ベレス視点
無事にクロードとの取引を終えた私とエーデルガルトは、ヒューベルトと共に、これからの作戦会議をしていた。
あの後闇に蠢く者の情報もクロードとある程度共有し、誓約書もお互いに交換した。考えうる限り最高の出だしだ。
あの後結局夜まで話は続き、遅めの夕食を済ませた私とエーデルガルトは、ヒューベルトも交えて私の自室で今後について話し合っていた。
「くくく…まあまだ何も成し遂げたわけではありませんが、先生のおかげで闇に蠢く者どもを切り捨てる算段も付いてきました…。クロードを本当に信頼していいのかは疑問ですが。」
そんな風に珍しく声を弾ませるヒューベルトに、エーデルガルトがご機嫌な笑顔で答えた。
「それでも、この誓約書が得られたのはかなり大きいわ。クロードの直筆の、リーガン領は帝国へと降るという署名入り…これがあれば、同盟は容易く落ちるでしょう。」
実際、この書類の意味は大きい。これがあれば、エーデルガルトはもしクロードが土壇場で裏切る腹づもりでも、リーガン領の正当な所有権を主張できる…まあ、その代わりに彼に渡したものもあるが。
ヒューベルトは少しため息をついて呟く。
「まあ、その代わりに彼の故郷に国交を開くことが絶対条件となってしまったわけですが…にしても、あの男がフォドラの外から来たとは…あの気質に、掴み難さを考えれば、納得ではありますがね。」
そうなのだ。クロードは配下、ナルデールという者をリーガン領の家宰に任命することの許可、そして彼の故郷との国交開通を、協力する条件として提案してきた。
エーデルガルトの直筆入りで誓約書を書いた以上、それは必ず守らなければならない。
「確かに不明瞭な点はあるけれど、闇に蠢く者どもに比べれば数倍ましよ。さて、後は師が大司教だと、適切な時期に公布するぐらいね。…そうすれば、大概の諸侯は私に付くでしょう。」
「そうですな。クロードが帝国に付くと明言したのも、先生が大司教になり、自身の野望に近づくからという面が大きい。できる限り、早く大司教に先生には成ってもらいたいものです。」
同盟次期盟主が傘下に入り、私というフォドラの次期大司教まで味方につけば、アドラステア帝国という圧倒的な武力に一気に正当性が生まれる。
…戦争を起こすのは今でも嫌だが、それさえあれば戦争を起こさずにフォドラを統一することも可能かもしれない。
私は、なら次の問題に取り掛かろうとヒューベルトとエーデルガルトに提案した。
「…それなら次の問題は、闇に蠢く者だね。…ここまで協力したんだ。彼らについての情報を、できる限り渡してほしい。」
エーデルガルトとヒューベルトは少し黙り込むが、エーデルガルトは吹っ切れたように頷いた。
そして、手袋を脱ぎ、素手で私の手を取る。…暖かい。彼女の体温が直に伝わってくる。私の目を見つめて、彼女は言った。
「いいわ。ここまで協力してくれた先生なら、全て話してもいい。それが、共に道を歩む、ということだものね。…ヒューベルトも、それでいいわね。」
その言葉に、ヒューベルトも肩をすくめながら頷いた。
それを見て、エーデルガルトは淡々と私に話し始める。
「まず、闇に蠢く者どもの指揮官が帝国の貴族に居ると言ったでしょう。その者の名は、…アランデル公。私の叔父よ。」
その言葉に、私は少なからず驚きを隠せない。
…名前は聞いたことがある。七貴族の変の首謀者であり、宰相であるエーギル公とも強い繋がりを持っている男。
…まさか、叔父が闇に蠢く者だったとは…擬態といえども、そんな重鎮が…
ヒューベルトが辛そうにしているエーデルガルトの代わりに、淡々と言葉を紡ぐ。
私は拳を握りしめていた。…許せない。私のエーデルガルトをここまで苦しめていたとは。闇に蠢く者どもの罪状は、止まるところを知らないらしい。
「…帝都はアランデル公と、宰相エーギル公に味方する一派が実質的に支配している…忌まわしいですが、我が父もそれに加担しています。…ご安心ください。あの屑は私が責任を持って排除しますので。…宰相と大公を引き摺り下ろすのは、骨が折れそうですが。」
