ベレス視点
無事にマイクランを討伐した後、取り敢えず縄で捕縛した私たちは、コナン塔の一階にまで降りて待機していたが、マイクランの処遇を巡って言い争いになっていた。
フェリクスがエーデルガルトに怒鳴りたてる。彼がここまで熱くなるのは珍しい。
「おい…なぜこの男を取り立てるなどという話になる!?この男が荒らし回っていたのはゴーティエ領が主だが、他の北部王国領も被害に遭っている!俺の父の領土も例外ではない!」
ヒューベルトがフェリクスに冷たく言い返す。
「ですから何だというのですか。我々はその凶行を止め、貴方がたの手に余る才覚を使ってやると言っているのです。…感謝こそされ、怒鳴られる謂れなどありませんな。」
「こいつ…!!」
どんどん激しくなっていく二人の口論を、エーデルガルトとシルヴァンが止めに入る。
「落ち着いて、ヒューベルト。今私たちが怒鳴り合ったところで何か変わるわけじゃないわ。」
「そうそう。ギルベルト殿がうちの父上からの返答を持って帰ってくるまで、待ってようぜ。お前も疲れたろ?」
当事者の二人に制されたことで、一旦言い合いは止まる。が、場はかなり微妙な雰囲気だ。
フェルディナントもカスパルも我慢ならぬと言った顔をマイクランに向けている。
幸い、コナン塔で寛げるので、体力の消費や、雨に濡れることは防げるのだが。火も起こせたので、温度的にも問題ない。…むしろかなり快適だ。居心地は悪いが。
先ほど、エーデルガルトが突飛なことを言った途端、マイクランは大笑いした後、大声で怒鳴った。
「何ふざけたことを抜かしてやがる!紋章持ちってだけで偉ぶってる餓鬼が…!!俺はてめえらなんざに顎で使われる気はねえよ!!」
そう怒鳴るマイクランに、モニカが怒りの表情でエーデルガルトの前に出た。
「エーデルガルト様は紋章だけで偉ぶってなどいません!常により良い世の為に努力しているのです!撤回しなさい!」
それを小馬鹿にしたようにマイクランは笑う。エーデルガルトはモニカに笑顔で言った。
「大丈夫よ。下がっていて、モニカ。」
モニカは不満げな顔ながらも下がっていった。エーデルガルトはマイクランの顔を見て真剣な表情で告げた。
「…私は紋章が必要とされない世の中を目指している。その為には、貴方のような紋章がなくても戦える人間の力が必要なの。力を貸しなさい、マイクラン。」
マイクランは本気にせずに笑う。
「はは…なんだそりゃ。くだらねえ。そんな世の中実現できるとでも…「私ならば出来るわ。」
「………………」
マイクランはエーデルガルトの断固とした言葉を聞いて、押し黙る。まじまじとエーデルガルトの瞳を見つめると、信じられないと言わんばかりに呟いた。
「まさか、帝国の次期皇帝様が、こんなぶっ飛んだ女だったとはな。…俺に何をさせたいんだよ、お前は。」
エーデルガルトはふっと笑うと答えた。
「貴方には帝国軍の将として手柄を立てて貰いたい。…紋章を持たず、廃嫡された貴方が活躍することに意味があるのよ。」
「見たところ、見事な戦術と、遺産を使ったとはいえ、先生相手に戦いが成立する個人の力量が貴方にはあるわ。…十分、可能性はある。」
周りはエーデルガルトの主張を呆気に取られた顔で聞いていたが、ギルベルトが前に出てエーデルガルトに訴えた。
「お待ちください。…ゴーティエ辺境伯からの依頼は、マイクランの討伐です。殺さずに帝国で登用するなど、想定されていません。教団としても、それは…」
シルヴァンも頷いて言った。
「そうですね。少なくとも、父上には話を通すべきでしょう。…幸いここはうちの領土だ。半日もあれば返答も返ってくる。誰か連絡に送って、俺たちはここで待つとしましょう。」
シルヴァンはかなり淡々と冷静に真っ当な意見を言う。そんなシルヴァンの様子が不安になって、私は思わず声をかけた。
「いいの?シルヴァンは。」
