女好きべレス先生の覇道   作:カバー

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結構長めになってしまいました。
ダスカー料理の資料が欲しい…


女好きベレス先生の覇道 ほんの少しの歩み寄り

 

 

 

ガルグ=マク大修道院

 

 

 

地理的にも信仰的にも、文化的にもフォドラの中心地であるここには、多様な文化が入り込んでくる。

 

 

それが何よりも顕著に現れるのは、食事だろう。

 

 

アドラステア帝国からは肥沃な大地と、長い歴史を感じさせる贅沢な貴族料理が。パイクの贅沢グリルなどはまさにそれだ。

 

レスター諸侯同盟からは東方のパルミラなどとの交易で手に入った香辛料を使った、異国の香り漂う料理が。帝国の料理と比較してみるのも面白いだろう。

 

ファーガス神聖王国からは寒い土地特有の、芯から温まれる辛味のある魚料理に、貴族も行う狩りによって手に入る獣を使った、独特な臭みのある料理。

 

 

その他庶民的に頂けるフィッシュサンドなども平民の生徒から流れ込んでいる。

 

 

 

ここはまさに食と文化の中心地。

そしてそれは、人種においても。

ダスカー、パルミラ、ブリギット、ダグザ。

フォドラのみならず、諸国の多様な人種が共に過ごすのが見られるのも、ここ特有のものだ。

 

 

貴族と平民が共に学べるのも、異色の環境だ。

 

だが、忘れてはならない。必ずしも、それらを快く思う者ばかりではない、ということを。

 

 

 

 

 

アッシュ視点

 

 

 

「はあ…」

 

 

僕は思わずそうため息をこぼしながら、何も考えられずただ聖堂に座り込んで祈るでもなくぼんやりと考え込んでいる。

 

 

今節の事件は、僕にとっては信じられないものだった。ロナート様のここ大修道院への無謀な挙兵。

 

僕にとって、頭に雷魔法を喰らったかのような衝撃だった。

 

孤児だった僕と弟たちを拾って、ご飯を食べさせてくれ、文字を教えてくれ、騎士道物語を教えてくれた、理想の騎士。

 

 

そんなロナート様の挙兵。

 

 

………僕は、討伐の後処理を任されたベレス先生と黒鷲の学級についていけることにはなった。

 

 

何もできずに苦しんでいる僕に、シルヴァンが気を遣ってそう進言したらしい。

彼女は心配そうにこちらを気にかけてくれた。

…自分が情けなくなる。

 

 

ロナート様を直接諫めるどころか、挙兵にすら気づけなかった僕は、どうしようもない。

周りに気を遣わせて、殿下にすら悲しそうな顔をさせてしまった。

 

教団に討伐される彼を、救うことも、自分の手で諌めて止めることすらできやしない。

 

 

「………と、いけない、いけない。まずは目の前の問題をなんとかしないと。」

 

 

そう頭を振り、僕は今の自分と…そしてドゥドゥーを取り巻く現状に頭を切り替える。

 

 

今でも、僕の後ろの席に座っている黒鷲の学級らしき貴族の生徒二人組がヒソヒソとこちらを見て話しているのが聞こえる。

 

 

「ほら!見てよ彼。あれがあのロナート卿に拾われたという平民の…」

 

「ああ。あのダスカー人と今度の料理当番なんだろ。…噂通り、誰か毒殺されたりしてな。」

 

 

「……!!!」

 

 

僕が馬鹿にされるのはまだいい。けどロナート卿と…なによりドゥドゥーが馬鹿にされるのは…!!

