ベレス視点
昨夜の衝撃的なエーデルガルトの打ち明け話、そして次期皇帝と次期大司教の二人の誓約から一夜あけた翌日の朝。
私は自室で悩んでいた。この誓約のことを、レアに伝えるべきだろうか。伝えるのが誠実な教団の枢機卿というものだろう。
だが、勝手に誓約を結んだ挙句、フレンに危害を加えた者と手を組みました!と大っぴらに言ってしまえば、最悪エーデルガルトはセイロス聖教会から処断される。
私が罰せられるだけなら良いが、私のハーレムに加わってくれたエーデルガルトを…守ると誓った彼女を、危険に晒すわけにもいかない。
「…いや、レアがおぬしを罰することはなかろう。ただ、エーデルガルトはまあ…処断されるかもしれんのう。」
そうソティスが私の考えに呟く。…となると、私の取るべき行動は一つだ。
エーデルガルトと私で秘密裏に動き、闇に蠢く者どもを対処する。それからレアに報告すれば良い。
「まあ、おぬしとレア達に危害が加わらんのなら、わしも依存はない。…闇に蠢く者どもを潰した後で、諸々判断すればよかろう。」
ソティスからの承認もあり、そう判断した私は、軽く気分を変える為に自室の扉を開けた。…が、扉の目の前に殺気を放った彼が立っていた。
「…どこへ行かれるのですかな、先生。大司教の元に密告にでも行きますか?」
「ヒューベルト…何の話?」
私がそう何でもないかのように装うと、ヒューベルトは不気味に笑い、部屋の中に入ると、扉を閉めて答えた。
「くくく…別に私には隠さなくても構いませんよ。…私は、エーデルガルト様の従者。…エーデルガルト様の野望を支えるのが、私の使命。当然ながら、昨夜の貴殿とエーデルガルト様の会話も把握しています。」
ヒューベルトは重くため息をつくと、低く殺気の篭った声で呟いた。
「全く…今朝まで随分と悩みましたよ。貴殿を殺すか、生かすか。」
私は少し思案して言葉を返す。
「…私は昨日、エーデルガルトと誓約を結んだ。当然、その内容を知っているのなら、殺すという発想にならないはずだが。」
ヒューベルトは、殺気を相変わらず剥き出しにしつつ私の問いに答えた。
「…全く。エーデルガルト様にも事前に私に相談して欲しかったものですが。…ええ、確かにそうですな。闇に蠢く者どもを倒す誓約。…それだけが最終目標なら、貴殿を切り捨てる必要はない。ただ…」
ヒューベルトは、はっきりと言い切った。
「我々の最終目標は、フォドラそのものを統一し、教団の、女神の…教えの欺瞞を覆す。…それが、全てなのですよ。闇に蠢く者どもは、確かに排除すべき害悪です…ですが、あくまで害悪の一つでしかない。」
「…………」
私が黙って思案していると、ソティスは忌々しそうに呟いた。
「エーデルガルトよりも露骨じゃの、こやつは。わしへの敵意…いや?教団への敵意か?」
確かにそうだ。だが、こうも考えることはできる。エーデルガルトが私に会って多少変わった、もしくは私に遠慮して強く言わなかっただけで、本来は教団に対して彼らはここまではっきりと敵意を持っていたのでは、と。
「つまり、その為なら闇に蠢く者どもと組むのも手段としてはあり得る、と。そう言いたいの?」
私が警戒しながらそう言うと、ヒューベルトはあっさりと頷いて見せた。
「…ええ。何なら、それが当初の計画でしたから。主にとって最も危険の少ない手段です。ただ…我が主はそれに納得しなかった。」
ヒューベルトは腕を組んで、殺気を収めて言葉を続ける。
「故に、私も貴殿を殺すか、生かすべきか、少し試そうと思いまして。貴殿に幾つか目標を課します。…これを成せれば、闇に蠢く者どもを切り捨てても良い、そう私が確信できるだけの条件です。」
私はまるで私が大司教になるために条件を課したセテスのようだな、と思った。補佐役と言うのは、皆こんな感じなのだろうか。
「いいよ。話してくれ。」
「…話が早くて助かりますよ。では、まず一つ目。我々が卒業するまでに、貴殿が次期大司教であると、皆に周知させてください。…もちろん、現大司教レアの認める形が望ましいですな。」
