べレス視点
私は、その日の学級の枠を超えた全体に向けたジェラルト流の傭兵戦術と剣術についての講義を終え、遅めの昼食に向かおうとしていた。
実技での教えとなるとやはり難易度が上がる。
私にはその二つを教えるのが精々だ。
剣技についてはイエリッツァ先生にも協力してもらって指導をした。
魔法の実技指導はハンネマン先生とマヌエラ先生に協力を頼もう。
今日の講義を聞いていた二人から、褒められて今は少し上機嫌だ。
イエリッツァ先生は講義が終わるとさっさと訓練室を出ていってしまった。
「見事な講義だった。先生。剣術についてはイエリッツァ先生が居るのだが、どうも上級者向けすぎるのと…」
「口数が少ないからねえ。彼に実践訓練を全部任せるのは、ちょーっと不安だったのだけれど。貴女がうまくそこを補ってくれて助かったわ。」
食堂に入ろうとすると、レアとディミトリ、それに金色の長髪の真面目そうな少女である、イングリットが私を待っていたようで近づいてくる。
三人して相手が動いたことに遠慮して、どうぞ先にと互いにやっていたが、暫くして根負けしたディミトリとイングリットが近づいてきた。
「先生。今少し時間いいだろうか。」
「いいよ。どうしたの?二人とも。」
そう微笑んで先を促すと、ディミトリは真剣な様子で私に問いかけてきた。イングリットもいつにも増して真面目な顔をしている。
「シルヴァンが黒鷲の学級に移行したいと先生に申し出たと聞いた。もちろんそれは彼が決めることなのだが。」
「その理由が聞きたいのです。彼は何か言っていましたか?」
「あー…」
私は困って少し手を揉む。なるほど。要はシルヴァンがそちらでご迷惑をかけていないか、という話だろう。確かにシルヴァンの素行はお世辞にも良くない。女好きの方面で。
「まあ、おぬしも密かにシルヴァンとやらと同じ趣味ではあるがな?おぬしは奥手だからのう。意外と。」
「単に先生としてそこまで大っぴらに問題行動できないってだけだよ…」
そうソティスに愚痴り、考える。どう答えたものか。
「先生?言葉に詰まっているということは…」
そうディミトリが険しい顔になる。
あー…まあ想像通りだと思う。
正直に答えるか。すまない、シルヴァン。
全ては身から出た錆だ。
「君達がいる学級だと女遊びが派手に出来ないからとだけ。」
次の瞬間、イングリットが爆発した。
「あの馬鹿!!ほんっとうにどうしようもないわね!私が尻拭いしないと今までどんな目に遭ってたか…!!」
「イングリット!落ち着け!先生の前だぞ。」
ジェラルトに色々と尻拭いさせていた私としても正直耳が痛い。…まあジェラルトの酒癖による厄介ごとは私が後始末していたのでこの場合とはちょっと違うが。
イングリットは盛大にため息をつくと、私に頭を下げた。
「はあ…すみません先生。あの馬鹿には私から言っておきます。もう二度とこんなつまらない真似はしないように…」
「私としては構わないよ?」
その一言に、二人は鳩が風魔法を喰らったような顔になった後、疑問の声を上げた。
「構わないとは?」
「ああ。女好きが、という意味ではなくて。彼が黒鷲の学級に移ることが、だよ。勿論私としても目は光らせておくし、苦情が来たら対処するよ。ただ、彼が優秀なのは見てれば分かる。」
「私としては、うちに来るのは大歓迎だよ。」
そう。女絡みでない彼の行動は、決して劣等生ではない。講義でしか見たことはないが、槍捌きの覚えも早いし、説明への理解も早い。
先生として、教え甲斐のある素材ではある。
「なるほど…分かった。それなら俺としては文句はない。」
「殿下!?」
納得したディミトリは頷き、ただ、と言葉を続ける。
「あいつがもしあまりにも手に余ると感じたら、俺達にいつでも相談してくれ。きついお灸をすえてやる。」
イングリットも渋々といった感じで頷き、去っていった。大変だな。あの二人も。
「ジェラルトにお礼言っとこうかな…」
「…まあ世話になっとるからのう、おぬし。言うておけ。父親からすればそれより嬉しいものもあるまい。」
