エーデルガルト視点
私は、師のことを高く評価しているつもりだった。かの元セイロス騎士団団長の、壊刃ジェラルトの薫陶を受けた凄腕の傭兵。そんな初対面の印象から、彼女は教育者としての面も見せ始めた。
教本から要点を抜き出し、分かりやすく端的に伝える指導法と、生徒の皆に真摯に向き合う姿勢。
凄腕の兵の動かし方と、剣の実力。
軍の将としても、単騎の兵と見ても一流だ。
さらに、同性に惹かれる因習に縛られない姿勢。
彼女が私に惹かれると衝撃的な事実を私に言った時、私は不思議と嬉しかった。
私が今まで見てきた中で一番優秀な女性だったからかもしれない。
…彼女の体を魅力的だと思ったのも、あるのかも。
私の夢の実現のために、是非とも味方に欲しいと思っていた相手だ。
だが、だがここまで…
「これが、灰色の戦乙女…」
目の前の光景に、私はポツリとそう呟く。
皆も、ヒューベルトでさえも戸惑って見入っている様子だ。
彼女は単身で盗賊の群れに突っ込み、刀一本で盗賊を薙ぎ払いながら、敵を血に染めあげ、堂々と無傷で敵の中央を突破していった。
…もう橋を渡り終えて、中央の開けた場所を制圧しにかかっている。
一番早く冷静に戻ったヒューベルトが私に助言してくる。
こういう時は彼は頼りになる。
「…エーデルガルト様。敵は完全に意表を突かれ、怯え切っています。殲滅するなら今かと。」
「…そうね。ここまで来ると可哀想になってくるけれど。」
そう私は思わず呟いしてしまう。
が、それは要らない情けだ。彼らは盗賊。民にとっても、私にとっても害でしかない。
どのみちこれからの私の道は血染めの道なのだ。
私は気合を入れ直し、覚悟を決める。
毅然として、皆に振り返って指揮を出す。
「私たちも行くわよ!前衛は私とフェルディナント…それにカスパル!敵を叩き潰し、味方を守るわよ。」
「任せたまえ!君より活躍してみせるとも!」
「…応!先生にもエーデルガルトにも負けねえよう頑張るぜ!」
私は二人の頼もしいやる気に頷いてさらに言葉をつづける。
「……中衛はヒューベルト、ドロテア、リンハルト!回復と攻撃を魔法で行ってちょうだい。」
「心得ました。我が主人のために率先して掃除しましょう。」
「…本当に可哀想になってくるけれど、まあ仕方ないわね。」
「…あの血まみれの中に入っていくの?冗談でしょ…」
ヒューベルトがやる気のなさそうなドロテアとリンハルトに軽く咳払いをし、無言の圧をかける。
渋々と二人は了承する。
それに私は頷いてさらに説明を続ける。
「後衛はベルナデッタ!他の弓が得意な生徒もそこね。弓での援護、期待してるわよ。」
「ええっ!?わ、わたしですかぁ!?」
「貴殿以外に、誰が後方から敵を射ると…?」
「ぴえっ!や、やります!やりますから!そ目で睨まないでくださいいい!!」
ヒューベルトは憎まれ役を買って出る節があるが、今はそれが有難い。多少甘えさせてもらおう。
「最後に後衛の護衛と、取りこぼしの掃除をお願い、ペトラ、シルヴァン。」
「…役割、心得ました。一人も、逃す、しません。」
「ま、こうなっちゃ楽なもんでしょうけどね。それなりに頑張りますよ。よろしくな!ペトラちゃん。」
「はい。よろしく、します。」
意外とシルヴァンはヒューベルトの次程度には落ち着き払っている。…実戦慣れしているのかしら。
「他の生徒はそれぞれ各々が適した配置につきなさい!いいわね!」
「分かりました!エーデルガルト様!」
生徒たち全員が適した陣形を組んだのを見て、私は先頭に立ち叫ぶ。相手は怯え切った盗賊とはいえ、窮鼠猫を噛むとなる場合もある。
「油断せず、迅速に落とすわよ!総員、私に続きなさい!!」
「「「「「おおっ!!!」」」」
課題が、始まった。
コスタス視点
「くそっくそっくそっ何なんだよあいつは…!!」
俺はそう叫んで斧を地面に叩きつける。…あの仕事を受けてから、全てが最悪だった。だがその中でも今は本当に最悪だ。
灰色の戦乙女。名前ぐらいは聞いたことがある。かのジェラルト傭兵団の、凄腕の女の傭兵だとか。
だが…だがまさかここまでとは!!
目の前で部下がまるで紙切れのように薙ぎ払われていく。
外で呑気に野営中の貴族の餓鬼を数人始末する…それだけの仕事のはずだった。
それがどうだ。ジェラルト傭兵団と戦う羽目になり、騎士団の連中に執拗に追い詰められ、逃げ場を無くして今はガキ共と傭兵一人に追い詰められている。
「あの仮面野郎…次に会ったらぶっ殺してやる!」
そう赤と白の帝国風の仮面をつけた、奇怪な依頼主に歯軋りする。あんな野郎から依頼を受けた俺が馬鹿だった…!依頼額がとんでもなく高かったが、裏を考えるべきだった。
今まさに後から群れて突っ込んできていた餓鬼共が、西の橋を渡ってこちらに向かってくるところだった。
灰色の戦乙女は東側から回り込む姿勢を見せている。
「挟撃するつもりか!餓鬼の分際で頭が回る…!!」
本当に逃げ場がなくなりつつあった。もしあの傭兵がここまで来たら、死だ。
あれに一対一で勝てると思うほど自惚れちゃいない。
…なら、いっそ!
