レア視点
今でも思い出さない日はない。
「時のよすがに灯る炎」
無惨にも愚かな人間たちによって荒らされたフォドラの大地を癒し、聖墓にて永遠の眠りについたお母様。
「川面に揺蕩う記憶の欠片」
その永遠の眠りが、憎きあの盗賊風情に奪われた日を。
お母様の、我ら同胞の遺体と紋章石を、知らぬとはいえネメシスから与えられ利用した十傑どもを。
ザナドが、赤き谷となった日を。ナバテアの同胞たちが、死んでいった日を。
もう一度だけで良いから会いたいと思うのは罪なのだろう。
確かに禁忌と呼ばれるものなのだろう。
だが、それでも止まることはできなかった。
今まで私が密かに作り上げてきた神祖の器である者たちにも申し訳ないと心から思っている。
特に最後まで娘を思って逝ったシトリーのことは…頭から離れない。
その娘は今私の腕の中で眠っている。
だが、それもとうとう報われる。
神祖の器のべレスに、お母様の意識とべレス本来の意識が混合しているのは想定外だったが、ここに確かにお母様はいる。
私はべレスの頭を丁寧に撫でながら地下の聖墓へと降りる。
無理矢理な方法になってしまったのは本当に申し訳ないとは思っている。
だが、べレスが意識がない状態でお母様が玉座に座れば、確実に意識が浮かび上がってくるはずだ。
記憶も元に戻るだろう。
体の主導権も一時的にお母様に移る可能性が高い。
一度だけで良い。お母様と一度話せれば、体はもちろんべレス本人に返すようお母様にお願いするつもりだ。たまに話してもらいたくなればまた座ってもらうかもしれないが…
私は信を置いている側近の枢機卿でもある二人の騎士と共に、愛しき同胞が眠る聖墓へと到着する。
慎重にべレスを抱き抱えながら玉座へと向かう。
もうすぐだ。もうすぐで…
「レア!!」
普段ではあり得ないほど興奮していたからだろう。その二人の尾行に私が気づかなかったのは。
振り向くとそこには、べレスの父であるジェラルトと、同胞のナバテア人であるセテスが立ち、厳しい表情でこちらを見つめていた。
セテス視点
まさかそんなわけではないと思いたかった。
あの傭兵が気を失ったのを、レアが医務室まで単に介抱しているだけだと。
ジェラルトの懸念は、単なる杞憂だと。
だが、この状況がそんな甘い考えを否定している。
「レア!!」
私は大声を出してレアを制止する。
レアは心底驚いた様子でこちらを振り向いた。
…護衛の騎士はともかく、セイロス…レアまでもが私たちの尾行に気づけなかったのは、やはりまともな精神状態ではないからだろう。
「レア!その者をどうするつもりだ!」
レアは戸惑ったような顔から、焦りを隠せないような様子で答えた。
「セテス!邪魔しないでください!もう少しで…もう少しで私はお母様と…!!」
その言葉で確信する。やはりレアは禁忌を犯している。まさかレアが…
愛情深い性格だったのが、誤った方向へと向かってしまったのか。
「君は…やはり禁忌を…!!」
「…そうです。私はどんな手を使ってでも、もう一度お母様に会いたかった…!!この儀式でべレスの中のお母様の意識を…」
私があまりの衝撃に言葉に詰まっていると、ジェラルトが前に出て怒声を上げた。
「その訳のわかんねえ儀式のために俺の娘を使おうってのか!いくらレア様でもそれは許さねえ!!べレスまで無くしたら俺はシトリーに合わせる顔がねえ!」
そう言うとジェラルトは背負っていた槍を構えて突撃する姿勢を見せる。
慌てた様子のレアが言葉をかける。
「落ち着きなさいジェラルト!何もべレスを永遠に消し去ろうと言う話ではありません!お母様との話が済めばすぐにべレスの意識は元に戻します!」
…どうやら思っていたよりもレアなりに真っ当に考えていたようだ。あくまで一時的な神祖の顕現。それが無事に済めば確かに全てが丸く収まる。だがそれは失敗の危険性を伴う。
宝杯の儀のように、失敗して当たり前の話なのだ。
私はレアとジェラルトの間に立って説得の場を設けようと判断した。
「二人とも落ち着け!ジェラルト!武器を下ろせ!レア!この手の話は事前に本人とジェラルトと済ませるべきだろう。まずは話し合いの場を設けよう!全てはそこから…」
だが、レアはそんな暇はないと言わんばかりに無言で私たちに背を向け、玉座へとべレスを抱き抱えながら歩き始める。
「させねえ!!」
ジェラルトは槍を構えてレアへと突き進む。その間に枢機卿でもある精鋭騎士2名が立ち塞がる。
「どきやがれ!!!」
「ジェラルト!落ち着け!!」
私もその戦闘を止めようと武器を抜く。
突き進もうとするジェラルトを、私と騎士二人が抑える形になる。
レアはその間にも玉座への階段を登っていく。
そして…
「べレス!!!」
「ああ。ついに、お母様…」
べレスが神祖の玉座に座る形となった。
次の瞬間、凄まじい力の奔流がその場を包み込む。
