ベレス視点
赤狼の節の初めの週は瞬く間に過ぎていった。
次々と挨拶に来る同盟や王国諸侯の貴族達の相手だけで予定がいっぱいになり、そこから身を切り詰めてひたすらにレアからの指導。
はっきり言って冬の寒さを感じる暇すら無かった。
そして水面下でのアランデル公暗殺計画の進行。
エーデルガルトは先んじて帝都アンヴァルでの仕込みをするために、ヒューベルトを連れてしばらくガルグ=マク大修道院を離れていた。
フェルディナントがぶつぶつと「なぜ私が呼ばれないのだ…。」と文句を言って居たが、ベルナデッタなどは帝都に行かずに済んでほっとしている様子だった。それも今節の課題を告げられるまでだが…。
私は久しぶりに黒鷲の学級の教室に足を踏み入れる。服装は大司教姿のニルヴァーナの服装のままだが、心は今でも教師のつもりだ。
私が教壇に立つと、雑談を交わしていた生徒達が一斉にこちらを向いた。その視線にはどこか緊張が孕んでいる。
…まあ、今まで通りとはいかないか。
が、その空気をまるで読まない二人が吹き飛ばしてくれた。
「お、先生。お久しぶりです。いやー、似合ってますよその服!その肉襦袢は、そのままなんですねえ。」
そういつも通り軽口をシルヴァンが叩き、
「良いじゃねえか!良い女っぷりは健在ってわけだ。」
それに女好き仲間のバルタザールが乗っかり。
…彼らの軽さは、何となく心が軽くなる。空気を読まないというより、あえて無視して空気を和らげようとしているのかもしれない。
そんな二人を、慌てた様子のコンスタンツェが止めに入った。相変わらず綺麗な顔立ちだ。帝国貴族風の化粧は少し派手だが、彼女にはよく似合っている。
「全く二人とも信じられませんわ!相手はセイロス聖教会の大司教様なのですのよ!?そんな軽々しく…。」
そのコンスタンツェの指摘に、机に突っ伏してぐてーっとしていたある意味大物の、褐色肌に赤毛がセクシーに映えるハピが声を上げた。チラリと覗くヘソだしの服が色っぽい。
「えー…別に良いじゃんね。せんせーだって、別に偉ぶったりしたいわけじゃないんでしょ?」
「勿論だよ。私はあくまで君たちの先生のままだ。そう思って気軽に接してほしい。」
私は二人に抱いた劣情を表に出さないようにして、にこやかに笑顔でそう答える。
「このガルグ=マクでは身分を問わず接することが推奨されている…なるほど。それを身をもって実践しようというわけか。流石は先生だ!」
「ふーん…やっぱり先生はそういう人なんですねえ。ふふ。惚れ直したかも。」
そうフェルディナントが結論を出して、場は丸く収まった。
…可愛い事を言ってくれたドロテアとは後でいちゃつくとして、今は用事を済ませよう。
ベルナデッタなどは私に会えなくて寂しかったとひしっとしがみついてきた。
…ちょっと前もこうなった気がするけど。
私は咳払いをして、全員に今節の課題を伝えることにした。その為に私が来たのだ。
「皆聞いているとは思うが、私は今節末に帝都アンヴァルを大司教として訪問することになる。」
「その警護の一員として、君たちには働いてもらう。それが今節の課題だ。帝都でね。」
その一言で、私にしがみついていたベルナデッタの表情が凍りついた。
そして、大声で奇声を上げながら嫌だと首を振った。…こんなところも可愛いな。
「ひええええ!!?いや!嫌です!お父様と会うってことじゃないですか!?それ!?」
そのベルナデッタの惨状を見かねたのか、幼馴染のユーリスはやんわりと安心させるように嗜めた。
「…大丈夫じゃねえか?あくまで警護なら、ちらっと顔合わせするかもってだけだろ。」
「で、でも!ユーリスさんがまた半殺しにされるかも…。」
その一言に場がざわつく。…まあ穏やかな話じゃないからなあ。
その空気を吹き飛ばすように、あっけらかんとユーリスは笑って言った。
「大丈夫だっての。俺たちはセイロス聖教会の遣いとして同行するんだぜ?表立ってどうこうなんてできねえよ。お前にだってそうだろうぜ。」
