べレス視点
私が担任として黒鷲の学級の教室に入ると、生徒たちはエーデルガルトと数名を除いて驚いた視線を私に向けた。
約一名慌ててそっぽを向いて顔を向けない紫髪の小柄な女の子…ベルナデッタがいるが。
そういえば初対面の時もあんな感じだったな。
エーデルガルトは呆れた様にベルナデッタを見て、私に「気にしないで」と言ってきた。
「まさかあんたが先生なのか!?俺たちと同年代くらいだろ!?」
短髪の青髪の背が低い活発そうな男の子がそう驚いた声を上げる。…確かカスパルくんとかいう子だった。
「そうだよ。みんな初めまして。黒鷲の学級を担当するべレスだ。よろしく頼む。」
「こちらこそよろしく頼むよ。私たちが貴族だからと言って畏まらず、気兼ねなく接してくれたまえ。
「…ああ。口調はこのままで良いだろう?ガルグ=マク大修道院では身分の差なく接するという習慣がある。先生もその輪の中に加わってほしいのだ。」
そう自然と貴族宣言をしながら親しげに話しかけてくるのは、オレンジ髪の短髪に整った顔立ちの男子のフェルディナント…だったはずだ。
エーギル家の嫡男だとしれっと自己紹介の時に宣言していたのを何となく覚えている。
「なんじゃ偉そうじゃのお…こやつ。わしらはフォドラで最も尊い存在であるというのに。」
そう軽く苛立った様子のソティスを心の中で抑えている間に、例の子も声をかけてくる。
「しれっと貴族宣言までして言うことじゃないと思いますけど。改めて私はドロテアです。これから宜しくお願いしますね?先生。」
「うん。宜しくねドロテア。」
大体の主な生徒と挨拶を済ませると、次は何をするかと言う話になって場が混沌とし始めた。
やれ新任の先生の腕が見たいから決闘だの言うもの、やれ優雅にお茶を飲もうだの言うもの。
そのどさくさに紛れて部屋に篭ろうとするもの。
「混沌としていてごめんなさいね、師。まあ普段はもっとまともだと思うから。」
そうエーデルガルトが私に軽く苦笑いしながら告げる。
「この混沌を鎮めるのが先生の最初の仕事の様ですな。」
そのエーデルガルトの脇に控える陰気そうな危険な匂いのする男…確かエーデルガルトの従者のヒューベルトだったか、がくつくつと笑いながら言った。
結局その後は茶会の後に訓練場で武芸の腕をそれぞれ見せてもらうという流れになった。
優秀そうな生徒を見つけて今節の学級対抗戦の人選もしておきたいし、今後のためにそれぞれの生徒の得意分野を理解しておきたい。
それぞれの生徒が得意分野の宣言をし、実践で私に見せてもらう。
その後は基礎体力などを見て、近接が得意な者は私と訓練用の武器の実践形式で打ち合って貰った。
目ぼしい数人に絞ることはできたかな。
エーデルガルトは斧が得意な武器の様だ。
フェルディナントは槍の扱いが特に良かったが剣などの扱いにも優れており、なかなか優秀だ。
他にも
ヒューベルトとドロテアは攻撃などの黒魔法
カスパルは斧と拳
リンハルトは回復などの白魔法
ペトラは物理攻撃に優れている。身のこなしがいい。
ベルナデッタは弓が得意な様だ。
走り込みで即座に走るのを放棄したリンハルトと即座に地面に倒れたベルナデッタ以外は、基礎体力も申し分ない。
リンハルトとベルナデッタは基礎体力のなさが欠点だが、全体的に得意分野がハッキリしていて悪くない。これなら教えるのも楽そうだ。
「どうだね先生!?私がエーデルガルトを抜いて一番優れているだろう。いや、他の生徒も素晴らしいが。」
「くくく…相変わらず節穴の様な目ですな。どう考えても我が主の斧の振る舞いが最も優れていました。」
「はあ…」
そうエーデルガルトと張り合うフェルディナントと、ヒューベルトが言い争って私の意見を求めてくる。
「そうだね…現時点で総合的に一番優れていたのは確かにエーデルガルトだった。」