 

僕が思わず立ち上がって彼らに振り返ろうとするが、それより先に、聞き覚えのある声がそれを制した。

 

 

 

「おいおい、なんだよそりゃ。くだらねえな。」

 

 

そこには、心底呆れきった顔のシルヴァンが立っていた。

 

 

「はあ?…ああ。ゴーティエ家の嫡子殿ですか。何か?」

 

「何か?じゃねえだろ。お前ら知らねえのかよ。ドゥドゥーは殿下のお気に入りだ。それを馬鹿にするってことは、殿下を馬鹿にするってことだぞ?」

 

 

「……………」

 

 

「それに何より、アッシュもドゥドゥーも俺の大事なツレだ。そんなくだらねえ物言いで馬鹿にされるのは我慢できなくてね。」

 

 

そう睨むシルヴァンに、二人はたじたじになり、慌てて聖堂から逃げ去っていった。

それを呆れた目で見届けた後、シルヴァンはこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「よ!アッシュ。災難だったなあ。あんなのに付き纏われて。」

 

 

「…ありがとうシルヴァン。助かりました。」

 

 

僕がそう深々と頭を下げると、シルヴァンは「気にすんなって」と僕の肩を叩き、心底うんざりした声音で言った。

 

 

「ったく。あんな噂信じる方も信じる方だが、心底厄介な噂だな。大丈夫か?アッシュ。ただでさえお前は…」

 

 

「…僕は、大丈夫です。でも、ドゥドゥーは。本当に…困ったものです。」

 

 

あの噂。

それはロナート卿が挙兵をしたと知れてから、少しずつ毒のように大修道院に回り始めた。

 

 

このガルグ=マク大修道院の食堂は、生徒も含めた料理当番制度が存在する。曰く、大修道院の奉仕活動の一環だそうだ。学級の垣根を越えて、料理と文化を学べる場所でもある。

 

 

その料理当番が僕とドゥドゥーに回ってきたのは、今節のこと。

 

 

…当初からダスカー人だからという理由でドゥドゥーは周りから白い目を向けられていた。

殿下がドゥドゥーに気を遣って色々とやってきたようだが、差別の目はなかなか消えない。

 

 

そんなドゥドゥーの差別を無くすため、僕は彼と一緒にダスカー料理を振る舞おうと思ったのだ。

 

 

それを聞いた殿下も、大変喜んでくれた。

 

 

「そうか。それは楽しみだ。これで、少しはドゥドゥーへの謂れなき差別も消えてくれるといいんだが…俺には思いつきもしなかった手だ。ありがとう、アッシュ。」

 

 

だが、そこに来てロナート卿の挙兵。

その養子である僕にも、当然白い目が向けられた。

 

そして、あの噂が流れ始めた。

 

 

「あのロナート卿の養子の平民と、ダスカー人は、この大修道院で料理当番にかこつけて、毒物を撒き散らす気だ。」

 

 

…その噂は、平民を普段から嫌悪している貴族層と、ダスカー人を警戒する人たちの間で爆発的に広まった。

 

 

結果的に、今の有様だ。

ダスカー料理で融和を図るどころか、食べてもらえるかも怪しい。

 

 

生徒だけでなく、一部の修道士まで信じているようだ。一度彼らの一人から嫌がらせもあった。

セテスさんが僕達に謝罪し、その修道士は謹慎処分になったとのことだが、それで事態が良くなるわけでもない。

 

 

「…僕のせいだ。僕がドゥドゥーのために余計な気を回さなければ…」

 

 

その一言に、シルヴァンが怒りの声を上げる。

 

 

「なんだよそれ。そんなわけないだろ。お前はよく頑張ったじゃないか。ダスカー料理、楽しみにしてるやつもいるはずだぜ。俺とかな。」

 

 

「…ありがとう、シルヴァン。僕はもう行きますね。まだ大砲の運用法についての課題が終わってなかったので…」

 

 

「お?そうか。なら俺が手伝ってやるよ。そういう座学なら俺得意だし…」

 

 

「いえ。すみません。今は一人になりたいので。」

 

 

そう言って歩き去る僕の背中を、シルヴァンは悲しそうに見つめていた。

 

 

 

 

ディミトリ視点

 

 

「それで、どうだった?アッシュの様子は。」

 

 

「…だいぶやつれてましたね。話を聞いてみましたが、かなり参ってるみたいです。」

 

 

そのシルヴァンからの報告を聞いて、俺は一人ため息をつく。自分が情けない。まさかこんな事態になるとは…

 

 

「噂の元を絶っても、ここまで広がってしまった以上、意味はないだろうな。」

 

