女好きべレス先生の覇道   作:カバー

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女好きベレス先生の覇道 事件の余波

 

 

 

トマシュ視点

 

 

 

わしがその知らせを聞いてからというもの、大修道院中が今までにない程騒然としていた。大司教の補佐官であるセテスが檄を飛ばし、儀式担当の修道女や修道士は右へ左へと眠る暇もなさそうな程働き詰めだ。

 

今も食堂のわしの隣の席で騎士数人が興奮したように話している。これも最近のいつもの光景だ。

 

「聞いたかよ!あの新任の教師、大司教様になるんだってよ!」

 

 

「…まさかあのジェラルト殿の娘とはいえ、いきなりの抜擢とはなあ。…いや、天帝の剣を使うらしいし、聖騎士にはなるとは思ってたけども。」

 

 

中年の騎士二人が興奮したように話している。もはや食事の味など気にしていられないという風だ。

若い騎士見習いの従者が、目を輝かせて二人に呟いた。

 

 

「でも…夢がありますよね。自分が名のあるセイロス騎士になったら、その娘か息子がそうなるかもしれない…って。」

 

 

その言葉に、中年の騎士二人は笑って従者の肩を叩いた。

 

「おいおい!お前はまず騎士にならなくちゃな!」

 

「だけどまあ…そうだな!夢がある!」

 

 

…このように、騎士達からは今回の…忌々しいソティスの依代が大司教になるというのは、かなり好意的に受け止められている。

自分たち騎士の団長の娘が異例の抜擢とあれば、確かに夢がある話だろう。いずれは自分の子孫も、と希望を抱くのも無理のない話だ。

 

わしは魚と豆のスープを軽く流し込み、思案しながら中庭へと歩み出る。

そこでは生徒達と修道士がそれぞれ席に固まって話し合っていた。

今の大修道院は議題には事欠かない。

 

 

修道士達は、先ほどの騎士達とは少し違い、大司教…レアの突然の発表に戸惑っているようだった。若い修道士が困惑したように言った。

 

「セイロス騎士と修道女の子で、身元がはっきりしているのはいい…ですが、いくら何でも時期尚早すぎるのでは?あの者が教師に着任してからまだ1年も経っていないではないですか!…いくら何でも…!」

 

周りの修道士もしきりに頷いて賛同の声を上げている。彼らは自分達の中から次の大司教が出ると思って疑わなかったのだ。それは急に出てきた教師が大司教になると言われたら面白くないだろう。

一番歳をとった白髪の目立つ修道士は、対照的に落ち着き払った様子で紅茶を飲んで諭すように語った。

 

「…まあ落ち着こうではないか。あの者が選ばれたのは、わしが見るに次期皇帝…エーデルガルト殿が多分に影響していると思うぞ。」

 

その言葉にわしも密かに耳を立てる。これは聞きたい情報だ。

 

「というと?」

 

「なに。昨今のアドラステア帝国とセイロス聖教会には、微妙な距離感がある。かの摂政アランデル公が我らへの寄進を止めたことからも分かると思うが…。」

 

「聞くに、ベレスという新任の教師は次期皇帝エーデルガルトとそれは親交が深いと聞く。担任と級長以上にな。…なれば、この一手でかつてのように、親密な関係を取り戻せるかも知れんとな。」

 

 

それを聞いていた修道士の中の一人が、それでもと疑問を問いかけた。やはり面白くないという感情はそう簡単に消えない。

 

「しかし…あの者に大司教としての職務は務まるのでしょうか。いくらセテス殿がつくとはいえ…」

 

「それはレア様が今まで通り行われると思うが?大司教の座は降りられても、結局しばらくはそうであろう。…最悪、帝国との橋渡しさえこなせればそれで良いしな。武の腕が立つのは証明済みだしの。無能ではあるまい。」

 

 

 

