ベレス視点
秋風が吹き、前節よりさらに寒くなったファーガスの地を馬で進む私たちの間には、どこかひりついた空気が漂っていた。
その空気の原因は、私たちの最後尾で仏頂面で馬に乗っている、マイクランである。
フェルディナントが我慢できなくなったのか、前で馬に乗っているエーデルガルトに追いつき、文句を言い始める。
「…エーデルガルト!どういうつもりなのかね、あのような貴族の風上にも置けない賊徒を本当に帝国の将にしてしまうとは…!」
そんなフェルディナントに、エーデルガルトは振り返らずに淡々と答えた。
「前にも話したでしょう?何度も言わせないで。…彼は有能な将になる素質がある。だから、やり直す機会を与えたのよ。紋章などに縛られず、純粋な力で評価される場で。」
フェルディナントはそれでもまだ納得がいかないようだ。
「だからと言って…奴は何度も民に私利私欲で害をなしたのだぞ!そんな男は…信用できん!」
フェルディナントの後方に居たヒューベルトが、呆れたようにため息をついて言った。モニカもそれに加勢する。
「くくく…別に、貴殿に信用してもらう必要などありませんよ。彼が帝国にとって、エーデルガルト様に取って益となるか否か、それだけです。」
「そうですよ!エーデルガルト様がお認めになったんですから、間違いはないはずです。」
そんなヒューベルトとモニカをフェルディナントは軽く睨みつけると、こちらも酷く冷たい声で言い返した。
「君達はいつも口を開けばエーデルガルト様…エーデルガルト様…自分というものがないのかね?」
ヒューベルトとフェルディナント、そしてモニカがそんな調子で口喧嘩をし始める。それを私とエーデルガルトが止めに入った。
「やめて、三人とも。言い合ったところで何になるの?」
「師の言う通りよ。これから賊討伐なのだから、変に疲れさせないでくれる?」
ヒューベルトはそれであっさりと押し黙り、モニカは申し訳なさそうに小さくなったが、フェルディナントは今度は私に話しかけてきた。
「先生はどう思っているのだ?…踏み躙られた平民を軽んじるかのような…こんな決定に納得しているのかね?」
私は少し考えてから答える。
「そうだね、確かに君の懸念も尤もだとは思うよ。…でも、彼が更生すれば、これから多くの平民が助けられることになる。ゴーティエ家仕込みの戦術と、賊としての物の見方ができる軍師は貴重だ。今回の任務で、それをゴーティエ辺境伯とエーデルガルトは見極めたいんじゃないかな。」
フェルディナントは私の答えに唸ると、少し冷静になった様子で言った。
「…確かにな。私は過去に囚われていたが、先生とエーデルガルトは未来を見据えていたのか。…だが、私が彼を信用できないということは変わらないからな。」
その言葉に、私も軽く頷く。私の隣に居たシルヴァンが、私とエーデルガルトに真剣に話しかけてきた。
「もし少しでも不審な動きをしたら、マイクランは殺しますよ。…構いませんね。」
エーデルガルトは少し黙り込んだ後、無言で頷いた。
ゴーティエ領内の、目標の大きめの街が見えてくる。話によれば、盗賊達が襲ってきたことで住民は一時的に別の街に避難しているとのことだった。
ならばあそこに居るのは盗賊だけだ。目につく人間は残らず殲滅でいい。
街の付近の森の中で私たちは潜伏し、最後の作戦会議をすることにした。
エーデルガルトは私とマイクランを呼び出した。
エーデルガルトの隣にはヒューベルトが控えている。
他の皆は少し離れたところで待機して雑談している。
マイクランは忌々しそうに呟いた。
「ったく…多少の訓練の後の最初の任務が、俺の元部下の殲滅とはな。人が悪いな、あんた。」
そんなマイクランのがさつな態度に、ヒューベルトが苛立った様子で呟いた。