要は、その帝都を牛耳っている宰相と大公を倒さねばならないというわけだ…気の遠くなる話だな。
だが、エーギル公はフェルディナントの父親だ。彼を味方につけられれば、簡単に無力化できないだろうか。
「フェルディナントに協力を頼めば、エーギル家の兵をだいぶ寝返らせられるのでは?」
私がそう問いかけると、二人は難しい顔をした。ヒューベルトがぽつりと呟く。
「最終的には協力できるかもしれませんが、彼の場合、まず父であるエーギル公を説得しようとするでしょう。…私のように非情に徹する男ではありません。…計画が露見する危険性は避けたい。」
私はその答えに納得する。確かにフェルディナントはいい意味で真面目すぎる。…暗躍向きの男ではない。
エーデルガルトはそんな私を励ますように話し始めた。
「…ただ、敵ばかりというわけではないわ。軍務卿ベルグリーズ伯、内務卿へヴリング伯、そして外務卿ゲルズ公はこちら側よ。…彼らの力と先生の力があれば、宮城から宰相と大公を排除するのも決して夢物語ではない。」
…成る程。軍務と内務を抑えているのなら、勝った後でも十分に帝国を建て直すことはできるだろう。…だが六貴族の一人がまだ出ていない。
「ベルナデッタの父、教務卿ヴァーリ伯は?どちら側?」
私がそう問うと、ヒューベルトは嘲るように笑って答えた。
「どちらかといえば宰相派ですが…別に気にするほどでもありません。力もなく、度量もない。大勢が決まれば、どうとでも転がせる俗物です。」
私は情報を飲み込み、他に気になっていることを問いかける。
「…帝国での彼らの立ち位置は分かった。ならば彼らは王国と同盟には居ないのか?」
その問いかけに、エーデルガルトが歯切れ悪く答えた。
「それについては、まだよく分からないのよ。ダスカーの件からして、王国内部に闇に蠢く者どもが居るのは確かでしょうけれど…同盟は取り入ろうと思って取り入れる政府構造をしていないから。…居ないと思うわ。」
聞き逃せない単語が流れてきた。…ダスカーの件?それはダスカーの悲劇のことか。あの王国の前王がダスカー人に殺された…
「なら、闇に蠢く者どもがダスカーの悲劇の首謀者?」
その一言に、エーデルガルトは無言で頷いた。どこか悲しげだ。ヒューベルトが代わりに説明し始める。
「…あの事件は色々と複雑でしてな。帝国と王国の醜聞にも関わってくる話です。ただ…ダスカー人の過激派と、改革を推し進める王に不満を持っていた王国西部領主を闇に蠢く者どもがけしかけた結果、とは聞いています。」
…ならば、また話が変わってくる。奴らが王国にとっても怨敵ならば…協力できるのでは?
「そのこと、具体的に事件の全容が分かったら、ディミトリに伝えよう。…闇に蠢く者を滅ぼすなら、彼らの力も必要だ。」
ヒューベルトは眉を顰めて、難しい顔で私に言う。
「…簡単に言いますな。彼はクロードとは違う。紋章主義の強い、王国の王子です。彼の目的は、王国を守ることなのは誰の目でも明らか…我が主のフォドラ統一のため、いずれ確実に戦う相手です。協力など…」
そんな風に吐き捨てるヒューベルトに、エーデルガルトも同意らしい。私が悲しそうに顔を歪めると、エーデルガルトはそんな私の目を見つめて、強い口調で言い切った。
「師…貴女の慈悲は、得難い素質よ。…でも、時には非情にならないといけない時もある。…私にとって、それは今。王国を打倒しなければ、私の夢は叶わない。…異なる正義を持つ相手は、排除しなければならないのよ。」
「…………………」
私はそれに答えられない。シルヴァンやフェリクスを裏切ることになる。そんな私に、ヒューベルトは淡々と告げる。
「まあ、別に貴殿の協力を得られなくても構いませんよ。同盟と帝国の力があれば、王国を攻め滅ぼすのは、出来ぬことではない。…闇に蠢く者どもの対処さえして貰い、我々の邪魔をしないなら、十分です。」
エーデルガルトはそんな私にはっきりと告げた。
「師…信じているわ。いつか、貴女も私の道についてきてくれると。…私の愛する貴女なら。」
