ベレス視点
角弓の節も終わりが近づいてきた。いよいよ来節はグロンダーズ鷲獅子戦だ。初めに行った学級対抗戦の、かなり大規模なものだ。…勝った学級には、報酬が出るとかなんとか。それ以上に、私にとっては名前を売り込む良い機会だ。
大司教になるには、知名度は必須と言える。
帝国歴747年に、北部諸侯がアドラステア帝国に対して独立戦争、通称鷲獅子戦争を仕掛けたのがグロンダーズ鷲獅子戦の名前の由来だ。
その戦いを契機に、北部諸侯はセイロス聖教会の助けもあり独立。ファーガス神聖王国と名乗るようになったのである。
フェルディナントが長々と語っていた。
「かつてフォドラにはレスター諸侯同盟も、ファーガス神聖王国も無かった。ただ一つのアドラステア帝国が有ったのだ。…帝国の貴族の中には、その再来を夢見るものも居る…」
エーデルガルトがフォドラ統一を目指すのは、勿論彼女の純粋な理想のためである。だが、彼女の帝国の協力者の貴族、というのは、やはりその手の類なのだろう。
彼女のことだから貴族連中に権力を握られるということもないだろうが、彼女の理想の実現のためには、私が側で支えた方が確実だろう。
ソティスが呆れたようにため息をつき、自室の寝床に腰掛けて、そう考えている私の肩を叩いた。
「おぬし…随分と乗り気になったのう。まあ、闇に蠢く者どもを滅ぼすには、帝国と切り離すのが一番というのは分かるが…。そんなに惚れたか、あの小娘に。」
そんなソティスに私は軽く息をついて答える。
「…私は最初に一目惚れした君が一番好きだ…と思う。ただ、何というのかな…彼女は、放って置けないというか…」
すると、ソティスは頬を膨らませてそっぽをむいて言った。
「それが惚れておるというのじゃ!全く…」
そんなソティスが可愛くて、私は彼女の顎を持って、瞳を見つめる。…本当に綺麗な美しい緑だ。そして、可愛い小さな唇にそっと口付けをした。
舌を入れて、彼女の口の中を味わう。…甘い。癖になる。
そして、しばらく彼女の口の中を堪能すると、そっと口を離した。
ソティスは顔を赤くして、ため息をついた。
「全く…わしが口付け程度で納得すると思うたか?今夜は夢の中で仕置きじゃぞ。よいな!」
そう言って、ソティスは笑顔を浮かべた。…今夜の楽しみが一つ増えたな。
私は部屋の扉を開けて、部屋の前にいたシャミアと軽く挨拶する。…最近は任務で少しシャミアは不在だったが、エーデルガルトと密会するのなら彼女の目は厄介だな。
そんな心配事すら見透かしてきそうな目をしている。
「どうした?先生。私が居ない間に悪巧みか?」
「…さあね。浮気でも心配した?」
そう茶化して答えると、シャミアはフッと笑って答えた。
「まさか。あんたが不特定多数と寝たがってるのは近くで見てたから分かるさ。…別に気にすることもない。」
そうやって華麗に答える様も魅力的だ。伶俐な見た目を引き立てている。
「それで、今日は休みだろう?先生。これからどうするんだ?」
そんな風に何気なく問いかけるシャミアに、私は軽く答えた。
「朝のうちは大聖堂で祈って、昼食を食べたら生徒達とお茶会、夕方からは生徒の個別質問への回答…かな。」
そんな私の答えに、シャミアは呆れたのか、感心したのかよく分からない声音で言った。
「…折角の休みだというのに、ほとんど生徒と過ごすのか、あんたは。…教師が板についてきたな。てっきり女でも口説きに街にでも出るかと思ったが。」
私は苦笑いして呟く。
「いや、そうしても良いんだが、可愛い生徒のためだからね。…意外と楽しいんだ、教師生活。」
シャミアは私には真似できんなと、面倒そうに呟いた後、揶揄うように言ってきた。
「で、その今日面倒を見る予定の生徒は、女生徒だけじゃないだろうな?」