…炎帝とソティスの依代が親密?今回のようにうまく帝都に奴らを誘い出すためか?あるいは殺しやすいよう油断させるため?…いくらでも理由が思い浮かぶが、どうにも今ひとつ腑に落ちない。

タレス様は今回の件でまとめて教団の上層部を葬れると喜んでおられたが、嫌に気にかかる。

 

 

もう一つ大修道院で話題になっている、『ファーガス王子によるアランデル公襲撃事件』のその後については、『正確に罪状が定まるまでの教会での謹慎処分』となった。

…まあこれは理解できる。ファーガスの王子をそう簡単に罰するわけにもいかない。

教会としても処遇を決めかねているのだろう。

 

あれはクレオブロス様の掌の上だ。特に気にするまでもなかろう。

 

…なればわしも帝都に向かうべきか。どうにも今回の動きはきな臭い。

唯一この大修道院の獣どもに潜んでいるヒトとして、タレス様に危険があるのなら探らねばならない。

 

わしは木の杖をつきながら階段を登り、セテスの部屋の前につく。そしていつものように手慣れた演技で声をかけた。

 

「失礼しますぞ、セテス殿。入っても構いませんか?」

 

「…トマシュ殿?ええ、構いません。何の用でしょうか。」

 

わしは人懐っこい笑みを浮かべ、労わるように語りかけた。

 

「いえ、近頃儀式に携わる修道士達が必死に働いているのを見ましてな…大変でしょう。何せ帝都でセイロス聖教会の祝典があるのはかなり昔の話ですからなあ。」

 

セテスは小さく眉を揉むと、ため息をついて答えた。

 

「ええ、そうですね。なにぶん事例も少なく、その事例も最新で数十年以上前の話です。今現在の帝都の礼儀作法に合わせた式典の準備…それも相当大規模なものですから。帝国との日程のすり合わせも…」

 

わしはそうだろうと頷くと、にこやかに好好爺を演じて提案した。

 

「もし宜しければわしがお手伝いしましょう。過去の式典の事例と、帝都の礼儀作法…どちらも本から少しばかり学びました。お力になれるかと。」

 

「本当ですか!しかし、貴方には司書としての仕事も…」

 

「いえいえ、そこは若いのが何とかしてくれますよ。栄誉あるこの式典に、この老骨も少しばかり協力したいのですよ。」

 

セテスは頼もしいと嬉しそうに頷くと、早速疑問を問いかけてきた。

 

「助かります。それでは近年の帝都における…」

 

これはこのまま帝都にまでついていけるな、そうわしも密かに心の中でほくそ笑んだ。何もなければそれでよし。もし何かがあるのならば…

 

 

****************

 

 

 

ベレス視点

 

 

 

私を取り巻く環境はここ数日で一気に激変した。鷲獅子戦中止に対する保護者や生徒からの抗議は、意外なほど少なかった。

 

…まあ、原因が原因だし仕方ないのだが。

極めて政治的なディミトリ王子とアドラステア帝国の摂政の一悶着など、関わりたくはないだろう。

 

ローレンツとフェルディナントは王族にあるまじき行いだと苛立っていたが。彼らは見ていて最近分かったが、自分達も含めて貴族や王族は絶対に民のために動くべきだと考えているらしい。

正直少し見直した。彼らみたいな貴族だけなら良いのになと何となく思った。

 

ファーガス王国からは長々とした謝罪文が届いた。イーハ大公リュファスというディミトリの伯父からだ。今は王不在の王国を代理で治めているらしい。シルヴァンからは女に惚れ込んで国を傾かせている無能と聞いていたが…。

レアから聞いた意訳した話だと、こう手紙には書かれていたらしい。

 

『仮にも我がブレーダッドに連なる甥が、このような蛮行を行ったこと、セイロス聖教会の皆様方にも深く深く陳謝致します。…奴は以前から愚かな兄に似た獣の性を感じさせる人間でした。あれを士官学校に入れたことそのものが、過ちであったとすら感じています。…どうか厳粛な処罰を下してください。それが難しければ、私が対処するので、王都にまでお連れ頂ければ幸いです。』