そう腹を括り、俺は斧を持って、近づいてくる餓鬼の群れを睨んだ。
「あいつらの1匹でも、腕やら切り落として人質にすりゃあ…まだ目はあるか…!!」
ベレス視点
「なんじゃ。あの小童どももやるではないか。心配する必要もなかったかの。」
そうソティスは西側を殲滅して進んでいくエーデルガルト達を見て呟く。
…ここ数日で、彼らはかなり成長した。それでも初の実戦と心配していたが、杞憂だったようだ。
「……まあ、主要な敵は私が始末しておいたしね。それでも、エーデルガルトの指揮は大したものだが。」
「あの小娘か。…どうにもわしは好かんの。なんぞ虫の残り香がしよる…」
「それに、今も地虫の視線を感じるの。どこぞで見ておるようじゃ。盗賊共の後で誅するとするかの…。」
「…なにを言ってるの?ソティス。」
そのソティスの意味深な言葉に首を傾げると、盗賊が数人でやけになって突っ込んでくる。
「死ねえ…ぎゃあっ!!」
「ひいっ!た、助け…ぶげっ!!!」
本当に脆い連中だ。刀を振るうだけで面白いぐらい簡単に倒れていく。…まあ騎士団に追い詰められて、半ばやけなのだろう。
「まあ、今はそんなことどうでもよい。捷くこやつらを地獄に送るとしよう。」
「そうだね。もう後はあの頭領ぐらいだ。…うまく挟撃できて良かった…?」
そこで私は、何やら焦って一人の生徒を止めている様子のエーデルガルトと、それを振り切って走り出そうとしている生徒を見つける。
彼女は確か帝国の貴族の出だとこちらを見下して偉そうにしていた…名は何だったか。大して優秀でもなかったから覚えていない。
その生徒があろうことか突っ走って、敵の頭領に単身突っ込もうと走り始めた!!
「なっ!あの阿呆!手柄を焦りよったか!」
すると、盗賊の頭領もしめたとばかりにその生徒に斧を片手に突っ込んでいく。
生徒と盗賊の頭領が激突した瞬間、生徒の片手剣が弾かれ、生徒は地面に倒れ伏す。そこに盗賊が斧を振り上げた!
「っ!間に合え…!!」
私は全力で走り、盗賊と生徒の間に入り込む。
ガッ!!!
私は腕で辛うじて盗賊の斧を防ぐが、利き腕の骨まで刃が達した鈍い感触と激しい痛みが私を襲う。
盗賊はさらに力を込め、顔を歪な笑顔で歪めると、私の腕を切り落とそうとする。
「おらあっ!!!」
「ぐっ…くうっ…」
「せ、せんせい…たすけっ…」
そう私を見下していた後ろの女子生徒は泣きそうな顔で私を見てくる。…なら、ここで引けない!!
片方の腕はまだ動く。短剣でやつの喉を突けば!
だが、そこで私の意識は急に失われていく。気がつくと、私は暗闇の玉座の前にいた。ソティスが代わりに表に出るため、私を押し込んだのだろう。
「ソティス…?何を。」
「すまんの、ベレス。おぬしが傷つくのをわしはこれ以上我慢できん。少し寝ておれ。まとめて片付けてくるわ。」
そう笑顔でソティスは私に微笑むと、怒気を孕ませた顔つきに変わり、表に出るため、玉座から一旦消えた。
コスタス視点
「ははあ…!!こいつはついてるぜ!!このままてめえの腕をぶった斬ってやる!!」
俺は敗色濃厚な場面から、ここで一気に勝ちすら見える状況に変わったことに、興奮していた。
あの灰色の戦乙女を屠り、騎士団から逃げおおせれば、それなりに箔がつく。
「てめえを殺して傭兵になるのも悪くねえな!!お前が灰色の戦乙女なら、俺が灰色の悪魔になってやるぜ!!」
そう叫び、斧で腕を切り落とすべく、さらに力を入れる。が、そこで違和感に気づく。
「あ…?」
斧がピクリとも動かない。…なんだ。猛烈な寒気を覚える。まるで魔物と対峙している時のような…
「図に乗るな、痴れ者が。」
「あ?…ぐあはっ!!?」
まるで少女が発したかのような、場違いな相手の声に困惑すると、腹部を凄まじい衝撃が襲った。
俺はたまらず吹き飛び、地面に倒れる。なんだ!何が起きやがった!…殴り飛ばされたのか!?俺が、あんな小娘に!
相手は俺のような素人でも見て分かるほど、かなり上級らしき白魔法を使い、即座に腕の傷を再生させる。
「わしの谷を穢し、わしの最愛のベレスを傷つけるとはのう…呆れて物も言えんわ。」
「な、なんだてめえは…!!」
俺のその必死の問いかけに、目の前の小娘は鼻で笑って、無機質な目で心底見下した視線を向ける。
「…貴様に名乗る名はないわ。…ただで死ねると思うでないぞ?」
次の瞬間、灰色の戦乙女は目にも映らない速度で、地面に倒れた俺の前に即座に移動した。そして…
「ぎ…があっ!!?や、やめろ!い、いでえっ!!!」
「叫び声まで不愉快じゃな、おぬし。わしを憤死させる気か?」
奴は、倒れた状態の俺の頭を足で踏みつけ、刀を俺の腹に突き刺した。
きしむ頭の骨と、刀の突き刺さった腹が、これ以上は命に関わると、全力で痛みを訴えてくる。
灰色の戦乙女はゾッとするほど冷たい目でこちらを見下し、短く呟いた。
「もうよいわ。死ね。」
「ま、まっでぐれ…!!だの…」
次の瞬間、頭の骨がひび割れながら砕けるような音が聞こえた。そして、目の前が真っ赤に染まる。
何も見えない。
あかい。このあかは…いやだ。
そこで、俺の意識は途絶えた。