんがそう言って手を振ってくるので、私も小さく微笑んで手を振りかえす。
なんだか愛嬌のある門番だ。
ガルグ=マク大修道院の城下町は、帝国と同盟の首都を除けば、フォドラ内ではかなり栄えている部類に入るだろう。
露店もそこかしこにあり、商人の行き来も盛んだ。修道士や修道女の姿もちらほらと見える。
私とドロテアは会話をしながら活気のある大通りを歩いていく。
「あ、あそこの店の耳飾り可愛くありませんか?でも結構高い…」
そう値札を睨むドロテアの言う通り、ゴネリル領で取れた淡い緑色の輝石を使ったそれは、そこそこのお値段だった。
まあ、加工にもそれなりの人件費もかかるし、ゴネリル領から運搬してここまで来たならそれなりの値段にはなる。
だが、今の私には枢機卿として活動するにあたってそれなりの額が支給されている。
買えないこともないな。
「小金持ちというのは心地よいのう。パーっと使ってしまうのも乙なものじゃ。」
女神様の許しも出たし。
「すみません。これ二組貰えますか。」
そう言って私はそれなりの額のGを店主に渡し、耳飾りの一組をドロテアに差し出す。
「はい。私とお揃い。」
ドロテアは最初は嬉しそうだったが、若干困ったような顔をして聞いてきた。
「あの、お気持ちは嬉しいんですけど。見返りとか考えてませんよね?」
私はその疑問に不思議に思い答える。
「見返り?どういうこと?」
「だって、私に何かをくれるってことは、何かを期待してるってことですよね?じゃなきゃおかしいですよ、こんな高価な贈り物…」
「私が単にドロテアの喜ぶ顔が見たかっただけだよ。私が勝手にやったことだから、要らなかったら捨ててもいいよ。見返りなんて求めてないよ。」
ドロテアはまるで鳩が風魔法を喰らったような顔をして私の顔を見つめて、やがて静かに微笑んだ。
「ふふ。なら貰っちゃいます。ありがとう。私に耳飾りを贈ってくれた人の中で、一番好きな台詞ですよ?今の。」
「お、良かったのう。割と好感触じゃぞ?」
そんなドロテアの笑顔に、私も釣られて笑顔になる。やっぱり綺麗な女の子には笑顔が一番だ。
それから二人でお揃いの耳飾りをつけてしばらく街をぶらぶらと歩いた。時間的には昼前か。ちょっと早いけど昼にしようかな。
「そろそろお昼にしよう。午後の学級の課題説明に私が遅れたら困る。」
「あら。もうそんな時間ですか?そうですねえ。ならそろそろ良さそうなお店に…」
すると、私の背後からふらつきながら歩いているお爺さんがぶつかってきた。思わず私は体勢を崩して片膝を地面につく。
「ああ!すみませんのう。お怪我はありませんか?」
「いえ。大丈夫です、お爺さんこそ大丈夫ですか?」
私がそう声をかけると、おじいさんはどこか気まずそうにしながらも頷き、そそくさと通り過ぎていった。
「危ないお爺さんですねえ。大丈夫かしら。先生も大丈夫?」
「うん。大丈夫。何とか…あれ?」
そうやって立ち上がり懐を見ると、あったはずの財布を入れていた小物入れがない。まさか…
「…財布すられた。」
「え!?」
そのドロテアの大声を聞いて、お爺さんはこちらを振り返ると全力で走り始めた。
なかなかの速さだ。あのふらつきようは演技だったか!