「…別に、そいつがどうなろうが俺としては知ったことじゃありませんよ。言ったでしょう?そいつはもうゴーティエ家とは関係ないんだ。」
「けっ。」
シルヴァンの言葉に、マイクランは唾を地面に吐き捨てる。
結局、王国に縁のあり、セイロス騎士でもあるギルベルトが、ゴーティエ辺境伯マティアスに話を伝えることとなった。そして、今に至る。
…私は周りの生徒の様子を見ていく。カスパルが多少手傷を負ったようだが、白魔法で問題なく回復できる範囲だ。
実戦慣れしてきたのか、生徒達に特に混乱は見られない。…随分強くなったな、皆。
ドロテアがペトラと焚き火の前で雑談している。すると、ドロテアは私を手招きして呼んだ。
「先生!ちょっと話しませんか?」
ドロテアはペトラとの間を空け、私に座るように促した。遠慮なく座る。
だが、この二人に挟まれていると、何となくいけない気分になってしまう。
黒鷲の学級…いや、士官学校の中でも屈指の発育の良い二人だ。
胸を始めとした体つきも、非常に魅力的に育っている。
私がドロテアの開けた豊満な胸元をつい見つめていると、ドロテアは私の顔を覗き込んで、甘く囁いた。
「もう、分かりやすいですね、貴女は。…そういうことは、二人きりの時にしましょ?」
「…そうだね。」
二人は、エーデルガルトのマイクランを説得する時の発言について語り合っていたらしい。私にも意見を求めてくる。
「…紋章関係なく人が評価される世界、ねえ。貴族様方が聞いたらひっくり返りそうだけど。エーデルちゃんも大きく出たわねえ。」
「フォドラ、紋章、そんなに大事、ある、ありますか?ブリギット、紋章、ない、わからない、分かりません。」
紋章は、名門貴族であるフォドラ十傑に代々受け継がれてきたものだ。故に、紋章持ちというのは、フォドラではかなり大きな力を持つ。
それを壊そうというのだ、彼女は。まあ、以前にも私にそう言ってはいたが。
「エーデルガルトならやれるんじゃないかな。…不思議とそんな気がするよ。」
私がそう答えると、二人も笑顔で頷いた。
ソティスはどうでも良さそうに呟く。
「小さきものが紋章を有り難がろうが、そうでなかろうがワシにとっては至極どうでもいい話じゃ。セイロス達や、おぬしが幸せであればそれで良い。」
肝心の女神様も、そう言って私に微笑んでいるわけだし。私も笑顔でソティスの額にそっと口付けをした。
そんな調子で暫く待っていると、ギルベルトに連れ添って、一人の中年の立派な鎧に身を包んだ男性と、王国の騎士数名が現れた。
短髪の燈色の髪に、顔つきは‥マイクランに近いだろうか。シルヴァンと近しいところもあるが、厳つさが勝る。
その男を見た途端、フェリクスと寛いでいたシルヴァンは慌てて立ち上がった。
「ち、父上!これはこれはわざわざ…」
「…賊を打ち破ったそうだな、よくやった、シルヴァン。肝心のマイクランはどこだ。」
すると、エーデルガルトと、縄に縛られたマイクランを連れたヒューベルトが前に出た。エーデルガルトは一礼して自己紹介し始める。
「ご足労感謝します、ゴーティエ辺境伯。私はエーデルガルト・フォン・フレスベルグ。お話は伝わっているでしょうか?」
ゴーティエ辺境伯は一礼を返すと、丁寧に答えた。
「…アドラステア帝国の次期皇帝陛下に、我が領での盗賊討伐を果たして頂けるとは、お恥ずかしい限り。…ゴーティエ辺境伯を務めている、マティアス・ラウル・ゴーティエです。ええ。聞いております。ただ…」
ゴーティエ辺境伯は表情を変えずに淡々と話を続ける。
「その盗賊を登用なさろうとしているとか。残念ながら、その者には私の領民が大勢被害に遭っています。…何の咎めもないというのは、彼らに私が顔向けできません。」
エーデルガルトはため息をついて呟いた。
「まるで他人事のように仰るのですね。貴方が育てた子でしょう。…彼の凶行が、彼だけの責任と言えるでしょうか。」
