べレス視点
「さあ、遠慮せずにどうぞお座りなさい。今お茶を淹れましょう。」
ジェラルトとセテスと別れた私は、レアに部屋まで案内され、目の前でレアがお茶を淹れているのを眺めていた。この匂いからして聖者の茶だろうか。
高級な茶葉ではない茶を自分で大司教が淹れているのは、かなり意外な光景だった。
大修道院の3階は大司教であるレアの部屋とテラスがある。
レア曰く、星のテラスと言うらしい。
確かにこの高さなら満天の星空が見れそうだ。
レアの部屋は大修道院の大司教の部屋だけあってそれなりに豪華だが、嫌味がなく品が良い。
天井からぶら下がる灯りに木造りの本棚…そして何よりも天蓋付きの寝床
…落ち着いた雰囲気だ。
レアは上機嫌でお茶を淹れ、これまた品のある茶器に注いで二つ持ってくると、失礼のないようにと、姿勢を保って座っている私に笑顔で話しかけてきた。
「…緊張する必要はありません。さあ、もっと近くにいらっしゃい。この部屋にいるのは大司教ではなく、ただのレアなのですから。」
あれ?物凄く良い雰囲気だ。
これ私が押せばいけるんじゃないか?
目の前にはレアの端正な顔立ちと濡れているのかと思うほど艶やかな薄緑の髪。
大司教としての服の下には豊満な体が見てとれる。
私は自然とレアの手を握り、彼女の顔を至近距離で見つめていた。
「ありがとう、レア。君みたいな美しい人にそう言ってもらえると本当に嬉しいよ。私は世界で一番幸せかもしれないね。」
「まあ…!お上手なこと。でも…そう見つめないでください。私ももうあまり若くないのですから。」
「そんなことないよ。君は美しい。私が保証…「おぬし!」
レアを口説こうとしていると、ソティスの苛立った声が聞こえてきた。
「おぬしがそやつを口説こうがわしは構わんが、順序が違うであろう!ここに来た理由を忘れるでない!」
「ああ…そうだったね。」
いけないいけない。美女と二人きりという状況でつい我を忘れてしまった。
気を取り直して私は一旦茶器を手に取り、お茶を半分ほど飲んで冷静になる。
そしてレアに本命の話題を話し始めた。
「それで、先ほどの相談の話に戻りたいんだけど、いいかな?」
すると、レアも微笑んだ顔から真剣な顔へと変わり、頷く。
「実は…私には見えないはずの存在が見えて、聞こえるはずのない声が聞こえるんだ。…女神ソティスと名乗る少女の声が。」
ガシャン
次の瞬間、レアは机を揺らし、茶器を倒してお茶を零しながら勢いよく立ち上がった。
その顔は蒼白で、先ほどの穏やかな雰囲気は欠片もなかった。
「それは本当ですか?」
震える声でレアが問いかける。
私は驚きながらも頷き、更に確信を深めた。
(レアは何かを知っている…)
そこから私は聞かれるがまま丁寧に答えた。
ソティスと名乗る少女の容姿、話し方、そして記憶喪失であるということ。
そして謎の玉座に座るソティスを夢に見ること。
全てを聴き終わった彼女は、呆然と座り込んでいた。
ぶつぶつと何かを独り言で話しているが、何かまでは聞き取れない。
「…正直、妄言と切って捨てられてもおかしくないと思ってたよ。レア、私に一体何が起こっているのか、君は分かっているの?」
その私の質問に、彼女は顔を上げて辿々しく答えた。
「ええ…。心当たりはあります。しかし…」
「話してくれ。私は知りたいんだ。なぜ私が女神と共にあるのか、その全てを。」
レアは暫く黙り込んで何かを考えているようだったが、やがてポツリと呟いた。
「……分かりました。ただ、お茶が溢れてしまったまま話すのも何です。淹れなおしてから話しましょう。」
そう言うとレアは立ち上がり、お茶をまた淹れなおし始めた。暫くして、彼女はまた茶器を二つ持って戻ってきた。
「さ、お飲みなさい。まずは落ち着きましょう。」
そのレアの言葉に従い、私はお茶を飲む。
…?何か味が微かに先ほどと違う気がする。まあ、気のせいか。
「貴女がなぜ女神ソティスと共にあるのか。それは…私のせいなのです。」
「ほお…割と早く真相に辿り着けそうじゃの。」
ソティスのそんな声に頷きながら話の続きを促す。
「貴女はここ、ガルグ=マク大修道院で生まれました。全ての始まりはそこからです。」
その言葉に私は首を傾げる。
「…?ジェラルトは私は大修道院を出た後に生まれたと…」
「私を騙すための方便でしょう。無理もありません。何せ彼は…貴女を守るために大修道院から逃げ出したのでしょうから。」
「それは、どういう…?」
そう私がさらに続きを促した途端、視界がぼやけた。
