ベレス視点
私とジェラルトは夜の大修道院から地下へと潜る道…というか抜け穴をアルファルドに案内され、潜るように歩いていた。…何かの遺跡の通路に見える。
大修道院成立時のものだろうか。
「わしは見覚えないのお。そもそもガルグ=マク自体が、わしの息子達であるナバテア達の聖墓を守るために作られたのであろ?」
「ここに来る前にセイロスに聞いたほうがよかったのではないか?」
「それは、確かに…」
今更ながらそう思い至る。
…でも、セイロスであるレアも全ての道を把握していないと本人から聞いたことがある。
まあここから帰ったら色々と聞いてみるか。
「アルファルドの坊主が管理してるんだろ。どんな街なんだ?その…アビスってのは。」
そうジェラルトが何気なくアルファルドに話しかける。知らなかったがこの二人は旧知の中で、師匠と弟子のような関係だったらしい。
「私が管理するようになって十数年経ちましたが、良いところですよ。差別とは無縁な場所です。どんな者も排斥されない。…他者を害さない限りは、ですが。」
「以前は治安も酷く衛生面も杜撰でしたが…彼の協力と私の微力のおかげで幾分か改善しましてね。」
そう話すアルファルドの顔には、穏やかな笑顔。そして達成感が浮かんでいる。
「彼というと?」
「ユーリスという青年です。彼とその部下が治安維持のために見回りをしています。…すぐに会えますよ。…さあ。そろそろ街に出ます。」
「ほお…こいつは…!!」
「ほんとうに街だね…!!」
アルファルドの言葉通り、遺跡のような通路を抜けると、地下街のような街に出た。
異人や怪しげな人が闊歩しており、活気がある。
地下でありながら灯りが街を灯しており、独特の色気がある。
道端で酒を飲む飲んだくれなども居るが、通路はそこまで汚れていない。
「ああ、誰かと思ったらアルファルドさん。こちら異常ありませんよ。そちらの方々は?」
そう街の門番らしき山賊風の格好をした男が、見た目とは裏腹に親しげに話しかけてくる。
「いつもご苦労様です。こちらは私の同僚で教師のべレス先生と、その父君で騎士団長のジェラルト殿です。」
「彼らはまあ…教会の視察に来たようなものですが、信頼できる人たちです。安心してください。」
教会の視察と言われた時は門番の顔が強張ったが、アルファルドの言葉を受けて警戒を解いた。
「アルファルドさんがそこまで言うなら、信頼できそうですね。どうも、俺はアビスの門番をやっている、しがない流れ者です。軽く口頭でアビスのこの区域の施設の説明でもしましょうか。」
「おう。よろしく頼むぜ。」
「まず一番近いのがここの書庫ですね。地上の大修道院で禁書になった本が主にここに集まります。胡散臭い歴史本から邪教の本に呪いの本。…まあ、そんなんですね。基本的には。」
「物好きな魔女やら、年寄りやらがよく行ってますよ。」
そう言って、彼はすぐ先の曲がり角の方を指差した。どうやらあそこがそうらしい。
…エーデルガルトやヒューベルトは興味を示しそうだ。ただ、持ち出して地上に出すのは色々と不味い気がする。
「次に何と言っても酒場でしょうね。書庫の横にあります。ただ酒の味の方は、まあお世辞にも良いとは言えませんがね。地上の貴族が飲むような代物は、まず入ってきません。」
「そりゃ残念だな。俺が今度何本か修道院から持ってきてやろうか。」
そう言うジェラルトを、アルファルドが渋い顔で咎める。
「ジェラルト殿…今はただでさえ地上からの目線が厳しいんですから、また酒を盗んだのかと言われることになりますよ。やめてください。」
「俺が持ち込んでくるんだから文句なんざ言わせねえよ。きちんと金払えば文句もクソもねえだろ。」
「あんた…良い人ですね。」
「そりゃどうも。だがあくまで俺のためだぜ?酒を飲んで知らねえ奴と話すのはいつだって楽しいもんだ。」
そう言ってジェラルトは門番と肩を組んだ。そして門番と楽しそうに笑った。
それが済むと、門番はまた説明を続けた。
「後は、そうですね。あー…お二人さん、視察と聞いてましたが。異教の信仰とかは…」
そう気まずそうに問いかけてくると、ジェラルトは笑って言った。
「安心しろよ。俺達は元は流れの傭兵でな。大修道院に来たのもまあ成り行きってやつだ。そういうのに偏見はねえよ。なあ?」
そうジェラルトが問いかけてくる。困って曖昧に頷くと、私は心の中でソティスに問いかける。
「大丈夫かな、ソティス。」
「別にわしは小さき者どもがわし以外を信仰しようがどうでも良いわ。それでセイロスやおぬしを攻撃したなら許さんが。」
「もし仮におぬしがわし以外の神を信仰するのなら、妬けるがの。」