「………………………。」
暫くお互いに無言が続く。すると、シャミアが声を上げて笑い出した。
「はははは…下心ありありじゃないか。ま、ほどほどにしとけよ。それじゃ、私は騎士団の連中と訓練でもしてくるよ。」
そう軽く言葉を交わしてシャミアと別れ、私は一人大聖堂に向かう。この時間にはちょうど彼女が一人で祈っているはずだ。
やはりそうだ。薄青色の特徴的な髪色の彼女、マリアンヌだ。私は彼女の横に歩み寄り、無言で彼女の隣で祈る。
「……………………」
「……………………」
まあ、私は心の中で本当に女神様と喋っているわけだが。…改めて考えるとえらいことしてるな。
「おぬし…わしを女を口説く出汁にしたな?ことと次第によっては許さんぞ?」
そう言ってソティスが私の頬をぐにぐにと引っ張ってくる。いや、物理的には引っ張られていないのだが、引っ張られる感覚だけがあるのだ。
「ごめんごめん。…嫉妬しちゃった?可愛いね。」
「全く!おぬしでなければ怒るところじゃぞ!」
そんな風に賑やかに心の中で雑談しながら祈っていると、マリアンヌが先に祈り終わったようだ。静かにこちらが祈り終わるのを待っており、私が目を開けると、おずおずと話しかけてきた。
「あの…先生、近頃熱心に祈られてますね。正直、初めて会った時の、ドロテアさん…でしたっけ。彼女とその…ここでいかがわしい行為をされていた時は、なんて不信心な人も居るんだ、と思ってしまったんですが。」
そんな風にぼそぼそと自信なさげにマリアンヌは喋りかけてくる。…これでも打ち解けた方だ。私が何度か挨拶を交わして、最近は会話もするようになった。
彼女の祈る時間を見計らって、共に祈っているのが効いたようだ。
「…あの時は女神様に悪いことをした、と思ってね。ま、軽い懺悔のようなものさ。」
そう軽口を叩くと、ソティスが私の頬をつねってきた。…可愛いなあもう。
「…懺悔。それなら、私もです。…先生とは、比べられないほど重い罪に対しての…ですが。」
そんな風に悲しげに言う彼女に、もう一歩踏み込んでみたくなった。
「何の罪に対して?」
彼女は押し黙り、目を辛そうに瞑っている。
私は慌てて答えた。
「いや、辛いなら話さなくても良いよ。済まない。君を不快な気持ちにさせる気はなかった。」
マリアンヌは私の答えに軽く礼をすると、またおずおずと話しかけてきた。
「…あの、先生。その、私…。」
私は彼女の繊細な手を取り、至近距離で瞳を見つめて話しかける。
「大丈夫、聞いてるよ。だから、ゆっくり話してくれ。」
「あ…。」
マリアンヌは顔を赤くすると、ゆっくりと話し始めた。
「…私、先生ぐらい話せる人、ここには本当に少なくて…その、先生の学級に、私を、入れてくれませんか?……やっぱり、ダメですよね。」
「構わない。…大歓迎だよ。私は喜んで、君を学級に迎え入れよう。」
そう言って微笑むと、マリアンヌは珍しく嬉しそうに微笑んだ。…思わずその笑顔に見惚れる。
ああ、やっぱり女の子は笑うのが一番綺麗だ。
私がマリアンヌとそのまま昼食を取るため食堂に入ると、待ち合わせをしていた三人が笑顔で出迎えてくれた。
「あ、先生!待ってましたよ!お茶会の前にお腹満たしちゃいましょ!」
そう明るく声をかけてくるのは、青獅子の学級の女生徒、アネットだ。橙色の髪を二つに分けて、円形に纏めている、小柄の可愛らしい少女だ。
「先生、少し遅いのではなくて!まあ、大聖堂で祈られていたのなら仕方ありませんけれど…」
そうコンスタンツェが軽く声を張り上げる。…そんなところも可愛い。…貴族らしく、大聖堂での祈りを重要視しているようだ。
「まあ、いいじゃない、コンスタンツェ。あら〜、そちらの子は…」
そう言って、マリアンヌを見つめるのはメルセデスだ。