 

「申し訳ありません…殿下。俺のために、余計な気を。」

 

 

「何を謝る!ドゥドゥー。俺はただ、当然のことを気にかけているだけだ。何より、お前のせいなどではない。」

 

 

隣に控えているドゥドゥーが、そう申し訳なさそうに謝ってくる。…情けない。本当に。彼にこんな顔をさせてしまうほど力のない俺が。

 

 

「とはいえ、どうしたものか…」

 

そう俺が一人呟くと、シルヴァンが意外な策を話し始めた。

 

 

「一応、俺に考えがあるんです。どうでしょう?食堂が開いた途端に、級長三人が、ダスカー料理を皆の前で美味そうに食べるというのは。」

 

 

「…そうか!確かにドゥドゥーと普段から共にいる俺一人では少々役不足だが、彼らと共になら。」

 

 

「ええ。誰も文句言わなくなるでしょ。何しろフォドラの未来を背負って立つ三人なんだ。そんな三人が食べて、安全で美味しいと分かれば、皆喜んで食べるはずです。」

 

 

彼らと協力する。難しいかもしれないが、確かにそれができれば最善だ。

俺は早速エーデルガルトとクロードに集まってくれるように話を通し、人が居ない大修道院の一室をベレス先生に開けてもらった。

 

そうやって、話し合いの場を設けた。

 

 

講義の終わった後一人で待っていると、クロードとエーデルガルト、そしてべレス先生が入ってきた。

 

 

「よお。王子殿下。何のようだ?」

 

 

そう惚けた顔をするクロードに、呆れたようなエーデルガルトが答える。

 

 

「分かってて聞くその癖、やめた方がいいと思うわよ?クロード。話は聞いたわ。あの噂の件ね。」

 

 

「ああ。単刀直入に聞く。二人は、ダスカー人だからとドゥドゥーを差別し、アッシュを平民と軽んじる噂を、どう思う。」

 

 

クロードとエーデルガルトは、顔を合わせて一斉に答えた。

 

 

「「くだらない「わ」ね。」」

 

 

それを聞いて、俺は安堵し胸を撫で下ろす。

良かった。この二人ならそう答えてくれると思っていたが、これで安心して協力を頼める。

 

 

 

「ったく。ドゥドゥーが何したっていうんだよな。物静かでよく分からんが、同じ人間だってのに。違う人種は、全員ろくでなしとでも思ってるのかね。」

 

 

「それにアッシュもよ。一部の貴族の、平民だからと軽んじる癖は本当に不愉快ね。彼の方がそんな貴族よりよっぽど優秀よ。同じ人間だというのに。」

 

 

 

その二人の憤りを見て、俺は本当に嬉しく思いながら、協力を頼み込む。

 

彼らは快く賛同してくれた。

 

 

「そりゃあいいな!是非とも協力させてくれ。」

 

「ええ。私も賛成よ。ただ、味の方は忖度して評価しないから。」

 

 

エーデルガルトの堂々とした宣言に、俺は笑って返す。

 

 

「それで構わないさ。ドゥドゥーの料理は美味い。帝都の料理に慣れている君でも、きっと満足できるはずだ。」

 

 

「あら、それは楽しみね。…でも、噂の元はどうするの?そこを何とかしないと、また同じことが起こりかねないわよ。」

 

 

その指摘に、俺は言葉に詰まる。…そうだ。今回の噂はシルヴァンの策で解消しても、確かに繰り返される可能性はある。

 

すると、今まで黙っていたベレス先生が声を上げた。

 

「それは大丈夫。私の方で何とかしておくから。そこは大人の先生に任せてくれ。」

 

「あら。それは頼もしいわね。宜しく頼むわね?師。」

 

そうして話は終わり、解散する。これで、多少は俺の従者の…友達の、助けになればいいんだが。

 

 

 

 

 

 

アッシュ視点

 

 

ついに来てしまった、僕とドゥドゥーが料理当番のお昼の時間。

 