 

 

 

…正直言って次期国王に向ける言葉遣いとは思えなかった、と。私とレアはディミトリの処罰は取り敢えず先延ばしにしてさっさとアランデル公の正体を明かし、無罪放免にする腹ではあるが。

 

「ファーガスの王族の血を絶やすなど、あってはなりませんからね…ただでさえ王国は今荒れています。無実の罪で裁くつもりなど無論ありませんが。」

 

私は安心して諸々の感謝を伝え、レアの部屋で彼女を抱きしめて口づけをした。たおやかな胸が私の体を包む感覚が心地よい。自分の快楽のため?それが何か?

 

 

それから少しして、ディミリトリの処罰を軽くしてくれと懇願しに来たドゥードゥーと幼馴染三人達には、取り敢えず熱りが冷めるまで謹慎だが、それ以上の処罰をするつもりは教団としてはないと伝えた。無論他言無用で。

 

「本当ですか先生!本当ですね!…良かった、本当に…。」

 

「…俺は殿下の見張りについて構わないだろうか。」

 

 

ドゥードゥーの提案は却下せざるを得なかったが、ひとまずその説明で4人は安心したようだった。

最後に残ったシルヴァンに、私はイーハ大公からの手紙のことを聞いてみた。すると、彼はため息をついてこう言った。

 

「そうですか。やっぱりイーハ大公はそう来ますよねえ。先生、あの人は殿下に死んで欲しいんですよ。…父上から聞いた話だと、そりゃあもう先王陛下…殿下の父君とイーハ大公は兄弟仲が悪かったみたいで。」

 

「…というより、イーハ大公が一方的に嫌ってるだけ、だったらしいですけど。殿下にもそれはもう冷たく当たったそうですよ。…小物だからなあ。殿下に王位を継がせたくなくなったんだろ。おっと、先生。今のは聞かなかったことにしてくださいよ?」

 

 

 

 

そして半節ほどは大修道院中が忙しく動き回り、当事者の私も礼儀作法をきっちりと教え込まれた。ハンネマン先生やアロイスさんが手助けしてくれなかったら、とても乗り切れなかっただろう。

帝都式の礼儀はこうなのだと、フェルディナントとコンスタンツェがきっちり仕込んでくれたので助かる。

 

そして…ようやく帝国側との式典の日程が定まった。赤狼の節の末だ。大司教就任の後、数日後に帝都を訪問する。

闇に蠢く者どもも、この式典があるため息を潜めて、例の"実験"とやらも先は伸ばしになったとヒューベルトから聞いた。

 

「ここで征伐してやれば全て解決じゃの、おぬし。…いざとなればわしも出る。気負わず行けばよい。」

 

そんな愛しいソティスの励ましが、緊張を吹き飛ばしてくれた。

 

ついに私が大司教となる日が目前だ。この大修道院の大聖堂で、謹慎処分中のディミトリ以外の生徒全員とセイロス騎士達が警護する中儀式は行われる。

 

帝都訪問の前の儀式の機会ということで、主に同盟や王国の諸貴族達も大修道院に祝辞を述べに…つまりおべっかを使いに集まるわけだ。

あるいは、次期大司教の私を見定めるために。

 

私を顎で使っていた貴族達や綺麗な貴族の淑女が集まると思うと嬉しくて仕方ないが…だめだ。可愛い貴族の淑女や少女を口説くのは後の機会に取っておこう。

 

同盟諸侯…その筆頭格にしてセイロス聖教会の敬虔な信徒であるローレンツの父親…グロスタール伯も当然訪れる。つまり、彼をこちら側に引き込む絶好の機会だ。

 

最初の作戦通り彼を帝国側につかせれば、同盟は実質帝国の傘下となることになる。…戦争の前準備と考えると気は進まないが、何とかするしない。

失敗したらより多くの血が流れるかもしれないのだ。

 