そう悪戯っぽく笑う女神様があまりにも可愛すぎてちょっと顔が赤くなる。
「心配しないで。私の女神様はソティスだけだよ。」
そう私は目の前のソティスに微笑みかける。
ソティスも微笑み返し、私の唇に軽く口づけをすると、姿を消した。
門番は私たちの態度を見て安心したのか、説明を再開する。
「そうですか。それなら言いますがね。ここにはまあ…見て分かるとは思いますが、色んな後ろめたい奴がいます。」
「そんな中には、セイロス教以外の邪教ってやつを信仰してる人も居ましてね。ここにはその異教の神様の像ってやつがありまして。」
「ほう。珍しいな。いいのか?アルファルド。」
そうジェラルトが問いかけると、アルファルドは頷いて、淡々と話した。
「そういう異教の人々にも、女神の慈悲は与えられて然るべき、と少なくとも私は思います。枢機卿の面々はそうは思わないでしょうから…この事は内密にしてもらえますか?」
「構わないよ。別に私としても問題とまでは思わないし。」
そう返す私にアルファルドは微笑み、笑顔で私の顔を見て言った。
「やはり君はシトリー殿の娘ですね。彼女によく似て、慈悲深く、寛容な人だ。」
その言葉に、ジェラルトは目を閉じ、しみじみと思い出に浸っている様子で言った。
「……確かにな。こいつの中には、あいつが生きてるんだろう。あいつも、優しい女だった…」
「………娘の面影だけでなく、本当に生きていたら…きっと彼女は貴方達と一緒にここで笑っていたでしょうね。」
「私は、その光景が見たい…」
そうアルファルドが絞り出すかのようにポツリと呟いた。
ジェラルトがそうだな、と呟き、場の空気が重くなる。
門番は困ったような顔でその空気の中佇んでいたが、説明をさっさと終わらせるべく話し始めた。
「あー…まあそんなとこですかね。後は住人が捨てるガラクタが集まる場所だったり…住居だったりで。ああ。後は灰狼の学級がありますね。ユーリスが級長の。」
その一言に、私は少なくない驚きを感じながら聞き返す。
「ここに学級があるの?つまり…生徒が居るってこと?」
すると、アルファルドが待っていたと言わんばかりに門番の代わりに話し始めた。
「ええ。ここには士官学校の、様々な事情で地上に居られなくなった生徒達を集めた学級があるのです。まあ、成り立ちから数は少ないですが…」
「実を言うと…先生にここに来てもらった理由の半分は彼らのためなのです。まずは教室まで行きましょう。私が案内します。」
アルファルドは階段を降りて行き、薄暗い通路を歩いて行く。私たちもついて行くと、やがて本当に一つの教室にたどり着いた。灰色の狼の旗が掲げられている。
…確かに生徒数は少ないが、いくつかの机の上に灯りが灯されており、物書きができるようになっている。本棚には無数の本が…さらに、黒板まである。
間違いない。ここは教室だ。
生徒の様子も心なしか地上の生徒より個性的だ。すると、4人の生徒がこちらに気づいて歩いて近づいてくる。
「アルファルドさん。どうしたんですか?今日は特に予定もなかったですよね。」
やや長めの紫髪に中性的な美形の顔立ちの少年だ。化粧もよく似合っている。だが悲しいかな。私は男に興味がない。
「ハピ、もう寝ようと思ってたんだけど。何か用事?」
…おお。こちらは美少女だ。褐色の肌に長い赤毛に赤い瞳。気怠げな雰囲気を醸し出している。
めちゃくちゃ可愛い。
「ええ。実はそうなのです。今日は紹介したい人がいまして。こちらの二人です。」
そう答えて彼は後方の私たちに前に出るように促す。私たちを見ると、これまた美少女が疑問の声を上げた。
「あら、どちら様かしら。…聖職者らしくも、貴族らしくもありませんわね。まあ、アルファルド様の紹介ですので、無碍には致しませんけれど。」
…言葉遣いからして、貴族だろうか。縦ロールの金髪碧眼の気位の高そうな少女である。
…この子も可愛いなあ。いいな。
「おぬし、さっきから語彙力が死んでおるぞ。」
そんなソティスの可愛い指摘を堪能しながら、私が微笑んでいると、最後の一人の筋骨隆々の黒髪の男がジェラルトに話しかけてきた。
「へえ。結構強そうなおっさんじゃねえか。良ければ俺と腕比べしねえか?」
「バルタザール。急にそのような…」
「いいじゃねえか、アルファルド。俺は好きだぜ。こういうガキは。」
「へえ。俺をガキ扱いとはねえ。ますます強そうだ。あー…聞くが、賞金稼ぎじゃねえだろうな?」
その疑問にジェラルトは首を傾げると、呆れた口調で答えた。
「お前、こんなとこまで賞金稼ぎに追われるほど金借りてんのか。俺は今はそんな依頼受けてねえぞ。」