…可愛いの凝縮されたような三人だな、といつ見ても思う。
この三人は大修道院の士官学校に来る前に、王都の魔道学院に通っていた三人とのことで、よくお茶会をしているのだ。
正確に言えばコンスタンツェは、二人が入学する前に魔道学院を卒業していたのだが、メルセデスが帝国にいた時にコンスタンツェと懇意にしていたらしく、その繋がりで集まったのだ。
…女子会とはいえ、魔道学院の同期なのに呼ばれていないローレンツ…まあ、女口説きで有名だからなあ、彼。苦情が多い生徒二番手だし。…ちなみに一番手はシルヴァンだ。
「あ、ええと…私は、その……一人で食べるので、お気になさらず。」
そう言ってマリアンヌは離れていこうとする。それを私がやんわりと引き止める。
「君も一緒に食べようよ、マリアンヌ。…食事は誰かと一緒だと楽しいものだよ?」
私がそう言うと、メルセデスも笑顔で頷いて言った。
「そうよ、一緒に食べましょう?私たちなら大歓迎よ〜。女の子同士、仲良くしましょ?」
そのメルセデスの答えに、迷った末にマリアンヌはおずおずと頷いた。
そして、私たちは揃って、二種の魚のバター焼きを頼んだ。
二種類の魚に小麦粉をまぶしてバターで焼いた、帝都アンヴァルに古くから伝わる伝統の味だ。
がっつりとした肉を好まない女子からも評判の良い料理だ。味が濃いが、くど過ぎないし、品がある。
コンスタンツェが懐かしそうに食事をしながら呟いた。
「…この味、ほっとしますわね。帝都にいる頃には、これが大好物でしたわ。…お姉様とも、よく食べた懐かしの味ですわ!」
そんなコンスタンツェの言葉に、メルセデスは微笑んで頷いた。
「そうねえ〜。…本当に、懐かしいわ。エミールと一緒に、よく食べたわね〜…。」
そんな言葉に、コンスタンツェが僅かに悲しそうな顔をする。…慌てて、彼女は私に言葉を振った。
「そ、そういえば先生は、長い間傭兵として諸国を放浪してきたと聞きましたが。帝都で食事をしたことがありまして?」
私はコンスタンツェの疑問に朗らかに答えた。
「一度だけあったよ。帝都は庶民が食べるような食事でも質が高いね。…これと似た料理も食べたよ。美味しかった。」
そんな言葉に、アネットは羨ましそうに呟いた。
「いいですよね、帝都は。王国なんて、庶民が食べられるご飯なんて量すら確保するのが大変で…美味しいのなんて、ブルゼンぐらいですし。」
アネットは王国西部のドミニク男爵の姪ということだが、庶民の暮らしにも明るいらしい。そう軽く愚痴を溢す。
それにメルセデスも頷いた。
「…冬になると、本当に大変なのよねぇ。…教会の人達に食べさせる分を用意するのも、一苦労だったわ。」
…メルセデスは、確か元貴族だったが、取りつぶしの憂き目に遭い、王国で義父に拾われるまで教会暮らしだったらしい。それなりに苦労もあったのだろう。
メルセデスは暗い雰囲気を変えようと、ずっと押し黙っているマリアンヌに声をかけた。
「同盟領ではどんな食事が一般的なのかしら?私、気になるわ〜。」
話を振られたマリアンヌは、少し驚いた顔をした後、辿々しく話し始めた。
「えっと…私なんかで正確に教えられるとは…」
そんな言葉に、メルセデスは笑顔で優しく言った。
「別に貴女の言葉でいいのよ?楽しくお喋りできたら良いんだから〜。それとも、気乗りしない?」
そんな言葉に、マリアンヌは少し顔を赤らめて安心した様子になると、ゆっくりと答えた。
「レスターは…うちの義父の領土、あ、えっと…エドマンド辺境伯の領土なんですけど、海に面してるんです。だから、外国との交易が多くて。珍しい香辛料を使った料理が多い…と思います。あとは大体、帝国と同じようだと…」
その言葉に、アネットが明るく答えた。