…やはり、食堂は異様な雰囲気だ。

遠くから少なくない数の生徒たちがひそひと話しており、近づいてこようともしない。

 

気にもとめずに来てくれる人もいるが、やはり数は少ない。

 

そのうちの一人のラファエルくんが不思議そうに彼らを見て呟いた。

 

「なにやってんだ?あいつら。こんな美味え飯を食いもせずにぼそぼそと…腹でもいてェのかな?」

 

それにもう一人のそのうちの一人、カスパルくんが応じる。

 

「全くだよな。勿体ねえ。こんな美味えし腹に貯まる料理、そうそう食えねえぞ。なあ?アッシュ。」

 

「……うん。ありがとう。そう言ってもらえると、本当に嬉しいよ。」

 

「お前なんかやつれてねえか?お前もしっかり食えよ。じゃあな!」

 

…彼ら二人には本当に癒された。

隣のドゥドゥーが申し訳なさそうに話しかけてくる。

 

「すまんな、アッシュ。俺のために周りに宣伝してくれたというのに…」

 

「そんな!ドゥドゥーは何も悪くないよ!僕の力が足りなくて…」

 

そんな時、食事をいっぱい食べる彼女の姿が目に入った。僕は事態好転のきっかけになればと声をかける。

 

「イングリット!良かった。君も食べに来てくれたんですね。どうぞ、遠慮せず好きなだけ食べてください。」

 

 

だが、彼女は俯いて無言のままだ。やがてポツリと申し訳なさそうに、僕の誘いを断った。

 

「ごめんなさい、アッシュ。」

 

「イングリット…?」

 

 

彼女はそのまま歩いて僕たちの前を通り過ぎていった。…そんな。彼女が。

 

 

「イングリットにとって、俺は…まあ、無理もあるまい。」

 

 

そうドゥドゥーが小さく呟く。

僕は絶望的な気分で打ちひしがれる。こんなことになるなら、本当にやらなければ…

 

 

俯いていると、食堂が途端にざわつき始めた。

正面に目をやると、殿下と…それに、クロードとエーデルガルト!?

 

彼ら三人が一緒に、堂々と歩いてくる。

 

 

「やあ、アッシュ。俺たちにも一つ…いや、俺には二人分、美味いダスカー料理を貰おうか。」

 

殿下が笑顔でこちらに近づき、そう大声で食堂中に聞こえるように注文する。

 

場がさらにざわつき、目線が彼らに集まる。

 

 

 

「お!美味そうな香辛料の香りだな!俺の故郷のともちょっと違うか…俺は三人分で頼むぜ!」

 

 

そう殿下に張り合うようにクロードが声を上げる。…少しずつ、場の空気が変わり始めた。

エーデルガルトが呆れたように、だが彼女も大声で言った。

 

 

「全く…どこで張りあってるのよ。私は一人分でお願い。貴方の料理、楽しみにしているわ。」

 

 

「は、はい。すぐに!」

 

すぐに香辛料の効いた魚の煮物と、野生み溢れるダスカーベアの串焼き、さらに付け合わせの塩気の効いたパンを出す。

 

殿下を始めとして、彼らはあえて皆から目立つ場所に座り、食事を始めた。

 

 

「…へえ!この肉の串焼き、故郷の味に近いな!美味い。かなり美味いぞ。」

 

「…この魚の煮物。香辛料の使い方が帝国のそれとは違うわね。…美味しい。芯まで温かくなるような。」

 

 

そのクロードとエーデルガルトの感想に、殿下は笑顔で頷き、言葉を続けた。

 

 

「ああ。ドゥドゥーとアッシュの料理の腕は大したものだろう。…どうしたみんな!食べないのか?」

 

 

そう大声で殿下が周りに話しかける。

すると、遠目から見ていた人だかりが段々と集まってきた。

 

「あの…彼らと同じものを一つ。」

 

「!は、はい!」

 

そこからは大盛況だった。

香辛料の効いたダスカー特有の味付け、それに僕が手を加えてフォドラの人の舌にも合うように、味を調整した料理は、大成功だった。

 