そう言って、彼女は私を軽く抱きしめる。私は…抱きしめ返すことが、出来なかった。
悲しそうにエーデルガルトは離れると、私に尋ねた。
「他に何か彼らについて聞きたいことは?」
私は大きな息を吐いて頭を切り替える。今必要な情報は…
「彼らはフレンの血で、何をしようと?」
ヒューベルトは想定内の質問だったようで、淡々と答える。
「何でも、フレン殿の血から人工紋章石を作ろうとしているとか…それによって、魔獣を生み出そうとしていると。」
その言葉に、今まで黙って聞いていたソティスが苛立った声を上げた。
「…やはりか。わしの眷属の血をも使うか。盗人に虫風情が…忌まわしい。おぬしとわしで征伐せねばな。」
私は最後に一つの質問をする。
「闇に蠢く者どもは次に…どう動く?」
「具体的には我々も知らされていません。ただ…何かしらの実験の後、…我らが大修道院を襲撃する、そうですよ。…貴女を消しにね。」
そう彼は低く笑った。それを軽く睨むと、エーデルガルトは警戒した声音で言った。
「…教団内部にも擬態した奴らの一人が居るらしいの。…モニカを拉致したのもその者よ。…名はソロン。トマシュという書庫番に擬態しているわ。だから、十分気をつけて、師。貴女を失うのは…耐えられないわ。」
…闇に蠢く者は、着々と準備を進めている。実験とやらも気になるが、内部に闇に蠢く者が入り込んでいるのなら…捕えられるか?
いや、レアにも悟られずに動ける相手だ。まず、こちらの動きを悟られるかもしれない。ソロンを逃してエーデルガルトがこちら側なのが露見するのが最悪の状況。ならば、闇に蠢く者の1人を捕らえて、例の、"私の血"を使うのは派手に奴らが動いた時。
絶対に、尻尾を捉えてやる。
そして、願わくば…クロードとエーデルガルトだけでない。…ディミトリの力も借りて、必ずや奴らを…
そう、私は決意を固めたのだった。
そんな日から二日経った今日は、とうとう角弓の節、最後の日だ。
…今節は色々あったが、今日も色々と山盛りの日になりそうだ。
私とエーデルガルトは、クロードに、なんて事はないガルグ=マク城下町のとある酒場に呼び出されていた。
以前のクロードとの話に出てきた、家宰にクロードが選んだと言う、ナルデールと私たちを会わせたいらしい。
私たちは身元が割れないよう、平民の服装で酒場に向かう。
私たちが警戒しながら酒場に入ると、クロードが陽気に座って手を振ってきた。片手には…酒の入っているだろう木のジョッキを持っている。その背後には、厳つい大男が立っていた。
クロードと同じ褐色の肌に顎髭を蓄え、顔に大きな傷跡のある、いかにもな大男だ。
…体の所作を見て私は警戒を強める。…強い。
かなりの修羅場を潜り抜けた、歴戦の戦士と見た。
「よお!お二人さん、こんな場末の酒場も、偶には悪くないだろ?」
「クロード…まさか貴方、飲んでるの?」
そんなエーデルガルトの言葉に、彼は高らかに笑って言った。
「お前ら!今日はこのお嬢さん方が、俺たちに奢ってくれるとさ!」
その瞬間、酒場中から歓声と拍手が上がる。エーデルガルトは、本当にうんざりした時の長いため息をついた。
そして座り込むと、クロードを睨んで言った。
「言っておくけど、私達は飲まないわよ。」
その言葉に、私は軽く落ち込む。酒場に来る以上飲むには飲みたかったのだ。
その姿を見て、エーデルガルトは少し肩を落とすと、
「…師は良いわよ。飲んでも。」
と小声で呟いた。
私は喜んで大樽の酒を一気に飲む。それを見て、クロードと大男…ナルデールは口笛を吹き、手を叩いた。
「はっはっは…こいつは良い飲みっぷりですねえ!俺も負けちゃいられねえ!…おっと、自己紹介が遅れましたね。俺はリーガン領家宰のナルデールです。以後お見知りおきを。」
そう言って、ナルデールは赤い顔でふらつきながらも礼をして見せた。…エーデルガルトはずっと呆れっぱなしだ。
「…まったく。それで、クロード。何の用でここに私たちを呼んだの?…まさか、店の支払いをさせるため、とは言わないわよね?」