「エーデルガルト殿下、ですよ。…少し無礼が過ぎるのではありませんか?」
マイクランはその言葉にやれやれと首を横に振って、言葉を返した。
「へいへい、エーデルガルト殿下様。…んで、何で俺と天帝の剣のこいつだけ呼んだんだ?」
その言葉に、エーデルガルトは威厳のある声で言った。
「…師は別件よ。貴方には、一つお願いがあるの。…あの街の盗賊達を、出来うる限り貴方の力で戦う前に降伏させられないかしら。」
その言葉に、マイクランは眉を顰める。そして舌打ちをしてぶっきらぼうに答えた。
「…おいおい。何もあいつらは、昔の俺と違って、好き好んで盗賊なんてやってるわけじゃねえよ。…単に飢えてるからやってるのさ。あいつらの食い扶持の当てはあるのか?じゃなきゃ降伏なんざしねえと思うが。」
それに、エーデルガルトは淡々と答えた。
「あるわ。降伏した者は、帝国兵として帝国に連れて帰る。…むろん、しっかりとした教育は必要でしょうけどね。」
マイクランは探るような声音で呟いた。
「…あんた、何をしたいんだ?盗賊あがりなんぞ雇わなくても、帝国には兵が溢れるほど居るだろうが。…何を企んでる?」
それに、エーデルガルトははっきりと答えた。
「私の夢…そしてフォドラの紋章主義のない未来のための布石、と言ったところね。貴方は、それだけ知っておけばいい。」
「……………ったく。わかったぜ、エーデルガルト殿下。それを言われたらやるしかねえよなあ。…まあ、やるだけやってみるさ。」
そうやって話が終わると、マイクランは私たちの側から離れて行った。…どうやらエーデルガルトの部下がマイクランにつきっきりで監視しているようだ。
マイクランが、鬱陶しそうに舌打ちしている。
マイクランが居なくなると、ヒューベルトが私に尋ねてきた。
「くくく…先生はなぜ盗賊をエーデルガルト様が雇いたいと考えているのか、分かりますかな?」
軽く試されているな。…まあ、もう薄々分かってるけども。エーデルガルトはフォドラを統一しようとしている。その一番の壁はファーガス神聖王国だろう。
多数の英雄の遺産を抱えた、誇り高く、精鋭なる騎士達の国。
厳しい土地柄故に、ファーガスは他の地域よりも、防衛のための紋章の影響力が強い。
…エーデルガルトは強引にでもフォドラを統一しようとしている。
ならば、答えは一つだ。
「…王国北部の地理に詳しく、土地慣れしている人材は、ファーガス神聖王国の制圧に欠かせないから、だろう?」
その言葉に、ヒューベルトは暗く笑い、エーデルガルトが頷いた。
「ご名答。さすが私の師ね。…ファーガスを相手取るなら、一番の障害となるのは、フラルダリウスとゴーティエでしょう。…どちらの領土も王国北部で、マイクラン達が活動してきたのも主に北部。…土地勘に明るい人材がこれだけ手に入るのなら、願ったり叶ったりよ。」
そんなエーデルガルトの言葉に、ソティスが面倒そうに呟いた。
「こやつ、もう戦争支度に入っておるのか。…全く、血の気が多いことじゃ。おぬしも気をつけよ。厄介な手合いを、自分の女にしたかもしれんぞ?」
私は悲しくなって、エーデルガルトについ疑問をこぼす。
「…エーデルガルト、戦争は絶対に起こさないといけないのか?フェリクスやシルヴァンの父親を、殺すことになっても?」
私はよっぽど悲しげな顔をしていたらしい。エーデルガルトも少し悲しげになり、言葉に詰まる…が、顔を振り、決心のついた顔で私に言った。
「…貴女が躊躇うのも、分かるわ。でも、これは避けては通れない道。…紋章主義を変え、私のような者を二度と出さない。そのためなら、血路だろうと歩むと私は決めたのよ。…師、それでも貴女は、私の隣に居てくれる?」
それは、ずるいよ…
私は無言でエーデルガルトの手を掴み、首を縦に振った。すると、エーデルガルトは華開くような満面の笑顔で、私に抱きついた。