「そ、そうなの?そうかも…。なら、先生!いざという時は私を守ってくださいね!?」
そんなベルナデッタの必死な私への懇願に、不思議そうにペトラが呟いた。
「私達、せんせい、守る、します。守られる、違います…。」
「……前途多難ですわね。」
「お前が言うか?それ。」
そんな風にユーリスとコンスタンツェはため息混じりに呟いたのだった。
*********************
それから二週間ほどの間、私はレアに大司教としての仕事を任せて暫くつきっきりで黒鷲の学級の指導をすることができた。
そして、前節のベルナデッタとエーデルガルトに続いて、複数人の生徒が上級職への道を開くことができた。
「ま、これぐらいは当然です。」
そう言いながらウォーロックとして闇の魔道を的確に操るのは、リシテアだ。彼女とハピは、ヒューベルトと同じく闇の魔道を操ることができた。
…リシテアとヒューベルトは闇に蠢く者と強い繋がりがあるので理解できるが、ハピはなぜ使えるのだろうか。そう思い、繊細な質問のため私の自室に招いて尋ねてみた所、彼女はあっけらかんとこう答えた。
「まあ、ハピ子供の頃悪いおばさんに捕まっちゃってさ。色んな実験?を受けたんだよね。そしたらこうなってたし。」
「………じゃあ、魔獣を呼び寄せるのも?」
「うん。紋章の力を変容?強化?する実験だとか言ってたけど。」
私は思わずハピを抱きしめた。彼女のこれまでの人生は、思っていたよりもかなり悲惨なものだった。…私が守らなければ。
「えっと…ハピは何で抱きしめられてるの?」
「………辛かったね。私が守るよ、君のことを。」
そう耳元で甘く囁くと、ハピは僅かに顔を赤くして照れたように囁き返した。
「もう。そんな風に言われると、誤解するよ?ガーティと付き合ってるんでしょ?だめだよ、そういうの…。」
私はその答えに微笑んで愛おしく思いながらも、ハピの滑らかな赤い髪をそっと掌で撫でて、ゆっくりと答えた。
「大丈夫だよ。エーデルガルトには了承済みだから。私がハーレムを築いても良いってね。」
「ええ…?それはそれで大丈夫なの?…まー…それなら良いか。」
そうあっけらかんと答えた彼女を愛おしく思って、私は彼女をそっとベッド際まで連れて、ゆっくりと華奢な体を押し倒した。
「あっ…。」
そして彼女の褐色の肌の弾力を指先でゆっくりと味わって、宝石のような赤い瞳を見つめながら、柔らかい女の子の唇に私の唇を重ねた。
ハピは少し戸惑った様子だったが、やがてゆっくりと腕を持ち上げて、私の胸を揉み始めた。夢中で揉んでいる姿が可愛らしくて、私は舌を彼女の口の中にそっと差し込んだ。
…甘酸っぱい、ベリーの味がした。
「…果物の味がする。甘くて、美味しい。」
「ん。せんせーは、大人って感じの味だよ。」
そうして、夜が明けていった。
*********************
そしてついに訪れた帝都アンヴァル訪問の日。エーデルガルト達も道すがらに合流し、大司教と次期皇帝が並んで馬を走らせる。
当然、エーデルガルトもいつもの制服とは違い、(あれはあれで特注品のようだが。)
赤い外套を羽織り、金色の鎧を着込んでいる。
私のニルヴァーナの金色に輝く髪飾りと、傭兵服が下地とはいえ大司教の服をあしらっている服装はまさに派手だ。
そして何より、私の腰には天帝の剣がある。
本当はジェラルトから貰った銀の剣を晴れ舞台に持っていきかったのだが、流石にそうもいかなかった。
周辺に控える騎士達も、立派に銀色に光り輝く鎧を着こなし、重武装でセイロス聖教会の旗を掲げている。
ジェラルトがその先頭に立ち、凛々しく指揮を取っている。
私たちの行列を見ようと、農村からちらほらと街路まで農民達が集まり、私たちの姿を見て拝む者も少なくない。
「何だか、複雑ね…。彼らにとっては、セイロス聖教会を崇めるのが当たり前なのかしら。」
