ベレス視点
私は久しぶりにレアとお茶会を楽しんでいた。
…エーデルガルトに我ながら振り回されてろくに休み時間を最近は取れて居なかった。
気兼ねなく話すために、レアの自室で茶会を開いている。
彼女の淹れてくれたお茶は、ほどよく温くて落ち着くのだ。…もうちょっと熱くてもいいけれど。
「…いい香りだ。レアの淹れてくれるお茶は落ち着くね。」
私がそう微笑んで品の良い茶器をゆっくりと口から離すと、レアも静かに微笑み返した。
さて。久しぶりの愛しいレアとの茶会は本当に嬉しい。というか服装が私が初めて抱いた…というか後半からはソティスと抱かれたけど…の時と同じ私服だ。
絹のように柔らかな純白の服。…あれ抱き心地良いんだよなあ…
柔らかな肉体に、ゆったりとした絹の服が張り付いた時の…
私がついやらしい目でレアの腰つきをちらちらと見つめていると、レアは顔を赤くしてため息をついて言った。
「…全く、悪い娘ですね!もう。」
そんなレアの声も僅かに上擦っていて。…私のために照れているのだと分かると余計興奮して。
私は満面の笑顔で言葉を返した。
「ああ…私は悪い子なんだ。だから、じっくり体に教えてくれると助かる。」
そんなこんなで軽やかに会話を私たちは続ける。それなりにお茶も飲み終わった頃、私は今日の本題に入ることにした。
「ところでレア、私に大司教の地位を譲ってくれるという話だったけど…そろそろ準備に取り掛かっても良いのでは?急に成るわけにもいかないし、諸侯への挨拶回りぐらいはしとくべきだろう。」
そうできる限り自然に私は提案する。…実際、よく出来た建前ではあるだろう。
大司教の交代となれば大事件だし、5年後には大修道院が落成してから1000年を祝った、大規模な祝典が開かれる。その前に諸侯に認知されておくというのは、大事なことだ。
本音は、ここで私が大司教になると諸侯に認知させ、エーデルガルト派に出来うる限りの貴族を鞍替えさせておきたいという目的ではあるが。
戦争なんてできれば起こしたくないのだ。エーデルガルトも本音ではそうだろう。ただ、理想のためには突っ切れるのが彼女と言うだけで…
闇に蠢くものどもと協力して戦争を起こすという当初の筋書きは、何としても打破しなければならない。
クロードをこちら側に引き込んで何とかそれも現実味を帯びてきたが、念入りにするに越したことはない。
レアは少し驚いた顔をした後、言葉を紡ぎ始めた。
「…随分と気が早いですね、ベレス。5年後の1000年祭に貴女が大司教になると公布するつもりだったのですが…何か急ぐ理由でもあるのですか?」
…ここは下手に嘘をつかない方が良さそうだ。レアは賢いし、愛しいレアに嘘をつくのも気が引ける。
ソティスの機嫌も損ねたくないし!
「…聞こえておるぞ〜おぬし…。」
そうソティスは私の頬をむにむにと引っ張る。…ソティスは私を揶揄う時には決まってこうするのだ。
ソティスと心の中で楽しくじゃれ合いながら、私はレアに真剣な顔で答えた。
「生徒のためだよ。エーデルガルトは紋章主義を変えようとしている。…1人では出来ない大仕事だ。だから、私が大司教になって支えようと思ったのさ。…アドラステア帝国の皇帝とセイロス聖教会の大司教の共同作業だ。」
私の言葉に、レアは和やかに頷いて答えた。
「そうですか。エーデルガルトは私が帝国の建国に導いた、初代フレスベルグの血を引き継いだもの…貴女が彼女を導きたいというのなら、それは素晴らしいことです。」
改めて、目の前のレアはとんでもない歴史上の人物なのだと再認識する。彼女にとっては、帝国1000年の歴史もさほど長くないのだろう。
「そんな聖者が崇めるのがわしなんじゃぞ。…おぬし、忘れておるよな?」
そうソティスが呆れたように私の正面に立って言ってくる。私は照れ臭く思いながらも答えた。
「ソティスは私の初恋の人…神だから。なんというか、別格なんだよ。」
そんな私の言葉に、ソティスはきょとんとした顔をすると、無言で私を抱きしめた。
レアはそんな私の様子を見て少し羨ましそうに目を細めると、私にお茶のお代わりを淹れてくれた。
