ベレス視点
今日も今日とて私は黒鷲の学級の生徒達の指導に励んでいた。
今は生徒それぞれが騎士団を雇い、マイクラン討伐の前にセイロス騎士団相手に兵の動かし方を学んでいるところだ。
…精鋭揃いの騎士団を十全に扱うには、それ相応の指揮力というものが必要になる。
私たちの中では、エーデルガルト、ユーリス、フェルディナント、シルヴァンが指揮に優れている。
…逆に、フェリクスとハピの二人は壊滅的だ。
「チッ。俺は斬り合いがしたいんだ。騎士団で群れるなど鬱陶しいだけだ。」
「え〜。ハピめんどくさいの嫌なんだよね。騎士団とかあんまり好きでもないしさ〜。」
とのことだった。
…先生として、彼らにも何とかして最低限の指揮力は身につけさせないとなと、覚悟を決めたのだった。
フェリクスも新たに加入し、それなりに活気のある黒鷲の学級。
そんな中、少しずつ試験を乗り越え、初級職から中級職に進む者も出てきた。
死神騎士が落とした、闇魔法試験パスに関しても、教団で調べた結果まあ使ってもいいと言う判断になった。
危険な闇魔法の職につくためのものといえど、力は力だ。
結局は使うもの次第である。
ヒューベルトがそれを使って、無事に?ダークメイジになれた。
闇魔法に関する指導はどうしようかと私は割と悩んだが、アビスの書庫が役に立ってくれた。
あそこには表に出ない呪術や闇魔法の書物が沢山ある。
エーデルガルトは銀と赤の色合いの重装鎧を着たアーマーナイトになった。それに合わせて、帝国重戦士団を雇い、鎧特有の体運びと指揮を練習している。
「エーデルガルト!自分の動きに集中しすぎて指揮が少し遅れてるよ!早め早めの動き出しを意識して!」
「ハァ…確かにこれは、思ったよりも動きにくいわね‥でも、ものにしてみせるわ!」
そう私に言葉を返すとエーデルガルトは段々と指揮の速さと精度を上げてくる。…やはり彼女は優秀だ。
それを見たフェルディナントも、負けじと言わんばかりに帝国竜騎兵団を指揮しながら、セイロス騎士達を機動力で翻弄する。
フェルディナントは少し焦った様子で叫んだ。
「…逆に竜騎兵はかなり機動力があるな!この速さに慣れなければ…!」
フェルディナントはブリガンド…つまり山賊の戦い方を元にした戦闘の中級職に進んだ。
本人はかなり渋っていたが、ドラゴンナイトを目指すのならばこれが一番の最短の道だ。
他にもユーリスは盗賊の中級職を選び、扱いやすいからとジェラルト傭兵団を雇わせてくれと頼んできた。
「俺的には堅苦しい騎士連中よりも、ごろつき混じりの傭兵連中の方が扱いやすい。ジェラルト傭兵団といえばその中でも最上だろ。」
実際、この演習でも1番うまく動いているのはユーリスだ。周りを補助するような戦い方で前線を維持している。
そんなこんなで、この三人を中心にして演習は無事に終わった。…これなら多少反省点を見直せば、十分、マイクラン討伐戦で通用するだろう。
問題は…シルヴァンだな。指揮は問題ないのだが、いつもより明らかに元気がない。
教室での講義も終わって昼の休憩時間となった。
解散となっても、シルヴァンはどこか心ここに在らずといった感じの様子だ。
他の生徒が昼食のために教室から出て行っても、遠くを見つめて座ったままだ。
私は教師として何か声をかけようと近づくと、エーデルガルトが私より先にシルヴァンに話しかけた。
「…ねえシルヴァン。大丈夫?」
シルヴァンは空元気に痛々しく笑ってその疑問に答えた。
「あはは!何がだい?俺は絶好調さ!もし良かったらこれからお茶にでも…」
そんなシルヴァンに、私は呆れて会話に加わった。