エーデルガルトは物憂げに薄い紫の瞳を細めた。私は彼女の苦悩を理解して、朗らかに声をかけた。
「まあ、今はそうだろうね。でも、彼らが自立する為に私達がいるわけだろう?」
「ええ、変えてみせるわ。必ずね。」
そうして私たちは街路を進んでいき、アンヴァルの途中のメリセウス要塞へと到着した。
頑固な老将軍の異名を持つこの要塞は、その名の通り石造りの無骨さを感じさせながらも、難攻不落っぷりをその軍備と堅牢さで見せつけてくるような場所だ。
が、今は私たちを歓迎する為なのか、セイロス聖教会とアドラステア帝国の旗が掲げられ、多くの兵士達が敬礼をして私たちを迎え入れた。
そうして馬を世話係に任せてこれまた派手に飾られている広間にまで行くと、そこには一人の文官らしき見慣れぬ男性と、品のある緑の礼装をしている、相変わらずきちっとした眼鏡をかけたへヴリング伯が待ち構えていた。
彼らはにこやかに私達に歓迎の言葉をかけると、見知らぬ文官らしき男がお辞儀をして自己紹介をしてきた。
「私は外務卿ゲルズ公です。お噂は殿下からかねがね。こうしてアドラステア帝国に足を運ばれたこと、誠に光栄です。」
どうやら彼が外務卿ゲルズ公のようだ。
派手さはないが、堅実な印象を受ける男性だ。
私はにこやかに彼と握手を交わすと、会食の場へと向かった。
私の背後に控えていたコンスタンツェは忌々しそうに彼を見つめ、ゲルズ公が話しかけようとすると足早に私の後を追って無視した。
対照的に、ペトラはゲルズ公と親交があるようだった。にこやかに会食の場でも話し合っていた。
どうやらゲルズ公はブリギット語が話せるらしい。私には聞き取れないが、嬉しそうなペトラの様子を見て心がほっとする。
会場の端っこで縮こまっているマリアンヌに、ベルナデッタが声をかけている。
エーデルガルトとモニカは、ゲルズ公と談笑しているようだった。
…さて、本番はこの後だ。
私はエーギル家の家臣達と穏やかに会話しているフェルディナントに声をかけた。
「おや、先生。いや、今は大司教殿と呼んだ方が良いですね。」
そう会食だからか畏まったことを言うフェルディナントに、私はにこやかに笑いかけて、ベルグリーズ産の葡萄を使ったワインを愉しみながら、穏やかに答えた。
「いや、いつもと同じで構わないよ。あくまで君はまだ私の生徒なのだから。」
「…む。そうかね。ならばお言葉に甘えて。私に何か用かね?父に合わせてくれと言うのなら、今は無理だぞ。アンヴァルの宮城で私たちの到来を待っている筈だからな。」
「いや、君に用があったんだ。後で話せる?」
私がそう問いかけると、彼は華麗に髪をかき上げて、やれやれと肩をすくめて答えた。
「…なるほど。次期エーギル公の私と大司教である先生が交流を深めるのに良い機会だな。無論、喜んで。後で私の自室に来たまえ。最高級の茶を用意しよう。」
「そ、そう。それは楽しみだね。また後で。エーデルガルトとヒューベルトを招いても?」
「む…。なぜエーデルガルトはともかくヒューベルトを?まあ構わないが…。」
そんな風に少し苦い顔をした彼と別れた私に、ヒューベルトがさりげなく近寄って、私に小声で囁いた。
「…フェルディナント殿を説得するのですな?」
私も小声で口を動かさないようにしながら、さりげなく囁き返す。
「ああ。今しかない。事情を話して、味方に引き込む。」
「上手くいけばエーギル公を捕縛するのに我々が優位に立てます。くれぐれもご慎重に。」
私は無言で頷くと、ゆっくりとワインを飲み干した。
ソティスが私の中で嬉しそうに呟いた。
「やはりこの一帯のワインは美味いの。…勝利した暁には、たんと飲むとしよう。…じゃがまずは勝利してからじゃな。大丈夫じゃ、おぬしにはわしがついておる。」
「うん。……ありがとう、ソティス。」
私は目の前に現れた小柄なソティスの唇を軽く指で撫でて、そっと口付けをした。
女神の口付けは、私にとっては最高の加護だ。
いよいよ、正念場が始まる。