しばらく二人で抱きしめ合う。
少しすると、ヒューベルトが軽く咳払いをして諌めてきた。
「…エーデルガルト様。そろそろ盗賊どもに勘付かれるかもしれません。…話が決まったのなら、早々に動いたほうが良いかと。」
「そ、そうね。分かったわ。師、その…続きはまた今度。」
そう照れくさそうにエーデルガルトは言うと、私から名残惜しそうに離れて、皆の元へと向かった。私も向かう。
作戦はこうだ。
まずマイクランが街に入り、その後私たちも追随する。
マイクランが武装放棄とこちらへの降伏を盗賊達に呼びかける。…まあ、帝国で養うという高待遇をぶら下げて、交渉するわけだ。
それで大多数がマイクランに従えばそれでよし。残った者を殲滅する。
その作戦を伝えられた皆の反応は様々だ。
ユーリスのように悪くないと納得する者。
フェルディナントのようにマイクランを疑問視する者。
コンスタンツェのように盗賊など兵士に育てられるのかと困惑する者。
ただその中でも、シルヴァンは、ずっと静かだった。
「ねえ、シルヴァン。君はこの作戦をどう思う?」
すると、シルヴァンは静かに答えた。
「…ああ、先生。どうって…良いんじゃないですか?これで素直に従う奴らなら、飯さえ食えれば盗賊やめるって奴らでしょうし。…父上にはもう話も通ってます。…ま、盗賊の被害がなくなれば父上も文句ないってことでしょうね。」
シルヴァンは、いつ何時も冷静に物事を見れる男だ。激情を見せることは滅多にない。
そんな彼だが、次の言葉には万感の思いがこもっていた。
「…まあ、あの兄上が、俺が生まれて犠牲になった兄上が、まともになれんのかって思うところはありますけどね。」
マイクランが街に入っていくと、一気にざわめきが広がった。辺りに屯して略奪に勤しんでいた盗賊達が、騒然とし始める。
「おい!あれ…お頭じゃねえか!?」
「生きてたのか!でも…なんで、騎士団の連中と!?」
すると、マイクランは街の中央にまで私たちを引き連れて辿り着き、大声を張り上げて言った。
「野郎どもぉ!!良い話がある!よぉく聞きな!!!…このエーデルガルト殿下が、俺たちをこのしみったれた王国から連れ出して、兵隊として養ってくれるとよ!!美味い飯に安全な寝床がある!!行きてえやつは武器なんざ捨ててこっちに来い!!」
途端に、周りがしんと静まりかえる。…そして、だんだんとざわめきが広がり始めた。不安と期待、そして怒りが入り混じった声だ。
「ど、どうするよ、おい。」
「…あの野郎、俺たちを裏切って騎士団につきやがったんだ!」
「…正直、王国の不味い飯食わずに済むんなら…」
すると、エーデルガルトがマイクランの横に並び立って高らかに叫んだ。
「私はエーデルガルト・フォン・フレスベルグ!次期アドラステア帝国の皇帝よ!…私の帝国では、きちんと働き、己が価値を示せば、ひもじい思いなどしないわ!…さあ、私の手を取りなさい!!」
すると、一人、また一人と、雪崩のように武器を捨てた盗賊達が集まってきた。
…やがて、盗賊達の半分以上が降伏した。
「有り難え!夜安心して眠れるのか!?」
「お…おら!もう王国の不味いうえに少ない飯はごめんだぁ!きちんと帝国で兵隊やれるなら、それが良いだぁ!!!」
が、それを冷ややかに見つめる魔導士とごろつきの集団があった。
その魔導士は、怒りのこもった声でマイクランに叫んだ。
「ふざけんなよ!マイクラン!お前、紋章持ちの餓鬼の飼い犬に成り下がったのか!!」
それに、マイクランは無言で押し黙る。
すると、その魔導士はさらに怒りを込めた声を上げた。
「なあ!あんたは紋章が無かったからって貴族から捨てられた俺を!拾ってくれたじゃねえかよ!一緒に腐った貴族どもをぶち殺そうってよお!
