ソロンをエーデルガルト達は認識していないと作者の私は認識していましたが、実際は20話でモニカから伝えられてトマシュ=ソロンだと知っていました。
その結果、40話以降から矛盾が生じていました。
その辺りの話を少し書き換えたので、エーデルガルト達はトマシュの正体を知っているという認識でお願い致します。
ベレス視点
「うむ。セイロス教の主だった式典に関しての知識は問題ないな。よく学んだ。では次に…」
「…そろそろ終わりにしないか?空も明るくなってきた。」
私はセテスの部屋で分厚いセイロス教の式典に関する本を4冊ほど読み終わり、厳しいセテスの試験を終えた身として、息も絶え絶えにそう答えた。
大司教引き継ぎに際して忙しい日々だが、ただ引き継げば良いわけではない。フェルディナントやコンスタンツェから帝国式の礼儀作法を…更にフレンからセイロス式の礼儀作法も学んだが、それだけではとても足りない。私がなろうとしているのはただの司祭ではないのだ。
その頭には膨大な知識を詰め込むし、引き継いだ後もレアから直接指導を受けることとなっている。
…レアも忙しそうだし次期大司教として生徒といちゃつく姿を今見られるわけにもいかないのだ…
正直女の子不足と疲労感でくたくただ。
将来的に個別指導のレアと散々いちゃつけそうなのと、エーデルガルトとの婚約がせめてもの救いだ。
セテスは窓から段々と登ってくる日の出を確認すると、私に頷いて微笑んで私の正面の椅子から立ち上がった。
「そうだな、もう夜も明けた。君も休みたまえ。今日の指導はハンネマン先生にでも任せれば良い。」
私もふらふらと立ち上がるが、セテスが何やら羊皮紙の束を難しそうにぺらぺらと捲って読み始めたのが気に掛かった。
「何を読んでるの?」
「ん?ああ…トマシュの素性を信用できる騎士に改めて密かに調べさせたものだ。君も見るか?」
私は頷いて羊皮紙に目を通していく。
40年前の1140年にコーデリア家の推挙でガルグ=マク大修道院に書庫番として仕え始める。
8年ほど前に一度コーデリア家へと戻り、去年から復帰。
私は思わずぽつりと呟いた。
「凄いな。かなりの古株じゃないか。…ここまで長く闇に蠢めく者が潜んでいたとは…。」
「それを私も考えていた。…彼は職務に忠実で、極めて真っ当に働いてきた。…彼がソロンと名乗る闇に蠢く者だとは。俄には信じられん話だが…事実なのだろうな。」
セテスの呻きにも似た呟きに、ソティスが忌々しそうに呟いた。
「大方、コーデリア家に戻った時に入れ替わられたのじゃろう。奴らの擬態能力は脅威的じゃからな…腹立たしいが。ほれ、エーデルガルトも言っていたであろう?コーデリア家は…」
私はエーデルガルトの話を思い返す。彼女は血の実験を闇に蠢く者…アガルタの民から受けており、そのせいで紋章を二つ持っている。
それと同じく、コーデリア家のリシテアも血の実験を受けていたとエーデルガルトは言うのだ。
…確かにコーデリア家は以前、帝国のフリュム家が同盟に加わろうとした際の内紛で巻き添えを喰らい、帝国の介入を受けたとされている。噂でも相当酷い仕打ちが行われたと聞いた。
その際に血の実験が行われたと見るのが妥当だろうか。…リシテアには辛いことだが、一度話を聞く必要があるかもしれない。トマシュのことを何か知っているかもしれない。
「…そういえば、セテスとレアはよくエーデルガルトの説明を信じてくれたね。かなり突飛もない話だと思うが。」
私がそう尋ねると、彼は淡々と答えた。
「…まあな。だが、ディミトリとエーデルガルトが同時に証言しているのだ。ファーガスの王子とアドラステアの皇女がな。それに、ディミトリがアランデル公へと切り掛かった理由としても腑に落ちる。…まあ、ディミトリの錯乱を利用した、エーデルガルトの策略という線もあるが…それにしては話に筋が通りすぎている。モニカを攫った正体不明の連中の尻尾を掴んだのだ。何とかせねばなるまい。」
そう言い切ると、セテスは軽くため息をついて私に言った。
「まあ、結局は君が信じることにしたから、というのが大きいと思うがね、レアにとっては。」
****************
ベレス視点
私は午前中に仮眠を3時間ほど取ると、気分転換のために大修道院内を散策していた。私の周りではざわざわとこちらを見て生徒や修道士達が囁いている。…シャミアが私の警護についているらしいが、どうにも落ち着かない。目線を向けられると妙に疲れる。こんなのにレアは耐えていたのか。
…それにさっきから私の後ろをこっそりつけてきている青髪の女の子が居る。側に置いて欲しいと言っていたのに、隠れてどうするんだろうか…?
