「さあ…首を置いていけ!」
そう叫んだディミトリの声が響き、中庭が騒然となる。鬼気迫るディミトリは、鉄の槍を構えてアランデル公に切りかからんと駆け出した。
「…………」
アランデル公も目を細めると、無言で手を掲げ闇の魔道を展開しようとする。
「ッ!…やめなさいディミトリ!」
エーデルガルトが必死に制止するが、彼の耳には届かない。中庭に甲高い悲鳴が響く。
大修道院で流血沙汰がまさに今起ころうとした瞬間、ディミトリが振り下ろした槍は火花を立てて伸びてきた天帝の剣に弾かれた。
「ッ!そこをどけ!先生!」
「落ち着いて!ディミトリ!こんな事をしたら…ッ」
ベレスはディミトリを諭そうとするが、彼は冷静な状態ではない。ベレスを馬鹿力で突き飛ばし、さらにアランデル公へと迫らんとする。が、もう一人止めに入る者がいた。
「おやめください殿下!何があったというのです!?」
壮年の橙色の髪をしたセイロス騎士、ギルベルトだ。後ろからディミトリを羽交締めにして動きを止めた。周りで唖然としていた騎士数名も慌ててディミトリを抑える。
「くっ!離せギュスタヴ!この者は俺たちの!王国の…!」
「離しません!落ち着いてください殿下!ここで彼に手を出せば、帝国と戦争になりますぞ!」
「………!!」
そのギルベルトの諭す言葉にディミトリは力なく抑えられる。アランデル公は苦々しくベレスを見つめると、重々しく問いかけた。
「聞いていたのか?」
「…なんのこと?二人を尾行しているディミトリが見えたから、不審に思って来ただけだよ。何を聞いてたって?」
そして暫くアランデル公はベレスを睨みつけていたが、ベレスはきょとんとした顔を維持している。やがて舌打ちをすると、アランデル公は手を下ろした。
「まあよい。ではな、エーデルガルト。ギルベルト殿、ベレス殿、感謝するよ。私はそろそろ行こう。ここにこれ以上居たくもない。…まさか義理の甥がこのような蛮行に及ぶとは思いもしなかったわ。訳のわからぬことを口走って…この事はリュファス大公にも手紙を書かせて貰おう。極めて不愉快だ。」
そして地面に押さえつけられてこちらを睨みつけているディミトリに、侮蔑の目線を送ってアランデル公は足早に去っていった。
去り際に小さく捨て台詞を残して。
「クレオブロスの奴に抑えられているだけの獣が…驚かせおって。まあいい。何もできまい、かような矮小な獣には…」
****************
ベレス視点
その後、私とギルベルトを中心としてセイロス騎士達はディミトリを捕縛。
レアの元へと連行される事となった。
騒ぎを聞きつけて中庭の周りは生徒でごった返している。フェリクスとイングリット、それにシルヴァンは慌てた様子で駆け寄って来た。
「な、なぜ殿下が拘束されているのですか!先生!ギルベルト殿!これは一体…」
そんなイングリットに、なんと言葉をかけたものかと私たちが思案していると、人混みをかき分けてカトリーヌと聖騎士二人がやって来た。
「そら!どいたどいた!…報告は本当だったか。何考えてるんだディミトリ、こんな真っ昼間に帝国の摂政に切り掛かるなんざ…阿呆のやる事だ、それは。」
その苛立ち混じりの叫びに、ディミトリはなんの言葉も返さない。イングリット達は明らかに狼狽える。
「おい!何黙っている猪!本当にやったのかお前は!?」
「…ああ。俺は奴を殺そうとした。」
シルヴァンが珍しく狼狽えた様子で問いかける。
「何考えてるんですか!?あんたのことだ、なんか事情があったんでしょ!?」
「……………ああ。」
カトリーヌは頭が痛いとばかりにため息をついて、私とギルベルトに礼をして感謝の意を伝えた。
「感謝するよ二人とも。あんたらが居なかったらほんとに大惨事だった。下手したら戦争だったかもな。…じゃあ、レア様の判断を仰ごう。エーデルガルトもついてきな。当事者として話を聴かせてもらう。」
エーデルガルトは無言で頷くと、私の背後について歩き始めた。そして私の耳元で小さく囁いた。
「…ディミトリは全てを聞いてしまったわ、先生。闇に蠢くものどもの計画も。…隠し通すのは厳しいでしょうね。計画を彼らが起こせば、自然とディミトリが正しかったと大司教殿は悟るわ。…今私たちの情報を明かすしか無くなったわね。」
そう言うエーデルガルトの顔には、明らかに緊張と疲れの色が見えた。
そして私たちは大司教の間までディミトリを連れて辿り着いた。
既に大司教の間は厳粛な空気になっており、レアの横にはセテスが控えている。枢機卿の騎士2名が控えており、それ以外の人間は居ない。
レアは静かにディミトリに問いかけた。
