ベレス視点
エーデルガルト達とセイロス騎士団の全員が砦の前に合流した後、私たちはどう次の行動を起こすかについて、話し合っていた。
撤退して、セイロス騎士団のみで討伐に乗り出すべきだとする者。
生徒達と共に、賊に逃げられる前に一刻も早く討伐に当たるべきとする者。
生徒抜きで、私と騎士団で討伐すべきと言う者。
…しばらく論争になったが、やがて最後の案で大多数が納得し始めていた。
「やはり、生徒はここで待機させるべきでは…」
「うむ。そうであるな。やはり、砦を攻め落とすのはこの時期の彼らにはまだ…」
…合理的な結論だ。ここに居るのは帝国の六大貴族始めとする、名門貴族の子息と、次期皇帝の皇女である。
もし仮に彼らの身に何かあればセイロス聖教会と、アドラステア帝国の関係は悪化するどころの話ではない。
下手をすれば争乱になる。
生徒を守りきれなかったと同盟と王国からの信頼も失うだろう。
ガルグ=マク大修道院の士官学校の存続すら危うい。
ソティスがそんな彼らの議論を私の横で面倒そうに眺めていた。
「いつまで話して…面倒じゃのう。おぬし、あやつらにさっさと結論を出してしまえ。」
要は、私が意見を言って纏めろ!ということなのだろう。…まあ、私としても騎士団の結論に不満はない。軽く後押ししてさっさと討伐を済ませよう。
「そうだね。私も同感だ。やはりここは大人の私達だけで…」
「いいえ、師。私たちも討伐に参加するわ。」
「エーデルガルト?」
唐突に討伐参加を申し出るエーデルガルトに、大人のみならず生徒も、皆が驚きの目を向ける。
「し、しかし君たちを危険な目に遭わせるわけには…」
そう騎士の一人がやんわりと断ろうとしても、エーデルガルトは引かない。
「私たちは優秀な師の指導で短期間でも確かに成長しました。この程度の賊討伐に遅れを取ることはないです。」
「しかしだな…」
アロイスがそう困り果てた顔をする。
それでもエーデルガルトは引かない。
「それとも、騎士団の皆さんは私たちを守り切る自信がないとでも?」
「なっ…我らはセイロスの剣であり盾であるセイロス騎士団だ!無論!その程度のことは…」
エーデルガルトは想定通りだろう騎士の一人の答えに微笑んで頷く。
「なら、問題ないですよね。」
エーデルガルト以外の生徒達の反応は様々だった。
リンハルトとベルナデッタはさっさと帰りたいとぼやき、大多数の生徒はあまり乗り気ではない。不気味な砦の様子も影響しているだろう。
一部の生徒と、カスパルは成長の機会だと燃えている。
ヒューベルトは珍しく困った顔でエーデルガルトに何かを囁いている。
が、彼もエーデルガルトに根負けしたようだ。
私はエーデルガルトに近づいて声をかける。
「エーデルガルト。別に無理する必要はないよ。もう課題は終わったのだし…。」
「…あら、師。彼らも怪しげな賊であるならば、討伐するべきなはずよ。こういった予想外の事態に対処するのも、得難い経験でしょう?」
「…そうかもね。でも、まだ最初の課題で経験するには早いよ。君は何をしたいんだい?」
そう私が純粋に問いかけると、エーデルガルトは、私の目を見つめて真剣に答え始めた。
「…そうね。これは単なる建前。」
「私は、貴女をもっと知りたいの。」
「私を?」
予想外の彼女の答えに目を丸くすると、エーデルガルトは頷いてさらに言葉を続ける。
「最初はただ、貴女の優秀さを見て、ぜひ帝国で雇いたいと思う程度だった。でも…何故かしらね。」
そう心底不思議そうにエーデルガルトは呟いた。
「貴女には、自然と目が吸い寄せられる…。何故だかいつも貴女を見てしまう。…色々と不思議な点が貴女にはあるけれど。それを抜きにしてもよ。」
「こんなこと…生まれて初めてだわ。」
その言葉に、私の胸が高鳴る。無垢な彼女ならそういうこともあり得るか。
その経験は、私にはそれなりに経験があった。それはもしかして…
「君は私に、恋してるんじゃない?」
「…………え?」
彼女は鳩が風魔法を喰らったような顔をして暫く立ちすくむと、やがて顔を真っ赤にして取り乱し始めた。
「………それは、想像だにしていなかったわ。でも、確かに…嘘。ちょっと待って…。」
そんな彼女が余りにも可愛らしくて、私はエーデルガルトの手を握り、顔を近づけて耳元で甘く囁く。
「私も、君のことが好きだよ…私の想い、受け止めてくれるかな。」
「……!!?!?ッ!??ふあっ!?」