やがてこの日のための香辛料の備蓄も使い切り、調理を手伝ってくれた食堂の人達も嬉しそうだった。

 

やがて食事時を終えて暇になってくると、ドゥドゥーが話しかけてくる。

 

「…アッシュ。俺の料理で、ここまで皆が喜んでくれるとは思わなかった。ありがとう。」

 

「…!そんな。成功したのは本当に嬉しいけど、殿下達のおかげだよ。あんな風に人を動かすなんて、僕にはできないよ。」

 

「…そうだろうか。確かに殿下は素晴らしいお人だ。だが、お前が発案し、料理に真心を込めなければ、成功はなかった。この成功は、お前のおかげだ。感謝する。」

 

ドゥドゥーの笑顔を見て、僕も思わず嬉しくなる。良かった。本当に。彼が笑顔になれるフォドラに、少しでも近づけたのなら。

 

 

 

 

 

イングリット視点

 

 

「はあ…」

 

私は空腹だと訴えてくるお腹を何とか無視しながら、食堂の端で縮こまっていた。

 

先程の殿下達のやり取りで、一気に人が食事を始めた。香辛料の良い香りが辺りを包み込んでいる。

 

 

「お腹空いたな…でも…」

 

私がダスカーの料理を食べる、というのはどうにも彼への裏切りにも感じられて。

アッシュには申し訳ないが、私はまだあのダスカー人を信用できない。

 

「それでも、他の料理を頼むのもアッシュに申し訳ありませんし…」

 

アッシュがどれほど頑張っていたかは痛いほど知っているし、理解できる。

 

ここ数日はロナート卿の件で辛かったろうに、毎日料理の打ち合わせをドゥドゥーと行っていた。

めげずに頑張る姿に、彼を応援したくなったのも事実だ。でも…

 

「はあ…」

 

「何をため息をついている。阿呆が。いつものように食い意地をはって見せたらどうだ。」

 

「フェリクス…」

 

横には、ダスカー料理を食べ終えたと思われるフェリクスが、呆れたように立ってこちらを見つめていた。

 

「おおかた、ドゥドゥーの料理を食べたくないとでも言ったところか?あんな噂を間に受けたんじゃないだろうな。」

 

「違います!アッシュが毒など混ぜるわけがないと私は…」

 

「…ならばドゥドゥーは信用できないのか。」

 

「………それは。」

 

図星と言わんばかりの私の様子に、フェリクスは軽く舌打ちすると、苛立った口調で話し始めた。

 

「まさか、死んだ俺の兄に申し訳ないだとか、心底くだらん事を思っているわけではないだろうな。」

 

 

「………グレンは、ダスカーの悲劇で死にました。ダスカー人の料理を食べるなど。そんな彼に申し訳ないと…」

 

 

すると、フェリクスは心底呆れたと言わんばかりにため息をつき、怒鳴り始めた。

 

 

「この阿呆が。いいか。死者を言い訳にするだけならともかく、見当外れだぞ、それは。俺の兄がそんな器の小さな男だとでも思っているのか。」

 

「そんなこと…!!」

 

「なら、さっさと食え。ドゥドゥーは俺の兄を殺した男ではない。それがまだ無理なら、アッシュを信じろ。」

 

そう言い捨てると、彼は食器を持って歩き去った。

 

「……何やってるんだろ、私。」

 

そうだ。言われてみればその通りだ。ここで悩んでいるのは、私の単なる言い訳に過ぎない。

分かっているんだ。そんなこと。

彼は、こんなことする私に喜ぶような人ではなかった。

私は自分に喝を入れ、アッシュの元へと歩いていく。

 

…そうだ。少なくともグレンは、こんな私を見て嬉しくは思わないだろう。

 

 

「アッシュ。先程は本当に申し訳ありませんでした。私も一つ、貰えますか。」

 

「!ええ!イングリット。喜んで!」

 

 

 

 

 

 

ベレス視点

 

 

私は食事を手早くすませ、彼女を探して付近を歩き回る。

ダスカー人と平民を嫌悪している彼女ならば、まず今回の彼らの成功を見て、苛立っているはずだ。

 