「追いかけるからちょっと待っててドロテア!」
「あ、ちょっと待って先生!」
私は逃げ惑うお爺さんを追って駆け出す。
速いと言っても所詮老人の体力。
やがてお爺さんはぜいぜいと息を切らし始め、貧相な家屋に入り込んだ。
「待て!!」
私が扉を開け放つと、そこには倒れ伏して震えているお爺さんと、それを庇うように立つ茶髪のそばかすが目立つ女の子の姿があった。体を小さく震えながら涙を流して私を威嚇している。
「お、おじいちゃんを虐めないで!」
「はあ…はあ…やっと追いついた…先生…ってこれは?」
私たちは、とりあえず二人の話を聞き始めた。
何でも、この家の主であった老人の一人息子は、かつては建築家の下働きとして働いており、それなりに貧しくはあるが安定した生活を送っていたという。
だが、息子は作業中に事故死。
唯一の稼ぎがなくなった家はどんどん貧しくなり、嫁はついに耐えきれず娘を残して家を出ていったのだという。
残ったのは老人とまだ10歳の娘のみ。
当然ながら食っていけず、盗みに走ったとのことだった。
「聖教会に支援を頼みに行ったことはなかったの?」
そう私が問うと、びくりと震えたお爺さんが懇願するように呟いた。
「わ、わしも最初は聖教会からの支援を受けられんかと尋ねたのじゃ。しかしわしと娘をアビス送りにするぞと言われて…」
「アビス?何処ですかそれ?聞いたことないけど…」
そうドロテアが尋ねると、老人は淡々と説明し始めた。
「お前さんらが知らんのも無理はない。あそこは基本地上とは相互不干渉じゃからのう。この街の地下には、アビスと呼ばれる地下街があるのじゃ。」
「初耳だ。」
「そこでは地上では行き場のない日陰者…追放された元貴族や、犯罪者でも爪弾きにされたもの、パルミラ人などの異人種が多数暮らしておる。」
「わしもかつてはそこにおった。…最悪の場所じゃ。治安はひどいし、汚れて悪臭がする区間もあった。」
「そんな場所に老人と小さな娘が送られたらどうなるかなんて、言わなくても分かるじゃろ!?」
「酷い…教団がそんなことを言うなんて。」
「無論、司教ほどの地位のものが言ったのではない。わしらのような貧民では木端司祭に邪険に扱われるのがオチじゃ。」
「どこでも貧民の扱いはそんなものよね…私には分かるわ。」
ドロテアがそう心から悲しそうに呟く。
「それが本当なら上手くやったのうお嬢さん…この通りじゃ。頼む。見逃してはくれんか!!」
そうお爺さんは頭を地面に擦り付ける。
すっかりドロテアと私は先ほどの怒りが収まった。今はどう対処するのが最善かと考えるだけだ。
「ねえ、先生。盗られた物は取り返すにしても、教団兵に引き渡すのは…」
「気持ちは分かるけどドロテア。それじゃ根本的な解決にならないよ。」
そう私は言って土下座している老人に歩み寄る。女の子がその間に入り込んで震える手で私を食い止めようとする。
「盗られた物は返してもらう。それから…君に話がある。」
そう女の子に私は身を屈めて話しかける。
「わ、わたしに…?」
「うん。そうだよ可愛いお嬢さん。もし良かったら、私の下で働いてみない?」
「え?」
「先生?働くって?」
「実は私はレア…大司教から仕事を任されていてね。教師も兼任なんでちょっと忙しくなりそうなんだ。だから色々手伝ってくれる小間使いが欲しかったんだよ。」
私は女の子の頭にポンと手を置いて笑顔で諭すように話す。
「もちろん給料は出すよ。まずは先払いでこれぐらいかな。」
そう言って私は懐から一か月分程度は食っていけそうな額をお爺さんに手渡す。
お爺さんは目を見開いて私に叫んだ。
「な、なぜわしたちにそこまで…?」
「決まってるだろう?」
そう言って私は笑ったままちょっとカッコつけて言葉を続けた。
「可愛い女の子には、笑顔でいて欲しいからね。」
「先生…」
「な、なんと…」
お爺さんは目から大粒の涙を流しながら私に抱きついてくる。私に抱きついていいのは綺麗な女の子だけなんだけどな…まあ今は許すか。
