エーデルガルト視点
「師…なの?」
私は思わず目の前の光景にそう呟く。
盗賊の頭領であるコスタスは、無惨にも頭を踏み潰され、頭蓋骨と脳みそがそこかしこに飛び散っている。
その頭を潰した師は、つまらなさそうに足でコスタスの死体を蹴り上げると、服についた血を鬱陶しそうに払っている。
…所作まで師のそれとは思えない。一体…。
「…信じられん強さですな。ベルグリーズ伯に匹敵するのでは?まさかあそこまでの実力を隠していたとは…」
「親父にか…それは流石に言い過ぎ…と言えねえぐらい先生、強えな。負けてらんねえ。」
そう私の後ろで会話をするヒューベルトとカスパル。学級の皆は師の強さと変わりように驚くと同時に、学級の課題が誰の被害も出ずに無事に終わり、安心しているようだった。
「それも、そう、なのだけれど。」
強さもそうだが。今の師は全身から力の奔流のような緑色の力の塊が滲み出ている。
…だが何故だろうか。あの力に妙に惹かれるのは。
まさか私の紋章が…
師はやがて高所のとある地点をじっと睨みつけ、静かに呟いた。
その言葉にはかなりの怒気が孕まれていた。
思わず気圧されて後ずさる。
「ふん。そこに居たか。虫が。どれ。わしが叩き潰してくれよう…!!」
「師…?なにを…」
次の瞬間、師が凄まじい勢いで見ていた場所へ駆け出していく。そこから慌てて飛び出てくるのは…
「あれは…!!闇に蠢く者たち!?」
見知った、忌まわしい連中が現れた。黒で統一された独特の衣装に、風変わりな鎧。だか叔父様の姿がない。見た限り、どうやら彼らの中の下っ端の連中だろうか。鎧に身を包んだ連中が前に立つ。
露出の多い、不気味な肌色のオレンジ髪の派手な女が連中を盾にして逃げ始める。なかなかの速さだ。師ほどではないが、あれを捕らえるのは骨だろう。
「あんたたち!死んでも私を守りなさい!」
「逃さんわ、痴れ者め。」
彼女と師の間に、鎧の闇に蠢く者が二人立ち塞がる。彼女を守ろうとしているのだろう。しかしそれだけでは…
「邪魔じゃ。」
その一言と、刀で横薙ぎに一閃。
それで鎧ごと彼らはずんばらりと胴が断ち切られ、地面に倒れ伏す。
「ひいっ!!」
そう叫び、闇に蠢く者の女は一目散に走って逃げ始める。
師もそれを追って凄まじい速さで追いかける。
騎士団は戸惑いながらも走って師達を追いかけていく。
残されるのは生徒の私たちと、私たちの護衛のためだろう、僅かに残った騎士団の一部のみ。
…課題よね、これ。生徒の私たちを放置して…。やはり普段の師とは思えない動きだ。
「えっと…何だったんですかね。今の。」
「賊の生き残り…にしては小綺麗だったね。何者だったんだろう。」
そんなリンハルトとベルナデッタの会話を始めとして、生徒たちがそれぞれ困惑して話し始める。
それを尻目にヒューベルトは私の耳にボソリと呟いた。
「エーデルガルト様。何故闇に蠢く者どもがここに…」
「さあ。私の監視かしら。…それよりも、今は師よ。あの変わりようと言い、強さといい。気になるわね。追うわよ。」
その一言に、ヒューベルトが眉を顰めて言う。
「よいのですか。ここら付近での彼らの拠点は恐らく、モニカ殿の…」
「それも含めて、計画の見直しが必要かもしれないわね。どっちみち、もう教団と師に下手を打って彼らが見つかった以上、致し方ないわ。」
私の言葉にヒューベルトは頷き、お好きなようにと礼をしてみせた。
彼はなんだかんだで私の決断に従ってくれる。
できた従者だ。
「皆、師を追うわよ。どのみち、彼らと合流しなくては我々は帰れないのだし。」
「そうなるよね…面倒だなあ。」
「まあそう言うなってリンハルト!怪しい連中をぶっ飛ばせるかもしれねえんだ!最高だろ?」
「そうなるかもってのが嫌なんだよ…」
????視点
「なんで…なんでこうなったのよ!」
私はあの女から逃げ惑いながら叫ぶ。後方ではまだ忌まわしき力の脈動を感じる。
捕まれば死だ。
肌でそれほどの危険性を感じる。
あたしがここに来た理由は、完全なる好奇心だった。
あたしたちの新しい駒のエーデルちゃんがどんな調子なのかと見るために。