これは分かりやすいな。そう私は心の中で呟く。要は私が信用できないと言っているのだ、ヒューベルトは。所詮口で言っただけ。次期大司教だと確実に自分に納得させてみろ、つまりそういうことだろう。
「いいよ。次は?」
「二つ目は、我々が卒業するまでに、闇に蠢く者どもの、本拠地を探り当てる…シャンバラ、という場所に奴らは巣食っているとまでは掴んでいるのですが。…こちらでも探り続けますので、貴殿への課題というより、我々の共通目標、といったところですが。」
私はそこでふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「…卒業まで、と先ほどからよく言っているが。卒業の時期に何かあるのか?」
ヒューベルトは淡々とその質問に答えた。
「なに。我々の準備していた、闇に蠢く者と共に、教団へ宣戦布告する時期が卒業直前でしたので。…そこが時間切れの間際です。」
さらっと凄い重要なことを言うな。…まあ、もうここまで知られてるいるのなら、大差ないと言う判断だろうか。
「と言っても、どうやって?」
私がそう問いかけると、ヒューベルトは曖昧に答えた。
「詳しくは言えませんが、闇に蠢く者どもはこれから先、表に出て動こうとしています。…戦争前に、やるべき事があるという判断ですな。彼らのそれなりの地位の者を捕らえられれば、あるいは…」
私はそれに苦笑いして答える。
「曖昧じゃないか?…まあ、私達が露骨に闇に蠢く者どもを待ち伏せしていたら、君達が怪しまれるから、仕方ないのかもしれないが。」
ヒューベルトは軽く笑うと、淡々と衝撃の言葉を言った。
「正確に言えば、言う必要もない、と言うことでもありますが。何故なら…彼らの狙いは、貴殿なのですから。」
私は少々驚きながらも納得する。…最初の盗賊退治でソティスの力を使い、聖墓で紋章石のない天帝の剣を使った。ならば、勘付かれていてもおかしくはない。
ソティスが不敵に笑って言った。
「まあ、返り討ちにしてやるだけよ。なあ、おぬし。」
私が無言で納得したのを見て、ヒューベルトは怪訝そうな表情になるが、淡々とまた話し始めた。
「三つ目に、貴殿の案である、同盟諸侯を戦争前に組み従えようという案…悪くない案ですが、かなり危険ですな。もし実行するなら、私かエーデルガルト様に事前に相談して貰いたい。…クロードは頭の回る男です。戦争前に奇策で我々に損害を与えかねない。」
まあこれも妥当な条件だ。私は無言で頷き、続きを促す。
「最後に、これは本当に最低限の話ですが。…エーデルガルト様の情報を、レアを含めた教団上層部に一切伝えないこと。少なくとも、貴女が教団の大司教になるまでは。…理由は、分かりますな?」
「レアがエーデルガルトを処断しないように、だろう。分かってるよ。最初からそのつもりだった。」
そう私が答えると、ヒューベルトは軽く息をついて、少し安堵した様子だ。…彼なりに事態が動きすぎて、困惑しているのだろう。
「…もし貴殿がエーデルガルト様を裏切ろうとするのなら、私が殺します。くれぐれも、お忘れなきように。」
私はその答えにくすりと笑う。すると、ヒューベルトが殺気を飛ばして聞いてきた。
「…何がおかしいのですか?」
「いや、済まない。昨日、エーデルガルトにもそう言われたから。…君に殺されるよりは、エーデルガルトに殺されたいね。」
私がそう朗らかに言うと、呆れたようにヒューベルトは呟いた。
「…全く。貴殿は分かりやすいのか、分かりにくいのかよく分かりませんな。…貴殿は、闇に蠢く者どもの一人である、帝国貴族に似ている。」
その一言に、私は純粋に興味が湧いて聞いてみた。
「どんなところが?」
「何と言えば良いのか…貴殿の中に、別の貴殿がいる感覚、とでも言いましょうか。不意に心の中で誰かと話しているような。いつ敵に回ってもおかしくない得体の知れなさが、貴殿にはあるのですよ。」
「…………………」
妙に鋭いところがあるな、ヒューベルトは。そう少し感心していると、彼は言いたいことは言ったと言わんばかりにさっさと扉を開けて部屋から出ていった。
ソティスが面倒そうに言った。