「おお!!ありがたい!!何という慈悲深いお方じゃ!!貴女こそ女神様じゃ!!!」
「ふふ。よく分かっておるではないか。そうじゃとも。わしらこそが女神じゃ!」
ソティスがふふんと胸を張っているのが、非常に可愛らしかった。
そして私は女の子に、教団への紹介の手紙を名前を入れて書いて手渡し、その場を去った。
私は取り返した小物入れから大事な手紙があることを確認して、小さく微笑んだ。
ドロテアがそれを見て興味深そうに後ろからその手紙を見る。
『べれすへ。
いつもおいしいごはんがたべられてうれしい
あろいすさんたのしいひと
しゅうどういんすごくきれい
またあいにきてね。』
「子供の字…誰からの手紙ですか?」
私はドロテアに誇らしく思いながらもこたえた。
「この手紙はね…私の未来のお嫁さんからの手紙だよ。」
「え?」
「この子は孤児でね。王国領の西側のとある村の外れに捨てられてたんだ。
もちろん、寒さも酷いし辛うじて毛布がかけられてたけどろくな状況じゃなかった。私とジェラルトが拾って治療師に診せて、何とか障害にならない程度で済んだけどね。それからは傭兵団が育ててる。」
「…その子がどうして未来のお嫁さんなんです?」
「ああ。私がハーレムを作るのが夢だって言ったら、私のお嫁さんになるって言って聞かなくてね。だから未来のお嫁さん。」
「もし将来別の誰かと結ばれたいってその娘が言ったら?見捨てます?」
「その娘が笑顔ならそれでいいよ。それ以上は求めない。」
「先生、夢がハーレムなんですか…それはまたなんというか…でも。」
ドロテアは呆れた声ながらも、嬉しくてたまらないと言わんばかりに呟いた。
「貴女は、道端で倒れている孤児の女の子でも、心の底から愛してお嫁さんにしちゃうんですね…」
「もちろん!何せ私は女の子の笑顔が大好きだからね。」
そう言って私がドロテアに振り返って笑うと、ドロテアも満面の笑顔で返した。が、なぜか突然涙を流し始めた。
「大丈夫?どこか痛むの?」
「いえ。ただ…思ったより早く目当ての人に出会えたなって。あの、もし良かったら私も…」
「先生のお嫁さん候補にしてくれませんか?」
その目はどこまでも真剣で。
だから私も喜んで走り回りそうなのを抑えて笑顔でドロテアの手を握る。
絹のように滑らかな手は、ほんのりと緊張で汗ばんでいる。
「勿論だよ、ドロテア。君のことは私が一生大切にすると誓うよ。」
そうしてどちらともなく顔を近づけ、啄むようにほのかな口づけをした。
甘い、華の味がした。
緑の耳飾りが、夕日を浴びて、淡く輝く。
ドロテア視点
思えば私の人生は、ずっと誰かに媚びているものだった。
物心つく前に、貴族のお手つきで生まれた侍女の娘。その母親である侍女ごと捨てられた私は、その母さえも病で失った。
家などなく、帝都の路地裏で辛うじて眠り、貴族の屋敷から野菜屑のおこぼれを貰い、貴族の道楽の炊き出しで命を繋いだ。
その貴族に道を歩けば軽蔑の眼差しで見られ、酷い時には蹴飛ばされた。
今でも忘れない。マヌエラ先輩に拾われた日のことを。あの日私は人間にして貰った。
帝都の孤児から、ミッテルフランク歌劇団の歌姫。夢のようだった。
これで私の人生を生きられると思った。
でも、私の事を本当の意味で見てくれる、愛してくれる人は居なかった。
食事の時に口説かれるのが嫌いだ。
私の気持ちを正直に伝えれば、貴族様は機嫌を損ねる。
太客の貴族達に愛を囁いて、媚びへつらって。食事の時はずっとそうだった。
ふと思ったのだ。
道端で孤児をしていた頃と、今の私は何が違うのだろう…。
同じように貴族に媚びて
同じように貴族を嫌って
同じように貴族のおこぼれで生きている。
吐きそうだった。だから懐柔しやすそうな貴族を適当に操って、大修道院にまで来た。
本当の私を見つけてくれる人を探すために。
取り繕って貴族に媚びた歌姫ではなく、路地裏に座り込んでいるただの孤児を愛してくれる人を見つけるために。
ああ、やっと見つけた。
孤児の私を、拾ってくれる人を。