「な!?」
「そうでしょうとも。先生もなかなか見る目がある様で。」
ヒューベルトがしたり顔で頷き、フェルディナントが驚きの声を上げる。エーデルガルトは当然と言わんばかりにしているが、どこか嬉しそうな様子だ。
「走り込みの疲れにくい姿勢の維持、そして斧を軽々と扱う力と技術…前から思ってたけど学生とは思えないね。」
「当然よ。私は次期帝国の皇帝なのだから。」
「でも、戦闘面で一番才能を感じたのはフェルディナントかな。」
その一言に、場の空気が僅かにざわつく。
ドロテアが私に意外そうに問いかける。
「一番良かったのはエーデルちゃんで…才能が一番だと思ったのもエーデルちゃんじゃないんですか?」
その疑問に、私は端的に答えた。
「まあね。確かに現時点ではエーデルガルトの方が実戦では上だと思うよ。でも。」
「フェルディナントは実戦で最も必要な才能を持っているんだ。何だか分かる人は居るかい?」
そう生徒に促すと、リンハルトとフェルディナントが手を挙げた。
フェルディナントは誇らしげだ。
「じゃあフェルディナント。」
「ああ。それはまさに…貴族の誇りだろう?」
その一言に、場の全員がガクッと崩れ落ちかけた。エーデルガルトの顔は引き攣っているし、ドロテアは露骨に苦い顔をしている。
「違うよ。」
「なに!?ならば何だと…」
「先生。僕が話しても?」
そうリンハルトが声を上げる。
それに私は微笑んで頷いた。
するとリンハルトは淡々と話し始める。
「先生と近接戦で打ち合った中で、フェルディナントだけが先生の最初の斬撃を躱せていました。回避力…つまり生存能力が高いということは、兵にとっては最も重要な素質です。そういうことですよね?」
「なるほど…それは確かにそうね。」
リンハルトの先生にエーデルガルトは感心した様に頷く。
私も正解と頷き皆んなに説明し始める。
「そう。その通りだよ。身のこなしならペトラも大したものだったけど、私の本気の攻撃を躱したのはフェルディナントだけだった。その後も攻撃を当てるのにだいぶ苦労してしまった。」
そう。まず私は力を見定めるためにそれなりに本気に戦った。
なので一番最初の本気の攻撃を辛うじてだが躱したフェルディナントには大変驚いた。
「むう…悔しい、です。」
紫色の綺麗な髪を独特な形に編んでいるブリギットの王女であるペトラは、そう言って悔しがった。
彼女も私が狙っている一人だ。
紋章を持っておらず、実質的には帝国に降ったブリギットにとっては人質の様な者だろう。
色んな意味で特殊な生徒だ。
「大丈夫だよ、ペトラ。君もまだこれから伸びる。単純な身のこなしなら一番だったんだから。私が保証するよ。」
私はペトラの肩を叩きそう笑顔で励ます。
「はい!努力、頑張る、します!」
「それでは、学級対抗戦の人選を決めたから発表するね。」
そう私が宣言すると、皆の顔が引き締まる。
カスパルが驚きの声を上げる。
「これそのための時間だったのかよ!先に言ってくれよ!」
「成る程。確かに初日に能力を測定して決めてしまうのが合理的ではありますな。節末までもうあまり時間もありませんし。」
「早ければ早いほど戦術を練る時間も増えるしね。」
そう私が付け加えると、ヒューベルトはニヤリと笑って頷いた。どうやら私のやり方がお気に召したらしい。
「それで、その人選は?師。確か学級対抗戦は師を含めて5人同士の小規模な戦闘なのよね。」
その通りだ。まだ授業もあまり受けていない段階での実力比べだけあって、その構造は非常に単純だ。少人数での力比べ。
ここまで小規模な戦闘なのは驚いたが、まあまだそこまでの集団戦ができる段階に生徒がいない為当然だろう。
「そうだよ。だから君たちの中から4人が選ばれることになる。」