そんな可愛らしい声をあげて、エーデルガルトは私から後ずさる。周りの目が集まったのを見て、彼女は無理やり冷静さを装うと、声を張り上げた。
「と、とにかく!賊に逃げられる前に攻め込んだ方がいいのでは!?日が暮れてからでは厄介よ。」
こうして、私は嬉しい驚きと共に、砦の攻略を始めたのだった。
…生徒には、絶対に危害がないようにしよう。
エーデルガルト視点
今でも胸が激しく鳴っていてうるさい。
こんな感情今まで知らなかった。
…いや、子供の頃に、王都で短剣を渡された少年に、似た想いを感じたことはあったような気もする。
が、昔のことすぎてよく分からない。それに、もう既に過去の話だ。
彼を思い出しても、今では懐かしさ以外に特に感慨もない。
「…ガルト様。」
「…………」
「…エーデルガルト様!」
「…ッ!…ああ。ヒューベルト。何?」
そう私が問いかけると、ヒューベルトはため息を溢して呟いた。
「……何?ではありませんが。よろしいのですか。闇に蠢く者どもとここで敵対して。計画が破綻しますが。」
そう彼は珍しく不安げに言葉を溢す。…そうだった。今は闇に蠢く者どもの砦を攻めている最中だ。気を抜いている暇はない。
私とヒューベルトは、師と学級の生徒たち、それに騎士団の数名と共に闇に蠢く者どもの討伐に動いていた。
アロイスと騎士団の本体が率先して先陣を切り、私たちはその後に続く形だ。
私とヒューベルトは適当に闇に蠢く者どもの相手をしながら、周りに聞こえないように会話を続ける。
「…仕方ないでしょう。師と騎士団に見つかった以上、これが一番妥当な行いよ。幸い、伯父様も居ないようだし。下っ端しかいないのなら、何とでもなるわ。」
「…左様で。しかし、ここにはモニカ殿が…」
…モニカ・フォン・オックス。
極めて珍しい聖マクイルの紋章を持ち、それゆえに闇に蠢く者どもに狙われた帝国貴族の少女。
私は彼らの協力を取り付けるために、モニカを見捨てた。彼らが彼女を拉致するのを黙認したのだ。
「分かっているわ。この際、モニカも私たちが先に救出してしまいましょう。」
その一言に、ヒューベルトの顔が驚きで染まる。
「…本気ですか?彼らが黙ってはいないでしょう。」
「逆に考えてみなさい。私たちが先に救出して彼女に口止めしておかないと、潜伏しているトマシュのことも恐らく漏れるわよ。彼女は記憶力がいいから…。」
「それならば、モニカ殿を、闇に蠢く者どもが連れて逃げるのを手助けすれば良いのでは?…非情かもしれませんが、それが計画遂行には最も…」
どうやらヒューベルトも突然の事態でそれなりに焦っているらしい。私は諭すように話し始める。
「…あの師の見ている中で?現実的じゃなさすぎるわ。それに、私たちが関与したのは本当に偶然よ。…その程度で伯父様が手間暇をかけた私を切る利点がない。大丈夫よ。」
そう。協力のためにモニカを求めたとはいえ、そもそもが私は彼らの忌まわしい実験の唯一の成功作。言い分さえ用意すればまだ関係が切れることはない。
「………分かりました。今はアランデル公が、馬鹿ではないことを祈っておきましょう。」
…今は闇に蠢く者どもとの帝国内での協力関係を切ることはできない。だが、先生がいれば、やがて…そんな風に自然に私は思っていた。
そして、私はさりげなく部屋の捜索に皆を誘導し、見覚えのある赤い髪が特徴的な少女、モニカの救出に成功した。
「エーデルガルト様!助けに来てくださって本当に嬉しいです。あの、私…」
拘束が解けた途端、ふらつきながらも私に抱きつく彼女に、罪悪感を覚えながらも耳元で囁く。
「…モニカ。無事でよかった。でも、貴女を攫った者達のことは、騎士団に聞かれても何も答えないで。いいわね?」
モニカは一瞬呆けた顔をしたが、やがて無言で頷いた。…彼女のこういう聡いところは本当にありがたい。
そこからは戦いは闇に蠢く者どもの殲滅戦へと変わっていったが、魔獣が現れたことで、クロニエと名乗る女の闇に蠢く者には逃げられた。
その魔獣も師に討伐されたのだったが。
なぜか師は、魔獣の死体をしばらく悲しそうに見つめていた。
…不思議が多い人だ、師は。その全てを私はやがて知りたい…そんな想いが心の底から滲んできた。
こうして私達は無事に課題を終えると、ガルグ=マク大修道院に帰還したのだった。
その間も、私の頭を埋めていたのは、モニカへの申し訳なさと、…師への、想いだった。
彼女を味方につけられるのなら、私は…何でもするかもしれない。
これは、この感情は、恋なのだろうか?