ベレス視点
ロナート卿討伐を終えた私たちは、大修道院まで一旦戻ることとなった。
レア暗殺の計画が記された密書が出た以上、後処理などしている場合ではない。
カトリーヌは先んじてレアに報告するため単独の馬で駆けていき、私は他の騎士と生徒と馬車で大修道院に戻った後、レアの元へ向かった。
大司教の謁見の間には、セテスとレアが控えていた。
簡単な挨拶と報告を済ませた後、本題へと入る。
「…例の密書には、女神再誕の儀に合わせて大司教…レアを襲うという許し難い計画が記されていた。実現性の乏しい話だとは思うが…」
「だとしても、見過ごせる話ではないね。」
私がセテスにそう答えると、セテスは真剣な面持ちで頷いた。
「その通りだ。よって、儀式当日には生徒諸君にも護衛に協力してもらう。それが来節の課題だ。」
私はその言葉に少々驚く。
もし相手が手練れの暗殺者なら、かなり危険な話だが。
「もし手練れの暗殺者が相手だった場合、死人が出かねないのでは?」
「…そこは心配ない。見回りには騎士も同伴する。さらに、生徒も学級で固まって動いてもらう。」
セテスの説明に、レアが付け加えた。
「何より、貴女の力があれば、生徒を守ること程度容易いでしょう。…私のことも心配してくれないのですか?」
そうどこか拗ねた様子でレアが呟く。慌てて私は答える。
「いや!そんなことはないよ。勿論、私もレアが心配で仕方ないよ。」
そしてレアに近づき、彼女の手を握って言った。
「何せ、私は君のことを本当に大切に思っているから。命に変えても守るよ。」
レアの掌に口づけをすると、レアは顔を赤くしながらも、どこか悲しそうに言った。
「…嬉しいです。ですが、命に変えても、などと言うのはやめてください。もう置いていかれるのは嫌ですから‥。」
そんなレアの悲しそうな顔を見て、慌てた様子でソティスが私にどなり立てる。
「…おぬしが変なこと言うからセイロスを悲しませたではないか!ええい!何とかいえ!おぬし!」
「…ごめん。分かったよ。じゃあこう誓おう。必ず生きて、君を幸せにする。」
「まあ…!」
そんな私とレアの様子を見ていたセテスが、軽く咳払いをして咎めるような目で言った。
「……ここは謁見の間だ。ベレス。出過ぎた行動は控えてくれ。大司教。君もだ。」
「…はい。」
「…すみません。」
二人して謝り、結局、そういう話は今度のお茶会ですることにして、冷静に話の続きをすることになった。
「それで、女神再誕の儀とは?ソティスはもう再臨しているが。」
そう私が聞くと、レアは小さく頷き、少し申し訳なさそうに話し始めた。
「それはそうなのですが。ただ、人間の信徒達にとって、この儀式は数百年以上続いてきた歴史ある儀式です。そう簡単に取りやめにしては‥」
「セイロス聖教会としても混乱を招く事態は避けたいのでな。あくまで形だけになってしまうが、これからも続けようと思っている。」
その二人の説明を聞き、ソティスは小さく面倒そうに呟いた。
「小さきものどもにとっては、そういうものかの。何とも滑稽なような、面倒な話じゃ。」
レアは次に、意外な言葉を続けた。
「まあ、貴女が大司教になってからは、好きにしてくれて構いませんが。」
その一言に、セテスの顔が強張った。
「レア…!?どういうことだ?ベレスに大司教の地位を譲るというのか!?私は聞いていないぞ!」
セテスがそう問いただすと、レアは淡々と話し始めた。
「元より、この地位はお母様から譲って頂いたものです。それを返すだけのこと。同胞である彼女なのですから。」
「………本気なのか、レア。」
その普段よりなお真剣なセテスの問いかけに、レアもまた真剣に頷いた。
「…ええ。彼女のことを、貴方にも支えてもらいたい。できませんか、セテス。」
セテスは無言で押し黙り、小さな声で話し始めた。
「…確かにこの者は同族なのだろう。その一点において、私はこの者を一定数信頼していないでもない。」
「だが、まだ足りない。ここにはフレンも居るのだ。…本当に信頼に足るか、少し判断するまで時間が欲しい。」