目の前のレアの顔が霞んで見える。
「あ…れ…な、に…が…」
「なんじゃ!?おぬし、しっかりせい!こやつ、痺れ薬を…!!」
言葉の呂律も回らない。座っていることもできず、私は地面に倒れ伏す。
レアは倒れた私の頭を撫でながら語りかけてくる。
「心配しなくても大丈夫ですよ、べレス。貴女は死にません。ただ、母様が蘇るために少し眠るだけ。」
そして、どこか罪悪感を感じているような悲しそうな目で私を見て、小さく呟いた。
「ごめんなさい…シトリー…」
そして私を抱き上げると、それでも隠しきれない喜びを滲ませた表情をしていた。
「聖墓の玉座…あそこに彼女を連れて行けば…やっと…やっとお母様が…」
ジェラルト視点
俺はセイロス騎士団の団長に戻ることとなった。アロイス曰く、現騎士団長は高齢すぎて、実質的にはお飾りらしい。
面倒な仕事が回ってきやがった…だがそんなことはどうでも良い。
「クソっ…だからここに戻るのは嫌だったんだ!」
俺はアロイスが騎士団の皆に紹介すると言っているのを振り切り、修道院の3階へと向かっていた。
周りに人が多く、レア様が絶対に譲らないという姿勢だったため、あの場所ではべレスと部屋に行くのを止められなかったが、レア様の様子は明らかにおかしかった。
特にべレスの奴が存在しないはずの声が聞こえると言った時の反応は異様だった。…だとすると不味い。
恐らく俺の嘘も勘付かれている。
べレスに何かされるなら最悪レア様を害してでも…
そう焦りながら3階に向かおうとするが、2階から3階への階段の前に3人ほど固まっているのに気づく。
一人は見覚えのある緑髪の厳格そうな男…確かセテスだったか。
階段の前にいる騎士二人と何やら言い争っている。
「誰も3階への階段を通れないとはどういうことだ。私は大司教猊下の補佐だぞ。」
「申し訳ありませんが、レア様は今現在、絶対に3階に人はいれるなと…」
「私でもか。」
「はい。」
そんなやり取りを聞いて、俺は小さく舌打ちする。
くそッ!やはり何かがおかしい。
補佐も入れないほどべレスとの会話が大事ということか。
こうなりゃ力づくで…
そんな俺の姿を見て、セテスが近づいてくる。
「落ち着いてください、ジェラルトさん。どうしたんですか。」
「落ち着いてられるか!このままじゃあいつはレア様にまた…」
「また?」
俺の言葉に怪訝そうな顔をするセテスに、俺は小さくしまったと呟いた。
「確か貴方の娘はここを出てから生まれになったんですよね。なのにまたということは…大司教と彼女の間に何か問題でも?」
「それは…」
「私も気にかかっていることがあります。もし真実を話してくれるのなら、何か協力できるかもしれません。」
「………」
セテスの目を見つめる。これは嘘はついてねえな。それに、本当に何も知らなさそうな反応だ。何より、レア様とべレスの件で通じてるなら、こいつも3階に行けないのはおかしい。
「これから話すことは、他言無用で頼むぞ。」
「……ええ。私も口は硬い方です。安心してください。」
それから俺は全てを話した。
べレスはこの大修道院で生まれたこと。
泣きも笑いもしない静かすぎる赤子だったこと。
医者に密かに見せたら、心臓が動いていないと診断されたこと。
レア様が恐ろしくなり、21年前の火災の土壇場に赤子は死んだと嘘をつき、べレスを連れて大修道院を逃げ出したこと。
全てを聴き終わったセテスは、静かに呻きながら呟いた。
「レアのやつ…まさか禁忌を…?」
「なんだ。なんか心当たりあるのか。」
そう俺が急かすと、セテスは無言で頷いた。
「ええ。私の仮説通りなら、非常に不味い状態かもしれません。レアを止めなくては…!?」
その時、3階への階段から人が降りてくる音がした。
俺は咄嗟に近づこうとするが、セテスが俺の手を掴んで、側にある物陰に引き摺り込んだ。
やがてレア様が降りてくるのが見えてくる。なんとその腕の中には
「べレス…!!」
気を失っているのかピクリとも動かないべレスをレア様が両手で抱いている。
階段の前に控えている騎士2名に何かを命じて、3人は1階へと降りていった。
セテスを振り解いて3人を止めようとするが、セテスが必死に小声で耳元に呟いてくる。
「今は抑えてくれ!私の予想通りなら、ここで彼女を捕まえても意味がない。シラを切られるだけだろう。」
「ならどこで捕まえりゃいいんだ!」
俺の一言に、セテスはどこか葛藤した様子ながらも、やがて静かに答えた。
「このガルグ=マク大修道院の地下にある…聖墓でだ。」