私は曲がった角で待ち伏せして、その女の子…マリアンヌに笑顔で挨拶した。
「やあマリアンヌ。私に何か用?」
「ッ!き、気づかれてたんですか?」
「ああ。君の可愛らしい顔がちらちらと見えて可愛らしかったよ。でも直接話してみたくなってね。声をかけづらかった?」
私がそう穏やかに尋ねると、マリアンヌは僅かに顔を赤らめて俯き、ぽつぽつと呟いた。
「あの…やっぱり私なんかが大司教様になられる貴女と一緒に居たいなんて…烏滸がましいですよね。忘れてください。」
そう言ってマリアンヌは振り返って走り去ろうとする。私は慌てて彼女の手を掴んだ。
「何言ってるの、怒るよ。私は可愛い君と一緒に居たいんだ。烏滸がましいなんて言わないで。」
そう私が詰め寄ると、呆気に取られたようなマリアンヌだったが、やがてぽつりと呟いた。
「…女神様に選ばれたという貴女なら、私が側にいてももしかしたら…」
そうして、華やかな笑顔を浮かべた彼女は、私についてきたのだった。
温室の花を私たちはふらりと覗きにいくと、ベルナデッタが何やら毒々しい色の花を愛でていた。
私が若干たじろいでいると、ベルナデッタは振り返って私に気がつくと徐に走り寄って抱きついてきた。
「あっ!先生!随分久しぶりじゃないですか!もおおおお!ベル寂しいかったんですからね!?ハンネマン先生はその…慣れないし…」
小ぶりな胸で私にひしっと寄り添ってくる。私は煩悩を無理やり振り払って、優しく彼女を抱きしめる。
「ごめんねベルナデッタ。大丈夫、この儀式が落ち着いたら私もまた皆を導けるから。」
「で、でも先生は大司教様になるんですよね?それじゃあベルなんて…あ、会うのも無理なのでは…」
私はやんわりと首を横に振り、彼女の耳元に囁く。
「大丈夫。実質的に暫くはレアが大司教の仕事をしていくだろうから。まあ、私も忙しくはなるけどね。何なら君が私の愛しい人になってくれれば…」
その愛の囁きに、ベルナデッタはきょとんとした顔で不思議そうに尋ねる。
「ほえ?ベルが愛しい人に…って。どういうことです?ちょっと意味がわからないんですけど…」
そうベルナデッタは何のことか分からないと私の口説き文句を躱すと、不思議そうに呟いた。
マリアンヌが若干顔を赤らめてこちらを見ている。
「…ん?なら何で今先生が大司教様になられるんですか?レア様が実質的にお仕事するなら、別に私たちが卒業してからでも…」
…惚けたようで意外と鋭いところあるな、ベルナデッタ。私は慌てて言葉を返す。
「いや、まあそれは色々事情があってね…そんなことより、その…紫色の毒々しい変わった花は?」
ベルナデッタはそう私が問いかけると、嬉々として説明を始めた。
「あっ!ふっふっふ…流石先生、お目が高いですね。この子は食虫植物の一種で、じっとこの大きな口で虫が来るのを待ってるんです。…素敵ですよね。引き篭っててもご飯が食べられるなんて!」
どうやら彼女なりに何かの仲間意識を持っているらしい。私は軽く苦笑いしながら頷く。マリアンヌはおずおずと呟いた。
「でも…独特な柄ですけど、綺麗な花ですね。」
その言葉にベルナデッタは嬉しそうに微笑むと、こちらもおずおずと話しかけた。
「ありがとう、そう言って貰えると嬉しいよ!えっと…マリアンヌちゃん、だったよね?」
ベルナデッタも黒鷲の学級の生徒はちゃんと覚えている。最近編入したマリアンヌのことも知っていたようだ。
「は、はい。」
「よかったら、お花について話さない?その…もし良ければなんだけど。」
「ふふ…ええ、是非。」
マリアンヌとベルナデッタは朗らかに好きな花や小動物の話をし始めた。
…普段内気な二人なので不安だったが、相性が良かったらしい。
他愛もない話に興じていると、また二人の少女が温室に入ってきた。