 

私は私の部屋の中で、ヒューベルトとエーデルガルトと近況報告をしあっていた。…シャミアの監視がない時を見計らうのはかなり厳しいので、聞かれても構わない程度の話に留めて、それとなく話を進める。

 

エーデルガルトは寝具の上で私の隣にぴたりと座っている。ヒューベルトはその真正面に突っ立っている。椅子に座ればいいと勧めたが、こちらの方が咄嗟に動けると拒否された。

 

 

「私からの報告しては…我が父ベストラ侯を始末する算段がつきました。式典中の騒動で消しておくのでご心配なく。」

 

「私の兵達は帝都に固めることができたわ。それとなく闇に蠢く者達と、エーギル家の兵をベルグリーズ伯の兵達と挟み込んでおける陣地でね。…準備は万全よ。グロスタール伯を説得する算段はついた?師。」

 

 

 

そうエーデルガルトは私の肩に寄りかかりながら問いかける。女の子の重みが体に伝わって…いや、だめだ。今は真面目な話をしてるんだから。

 

「そ、そうだね。うん。何とかなると思うよ。クロードにちょっと協力してもらうが。…あとはあの誓約書も使うよ。」

 

「そう、なら良いわ。期待して待ってるわよ、師。」

 

そう言って二人は部屋を去ろうとしてくる。私は伝えたいことがあったので慌ててエーデルガルトを呼び止める。

 

「あ、ちょっと待って、エーデルガルト。その、二人で話したいんだけど…」

 

「私が居ては邪魔だと?」

 

 

 

ヒューベルトがそう軽く私を睨むが、エーデルガルトはやんわりと彼を退席させると、私の正面の椅子に座ってこちらを覗き込んだ。

 

「…それで、何の話?師。」

 

私はエーデルガルトの顎を指でそっと優しく持ち上げると、彼女の柔らかでおいしい唇を奪った。

 

「ん!んんっ……」

 

エーデルガルトは驚いた様子で可愛い声をあげたが、やがて受け入れたのか体を私に預けてきた。

私は彼女をそっと抱きしめて耳元で呟く。

 

「君が宮城から連中を排除できたら…正式に交際を発表しないか?そして、その…続きをしよう。」

 

エーデルガルトは無言で私の瞳を見つめていたが、顔を薔薇のように可憐に赤くして、小さく頷いた。

 

 

儀式の3日程前に、私は何気なく早朝の大聖堂を訪れた。

儀式も目前ということもあり、そこかしこで修道士や騎士が忙しなく動いている。私も昼から儀式の段取りの最終確認だ。

 

何とはなしに周囲を見回していると、入り口で所在なくマリアンヌが立ち竦んでいた。

私は彼女に歩み寄り、明るく声をかけた。

 

「やあ、マリアンヌ。日課の礼拝?私もそうだったんだけど、今日は人が多いね。」

 

「あ、えっと…先生…その、おめでとうございます。大司教様になられると聞きました。すみません、私なんかがお耳汚しを…」

 

私は慌てて卑屈になる彼女の肩に手を置いてにこやかに励ました。

 

「何を言ってるの?私は君の声、好きだよ。可憐でまるで…小鳥の囀りのようだ。」

 

 

「…………………………先生は、優しいですね。獣にさえ、慈悲をかける。貴女の側でなら、私…。」

 

マリアンヌはしばらく俯いていたが、顔を赤らめると、おずおずと問いかけてきた。

 

 

「その、先生。できれば私を貴女のそばに置いてくれませんか?」

 

「勿論。君みたいな可愛い女の子なら大歓迎だよ。」

 

マリアンヌは珍しいほどうきうきと足取り軽く歩き去って行った。まるで、清らかなものに自分が浄化されたのだ、とそう言いたげに。

 

その歩みは、どこか危うく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

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