その言葉にバルタザールは胸を撫で下ろした。
紫髪の美形の少年がため息をつきながら問いかける。
「こいつらといると話が長くて良くねえなあ。俺はユーリス。一応灰狼の学級の級長だな。で、あんたらはどちらさんなんだ?」
「俺は元ジェラルト傭兵団団長のジェラルト・アイスナーだ。今はやりたかねえが、セイロス教団の騎士団長だな。で、こっちは娘のベレス。」
「初めまして。ガルグ=マク修道院の教師のベレス・アイスナーだ。よろしく頼むよ、綺麗なお嬢さん達。」
その自己紹介に4人は驚いた顔をする。褐色の少女が面白くなさそうに呟く。
「へー。そんな感じじゃなかったのにねえ。おじさん、教団のお偉いさんなんだ。ハピ、そういうの嫌かも。」
「ハピ、アルファルド様のご客人にそういう態度は失礼ですわよ。まあ…意外なのは認めますけれど。」
二人の美少女は華麗に私の自己紹介の口説き文句を無視する。
しょぼくれる私を励ますように、バルタザールがぽんと私の肩に手を置いた。
「…残念だったな。お前の口説き文句も悪くなかったが、まああいつらあんな感じだからよ…。」
「…やめてくれ。余計に虚しくなる。」
混沌とした場を、アルファルドがにこやかに見つめると、場を取り仕切るように話し始めた。
「実は、べレス先生にここに来てもらったのは他でもない。」
「ここ、灰狼の学級を、これからは彼女に任せたいのです。教師として。」
その一言に、場が静まり返る。全員の視線が私に集まるのを感じる。
…そんな話、聞いてないが。
「灰狼の学級は、学級とは名ばかりの、追い出された生徒達が集まっただけの場所です。」
「そんな追い出された彼らを、君が導いてほしいのです。」
「……聞いていない。これはレアは了承しているの?」
そう私が問いかけると、彼は困ったような顔になって私の問いに答えた。
「大司教は、残念ながらお認めにならないでしょうね。…貴女は、大司教から甚く気に入られているようですし、最近はアビスのことも心良く思われていないようだ。」
「何せ貴女は、その歳で私と同じ、枢機卿に選ばれた者ですから。」
そのアルファルドの一言に、生徒の目つきが変わる。
バルタザールは純粋に驚きの目で。
ユーリスは細めた何かを探るような目で。
ハピは、単純に嫌そうな目で。
コンスタンツェは、驚きとどこか私の評価を変えるような目で。
その言葉にジェラルトが咎めるように言う。
「おいおい!それは教団の最重要秘匿事項だろうが。こんなところで喋る奴があるか!」
「すみません、ジェラルト殿。ベレス殿。しかし、それだけ私は彼ら四人を信頼しているのです。それをまず分かって欲しかった。絶対に彼らは他言などしませんよ。私が誓います。」
その一言に、コンスタンツェは感じ入っているようだった。バルタザールも満更ではないらしい。
ユーリスとハピは違ったが。
「アルファルド様…そこまで私達を…」
「そこまで恩人から言われちゃあ、言いふらすような真似はできねえなあ。」
「………へえ。」
「じゃあ、アルファルドさんも教団のお偉いさんなんだ。ハピ、やっぱりなんか嫌な感じするなあ。」
…どうやら、ハピはかなり教団のことが嫌いらしい。
「それに、君は教師として非常に優秀だと聞いています。学級対抗戦も快勝したとか。」
「どうでしょう?頼めませんか。」
「………初めから、そうする気だったんだね。」
その私の一言に、アルファルドが笑顔で答えた。
「ええ。これは、彼らだけではなく君にとっても良い機会になると思いますよ。もちろん、アビス全体にとっても。」
「実は、最近アビスは地上の盗賊からの襲撃による被害も受けておりまして。目的は…定かではないのですが。灰狼の学級のこの4人が防衛に住人を連れて当たっています。貴女なら、彼らにより効率的な戦闘も教えられるのでは?」
……したたかだな、この人。確かにここで私がこの学級の担当になれば、まずアビスは暫くは掃討されない。レアのお気に入りの枢機卿である私が担任になるほど見込みのある若者がいる、という状況を作りたかったのだろう。
地上からの襲撃とやらも、私という防衛力が居た方が楽に退けられるし、いざという時には私をだしに教団を引き摺り出すこととできる。
まあ、ハピとコンスタンツェとお近づきになれるなら悪くはない。
それに優秀な生徒が増えるのは大歓迎だ。
「黒鷲の学級と両立して、で構わないのなら。私はいいよ。」
こうして私は、この個性的な四人の灰狼の世話人となったのだった。
やがてこのアビスでとある事件を私たちは解決することになるのだが、それはまだ先の話。