そう妥当な答えを返したセテスに、レアは無言で頷いた。
こうして、この場は解散となった。が、帰ろうとする私に、セテスが声をかけてきた。
「ベレス、少し話がある。二人で話したい。私の自室に来てくれ。」
「?分かったよ。」
私は軽く疑問を覚えながらセテスの背中を追いかけていく。大司教の謁見の間のほど近くのきれいに整った部屋がセテスの自室だった。
セテスに促され椅子に座ると、セテスは私の対面に座り、淡々と話し始めた。
「君に関する苦情が一件だけ入っていてね。その件に関して少し話したいと思ったんだ。」
「苦情…?」
私がそう不安げに答えると、セテスは無言で頷いて、淡々と話し始めた。
「…君が、かの皇女エーデルガルトを口説いている、という苦情だ。しかも、他の女生徒に手を出しながら、のだ。」
その一言に、嫌な汗が滲み出てくる。不味いな‥身に覚えしかないぞ。
教師としてかなり危ない話が…
「事実なのか?」
「………事実、だね。」
私がそう答えると、セテスは胃の底から吐き出すかのようにため息をつき、諭すように話した。
「…君の夢のことは聞いていたが、まさかここまで派手に動くとはな。…いいか。もし仮に君が大司教になったとして、エーデルガルトが皇帝になったとしよう。」
「もし二股だのでエーデルガルトが君に怒ったら、どうなる。」
想像してみる。フォドラで唯一の信仰組織の頂点と、フォドラで随一の力を誇る帝国の皇帝との痴話喧嘩を。これは…
「醜聞が過ぎる、かな。少なくとも信頼失墜まで行くかもね。」
その私の答えに、セテスは深々と頷いた。
「その通りだ。大司教とはフォドラの皆にとっての希望であり、生きる支えなのだ。…それを理解してもらいたい。」
…大司教としての重みか。
それはそうだ。このフォドラにする何百、何千という人々の信仰の重みを一心に背負うのだ。
改めて考えれば、かなり凄まじいことだ。
「…レア以外にも、今まで大司教になった人はいるの?」
「さあな。私もそこまで教団に関わってきたわけではない。…が、彼女が名前を変え、何度も大司教になってきたのは確かだ。」
「すごいな、それは。」
そう感嘆する私に、セテスは満足げに頷いた。
「分かってもらえて何よりだ。レアが君に託そうとしているのは、それなりの重みのあるものなのだ。」
その言葉にわずかな緊張を感じる私に、ソティスが顔を出して子供に諭すように話し始めた。
「まあ、なるかならんかはおぬしが決めよ。わしはそれについて行くだけじゃ。…絶対に味方する女神がおると思うと、気が晴れるじゃろ?」
そう言って、ソティスはまた私の中に戻っていった。…今晩はソティスにめちゃくちゃ甘えてみよう。
セテスは更に言葉を続ける。
「というわけだ。よって、私から君に課したい、いくつかの条件がある。」
「条件?」
そう怪訝そうにする私に、セテスは説明を始める。
「…あくまで私が納得するためのものではあるがね。もし君がそれらを守れば、私は同族として君のことを喜んで支持し、補佐しよう。」
セテスの補佐の腕は見ていても分かる。
厳格であり、模範となる存在。
確かに、彼が補佐として働いてくれるなら私も楽できそうだ。
私が頷くと、セテスは条件をせつめいする。
「まずは、教師と枢機卿の掛け持ちを問題なくこなし、一定の成果を上げること、だ。」
「一定の成果というと?」
「何でも構わない。教師として鷲獅子戦に勝つことでも、枢機卿として、例えば…アルファルドの企みを突き止める、とかでもな。」
「なるほど…」
確かに、大司教になるなら最低限何らかのやり遂げた実績はいるだろう。
少なくとも、枢機卿の面々を納得させる程度のものは。
「次に、これは本当に最低限の話だが…女生徒をもし無理やり襲った、という話が出てきたら、私は君を見捨てる。まあ、無いとは思うが。」
これは心外だった。私は女の子が嫌がる真似をしたことは一度もない。
「それはそうだよ。…私を何だと?」