「お?先生にベリーにマリーじゃん。珍しい組み合わせ。…ていうか久しぶりじゃん、先生。」
「ま!本当ですわね。最近は儀式の準備でお兄様もレア様も先生もお忙しいようでしたから…花を見に来る余裕ができたのなら嬉しいですわ!」
…そんな嬉しそうなフレンの言葉を聞いて、ハピは少し表情を曇らせた。
「あーっ…そういえば先生って大司教様になるんだっけ?嫌だなあ、なんか教団から色々背負わされてない?ハピが好きなだけため息つけるように魔物から守ってくれるんじゃなかったっけ?」
そうじっとりとした赤色の瞳でこちらを上目遣いで見つめてくる。私は軽く微笑み、勿論と頷いた。
「勿論、そのつもりだよ。でも、私は我ながら欲が深くてね。守れるだけ守りたいんだよ。」
「ふーん…。まあ、無理強いされたわけじゃなさそうで良かったよ。別にハピは敬語とか使わなくてもいいよね?」
私はハピの手を取り、ニヤリと笑って答えた。
「勿論さ。」
そこからはハピがベルナデッタの食虫植物を摘み取って食べようとして一騒動起きたりしたが、可愛い女の子達とわちゃわちゃ話してだいぶ疲れも消えた。
私はまだ温室で話しているというマリアンヌ達と別れて、一人図書室へと向かった。
アビスの蔵書も魅力的ではあるが、今必要なのは表の知識だ。
その途中の階段で、見慣れた白髪の彼女の後ろ姿を見つけた。
私が声をかけると、彼女…エーデルガルトは驚いた様子で振り返った。
「師!貴女もこれから図書室に?…それならちょうどいいわ。私に付き合ってくれる?」
私は足早に階段を登る彼女に続きながら疑問を問いかける。
「それはいいけど、何の用?」
「リシテアよ。彼女にも協力者になって貰おうかと思って。闇に蠢めく者という共通の敵がいる味方はいくらでも欲しいのよ。」
図書室に入ってリシテアを探すと、彼女は黙々と本の山のそばで机に齧り付いていた。
私たちが近づこうとすると、背後で杖をつく音がした。
「これはこれはベレス殿。聞きましたよ、大司教様になられるとか。…何かお探しの本があるので?それとも人をお探しですかな?」
振り返ると、麻色の髪を生やし、人懐っこい顔をした小柄な老人がいた。
…トマシュ。
ソティスが軽くトマシュを睨んで私に呟いた。
「…演技派じゃの。虫どもを滅ぼすためじゃ。天刻を使っても良いぞ。また釣りといこうではないか?」
私は小さくほくそ笑むと、天帝の剣を抜き、トマシュに大声で問いかけた。
「ソロン!年貢の納どきだ。天帝の剣の錆になると良い!」
「………………はて、わしには特に思い当たる節がないのですが。何の罪ですかな?ソロン?わしはトマシュですが。」
「師!?何を!?」
トマシュは何のことか分からないという様子を貫いている。エーデルガルトは焦っているが、それ以上の動きはない。
天刻、発動
またもや硝子が割れるような音と共に、世界の色が変わり、時は巻き戻る。
「これはこれはベレス殿。聞きましたよ、大司教様になられるとか。…何かお探しの本があるので?それとも人をお探しですかな?」
「……いや、少しばかり気晴らしにきただけだよ。気にしないでくれ。」
トマシュはそうですかとにこやかに答えると、歩き去っていった。
ソティスは面倒そうに吐き捨てた。
「何じゃ、タレスとやらと違って尻尾を出さんな。本当に違うのか、それとも面の皮の厚い狸か…。」
私はエーデルガルトに顔を近づけ、綺麗な耳元で小さく囁いた。
「怪しまれたくないからここで別れよう。私の自室で集合。リシテアを誘って連れて行くよ。」
エーデルガルトは小さく頷くと、図書室を足早に歩き去っていった。
私がリシテアに歩み寄ると、彼女は気付いたようで、顔をあげて、話しかけてきた。どこか不貞腐れた様子だ。
「先生!…お久しぶりですね。ええ、私を引き抜いておいて、ほとんどハンネマン先生が指導してたことなんて、私はちっとも気にしてませんとも。ええ。」