「ディミトリ、貴方には失望しました。まさか白昼堂々アランデル公を襲うとは…何を考えていたのです?」
ディミトリはエーデルガルトを殺気の篭った目で睨みつけると、レアに訴えた。
「大司教殿!私は掴んだのです。エーデルガルトとアランデル公が、許しがたい計画を話していたのを…この者が…エーデルガルトこそが!炎帝だったのです!そしてダスカーで惨劇を引き起こしたのも…!」
その叫びに、場がしんと静まり返る。そして鋭い瞳を向けてセテスが答えた。
「それは大変重大な告発だな、ディミトリ。…だが。それが仮に本当だとしても、君はまず我々に報告するべきだった。その告発が正しいと言う証拠はあるのか?」
「それは……ありません。しかし私は聞いたのです!」
「それでは我々も信じる事はできません。はっきり言って、貴方は今大変疑わしい状況にあります。」
「……………」
その様子を、エーデルガルトは静かに私の横で眺めている。そして、意を決した様子で隣の私に問いかけた。
「師…これから貴女は何があっても、私の味方で居てくれる?」
私は微笑んで答えた。
「勿論。私は私の恋人の味方だよ。レアを害する事は絶対に止めるけど、君を害すると言うのならそれも絶対に止めるよ。」
その答えにエーデルガルトは頷くと、一歩前に出てレアに宣言した。
「ディミトリの言う事は事実です、大司教。いえ、ダスカーを含めた一部は違いますが。私が…炎帝です。」
瞬間、場がさらに静まり返った。カトリーヌが雷霆に手をかけてエーデルガルトに殺気を飛ばす。
「あんた…その意味分かって言ってんのか?今すぐ叩き斬ってやろうか?」
「させないよ。…まずは話を聞いてくれ。」
私がエーデルガルトとカトリーヌの間に立ち塞がってその場に呼びかける。レアは軽くカトリーヌを諌め、ゆっくりと問いかけた。
「ならば説明しなさい、エーデルガルト。…処罰はその後に決める事とします。」
「できればその…私と師、あとはセテス殿とディミトリ…あとはカトリーヌ殿だけで話したいのですが。」
その提案に、レアはゆっくりと厳粛に答えた。
「良いでしょう。ギルベルト、騎士達よ、下がりなさい。」
すると枢機卿の騎士二人とギルベルトはレアに礼をして部屋を出ていった。
そこからエーデルガルトは一呼吸つくと、淡々と話した。
アランデル公を始めとした闇に蠢く者どもが帝国には潜んでいる事。
実質的にそのアランデル公と宰相が宮城を牛耳っている事。
彼らはダスカーの悲劇に関わっている事。
そして自分と兄弟姉妹に血の実験を施した事。
そして自分だけが生き残った事。
そして彼らに協力しなければ父親と自身の命も危うかったということ。
闇に蠢く者どものこれからの計画。
大修道院内にソロンという闇に蠢く者が、書庫番のトマシュとして潜んでいること。
そして自分は彼らをなんとかして帝国から排除したいということ。
宮城内にエーデルガルトの協力者がいる事。
その場の全員は私を除いてその事実に衝撃を受けていたようだった。
「…まさか、帝国のそこまで中枢に闇に蠢く者どもが入り込んでいたとは…更にトマシュがソロン?…これは由々しき事態だな。」
セテスの呻きに、レアも頷いて怒りを滲ませた。
「そのうえ、この大修道院をフレンの血で生み出した魔獣で襲おうとは…ッ万死に値します。すぐにアンヴァルの宮城に討伐隊を…。」
エーデルガルトがその言葉に待ったをかける。
「待ってください大司教。宮城には私の父も居るのです。闇に蠢く者…ソロンを捕え、彼らの全容を暴いてから、皇帝となる私が排除しなければ…!もし兵を送るにしても、私が内部の協力者と連絡を取ってから…」
レアはエーデルガルトの言葉に首を横に振った。
「なりません。これ以上彼らを自由にさせては危険です。大修道院は絶対に守らねばなりません。…それに、貴女も彼らに紛いなりにも協力したのです。その罰は受けてもらいますよ。ソロンは貴女の証言の保証ができるまで捕縛します。」
私はエーデルガルトの前に出て庇い、レアに訴える。
「待ってくれレア!エーデルガルトは確かに炎帝だった。だが、それは仕方なかったんだ。現に私たちに協力すると言っている。冷静になって皆で考えよう。これから私たちがどう動くかを…!」
「ベレス…………」
レアは私の訴えが想定外だったようで言葉に詰まる。するとセテスが代わりに苛立ちを込めた声で私に問いかけた。
「…君は知っていたわけだ。エーデルガルトが炎帝だと。…フレンを傷つけた者だと。知っていて黙っていたのだな?…私たちに事前に相談しようとは思いもしなかったのか?」