おい!…ふざけんじゃねえよ!」
そんな言葉に、エーデルガルトが口を開こうとする。が、マイクランがそれを制し、話し始めた。
「…今でも、俺はそう思ってる。そのためには、殿下の…「もういい!!」
すると、魔導士らしき男とごろつき数名が、武器を構えた。
「てめえの面なんざもう見たくねえ!野郎ども!ぶち殺すぞ!!」
「マイクラン、仕事よ。」
そう言うと、エーデルガルトは斧と盾を構えた。私も生徒達に合図して、武器を構えさせる。
そうして、戦闘は始まり、一瞬で終わった。
…当たり前だ。騎士団を引き連れた優秀な生徒達に、私。相手は、ほんの少しの盗賊。
残った無惨な死体に、無傷のマイクランはぽつりと呟いた。
「……先に地獄で待ってろ。俺もやることやったら、すぐに行く。」
そのマイクランの背中を、シルヴァンがどこか悲しそうに見つめていた。
そうして課外活動は終わり、盗賊達を帝国に引き渡した後、私たちはガルグ=マク大修道院に戻ってきた。
私とエーデルガルトは、帰還してしばらく経った後、シルヴァンに呼び出されて、改めて感謝を伝えられていた。
「先生、エーデルガルト。この間はお疲れ様でした。父上から報酬も貰えましたし、一件落着ですね。」
シルヴァンは一礼をすると、言葉を続けた。
「父上も俺たちの仕事ぶりに喜んでましたよ。…まあ、マイクランが俺たちを盗賊の中心まで先導した時は、肝が冷えたって言ってましたけどね。」
その言葉に、エーデルガルトと私は違和感を覚える。私がシルヴァンに尋ねた。
「まるで見てきたように話すね、ゴーティエ辺境伯は。」
その言葉に、シルヴァンは呆れたようにため息をつくと、驚きの言葉を続けた。
「実際、見に来てたらしいですよ。近くの高台まで騎士数名と。」
その言葉に、エーデルガルトは少し警戒した声音で疑問をこぼす。
「…私たちを警戒していたのかしら。」
それにシルヴァンはいつものように笑って答えた。
「いや?そんなことなかったが…多分、兄上を見に来てたんだろうなあ。」
その答えに、エーデルガルトは呆れたように呟く。
「今更捨てた子が心配になったということ?」
シルヴァンは真面目な顔に戻り、淡々と答えた。
「…兄上、マイクランは、父上の前妻の子なんですよ。…それがまあ、かなりの恋愛婚だったらしくて。何しろ、帝国の貴族のご令嬢と親の反対を押し切っての婚約だ。それなりに当時は荒れたそうですよ?」
その言葉に、エーデルガルトは驚いている。…知らなかったらしい。まあ、前妻ということは、恐らく…
「スレンの連中のせいで、その前妻は死んじまいましたがね。…でもまあ、そんなわけでマイクランは父上にとっては、それなりに思い入れのある子なんです。」
「それなのに、廃嫡したの?」
そんなエーデルガルトの言葉に、シルヴァンは淡々と答えた。
「ええ。…仕方なかったと思いますよ。うちには"破裂の槍"がないと、スレンに対抗するだけの力はありませんから。ま、今となって思えば、他にもやりようあっただろ、とか、思わなくもないですけど。」
シルヴァンは、どこか遠くを見ているようだった。過去の日々を思い返しているのだろうか。
「兄上は、そりゃあ酷いクズ野郎だった。…雪山に置いていかれるだの、井戸に放り込まれるだの、ろくな思い出がありません。でもね。」
「…兄上は、紋章を持たずに生まれた、俺の鏡写しの存在なんですよ。紋章を持たずに生まれたのが俺だったら、どうなってたのかって、考えない日はありません。兄上のようになってたのか、それともそうでもなかったのか。」
「…………………」
そんなシルヴァンの独白に、エーデルガルトは聞き入っている。私もシルヴァンの本音に初めて触れている気がして、聞き入る。
「…だから、エーデルガルトにも感謝してるんですよ、俺は。…あんなクズ野郎でも、もしかしたらの可能性の俺でも、貴女のおかげで異国の地で将をやれてる。…変な話、俺もどこか救われた気がするんです。」
エーデルガルトは、そんなシルヴァンにぽつりと呟いた。
「貴方は、本当は紋章が…」
そうやって一通り礼を言い終わると、シルヴァンは去っていった。その背中を見て、エーデルガルトは私に話しかけてきた。
「…師。紋章による苦しみは果てがないわね。紋章のない兄も苦しみ、紋章のある弟も苦しんでいる。…それぞれが、別々の重すぎる苦しみを背負っている。」
私は微笑みかけて、エーデルガルトに答えた。
「そんな世の中を、変えていくんだろう?君は。」
そして、エーデルガルトは私の手をおずおずと握って答えた。
「貴女と、ね。」
…こうして、ゴーティエ家の紋章騒動は幕を閉じた。
だが、今もフォドラの地では紋章による差別、廃嫡、苦しみが続いている。だが、彼らは知るだろう。
フォドラの夜明けは、近いと。