そうソティスは目の前に現れて優しく微笑むと、私の頬に軽く口づけをして消えた。
やがて、レアが入れ違いでやってきた。
「教師はもう慣れましたか?ベレス。」
「何とかね。ハンネマンとマヌエラのおかげだ。それで、何の用?お茶会でもまたやる?」
そう尋ねるとレアは笑顔で横に首を振った。
「また機会があれば是非。ですが、今は大司教としての用事です。」
「例の会議が今夜謁見の間で開かれます。貴女も遅れずに来てくださいね。」
「ああ、とうとう今日か。分かったよ。では、また夜に。」
「ええ、また夜に。」
そう言うとレアは去っていった。
例の会議とは、枢機卿会談のことだ。
とうとう私の枢機卿としての活動も始まる。
部下も何人か付くということで、色々と緊張もするが楽しみだ。
そう考えながら、私は昼ご飯のフィッシュサンドを食べた。
やはりここの魚は新鮮でいい。噛むとじわりと魚の脂が滲み出る。
ガルグマクに釣り場があるって最高だ。
そう実感しながら美味しく頂いた。
その日の日が沈んで半刻ほど経った頃、私は大司教の謁見室の前にまで歩いて向かう。
謁見室の前には、以前レアが聖墓に私を連れていった際のお供の騎士が二人控えており、私が来たのを確認して、部屋に入るようにと促し、私と共に入ってきた。
「来ましたね、ベレス。」
「………!?」
その場には大司教を中心にして司祭、修道女、騎士などが七名ほど集まっている。私と騎士を数えるとちょうど10名か。
全員の視線が私に向いている。
その中でも黒髪の理知的な壮年の男性は、驚愕の目線でこちらを見ている。
そしてレアを振り返って戸惑った声を上げた。
「新入りとは、彼女なのですか、大司教!彼女の娘を…!」
「ええ、そうです。シトリーとジェラルトの娘である彼女なら、枢機卿に相応しいと考えました。更に…彼女は女神の啓示を受けたのですから。」
その一言に、場の空気がざわつく。
私と共に入ってきた騎士2人が声を上げる。
「我々もその場にいて拝見しました。女神が彼女を依代に現れる様を。」
「信じられない光景だったが…間違いない。」
その二人の証言に、他の枢機卿達はおお…と感嘆の声を上げる。神経質そうな片眼鏡をかけた女の文官が、頷いて声を上げた。
「レア様と同胞がそう仰るのなら、我らも彼女を喜んで迎え入れましょう。皆もそうでしょう?」
その場の全員がその言葉に頷いた。一人を除いて。
黒色の長髪をした彼は、真剣な顔で私の前まで歩いてくる。
そして私に静かに問いかけた。
「これは…貴女の意思ですか?」
「もしや大司教に無理やりここに連れてこられたのでは…」
その言葉に神経質そうな先ほどの女性が怒りの声をあげる。
「何を言うのです、アルファルド殿。大司教殿になんて無礼な…!」
たが、長髪の彼…アルファルドはそれを無視して無言で私を見つめる。
「自分の意思だよ、もちろん。私は、自分の夢を叶えるためにここに来た。」
私のその言葉を聞くと、アルファルドは驚きの顔をした後、静かに微笑んだ。
「そうですか…本当に、真っ直ぐなその目はシトリーそっくりですね…分かりました。それなら、私も君を応援しましょう。」
その言葉を聞いて、レアはほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとう、アルファルド。それでは、会議を始めましょう。べレスも慣れないでしょうが、まずは聞くだけでもいいので参加してください。」
そこからは難しい言葉の議論の繰り返しだった。次々と話が移り変わっていく。
正直、言葉の半分の意味も私は理解しているとは言えない。
だが、大抵の議題は荒れることなく全会一致で決まっていった。
その話題に移るまでは。
「決まっているでしょう!アビスは…掃討すべきです!」
先ほどの神経質そうな女性はそう声を張り上げた。
それにアルファルドが大声を上げて反論する。
「そんなものは極論です!あそこで一体何人の行き場のない人々が暮らしていると…!!」
「地上に害をもたらす野蛮人どもが、でしょう?」
どうやら大多数の枢機卿は彼女の側のようだ。彼女の言葉に静かに頷いている。