「ふざけた話だったか。失礼したな。」
そう咳払いをすると、セテスは真剣な顔になって言った。
「では、最後の条件だ。…レアとフレンを悲しませたり、危害を加えるような真似はするな。」
「…それだけ?」
思わずそう呟いた私に、セテスは無言で頷いた。その目はどこまでも真剣だったので、私は少し自分の信用のなさに失望する。
…が、確かにそれは第一かもしれない。同族を人間に奪われてきた彼なら、当然の条件だろう。
私も真剣な面持ちで、もちろん首を縦に振り、宣言した。
「誓おう。私は、女神ソティスの名において、同族であるレアとフレン…そして貴方を傷つける真似はしない。」
その宣言に、セテスは初めて笑顔を浮かべると、無言で頷いた。
「引き留めて悪かったな。話は以上だ。もう自室に戻って休んでもらって構わない。」
私は安堵すると同時に、意外な気持ちにもなった。てっきり、教師として解雇するまでの話にはなるかと思ったのだ。
「私が教師として生徒と恋愛してることは咎めないの?」
私がそう思わず声をあげると、セテスは淡々と答えた。
「…本来であれば、そうすべきなのだがな。ただ、君に関しては…苦情が一件しか来ていない。そして、その何倍もの君への賞賛が、生徒から届いている。」
「賞賛?」
私がそう不思議そうに呟くと、セテスは少し感心したように答えた。
「ああ。教え方が的確で、腕も立つと。実際、学級対抗戦では君の指揮のおかげで勝った、という声もある。」
…そんな風に思われていたのか。嬉しい。
教師としてより一層励まなければ。
私は思わず笑顔になってしまう。それを見てセテスも微笑むと、言葉を続けた。
「…それに、君の女性関係の苦情は、今日届いたこの一件のみだ。他の女好きの生徒…シルヴァンや、ローレンツに関する苦情の比ではない。」
「まあ、嫌がる女性を口説くような真似、私はしないからね。」
そう返すと、セテスはため息をつき、ある意味呆れたような、感心したような声で話した。
「それが大人の君と、子供の二人の違いかもしれないな。…ともかく、そういうことだ。」
そう説明を終えると、セテスは椅子を立ち、私に出るように促した。
「では、ご苦労だった。ベレス。」
「…お疲れ様、セテス。では、これで。」
こうして私は教師として頑張った分評価されていると知り、上機嫌で寮に戻った。
もう夜も更けている。寮付近にも人影はいない。もう皆自室で休んでいるのだろう。
私も休もうかと扉を開けようとした瞬間、聞き覚えのある低い声が背後から聞こえてきた。
「遅いお帰りでしたな、先生。」
「…!…なんだ。ヒューベルトか。どうしたんだい?こんな夜分遅くに。課題終わりだ、君も疲れてるだろう。」
そう私が振り向いて呆れて呟くと、ヒューベルトは不気味に笑い、眼光鋭く私を見つめながら答えた。
「いえ、先生の帰りがあまりにも遅いのでしてな。てっきり闇討ちでもされたのかと…」
その笑えない冗談の返事に困っていると、ヒューベルトが低い声を更に低くして私に問いかけた。
「貴殿は…本当に何者なのですかな。昼間に問いかけた後、有耶無耶になっていたでしょう。何故、闇の魔道を知っていたのですかな?」
その問いかけに、私は拒絶するように答えた。
「人に尋ねる時は、自分から答えるべきじゃないかな。…君こそ何故そんな物騒なものを?彼らの知識をどこで?」
彼ら、という単語を私が出した途端、ヒューベルトは露骨に殺気を飛ばして、呟いた。
「…彼ら、ですか。本当に、貴殿は…」
「ククク…思わず、闇討ちしたくなってしまいましたよ。」
その一言に、私は不敵に笑い、無言でヒューベルトを見つめる。
それにヒューベルトは肩をすくめると、自室へと戻っていった。
最後に一つ、捨て台詞を残して。
「私からは一つだけ忠告しておきましょう。…エーデルガルト様に害をなせば、ただでは済まさないと。」
…今日はやけに忠告される日だ。
そんな風にため息をつくと、私は女神様に癒されるため、自室の寝床に飛び込んだ。