「ま、落ち着けって。…秘密の会話をするなら、こういうどーでもいい話が飛び交う酒場が一番良いんだ。」
そう言って、クロードは真面目な目つきになり、小さく呟いた。
「…まず、報告だ。同盟内の貴族には、少なくとも闇に蠢く連中ってやつは居ない。…まあ、うちは五大諸侯の会議で全てを決める特殊な共同体だ。入り込む旨みがないと踏んだんだろ。」
その言葉に、私達は一気に真面目な話を始める。
「…まあ、それは想定内ね。それで、次の話は?」
クロードは何でもないようにジョッキに口をつけると、淡々と言った。
「いや、あんたらは俺を抑えれば同盟を抑えたと思ってるようだが、それは甘いと思ってね。…一つ、忠告しとこうと思ったのさ。」
その言葉に、私は小さく確かになと頷いた。
…同名は、王国や帝国と違って、貴族諸侯の自我が強い。故に、会議で言い合いになったり、同盟内で小競り合いになったりもよくある事だ。…傭兵時代、そんな小競り合いの仕事を依頼されたりもした。
「…確かにね。なら、君はどうすべきだと思う?」
その私の問いかけに、クロードは軽い調子で答えた。
「…何、同盟でリーガン領と同格の家って言えば一つしかない。グロスタール家さ。…ローレンツの実家だな。そこの親父はセイロス教の敬虔な信徒でな。…少し飴をぶら下げて次期大司教が交渉すれば、上手くいくんじゃないか?」
「…興味深いわね、もっと聞かせて?」
そんな調子で、私達は同盟領をどう懐柔するかについて話し合った。…やはりクロードは鋭いし、同盟領に詳しい分、得難い情報をくれる。
話が終わり、私たちが帰る頃には、エーデルガルトも随分と上機嫌だった。
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????視点
話が終わり、俺は先生とエーデルガルトの2人を見送った後、ナデルと本命の話に入る。
ナデルは面倒そうに頭を掻くと、小さくため息を吐いて言った。
「…ったく。フォドラの戦ってのは、駆け引きだの何だの面倒でいけねえなあ。…グロスタールってとこも、攻め落とすわけにはいかねえのか?」
そんないつも通りのナデルに、俺は軽く呆れながらも答える。
「おいおい。…そんなやり方じゃ、割を食うのは弱者だろうが。俺はそんなの御免だね。」
そうだ。俺はフォドラに来て、ツィリルや多くの孤児に会って知った。昔の俺や"親父"のやり方では、弱者があまりにも傷つきすぎる。
そんな俺の答えに、ナデルは鼻で笑って言った。
「…坊主は相変わらずだねえ。弱者なんざ、弱いそいつらが悪いんだろうが。」
「俺はお前らのそういう所が嫌いで、フォドラに来たんだよ。弱かろうが、強かろうが、好きに生きれる世界にするためにさ。」
ナデルは大きく笑うと、俺の肩を叩いた。…相変わらずだな馬鹿力が!
「ったく。相変わらず無茶苦茶言うぜ。…無茶苦茶と言えば、二日でパルミラとここまで移動させたお前も、大概無茶言いやがったよなあ。一睡もしねえでここまで飛んできたぞ?」
その言葉に、俺は笑いかけて言う。
「まあ、パルミラの誇る無敗の"ナデル"なら、それぐらいお安いご用だろ?」
「俺使いが相変わらず荒れえなあお前は!…んで、王から言伝を貰ってきたぞ。お前の言う通り。」
俺はその言葉に小さく笑う。…ようやく本命の話が来た。
「それで?俺の親父殿は何だって?」
「喜べよ、坊主。もし俺たちとフォドラで国交が本当に開かれたなら…次の大王はお前だ。」
俺は心の中の喜びを必死に抑え、ゆっくりと酒を飲む。…よし。エーデルガルトはともかく、先生ならまず約束は破らない。リーガン領に、ナデルを家宰として入れ込ませることもできた。
俺が計画通りフォドラを去っても、俺たちの爪痕はフォドラに残る。
フォドラの王の座はくれてやるさ、エーデルガルト。それまでは配下として付き従ってやる。だが、それが叶ったその時には…
「パルミラ大王として、対等な付き合いをさせて貰うぜ?…皇女様。」
鹿は鷲の下に付こうとしていた。
だが、彼は…縛られるような、男ではない。
彼は、人を自由に弄ぶ、決して掴めない風なのだから。