アビス。その言葉には聞き覚えがある。あの老人が言っていた。
異人や追放された貴族など、行き場のない人々が集まる、治安の酷い場所だと。
「アビスとは…異人や行き場のない元貴族などの貧民が集まるという、あの。」
「ベレス、知っているのですか?」
そうレアが驚きの声をあげる。
私は頷いて言葉を続ける。
「あの治安が酷いという…」
その言葉に、神経質そうな女は我が意を得たりと大きく頷き、言葉を続けた。
「まさにベレス殿の言う通りです。あのような治安が酷すぎる劣悪な場所は、消えて然るべき。地上にとって百害あって一利なしというものです。」
「それは数年前までの話です…!少しずつですが、アビスは改善しています。もう少しの我々の支援があれば…」
「本当にそうだろうか?」
事態を静観していた、立派な髭の老年の騎士がそう呟いた。
「つい前節も、食糧が彼らに盗まれたばかりではないか。本当にそれで治安は改善しているのか?」
その一言に、アルファルドの言葉が詰まる。だが、激しい声でアルファルドは更に言葉を続けた。
「それは我々の支援が十分ではないからです…!飢えが続けば、当然そのような犯罪に手を染める者も出ます!仕方がないのです!もう少しの支援で…」
「それで、我々はどれほどの支援をしてきたのですか?アルファルド。」
そう神経質そうな女が声を荒げた。
「どれだけの金銭を我々はつぎ込んだのかしらね?それを犯罪で恩を仇で返されるなど…彼らの魂が穢れきっている証拠ではなくて?」
「ふざけた事を…!!」
「もうやめなさい!!!」
アルファルドが叫ぼうとした途端、レアが大声を上げてその場を制する。
神経質そうな女もアルファルドも黙ってレアを見つめる。
「もう沢山です!なぜ同じ枢機卿でありながらこのような口論になるのです!双方頭を冷やしなさい!」
「………」
「…申し訳ありません。レア様。」
アルファルドは無言で押し黙り、神経質そうな女は落ち込んで頭を下げる。
するとレアはこちらに話を向けてきた。
「べレスはどうなのです?女神から信託を授かった貴女なら、適切な結論を出せるのではないですか?」
全員の目がこちらに向く。
困ったな。まだ私は結論を出せるほど事態を理解していない。なら結論は単純だ。
「私はまだアビスを知らない。なんせ、足を踏み入れたことも、人々の生活を見たこともないのだから。だから…見て、判断したい。直接アビスを。」
その一言に、アルファルドは嬉しそうに笑い、周りは苦い顔になった。
レアは困ったように言葉をかける。
「し、しかし…べレスをそのような場所に連れていくわけには。」
「心配いりませんよ、大司教。」
アルファルドはそうレアに告げ、微笑んで言葉を続ける。
「彼女に害をなすような人間はアビスには居ません。保証します。それに万が一に備えて私がついて行って彼女を守ります。」
「これが証明になるでしょう。アビスは彼女が無事に行き来できるほどに安全だと。」
結局、次の日に私がアビスを訪ね、結論はそれから出すと言うことで場は収まった。
レアは万が一に備えて、ジェラルトを護衛につけるならばと同意した。
私の部下として若い女の修道士が一人と、なんとそのジェラルトが配置されることも分かった。
どうやら、レアは余程私を大事に思っているらしい。
「そりゃそうじゃろ。わしの大事な人だからの。」
そうソティスがしたり顔で嬉しい事を呟いた。
後でたくさん抱いてあげよう。
そう告げると、ソティスは顔を真っ赤にしてそっぽを向いて姿を消した。
照れてる姿もかわいい。
謁見の間を出ると、アルファルドが話しかけてきた。
「今日はありがとう。助かりましたよ。君のおかげで、アビスに挽回の機会ができた。」
「私はただ、このままだと不公平だと思っただけだよ。貴方に肩入れするつもりはない。」
すると、アルファルドはそれでも構わないと頷いた。
「それでは、また明日の夜に。私が声をかけに行きますよ。」
「ああ。よろしく。」
こうして、私は部屋の寮に戻って眠りについた。可愛い女神様に逢えるのを、楽しみにしながら。