聖墓は元より神聖で独特な雰囲気の空間である。ナバテアの者たちの紋章石を埋葬する場所。即ち、神祖とそれに連なる眷属たちを弔う場所である以上、それは当然のことだ。
が、今現在はその場の雰囲気を塗り替えるほどの威圧感が、べレス…否、ソティスから発せられていた。
体からは緑色の力の蒸気が迸り、その威圧感たるや魔獣の比ではない。
玉座に座るその姿、まさに威風堂々。神祖。その場の全員が同じ単語を頭に浮かべた。
そのべレスに誰もが視線を奪われ押し黙る中、レアは静かに涙を流していた。
「…お母様?」
レアのその小さな呟きが聖墓の静寂の中に響き渡った。
ソティスは静かに微笑んで側に控えるレアに両手を広げる。
レアは大粒の涙を流しながらソティスに抱きついた。
「あ、ああ…お母様あああ…」
「…わしが子守唄を歌っていた子供が、随分と大きくなったものじゃ。成長した我が子に会えて、わしは嬉しい。」
「お母様…私…」
「よいよい。今はただわしの腕の中で泣けば良い。」
その光景を見て、ジェラルトは呆然と肘をついて地に倒れ伏し、項垂れた。
「なんだこれは…俺は悪い夢でも見てんのか。」
そんなジェラルトをチラリと見て、穏やかにソティスは声を上げる。
「ジェラルトよ、心配するな。今は一時的にわしが体を借りているに過ぎぬ。」
「なんだと…?なら俺の娘は無事ってことか?」
「うむ。元気じゃぞ。今晩夢の中でわしを抱くと抜かしおった。」
ソティスの顔を赤くしたその一言に、ジェラルトは涙を流して笑い始めた。
「はは…なんだそりゃ。いかにもあいつらしい。そうか。良かった…あいつは無事なのか。」
そんなジェラルトの背を見て、セテスが安堵したように息をついた。
彼も娘を持つ身として、ジェラルトの気持ちは痛いほど理解できたのだ。
ソティスはレアの方に向き直り、笑顔で話し始めた。
「おぬしがセイロス聖教会と帝国を作ったと聞いた。べレスとジェラルト以外の人間なぞ別にわしはどうなろうが知ったことでもないが、よく頑張ったんじゃな。」
「はい。…はい。本当に、大変な道のりでした。でも、今報われました。貴女に認められた瞬間に…」
そこにはただ普通に語り合う、親子の姿があった。
…しばらく二人は語り合うと、ソティスがレアに少し厳しい声で告げた。
「だが、わしが戻った後でも、べレスをいきなり気絶させるのはやめよ。あやつはわしにとって苦楽を共にした親しい家族のようなもの。あまり良い心地はせぬわ。」
「う…はい。彼女には私も申し訳ないことをしたと…。」
申し訳なさそうなレアの額を軽くソティスはペチンと叩き、にこりと笑った。
「女神としてのわしとべレスは一心同体となった。教団をおぬしとあやつで導いていくと良い。わしも見守っておる。」
「……はい。ありがとうございます。」
レアは憑き物が落ちたかのように、晴れやかに笑った。
「ではそろそろわしは戻るとするかの。べレスにはおぬしが知っておることを全て伝えよ。よいな?」
「ええ。もちろん。私にはその責任がありますから。」
二人は微笑み合うと、ソティスは目を瞑って玉座に座り込んで眠りに落ちた。
少しすると、ソティスの時のように迸っていた力は消えたが、緑髪のままのべレスが、静かに緑色の瞳を開いた。レアを見て疑問の声を上げる。
「もう…済んだ?」
「ええ。ありがとうございます。本当に。」
その後、その場の枢機卿の騎士二名を除く全員がレアの部屋に集まった。
ジェラルトはまだ不満そうだが、色々と安堵して幾分か落ち着いた様子だった。
「ったく…じゃあお前と女神様は合意の上でああなったってことか?」
「ああ。ソティスと私は仲良しだからね。」
「なら俺はまるで道化じゃねえか…今度からは事前に相談…とできる状況じゃなかったか、今回は。」
そうジェラルトは横目でレアを睨む。
レアは小さくなって部屋の中心に座っていた。
セテスとジェラルトにネチネチと嫌味を言われたのが効いたようだ。