「え〜。それ、興味あるなあ。私は甘いのが好きだけど、辛いのが好きな人が同盟には多いのかな?」
「えっと、それは…」
そんな風に、メルセデスとアネットは明るく振る舞って、マリアンヌから上手く会話を引き出していく。
…気を遣うのが上手い二人だ。
楽しい雑談の時は続き、食事の後も、お茶会でも四人で楽しく話し合った。
…その会が終わり、メルセデスと二人の時に、私は学級に勧誘した。すると、メルセデスは笑顔で了承した。
「私でよければ、喜んで。…先生?若いのに教師としてしっかりしてるけど、無理してるでしょう?夜更かししてるの、よく見るわよ。…私が、先生を支えてあげるわ。何でも言ってね?」
そんなこんなで二人を一気に勧誘成功した私は、日が沈みかけてきた頃、とある教室の一室で生徒からの疑問点に個別で答える時間を作っていた。
エーデルガルトやアッシュ、アネットなど真面目な生徒が学級を問わずやってくる。
その常連の一人が、リシテアだ。
「先生、この騎馬隊なんですが、なぜ平地ではなく高台に陣取って〜…」
「ああ、それはね、この場合…」
今日は高等戦術理論についての質問に来ていた。最初の頃の私なら答えられなかったかもしれないが、今の私はそれなりに学び終わっている。
納得のいく答えが得られたようで、リシテアは笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。…納得しました。先生の指導は、いつも的確で助かります。」
それを横から眺めていたアネットが、少し悲しげな顔で言った。
「…先生も、リシテアも凄いね。私じゃその理論、半分も分からなかったよ。…やっぱり、才能の違いかなあ。」
そんな言葉に、リシテアはむっとした様子で言葉を返した。
「ちょっと。私が才能だけでやってるって言いたいんですか?私は人一倍努力してるから理解できるんです。」
少し険悪な雰囲気を出すリシテアに、私は慌てて口を挟む。
「…そうだね。君は人一倍努力してるよ。図書室でもよく夜まで自習してるのをよく見るよ。」
アネットも慌てて言葉を返した。
「あわわ…ごめんね?私そんなつもりで言ったんじゃあ…」
リシテアは私の言葉に露骨に笑顔になり、アネットの方に向き直って言った。
「…まあ、私も少し大人げなかったですね。今回は許してあげます。」
「良かった!それなら今度一緒に勉強会しない?教えて欲しいところがあるんだけど…!」
アネットはほっとした様子で朗らかにそう誘う。
リシテアはお菓子が出るならばと了承していた。
そうやって質問会も無事に終わり、生徒たちも夜になりそうなのでそれぞれ帰っていく。
私とリシテアは、これから図書室に行って自習するのが日課だ。
私も講義のために勉学は常にしないといけない。
その道中で、私はそれとなくリシテアを勧誘してみる。
「もし良かったら、リシテアもうちの学級に来ないか?…もっと個別指導に使える時間が増えると思うが。」
すると、リシテアはにやりと笑って、胸を張って言った。
「さては、成績優秀な私の引き抜きですね?…まあ、私としては歓迎ですよ。マヌエラ先生もしっかりした授業はしてくれますけど…授業外は、酔っ払ってるのが基本だったり、男と痴話喧嘩してたり…」
そう軽くリシテアは愚痴を溢す。あー…確かにセテスが前説教してたな。マヌエラは酒癖と男癖が悪いって。教師として云々かんぬんと…
そりゃ自習の質問どころじゃないな。
「なら、黒鷲の学級に歓迎するよ、リシテア。」
「ええ、ご指導ご鞭撻よろしくお願いしますね、先生。」
こうして私は、当初の目論み通り目をつけていた可愛い女の子生徒3名の勧誘に成功したのだった。
勧誘したからには、教師としてもしっかり面倒を見なくては。そう心を新たにし、私もリシテアと自習に励むのだった。