そして穏やかにまた話し始める。
「…まあ、貴女がそう言い、お母様も許されているのなら私も賛成です。…教師として貴女が今年一年を終えたら、大司教として私が手解きしましょう。」
「ありがとう。…だが、新人の教師が急に大司教になって周りに不満が出るのでは?」
私の問いかけに、レアはため息をついて言った。
「誰を後釜にしても、誰かの不満は出ます。…それが組織ですから。ですが、貴女は今年に入って来たばかりというのに、目覚ましい実績を上げています。」
レアは少し嬉しそうに言葉を続ける。
「聖地赤き谷の賊征伐から始まり、西方教会の企みの阻止、英雄の遺産を奪い去った賊の捕縛…実績だけでもこれだけあります。更に、炎の紋章を持ち、天帝の剣を自在に扱える…。」
私は少し照れ臭くなってくる。レアは自分のことのように嬉しそうに語り続ける。
「まあ、お母様が付いているのなら当然ですが。生まれも保証されています。セイロス騎士団長ジェラルトと、…修道女、シトリーの娘。…貴女は武闘派の騎士を中心として、かなり支持されているのですよ?…ジェラルトが慕われているのも大きいのでしょうね。」
…言われてみれば生まれの分からない人間というわけでもなかったな、私は。
最近新入りの騎士から指導を頼まれることもよくあったのだが、そんなに慕われていたのか。
ジェラルトの人徳に助けられた形だな…今度美味しい酒でも奢ろう。
アロイスさんもしきりに私の自慢話を楽しげに言ってくれていた。
少々照れ臭いが、私のことを妹のように思っているとのことだった。
彼は従者としてジェラルトに子供の頃拾われたらしい…それが原因だろう。
レアはくすりと笑うと、微笑ましそうに話を続ける。
「次期皇帝と親しいという評判も広まっています。…これだけ条件が揃っていれば、さほど問題なく受け入れられると思いますよ。ただ、それは大修道院内での話。…諸侯の間では、それほどでもありません。ですが、今節末には…」
私はレアの言いたいことが分かって、少し得意げに言った。
「…鷲獅子戦がある。帝国、王国、同盟の諸侯が注目する模擬戦だ。」
レアは無言で頷いた。
…要はそこで派手に勝てば、私の教師としての素養は広く伝わるわけだ。
少なくとも、名前も知らないということは無くなるだろう。
「ならまず鷲獅子戦に勝つ。…そして、それから特に何もなければ公布をして、諸侯と地方教会に挨拶回り。それで構わない?」
「ええ。…ふふ、今節末を、楽しみに待っていますよ。」
こうして、私の目標はきっちりと定ったのだった。
その後レアと少し愉しんだ後、私は部屋を出てエーデルガルトとヒューベルトとまた話をした。
私がレアと話した内容を共有すると、エーデルガルトは興奮した様子で拳を握った。
「そう…!なら、次節にはもうグロスタール伯や、他の同盟諸侯に圧をかけられるわね。本当に戦わずに同盟全土を抑えられるかもしれない…!」
ヒューベルトはエーデルガルトに釘を刺すように淡々と忠告した。
「まあ、話を伝えるのはあくまでグロスタール伯を始めとした、力のある貴族の少数のみにすべきでしょうが。…情報が漏れるわけにはいきません。後の諸侯には、まあ…多少圧をかけてやれば良いでしょう。」
二人とも黒鷲の学級が勝つ前提で話しているが。
私がそう軽く突っ込むと、エーデルガルトはおかしそうに笑って言った。
「ふふ…だって、決まっているでしょう?私が居て、皆が居て、師が居る。ならば、黒鷲の学級に敗北はないわ。」
私は、この年端のいかない少女を愛おしく思うと同時に、少し末恐ろしくも思った。
講義を済ませて夕方になった大修道院で私は、気分転換に軽く城下街に繰り出すことにした。
女の子を口説きたいから一緒に来るかとシャミアも誘ったが、露骨に面倒そうな顔で断られた。
あの伶俐な美貌ならすぐ女の子も寄ってくると思うんだが…意外と抱く相手は選ぶ種類の人間のようだ。
まあ、私も選ぶけどね。可愛い女の子だけを。
そんな風にぼんやりと女の子を物色しながらついでに色々と買い出しをしていると、椅子に腰掛けた白髪頭の老人に声をかけられた。