「全然誤魔化せてないよ、シルヴァン…。やっぱり、マイクランのこと?」
そう私がマイクランの名を出すと、シルヴァンはしばらく無言で頭を掻いて、小さく呟いた。
「…参ったなあ。そんなに分かりやすかったですか?」
エーデルガルトはため息をついて頷いた。
「かなりね。…貴方の兄であるマイクランは、確か紋章を持たないから廃嫡されたのよね?紋章持ちの貴方が生まれたことによって。」
「エーデルガルト…そう直接言うのは。」
私が窘めるが、シルヴァンは笑って構わないと言い、答えた。
「ええ。ゴーティエの紋章持ちの俺が産まれて、兄はまあ…冷遇されるようになりました。うちは色々と特殊な家なんでね。紋章が他の家より重視される。」
シルヴァンの実家であるゴーティエ家は、ファーガス神聖王国の最北にあり、北方の民スレンと領土が接している。
故に、古くから北方の民スレンとの争いは絶えなかった。
"破裂の槍"は、そんなゴーティエ家を支えてきた、王国の領土維持のための特別な英雄の遺産なのである。
そんなシルヴァンの答えに、エーデルガルトは疑問の声をあげた。
「でも…マイクランは優秀だった。善悪はともかく、破裂の槍を奪い、追手を悉く返り討ちにした。兵を与えれば、きっと有能な将に…」
…やけにエーデルガルトは突っかかるな。私が少し不思議に思いながら話を聞く。
「そりゃそうかもしれませんね。兄上はとんだクズ野郎だが、父上から薫陶を受けていた。兵の動かし方も、武芸の腕も一流ではあるでしょう。」
「でしょう?なら…」
そんなエーデルガルトの声を遮って、シルヴァンは暗い声で答えた。
「でも…ただの一流の将じゃ破裂の槍の代わりにはなれないんですよ。少なくとも、今の王国の状況ではね。」
「そうかしら?」
エーデルガルトが疑問の声をあげた。
「同盟には、かのホルスト卿が居るじゃない。紋章を持たず、貴方達ゴーティエ家と同じように、異民族からの侵略を防いでいる。」
…確かにそうだ。
同盟で、長年東方からの異民族の侵略を防いできたゴネリル家。英雄の遺産"フライクーゲル"を長年保有してきた、色んな意味でゴーティエ家と近しい境遇の家だ。
そんな家において、紋章を持たず、英雄の遺産も使えぬ、ホルスト卿という突然変異の猛者が現れた。
彼は何度も"東方の脅威"パルミラ人がフォドラに侵入するのを防いでいる。
帝国のベルグリーズ伯、同盟のホルスト卿と呼ばれる名高い将軍だ。
シルヴァンはため息をついて答えた。
「"東方の脅威"パルミラ人、ですか。ええ。確かにホルスト卿は紋章を持たず、立派にフォドラを守っていると言えるでしょうね。」
「なら…」
「でも、ゴネリル家にはあってうちにはないものがあるんだな、これが。」
そのシルヴァンの言葉に、エーデルガルトは怪訝そうな顔になる。シルヴァンは私の方を向いて、問いかけた。
「先生は何か分かりますか?」
…普通に考えれば、あれだろうか。
「フォドラの首飾り?」
「そ!御名答。ちょっと簡単すぎましたかね?」
フォドラの首飾りとは、東方のパルミラ人が大規模侵攻を仕掛けて来た際に、帝国、王国、同盟が一丸となって作り上げた、フォドラ屈指の堅牢な要塞だ。
フォドラの喉元と呼ばれる危険な山岳地帯にある要塞なため、首飾りと洒落た名で呼ばれている。
「ホルスト卿は確かに凄いんでしょうけど、同盟領が未だ無事なのは、半分以上はあの要塞のおかげだと思いますね、俺は。」
「……………」
エーデルガルトは無言で話に聞き入っている。