私は申し訳なさを感じながらも、はっきりと答える。
「もし事前に知ったら、エーデルガルトは罰せられただろう?…そうなっては、闇に蠢く者どもを騙し討ちにする機会を失うことになる。…君とフレンには悪いと思ったさ。…でも冷静になってくれ。彼女は理想的な協力者だ。」
しばらく沈黙が場を満たす。レアもセテスも思案しているようだ。レアは目を瞑ってじっと考えている。そして目を開くと、私に告げた。
「…良いでしょう。貴女がエーデルガルトを信じるというのなら、我々は闇に蠢く者を倒すために、エーデルガルトと手を組みましょう。…それで、何か策はあるのですか?」
私とエーデルガルトは練っていた策を告げた。
私を殺すためにそれなりの力を持っている闇に蠢く者が襲撃してくるのを待って、その者を取り押さえる。そして、洗いざらい情報を吐かせ、宮城のアランデル公を討ち、同時に闇に蠢く者の本部へと奇襲をかける。
「…なんであんたが狙われるんだ?闇に蠢く者が殺したいのはレア様じゃないのか?」
そのカトリーヌの当然の疑問に、レアが誤魔化しながら答える。
「彼女は闇に蠢く者どもと因縁があるのです。それゆえ、逆恨みされているのですよ。」
「…なるほど。レア様はだからベレスを大修道院内に囲みたかったのか。」
そう勝手に納得したカトリーヌは、頷いている。
レアは私たちの策を聞き終わると、はっきりとできないと告げた。
「…なりません。万が一にでもベレスを殺させるわけにはいきません。…それに、彼らに先手を取らせるのを許すのもなりません。…私にもっと良い策があります。順序を逆にしましょう。」
「というと?」
私が問いかけると、レアは告げた。
「要は、宮城に何の違和感もなく教団の兵を送り込めれば良いのです。…ベレス、貴女を次期大司教だと早々に公布します。今、すぐに。そして最初の諸侯巡りの訪問先は…帝都アンヴァルです。」
「なっ!?ベレスが大司教!?」
カトリーヌはあまりの事態に驚きの声をあげるが、レアが言うならと渋々納得した。私は納得してにやりとレアに笑って答える。
「それは、護衛の兵や諸々の教団の人員が必要になるね。」
「ええ、本当に。帝国の摂政も、喜んで受け入れてくれるでしょう。…何せ、貴女を殺したいのですから。巣に飛び込む餌のように見えるでしょう。…無論、そんなことは絶対にさせませんが。私も同行します。エーデルガルト、黒鷲の学級に命じます。ベレスを護衛しなさい。何があっても、守り抜くのですよ。セテス、直ちに書簡を纏めなさい。…トマシュに悟られてはなりませんね。彼をすぐに捕縛するのはやはりやめましょう。帝都で事を起こす際に、彼も始末します。」
セテスは了解したと頷き、淡々と答えた。
「なれば、鷲獅子戦は来節に延期だな。その手続きもしておこう。」
レアはセテスに微笑んで頷くと、カトリーヌに告げた。
「カトリーヌ、貴女とシャミア…それにジェラルトをベレスの護衛の任に命じます。他にも精鋭騎士数名の選りすぐりを選んでおきなさい。」
「はっ!任せてくださいレア様!」
カトリーヌはそう答えると、早速部屋を出ていった。
そして最後にディミトリに告げた。
「ディミトリ、貴方は暫くの間騎士の見張りの中謹慎とします。…少なくとも、アランデル公に不審がられないためにも貴方には罰を与えていると見せかけねば。良いですね。」
「…はい。分かりました。」
ディミトリは静かに成り行きを聞いていたが、エーデルガルトに向けて申し訳なさそうに言葉をかけた。
「その、すまない。エーデルガルト。どうやら俺は誤解していたようだ。君はダスカーに関わっていたどころか…奴らの被害者だったのだな。」
「やめて。私は被害者ぶりたくはない。彼らに協力するのはわたしが決めたことよ。私を憎むなら、憎めば良いわ。」
ディミトリは首を横に振った。そして憎しみの籠った低い声でエーデルガルトに頼み込んだ。
「…君は恨まない。だが、あの畜生は必ず殺してくれ。…頼んだぞ。」
「…まあ、捕えれば捕えたいけど、最終的にはそうなるわね。貴方に言われるまでもなく。」
そして、鷲獅子戦中止と、ベレスが次期大司教だという公布は瞬く間に大修道院内を駆け巡った。
闇に蠢く者どもへの、反撃が始まる。
大司教の謁見の間を出て疲れた声音でエーデルガルトは呟いた。
「…私の兵達も帝都に集結させられるわね。貴女と大司教殿を殺すと言う建前でなら集められるわ。結果的にうまくいってよかったわ。…ありがとう、師。」
そう、エーデルガルトは華のように可憐な笑顔で私の腕にそっと自分の腕を絡めてもたれかかった。
私は、そっとエーデルガルトの頭を撫でた。