「それに関しては申し訳ないと思っています。本当に。」
「…まあ、無事で済んだからこれ以上は責めませんがね。うちの娘にこれ以上変な真似せんで貰えますか。」
レアから諸々と説明を受けたジェラルトとべレス
は、ことの次第を把握していた。
紋章とは、遥か昔にネメシスを含める十傑が女神ソティスの眷属である、ナバテア人の血を奪って得た力であり、レアはその眷属の一人の聖者セイロスであること。
聖者セイロスはその復讐を果たし、ネメシスと十傑を討伐したこと。
レア…聖者セイロスが母親である女神ソティスを復活させるために、べレスの母親であるシトリーを含めた神祖の器を作り、神祖の心臓である紋章石を埋め込む実験をしていたこと。
…シトリーの最期の頼みによって、生まれてすぐに息を引き取りそうだったべレスに神祖の心臓を移植したこと。
「にしてもレア様が聖者セイロスだったとは…まあ貴女の血を貰った俺が随分長く生きてる時点で驚きゃあしませんが。」
べレスにとっては、あまりにも壮大な話で飲み込むのには時間がかかりそうだ。自分の母親が本当に優しい人なんだなと実感できたぐらいだ。
父親がレアから血を貰って長きに渡る寿命と紋章を得たのなら、まあ本当の話なんだろう。
「くれぐれも他言無用に願いますよ。」
「これは教団の根幹の機密だ。もし漏らすようなことがあれば…」
そうセテス…レアと同じ、ナバテア人である聖者キッホルが念を押してくる。
それと同時にべレスの中でソティスがぼやいた。
「人間どもは残虐じゃからな。もしこのことが世間に知れれば…」
「分かってるよ。ソティスの娘の悲しむような真似はしない。」
そうべレスがソティスと周りの4人にはっきりと宣言する。
レアは心底ホッとしたという顔で頷き、べレスを勧誘し始めた。
「お母様が言ったように、べレス、貴女は既に我々の同胞も同じです。共に教団を…フォドラを支えていきましょう。」
が、ジェラルトがそれを遮った。
「…お言葉ですがね。こいつは散々あんたらに振り回されたんだ。それではいそうですかとはいかないでしょう。俺たちは元の暮らしに戻らせてもらいますよ。」
「ジェラルト…」
流石にレアも無理やりべレスを引っ掻き回した手前、強く言うことができないようだ。
セテスは静かに静観の構えだ。
「私は構わないよ。というか、願ったり叶ったりだ。」
べレスがそう答えた時、レアはぱっと明るい顔を、ジェラルトは渋い顔をしてべレスを見た。
「良いのか?べレス。」
「ああ。私の野望を叶えるために、教団の地位を得られるのはありがたい。」
その一言に、セテスが眉を顰めた。
「野望?それは何だね?」
「それは…私だけの美女のハーレムを作ることだよ。」
その一言で、場の空気が凍った。
ジェラルトはやれやれと頭を振り、レアはまあと口を手で覆っている。
「…冗談はあまり好きではないんだが。」
セテスはこれを冗談だと受け取ったらしい。が、べレスは真剣にもう一度言った。
「私は好きな美女や美少女と平和な世界で暮らしたいんだ。これは冗談なんかじゃないよ。」
「…本気、なのか。まあ、ネメシスのような愚かな野望ではないだけいいが…」
そうセテスが頭を振り、ため息を吐く。
レアはこほんと咳払いをすると、にこやかに言葉を続けた。
「貴女の野望が何であれ、平和な世を作ると言うのなら私たちも喜んで力になります。」
「まあ…お前が良いなら俺は文句ねえよ。」
ジェラルトも腹を括ったようだ。
「それで…私に任せたい教団の仕事というのは?騎士団の仕事?」
べレスはそう問いかける。
至極真っ当な予想だ。というかべレスができるのはそれぐらいしか思い浮かばない。
セイロス教の教義はろくに知らないし、今から学ぶことになるのだろうが、すぐに修道士になれるとは思えなかった。
だからべレスにとって次のレアの提案はかなり意外なものだった。
「いえ。貴女を是非大修道院の士官学校の教師に任命したいのです。それに…」