「なんじゃ、余計面倒な話になってきたのう。…にしても、闇に蠢く者どもを捕らえる、か。あの虫ども、逃げ隠れするのは上手いからのう。それに、信用もできん。捕らえたところで、まともな情報を吐くかどうか…」
そのソティスの言葉に、考え込む。捕らえた敵に確実に情報を吐かせて、首輪を繋ぐ方法…か。
…あった。一つだけ。私にしかできない方法が。
「お?なんぞ思いついたのか。ほれ、教えてみよ。」
「ああ、前にソティスが言っていただろう。私の血にはーーーーーーーーーーーーー」
今日の午前中は特に何の予定もない。故に訓練場で何気なく剣を振っていると、エーデルガルトが近寄ってきた。
そして、少し申し訳なさそうに言った。
「…ごめんなさいね、師。ヒューベルトが朝から色々と言ったそうで。まあ、気難しい男だから。…私は師を信頼している。それだけは知っておいて。」
その心遣いが嬉しくて、人がちょうど居ないのを良いことにエーデルガルトを抱き寄せる。
華奢な体だ。…紋章の力で鎧を軽々と扱える力があるが、体は無垢な少女のもの。
「ちょ、師…!こんなところで…!…もう。…仕方ないわね。」
そう言いながらも、エーデルガルトは私を抱きしめ返して、私の胸に顔を埋めている。
暫くお互いの体温を感じながら抱きしめ合うと、ゆっくりと体を離した。
暫く無言でお互いを見つめ合うが、エーデルガルトが照れたように話題を切り出した。
「そういえば、ヒューベルトは色々と師に目標を課したようだけど…全く。彼は気遣いを知らないから。私に今何かできることはあるかしら。それが気になって。」
その言葉に、私は一番気になっていることを聞くことにする。
「クロードについて、何かそちらが掴んでいる情報があれば教えて欲しい。…交渉の為には、下準備が必要だから。」
すると、エーデルガルトは困ったような顔になり、残念そうに言った。
「それが、何にも。彼がリーガン公の娘の子供というのは分かっているのだけれど。…父親も不明、どこで育ったかも不明。…不明な所が多すぎて、正直一番相手にしたくない男よ。」
「一つだけあるとすれば、何か野望があってここに来た、と言っているのはよく聞くわね。」
そんなエーデルガルトの言葉に、クロードという男の印象が変わっていく。元から探るような目でこちらを見てくるとは思ったが…得体の知れない男だ。でも、野望があるのなら交渉の余地はあるか。
「なら、その野望を聞き出して、私たちで叶えられないかと交渉してみるのはどうだろう。…まあ、一筋縄では行かなさそうだが。」
エーデルガルトはため息をついて、頷き、答えた。
「…こちらが逆に情報を聞き出されないように、気をつけないとね。…何だか、戦争の方が楽な気がしてきたわ。」
そんな風に会話をエーデルガルトと交わしていると、シルヴァンが歩み寄ってきた。
私たちは即座に秘密の会話をやめ、何気ない日常の雑談に切り替える。
すると、シルヴァンはこちらに歩み寄ってきた。
「すみませんね、先生。お邪魔しちゃいましたか?どうです?これから三人で食事にでも…」
すると、エーデルガルトがシルヴァンの言葉を不機嫌そうに遮って言った。
「悪いわね、シルヴァン。師はこれから私と"二人きりで"昼食を取るの。貴方はお呼びじゃないわ。」
すると、シルヴァンはやれやれと首を横に振り、真面目な顔になって言った。
「それは残念。…いや、実は師とエーデルガルトに相談がありまして。…うちの領で暴れてた、マイクランは二人とも覚えてますよね。…あれの残党が、うちの領内で暴れてまして。…"破裂の槍"を持ってる俺が、対処に来いって父上から手紙が来たんですよ。ただ…」
「俺一人で行ってもいいんですが、学級の連中の協力を得られないかなって。課外活動扱いで。」
…あのコナン塔に居た連中が、全部じゃなかったのか。…まあ、それもそうか。ちょうど付近で周りの村を荒らしていた別の連中が居たのだろう。
「それは別に構わないよ。」
そう答えると、シルヴァンはほっとした様子で頷き、今度はエーデルガルトの方を向いて言った。
「実は、その討伐で…俺は気乗りしないんだが。マイクランの奴を呼べないかと、父上から言われてるんだ。」