「全く。同じ小さきものじゃというのに。人はいつの世も愚かじゃのう。」

 

そうソティスは一人呆れたように呟く。

私が見つめると、ソティスは笑顔に変わり、私の顔を覗き込んで言った。

 

「ま、おぬしは違うがの。わしの愛しきベレスよ。」

 

「それはどうも。私の愛しい女神様。」

 

そんな風にいつものやり取りをしていると、食堂を端に隠れて覗き込む小さな影があった。

 

前節の黒鷲の学級の課題で私が助けた、悪い意味で貴族らしく傲慢だった女の子。

コスタスに殺されかかっていた娘だ。

 

私の生徒である以上、私が指導するべきだ。

 

彼女は悔しそうに顔を歪めて、ドゥドゥー達を睨みつけている。

 

「…あんな異人と平民風情が、でかい態度を…いっそ本当に死なない程度の毒でも」

 

「それはやめてもらいたいね。」

 

「先生…」

 

そう彼女は驚きながら振り返り、私を探るような目で見つめる。私に助けてもらって以来、彼女は私に対しては態度が丸くなったので安心していたが、他の平民や異人には相変わらずだったらしい。

 

「先生、何か私に用でも?」

 

「惚けなくてもいいよ。あの噂を流したのは、君だね。」

 

「……………」

 

彼女は俯いて黙り込む。それに私が問いかける。

 

「なぜ、こんなことを。」

 

「なぜ?何故ですって。それは…嫌いだからよ。彼らが。」

 

そう嘲るように言う彼女は、どこか悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

「先生は知っているでしょう。私は貴族と言っても、領地もない、弱小貴族の分家の出よ。大して優秀でもないのに、やっとのことで大修道院に入った。」

 

「なのに…それなのに!あんな平民と異人が!私が努力して手に入れた地位に簡単に入り込んでいる!」

 

「私より優秀な成績まで出して…惨めだった。私が。私は失敗だらけ。先生に命まで助けてもらった。」

 

 

 

その叫びは、どこか嘆きにも私には聞こえた。

 

 

「だから、彼らが許せなかった?自分が惨めに思えて。」

 

「ええ。そうよ。私が特別であるために、彼らは居てはいけないのよ。」

 

 

そう彼女は泣きながら言った。

私は静かに彼女を叱りつけた後、そっと抱きしめる。

…怒るだけが指導ではない。二度とこんなことをしないようにするのが、指導だ。

 

 

「君は、彼らが居ても特別だよ。」

 

 

「…え?先生…。」

 

 

「君は、私にとって、特別な人の一人だ。私が絶対に幸せにするよ。導いてみせる。だから、そんな悲しい話しないでくれ。」

 

 

「私が、君を一生笑顔にすると誓うよ。約束する。だから、もう貴族という地位に拘らなくてもいいんだ。」

 

 

「貴族じゃない個人として、私にとって君は特別なんだ。私にとって生徒とはそうなんだ。平民だろうが、異人だろうが、貴族だろうが。」

 

 

「先生…」

 

そう私が笑顔で彼女を抱きしめて諭すと、彼女は赤い顔をしてぽつりと呟いた。

 

「先生は、ずるいや。」

 

すると、突然彼女は私の顔に唇を近づけ、私の頬に口づけをした。

柔らかい唇の感触がする。

そして笑顔で頭を下げると、こう言った。

 

「先生、かっこよくて…優しくて。強くて。そんな人にそんなこと言われたら、本気にしちゃうよ、私。」

 

「ごめんなさい。私はちゃんと彼らに謝ってきます。…ありがとう、先生。」

 

そう言って彼女は走り出していった。

うん。やはり女の子には笑顔が似合うね。

 

 

「貴族に縛られない…師…やはり、貴女こそ私の夢に必要な…」

 

 

そんな風に柱の陰で呟く、彼女には気づかぬまま。

 

 

 

こうしてガルグ=マク大修道院の一日はまた過ぎていく。

多様な文化、人種が、少しずつ、歩み寄りながら。

 

 

 

 

 

 

 

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