その言葉に、マティアスの周りの騎士数名がざわついて殺気を飛ばす。それにヒューベルトも無言で応じ、ぴりついた雰囲気になる。…が、マティアスが騎士達を制した。エーデルガルトもヒューベルトを窘める。
「…やめろ、お前達。帝国と戦争でも起こしたいのか?」
「…ヒューベルトも、やめてちょうだい。今は戦争を起こす気はないわ。」
マティアスはごほんと咳払いをすると、申し訳なさそうに答えた。
「…またもやお恥ずかしい。ええ、確かに貴女のご意見にも一理あります。ですが、罪は罪。罰を与えるか…あるいは、民に赦すことで利益がなければ、彼らは納得しません。」
その言葉に、エーデルガルトはようやくかと頷いた。
「…それが本題ですね。貴方がマイクランの恩赦の代わりに、私に要求するものは何ですか?」
マイクランは静かにマティアスを睨んでいる。それに一瞥もくれずに、マティアスは淡々と答えた。
「まず第一に、フレスベルグ家に我が領土、及びフラルダリウス領、その他の領における、マイクランの被害の補填をして頂きたい。…我らが民にとっては、冬を越せるかどうかの死活問題。…どうか、お願いします。」
そう言ってマティアスは頭を下げる。それを見て、エーデルガルトは想定内だと冷静に頷いた。
「その程度なら、喜んで。食料でも、物資でも、彼らを救うために渡しましょう。…じきに、フレスベルグ家から使いを送ります。具体的な手続きは、それからに。」
マティアスは安堵した様子で胸を撫で下ろす。マイクランが信じられないものを見る顔でエーデルガルトを見つめている。
…自分のためにここまでしてくれる貴族がいるなど、予想だにしていなかったのだろう。
マティアスは感謝すると、エーデルガルトではなく、私の方を向いて言った。
「次で最後の条件です。これはエーデルガルト殿に、というより、先生、貴女に対してのお願いになってしまうのですが…」
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ベレス視点
私たちはマティアスと無事に条件を締結し、マイクランを捕縛した状態で大修道院へと帰還した。
そこで待機していた帝国兵によって、マイクランは帝国へと輸送される。
マイクランは不気味なほど口を開かず、何かを考えているようだったが、帝国兵に引き渡される寸前、エーデルガルトにぽつりと呟いた。
「…すまなかったな。それと、ありがとよ。」
あの様子ならば、もう暴れようという邪心もないだろう。
私は生徒達と別れ、大司教の謁見の間に報告に向かう。私と入れ違いでギルベルトが謁見の間から出ていく。…先に報告しに戻っていたようだ。
私が入っていくと、レアは笑顔で私を迎え入れた。
「ベレス、よく無事に戻りました。…まあ、お母様と共にある貴女なら当然ですね。」
「…ありがとう、レア。君に会えなくて、寂しかったよ。」
そう答えると、レアは少し顔を赤くした。
が、少し悲しそうな顔になると、私に問いかけた。
「無事に、魔獣となる前にマイクランを無力化できたと聞きました。…しかし、マイクランをなぜ始末しなかったのですか?彼は我らがナバテアの遺骸を己の欲のために使ったというのに…」
そうだ。英雄の遺産をレアが十傑に所有することを許しているのは、あくまでフォドラの安寧のため。私欲のために使われるなど、我慢できないだろう。
「そうだね。でも、彼はきっと変われるよ。…最後には、私たちに謝ったんだ。それで罪が無くなるわけではないが、これから償える。私はそう思うよ。」
「それに、エーデルガルトの理想のためだしね。」
そう私が答えると、レアは少し興味深そうに尋ねてきた。
「エーデルガルトの理想‥ですか。それは具体的に、どのような物なんです?」
私は笑顔で答えた。
「紋章を持たなくても、人の上に人が立てる世界、だそうだよ。」