だが、想定外に、一番あたしの目を引いたのはあの女だった。
「ふうん…人間にしてはやるわね。」
あたしほどではないが速い身のこなしと、それなりの剣技。あたしが直接殺してみても楽しいかもと思えるほどの強さだった。
「ま、あたしほどではないけどね…」
そんな風に余裕を感じながら無様な盗賊が死んでいくのを菓子でも摘みながら楽しんで眺めていた。
その時までは。
「なによあれ…。」
全身を寒気が包む。こんなことは初めてだった。
賊の頭領が、斧であの女の腕を切り落としかけたその時、あの女から凄まじい力が放たれた。
しかもあの力は…
「あの忌まわしき…獣の主の力…」
信じられないが、あの女からナバテアの女神の狗どもと同質の力を感じる。
それもかなり濃い力を。あれほどの力を感じたのは初めてだ。
…思えば、緑の髪色の時点で気付くべきだった。
早く報告しなくては。タレス様に…。あれは危険だ。
そう思い、立ち去ろうとした瞬間、あの女の緑の瞳がこちらを射抜いた。
「そこか。」
「ッ!!!」
次の瞬間、私は部下を足止めにして全力で砦まで逃げ始めた。
あれは不味い。勝てる相手ではない。
「ひぎゃあ…クロニエ…様…」
「うわああああああ!!!」
足止めに残した部下たちの血飛沫と断末魔を背に、私は全力で森を走り抜ける。
「くそっ…ほんとうになんであたしが…こんな目に…!!」
ベレス視点
「ここが巣か…ふん。虫の気配がわらわらと。」
ソティスが凄まじい速さでクロニエとやらを追いかけなから、怪しい連中を片っ端から切り伏せていくと、王国と同盟境の不気味な砦に辿り着いた。
「さて、さっさと征伐を…」
そう呟くソティスに、私は慌てて待ったをかける。
「ちょっと待って、ソティス。私に代わってくれ。」
「ん?何故じゃ?」
そう不思議そうに問いかけるソティスに、私は説明し始める。
「まず騎士団と合流しないと。勝手に戦闘し始めるのは不味い。あくまで私は課題で生徒に同伴している立場だ。レアの迷惑になる。」
その説明に、ソティスはふむと考え込み、やがてため息を吐いて納得した。
「小さき者の手順は面倒じゃのう。…まあ、セイロスのためなら仕方あるまい。変わろう。」
「じゃが、あの巣を攻める間に、これ以上ベレスが傷つくならわしはすぐ出るぞ。よいな。」
そう真剣に訴えてくるのが嬉しい。
私をそんなに愛してくれているのか。
「安心してくれ。もう無理はしないよ。愛してるよ、ソティス。」
そう伝えると、ソティスは顔を少し赤くし、微笑んで頷いた。
私に体の主導権が戻ると、砦を改めて観察する。帝国の建造物でもないし、王国のそれとも異なる気がする。
専門家ではないので定かではないが。
得体の知れない連中だ。何者なんだろうか。
「わしにかつて、不遜にも叛逆した地下に籠った虫どもの末裔よ。まだ生き残っておったとは。」
そう忌々しそうにソティスが吐き捨てる。
「そこまで歴史が長い連中なんだ。警戒しないとね。」
「まあ、わし達だけなら余裕であろうが、騎士団の連中の人死にを出したくないなら、そうじゃな。奴らは闇の魔術を使う。」
ソティスと情報交換していると、やがてアロイスを始めとする騎士団の面々が追いついてきた。
「はあ…はあ…ベレス殿!流石に速すぎますぞ!」
「それに急に生徒を放っておいて独断専行など…気をつけてくれたまえ!」
そう騎士の一人が私に詰め寄る。
…正確には私であって私ではないのだが…
生徒を放置したのは事実だ。
「すまない。これから気をつけるよ。それより、賊はここに入り込んだみたいだよ。」
すると、アロイスは頷き、私に告げる。
「やはり、あれは賊の一団だったのか…生徒達も残ってもらった騎士達の護衛で、ここまでじきにやってくるだろう。」
「課題の続きとなるかもしれんが、そこは先生の判断次第だな。これは正直…意外にも想定外だ!」
「……………そうですね。」
実際、得体の知れない連中を相手に生徒を出すべきではないかもしれない。私と騎士団が居れば対処できるだろう。
ここで私たちは意外にも新たな出会いをすることになるのだが、それをまだこの時の私は知らない。
闇が、光に晒されていく。