私はすまなかったと頭を下げると、やんわりと答えた。
「すまない。だが儀式が終わったら今年いっぱいはまた教師業に戻れるって話だから。レアが代わりにある程度大司教の仕事をしてくれるからね。…埋め合わせというわけではないが、何か質問があれば答えるよ。私の部屋でになってしまうが。」
「何でここじゃ駄目なんですか?」
私はリシテアのその当然の疑問に、苦笑いして周りを軽く首で示す。大司教になる私が来たことで、既に生徒達の人だかりがこちらの様子を盗み見ている。
リシテアは軽くため息をつくと、無言で頷いて立ち上がった。
そして私の自室の扉を開けると、エーデルガルトが居るのを見て、リシテアはまたため息をついた。
「……既に人が居るんですが。あの噂は本当だったんですか?エーデルガルトと先生が付き合ってるとかなんとか…そういうのあんまり関わりたくないんですけど。」
エーデルガルトはそのリシテアの言葉に顔を赤らめると、慌てて首を横に振った。
「違うわ!いや、違くはないけれど…ッとにかく、私は貴女に用があったのよ、リシテア。」
「というと?」
私は自室の扉を閉めると、リシテアを椅子に座るよう促した。
エーデルガルトは私の寝具に座り、私は立ってエーデルガルトの説明を待った。
エーデルガルトは覚悟を決めた様子でリシテアを見ると、はっきりと言い切った。
「私は貴女と同じなのよ、リシテア。私も…二つの紋章を持っている。」
「なっ!?」
そこからエーデルガルトは淡々と説明した。
六大貴族によるエーデルガルトとその兄弟姉妹への血の実験。
その結果二つの紋章を宿したエーデルガルト。
彼らの首謀者である闇に蠢めく者の主犯であるアランデル公。
アランデル公とエーギル公を倒す計画。
そして、紋章主義を変え、こんな悲劇はもう繰り返さないというエーデルガルトの覚悟。
リシテアは無言で聞き入っていたが、エーデルガルトが話終わると怒りを滲ませた様子で呟いた。
「………成る程、話は分かりました。私にも是非、協力させてください。奴らを野放しにするわけにはいきませんから。」
「ありがとう、リシテア。」
私は小さく安堵の息を吐くと、リシテアに問いかけた。
「闇に蠢めく者どもの潜入員として、トマシュの名が上がっているんだが。推挙したのは君の家、コーデリア家だ。何か知らないか?」
その言葉にリシテアは困惑した様子で答えた。
「いえ…すみません。何も知りません。コーデリア家が推挙したというのも、初めて聞きました。…あの人が、本当にそうなんですか?」
そのリシテアの問いかけに、エーデルガルトが頷いて答えた。
「ええ。彼らに攫われたモニカの証言だから、まず間違いないわ。彼女の記憶力は相当なものよ。間違えるなんてあり得ない。」
「………分かりました。では帝都での作戦時は声をかけてください。裏仕事だろうがこなしてみせます。」
「…ありがとう、リシテア。貴女の覚悟、無駄にはしないわ。」
ですが、とリシテアは申し訳なさそうに俯いて言葉を続けた。
「コーデリア家としては、そこまで力になれないと思います。私個人はもちろん力になりますが、今のコーデリア家には大した力はありませんから。…貴女が紋章主義を制度から変えると言うのなら、きっとフォドラを統一するつもりなのでしょう?」
その問いかけに、エーデルガルトと私は驚きを隠せず言葉に詰まる。まさかその理想を語っただけで最終的な目標まで勘付かれるとは思わなかったのだ。
エーデルガルトは若干上擦った声で答えた。
「…流石ね、リシテア。今はまだその問いかけに私は答えられない。けど、いつか貴女には力になってもらうわ。」
こうして私とエーデルガルトは、頼もしい味方を得たのだった。
そしていよいよ、大司教戴冠の儀が始まろうとしていた。