戦っていた私たちもその力の奔流の中心…べレスへと視線を向ける。
「べレス…何が!?」
神祖の器の髪色がだんだんと我らナバテアと同じ緑色へと変わっていく。
そしてゆっくりと開いた目もまた同じ薄緑色となっていた。
体全体に神祖の力が迸っている。
「全く…散々な目覚めじゃ。」
べレスでありべレスでないその少女は、不機嫌そうに、だがレアを見てどこか満更でも無さげに肘を玉座に載せて、脚を組んだ。
その場の全員が、人ならざる威圧感をその身に感じていた。
神祖が、再臨した。
****************
べレス視点
気がつくと、また夢で見るいつものソティスの玉座の前に私は立っていた。レアの薬のせいで気を失ったからだろう。
だがソティスは何かがいつもと違った。
静かに目を瞑っており、一瞬寝ているのかとも思ったが、何かを考えているようだった。
「ソティス?どうしたの?」
そう私が声をかけると、ソティスは静かに目を開けてこちらを見た。その視線がいつもよりどこか大人びていて緊張する。
そんな私にソティスはふっと笑うと子供を安心させるような口調で話し始めた。
「そう固くなるでない。わしとおぬしの仲じゃろう。」
その仕草もどこか大人びていて、少女の姿との落差でドキドキする。
「なぜか今日のソティスは大人っぽく見えるよ。魅力的だ。」
そう私が言うと、ソティスは愛おしそうに私を見て笑った。
「それはそうじゃろう。わしはもう記憶を無くしておるわしではない。現実世界でおぬしがこの玉座に座ったことで、わしの記憶は大まかにじゃが戻った。」
「私が?現実でこの玉座に?」
ふと記憶を思い返してみるが、そんな覚えはなかった。ということは…
「レアがそこまで私を連れて行ったの?」
「そういうことになるの。」
ソティスはどこか達観したかのような様子になっている。だが、私をみる目はいつもと同じかそれ以上に優しかった。
「良かったね。」
「うむ。おぬしと我が子のおかげじゃ。」
そう二人で微笑み合う。
すると、ソティスが淡々と噛み締めるように話し始めた。
「わしは常におぬしと同じものを見聞きし、おぬしに散々あれこれ言ってきたの…」
「そうだね。ソティスと居ると、楽しかった。」
「うむ。わしと共にあるのが、おぬしで本当に良かった…おぬしとここまで長い時を過ごせたことで、わしは人間への恨み以上に大切な物を知ることができた。」
そう泣きそうになりながらソティスは呟く。
それには万感の思いが篭っていた。
嬉しい。ソティスがそこまで私のことを思ってくれている。
「え?これって告白?」
そう私が言うと、ソティスはキョトンとしてその後、呆れたようないつもの声音に戻ってボヤいた。
「ハァ〜……おぬし…本当に相変わらずじゃの」
「だが、それも愛おしいわ。」
そして、ソティスは微笑んだ顔から真面目な顔になり、言葉を続けた。
「わしの記憶と同時に女神としての力も完全に戻った。その力は、おぬしにも使えるじゃろう。」
「え?そんなこと可能なの?」
「うむ。何しろもう10年以上の付き合いじゃからな。わしとおぬしの体が完全に馴染んだのじゃ。既にわしらは同一の存在と言っても過言ではなかろう。切っても切り離せぬ。」
「我が子…セイロスにとってもこれは想定外じゃろうな。」
セイロス?確かそれはかなり大昔のセイロス聖教会の元となった英雄のはずだ。確か帝国を作り上げた女傑だとか。
セイロスは女神の娘だったのか。道理で。
だが、セイロスにとっても想定外とはどういう意味だろうか。もうとっくに亡くなっているはずだ。
そう私が問うと、ソティスがサラッととんでもないことを言った。
「ああ。セイロスはレアじゃ。名を変えて1000年近く教会を維持してきたのじゃろう。人間などのためによくやるものじゃ。」
「…本当に?」
「嘘をつく理由がなかろう。」
つまり、セイロスは今まで生きてきて何度も名を変えて教団に関わってきたということか。…まあ女神の子ならあり得なくもないか。
現に今も女神の意志と話しているわけだし。
「それで…その。頼みがあるのじゃが。」
「なに?」
「セイロスと少し話をさせてくれんか。おぬしの体を借りることになると思うが…」
答えは決まっている。私はソティスを愛している。そのソティスからの頼みなら断る理由もない。
「もちろん。いいよ。」
「すまぬな。感謝するぞ。」
「いいよ。ただ、今晩はソティスとお楽しみしたいな。」
そう私が欲求を真正面から伝えると、ソティスは苦笑いして答えた。
「まったく阿呆じゃの…同一の存在と言うたばかりじゃろうに。まあよい。わしもおぬしのことは好きじゃしな。」
そう言うと、ソティスは微笑んで消えていった。
私の体に移ったのだろう。
さて、今晩はソティスとどんな風に楽しもうかな…そう考えながら私は玉座に座り込んだ。