「いずれ私と共にフォドラを導く貴女には、枢機卿の地位を与えたいと考えています。」
べレス視点
今日は色々とありすぎた。
教師として担当する学級を決めたりなど諸々の手続きは明日ということで、学生と同じ寮の一室をひとまずは貰って休むことになった。
ジェラルトは騎士団長の部屋を貰ったらしい。
浴室があるのはありがたかった。
大抵は傭兵なので川で水行をして体を清めているのだが、久しぶりに体が整い、天にも昇る気分だ。
部屋の寝床で横になり、小さく笑みをこぼした。
「ご機嫌じゃの?」
ソティスが寝床の横に立ち、話しかけてくる。
「まあね。実質的に、私たちの目的はもうほぼ達成されたから。」
そうだ。ソティスの記憶を取り戻すことも、なぜ私とソティスが共にあるのかも既に理解できた。
さらに、ハーレムを作るための地位の確立も目前だ。
更に嬉しい情報まで付いてきた。
恐らく私は紋章を持っている。ソティスの心臓を身に宿している以上、確実に近い。
それはつまり、天帝の剣を扱えるかもしれないということだ。
レアはじきに試す機会を設けると言ってくれた。
…なぜハーレムを作るのに教団内で地位を作っておき、紋章を持っておくのが良いのか。簡単な話だ。
まずこのフォドラにおいては、紋章の有無は圧倒的な地位の格差を生む。
私個人としては理解できない考えだが、特に貴族においてこの考えは顕著だ。
後継は紋章なしの長男より、紋章持ちの一番下の女の子、そんな家はごまんと見てきた。
そして、フォドラにおいてセイロス聖教会はまさに絶対的な信仰を集めている。
特に王国ではそうだ。帝国では最近教団との関係がギクシャクしているらしいが、それでも無視できる存在ではない。
つまり、教団の枢機卿の紋章持ちならば社会的地位はかなり強い。
同性の女の子を囲っても教団から文句は言われない程度の立場だ。
傭兵の気のままな暮らしも悪くないが、やはり付いていけない女の子は多い。
それが原因で破局した例も私は多く体験してきた。
社会的地位は強いのだ。
それに、大修道院付属の士官学校の教師。
これも実にいい。
何故か。何故士官学校に皇族や王族、公爵家の子息が集まるのか。
その理由は幾つかあるだろうが、主な理由は婚姻の相手探しに有効な場だからだ。
フォドラで絶対的な信仰を集めている大修道院のお墨付きで、貴族同士が恋愛し、家同士が繋がる。
…紋章持ちの子孫をどうしても産まなければならない女の子は堕とせないだろうが、そうでなく家同士の繋がり、それを狙っている女の子なら堕とせる確率はかなり高い。
特に平民の子は。
教団内の有力者に同性でも狙ってくる女の子はザラに居るだろう。
ここでジェラルトが父親であることが効く。
枢機卿であることは最重要機密のため明かせないが、騎士団長の娘の大司教のお気に入りの紋章持ちならそれだけで狙われる。
ありがとうジェラルト。
勿論、私は純粋な恋愛がしたいけど、打算目当てな女の子でも、私が堕とせば純愛だ。
無理やりなんて下劣な真似はしないけど、向こうから誘ってきたら乗るぐらいはする。
…まあ、教団内で問題にならない程度に留めておくのが無難ではあるけど。
「女絡みになると、やたら知恵が回るのう、おぬし…」
「好きなことだからね。」
そうソティスと会話しながら、意識をソティスへと切り替える。華奢な少女の体の女神様。
露出の多い服装は、ソティスのあどけなさと相まって犯罪的な魅力を醸し出している。
「じゃあ、夢で君を抱くよ。」
「う、うむ…優しく頼むぞ。」
私は静かに目を閉じると、暗闇の玉座の中へと落ちていった。
目の前にはほのかに顔を赤く染めているソティス。
その腰に手を回し、ソティスを抱き寄せる。
「お、おお…流石に手慣れておるな。」
「まあね。今夜は楽しませるよ。」
私は身を屈めて、ソティスの顔に自分の顔を近づける。
緑色の瞳が綺麗だ。
小ぶりで美味しそうな唇を、私の唇で奪って。
夜が、更けていった。