「もし、そこの方…この老ぼれの話を聞いてくれんかね。わしは生まれてこの方、ずっとこの街で暮らして来たが、帝都の娘が手紙が来て、日課の礼拝に…」
私は少し面倒になって頭を掻く。困ったな。老人は話が長い。…せめて、要件を先に言ってくれればいいんだが。雑談なのか、困っているのかすら分からない。
私が痺れを切らして口を開こうとした時、可憐な声が横から聞こえてきた。
「あら〜?先生、こんにちは。この方はお知り合い?」
亜麻色の長い長髪の、穏やかな女の子、メルセデスだ。
どこか目線が心配げだ。
「違うよ。」
私がそう端的に答えると、メルセデスはその年寄りから笑顔で話を聞き出し、彼は足を痛めて日課の礼拝に行けなくて困っている、ということが分かった。
メルセデスの提案で、私たちはその老人を両側から肩を貸して礼拝堂まで連れて行く。
…私が担げばそれで済む話なのだが、それをしないあたり老人の外聞を気遣ったのだろう。
私は私たちに頭を下げる老人と別れると、メルセデスにお礼を言った。
「ありがとうメルセデス。助かったよ…どうにも、話が長くて、あの人。」
その言葉に、メルセデスは笑顔で頷いた。
「きっと、あの人は誰かと話したかったのよ。それで、つい話し込んでしまって…困ってたって顔をしてたものね、二人とも。」
メルセデスはいつもと変わらない様子で答える。…よく他人のことを見てるんだよな、この娘。その割には自分のことに無頓着というか、何と言うか…自分に向けられてる悪意に鈍い所がある。
流石に下着姿で外を歩いて来たという話をシルヴァンから聞いた時は本気で驚いた。そして羨ましくも思った。ゆるせん、シルヴァン。
「私はともかく、あの老人が困ってるってよく分かったね、メルセデス。私は判別できなかったよ。」
「そうね〜…。まあ、教会暮らしが長かったから慣れている、のかしら。先生もきっと、そのうち分かるようになるわよ。」
そんな風に言うメルセデスは、どこか心の内側を吐き出すかのように呟いた。
「…私ね、将来は路頭に迷っている私と母を助けてくれた、司祭様みたいな人になりたいの。…う〜ん、でも、なかなか上手くいかないのよね…でも、仕方ないのかしら。」
そうして、メルセデスは何でもない当たり前のことのように呟いた。
「紋章がない普通の人だったら、叶った夢なのかしら。でも、仕方ないわよね。私の運命は私ではなく、女神様が全て決められるのだから。」
私はそんなメルセデスの達観しすぎた態度に、思わず言葉を漏らした。
「…メルセデス、君の過去に何があったかは知らない、無責任な私の言葉だけど、ひとつ言わせてくれ。」
「何かしら?先生。」
「本当に、メルセデスはやれることを全部やったのか?私に将来の夢を打ち明けたのも、初めてじゃないか。…私だって協力できる。」
「運命、ってやつで諦めるのも確かに一つの手だとは思う。生きるのにも諦めは必要なところもあるよ、でも…メルセデスは少し諦めるのが早すぎるんじゃないかな。若い頃は、もうちょっと欲張っていいと思うよ。私みたいに。」
…殆ど何も考えずに、口から自然と出て来た言葉。でも、その分飾らない私の本音だ。メルセデスはその言葉に黙り込む。
私が慌てて言葉を続ける。
「すまない…出過ぎたことを言った?」
メルセデスはすぐに笑顔に戻ると、首を横に振った。
「いいえ?少し驚いたけど。先生って、私と同じぐらいに見えるのに、本当にしっかりしてるのね。…それに比べて、私は…」
メルセデスは、そこで言葉を途切れさせると、にこりと笑って会釈して、去っていった。
そんな私に、ソティスが笑顔で浮かびながら言った。
「…少し感心したぞ、おぬし。女を前にして口説くのではなく導こうとするとは。教師が板についてきたのではないか?」
ソティスに指摘されて初めて気づき、私は愕然とする。狙ってたメルセデスを一言も口説いていなかった…!!
普段の私なら、嫌がってない女の子なら必ず口説いてたのに!
教師が様になってきたのは嬉しいが、女好きとしては割と危機感を持った一日だったのだった。
ソティスはそんな私を、可笑しそうに笑った。