「うちにもそりゃあコナン塔のような小規模な防衛拠点はありますけど、フォドラの首飾りに比べたら吹けば飛ぶ紙切れみたいなもんです。」
「それだけじゃありません。同盟はその気になれば、ゴネリル家に援兵や援助をたくさん送れるだけの土台があります。でも、王国は…」
そこまでシルヴァンが言い切ると、エーデルガルトは言葉を遮った。
「もう十分よ、よく分かったわ。…王国の今の現状は知っている。貴方の実家とフラルダリウス家以外は援兵を他所に送る余裕なんてないでしょうね。」
シルヴァンはため息をついて頷いた。
「ま、そういうことです。うちには"破裂の槍"以外に頼れるものがないんですよ。…殿下がさっさと王位に就けば、また状況も変わるんでしょうけど。」
場に沈黙が落ちる。…ゴーティエ家が教団に破裂の槍の奪還を依頼したのは、他に頼れる相手が居なかったからか。
「…これは、北方の民スレンへの対処を、ゴーティエ家に任せ切ったフォドラ全体の責任ね。」
そう言い切ると、エーデルガルトは言葉を続ける。
「もし帝国、王国、同盟がまた一つになるようなことがあれば、立派な要塞も建てられるかもしれないわね。」
シルヴァンはそのエーデルガルトの言葉を冗談だと思ったらしく、少し笑って答えた。
「ま、そうなれば言うことないんですがね。…紋章になんて縛られる世代は、俺で最後にしたいもんだ。」
その言葉に、エーデルガルトは鳩が風魔法を喰らったかのように呆気に取られた顔をした。
「…どうした?そんなに変なこと言ったか?俺。」
「いいえ?ただ…貴方がここまで物事を考えてるとは、正直思ってなかったから。見直したわ。…師の見立ては正しかったみたいね。」
そのエーデルガルトの言葉に、シルヴァンは大きな声で笑った後、手を差し出して言った。
「見直したついでに、俺に惚れても良いんだぜ?お二人さん。」
「「………………はぁ。」」
この見境のない女癖の悪さがなければな、と私とエーデルガルトの心は一致した。
そんなこんなでシルヴァンが少し元気になったのを見届けた後、私とエーデルガルトは一緒に食堂へと向かっていた。
エーデルガルトが私の横顔を見て、ぽつりと呟いた。どこか期待したような顔で。
「師は、紋章による不当な差別がある現状をどう思う?…全く。女神様にも困ったものね。」
そんなエーデルガルトの言葉に、ソティスが忌々しそうに吐き捨てた。
「何でもかんでもわしのせいにするでないわ、小童が。…わしだって与えたくて与えたわけではないわ!」
それはそうだ。紋章はネメシスと闇に蠢く者達が、ソティスとナバテア族から無理やり奪った力だ。それによって差別が起こっているとしても、ソティスからしたら知ったことではない。
けどまあ、エーデルガルトからしたらそんなこと分かりもしないしな。…紋章は女神からの授かりもの、というのがセイロス教の教えだし。
「…まあ、くだらないよね。紋章がなくても評価される世の中になればいいんだけど。」
そんな私の答えに、エーデルガルトは華のような可憐な笑顔になって、さらに踏み込んだ話をしてきた。
「なら…私たちで変えましょうよ。このフォドラを。聖教会を。」
「………大きく出たね。」
私は思わずエーデルガルトの顔をまじまじと見つめる。…強い子だ。可愛い女の子の顔の下に、次期皇帝としての片鱗を確かに持っている。
私は満面の笑みで答えた。
「私の愛しい君が望むなら。」
すると、エーデルガルトは顔を真っ赤にして、大声をあげた。
「…か、からかわないでちょうだい!もう…」
そんな彼女の反応が可愛くて、ついもっと揶揄いたくなる。食事の時まで、エーデルガルトは顔を赤くしたままであった。