その答えを聞くと、レアが少し考えこむような顔になり、困り顔になって言った。
「それは…かなり、壮大な話ですね。少なくとも、今のフォドラでは夢物語と言われそうな。」
「そうだね。でも、きっとエーデルガルトなら実現できるよ。」
私がそうはっきりと断言すると、レアは少し驚いたような顔になった後、笑顔で頷いた。
「…貴女とお母様が反対しないのなら、私としても特に反対することもありません。…世が泰平であれば、の話ですが。理想のために争いを起こすようなことなきように、彼女を見守ってあげてくださいね。」
そんな風に無事に報告を終えていくと、とうとう肝心の話になった。
「では、破裂の槍を渡してください、ベレス。…正式に教団から、その槍はゴーティエ家に譲渡しましょう。」
…来たな。私はそう小さく呟く。それにソティスが少し困った顔で言った。
「なあ、おぬし。…本当にゴーティエ家とやらは信頼できるのか?わしの息子の遺体を預けるのじゃ。それには今回の件は少し…お粗末すぎるぞ。」
私はソティスに安心させるように心の中で言った。
「シルヴァンが当主になれば、もうあんなこと起きないよ。それに、エーデルガルトが理想を叶えれば、破裂の槍も教団に返却してくるんじゃないかな。」
その答えにソティスはやれやれとため息をつくと、一応引き下がってくれた。
マティアスが私に告げた最後の条件、それは、破裂の槍を出来うる限り速やかにシルヴァンに渡すこと。
…切実な条件だ。もし教団に破裂の槍を没収されたらと、彼は恐れているのだろう。そうなれば、北方の民スレンを抑えるのが厳しくなる。
私はレアにそれとなく疑問を呈した。
「…破裂の槍がゴーティエ家に返されるまで、どれだけの時間がかかるの?」
「…?そうですね。今回のような事件が起きた以上、英雄の遺産を彼らが再び持つ資格があるのか、少し疑問視してもいます。…彼らに視察の騎士団を送って、それから、という話になるでしょうね。」
そのレアの答えを聞いて、私は軽く心の中で頭を抱えた。不味い。かなり時間がかかりそうだ。
「ねえレア。今の王国は王が不在で、かなり弱ってると思うんだけど、君はどう思う?」
その私の疑問に、レアは戸惑いながらも答えた。
「…まあ、そうですね。以前のロナート卿挙兵といい、王国内で乱れが生じているのは私も感じています。それが何か?」
「そんな王国で、破裂の槍不在の状況が続けば、スレンはどう動くと思う?…もしゴーティエ家が落とされれば、王都も持たないだろう。ファーガスが落ちれば、三国間の力関係は崩れる。」
レアは、そこで納得したように頷くと、ため息をついて、少し呆れたような声で私に言った。
「…そう、ゴーティエ辺境伯に吹き込まれたのですね?」
「う……まあ、そう話は聞かせてもらったが…」
レアは少し厳しい顔になると、私に諭すように話し始めた。
「…まあ、その意見にも一理はあると私も思います。ですが、それとこれとは別の話です。英雄の遺産が欲望のために使われれば、またフォドラ中を災厄が襲うことになる。…そのようなことは、決して…」
そんなレアに、私が何も言えずに黙っていると、唐突にシルヴァンが謁見の間に入ってきた。どうやら慌ててここまで走ってきたらしい。息が乱れている。
「…失礼します!」
かなり真剣な様子でシルヴァンは私の横に並び立つ。
「レア様…我がゴーティエ家の遺産を取り戻して頂いたこと、本当に感謝しています。…どうか、その槍を私に授けては頂けないでしょうか!もう二度とこのようなことは繰り返さないと!ゴーティエの名に誓います!!」
そう言ってシルヴァンは深々と頭を下げた。それに私も追随する。
「責任は私が取るよ。シルヴァンは本当に今回役に立ってくれたんだ。絶対に信頼できる。」
レアは暫く無言で考え込んでいたが、大きく息をつくと、無言で頷いた。
ここに、ゴーティエ家督騒乱は、無事に終わりを迎えたのだった。