「まずエーデルガルト。」
「まあ、当然でしょうね。」
「フェルディナント。」
「一番に呼ばれなかったのは複雑だが、まあ良いさ。貴族の力を見せよう!」
「リンハルト。」
「え?嫌ですよ。拒否権とかないんですか?」
「ないね。」
「嫌だなぁ…」
「貴方ねえ…折角の見せ場なんだから張り切りなさいよ。」
エーデルガルトがリンハルトをそう嗜めるが、聞いていないようだった。
「最後は…ベルナデッタ。」
「ぴえええ!?何であたし!?拒否!拒否です!!断固拒否!!」
そう泣き喚くベルナデッタにエーデルガルトは先程よりも深いため息をついた。
結局その面子で学級対抗戦に臨むこととなり、その面子での動き方を考えることとなった。
基本は
隊の先鋒がフェルディナント
中衛の回復担当を守るエーデルガルトと私
中衛の回復担当のリンハルト
後方のベルナデッタ
という形に落ち着いた。
近距離と遠距離に対応したこの陣形ならどんな場面でもそれなりに対処できるはずだ。
こうしてあらかた今日のやることを終えた私は、生徒たちを解散させてハンネマン先生の部屋に向かおうとした。
彼には紋章の有無を調べるためにこいとせっつかれているのだ。レアからの許可もあるし向かってみよう。
すると生徒の一人がこちらに歩み寄って話しかけてきた。
「先生、ちょっとお話しませんか?」
ドロテアだ。危ない胸元が前屈みになって私を覗き込むことでかなり際どくなっている。…いけないな。あまり視線を付き合う前から向けるのは良くない。
「どうかした?ドロテア。」
そっけなく装って私は答える。するとドロテアはニヤリと笑って私の耳元で囁いた。
「気付いてますよ。私の胸をみてたの。」
自然と耳元が赤くなる。まさか見抜かれていたとは。流石歌姫。
「あ、いやその…」
「ふふ、動揺しちゃって可愛いですね、先生って。」
そう言ってドロテアはべレスの耳にふーっと息を吹きかける。
「ひうっ!」
思わず生娘のような声をあげてしまう。周りには聞こえていないだろうかとチラリと見てみるが、どうやら大丈夫のようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「お返しです。もし良かったら、学級対抗戦が終わったら街に行きませんか?」
「街に?それってつまり」
「ふふ。さあどうでしょう。それは先生次第かな。」
「それじゃ、またね?先生。」
そう小悪魔のように笑うとドロテアは去っていった。
ニヤニヤ笑いながらソティスが話しかけてくる。
「おぬし遊ばれておるな。堕とすつもりが堕とされるのではないか?」
「……まあそれも悪くないかな。」
階段を登って二階に上がった先にハンネマン先生の個室はある。私が部屋に入ると、即座にハンネマン先生はこちらに歩み寄ってくる。
待ちわびていたらしい。
「ああ、やっと来たかね。さ、それでは紋章の有無を調べるとしよう。紋章については知っているかね?」
「レ…大司教からの話で何となく分かってるよ。」
「む、そうか。大司教が。なら話しは早い。さ、この装置の上に手を出したまえ。」
地面に置かれた奇妙な魔法具に手を翳すと、影の紋様が浮かび上がった。なるほど。こうやって紋章を測定するのか。
「なっ!?我輩がみたことのない紋章だと!?まさか未発見の紋章だとでもいうのか!格別の刺激だ!」
ハンネマン先生はそう輝かんばかりの笑顔で叫んだ。
私もその一言で仮説が確信に至り興奮している。
一つだけあるのだ。解放王ネメシス(まあソティスの墓を暴いた、ただの盗賊風情だが)の持っていたとされる、幻の紋章…炎の紋章
「もしかしてそれは…炎の紋章なのでは?」
その一言に、ハンネマン先生の顔が驚愕に染まる。そしてブツブツと呟き始めた。
「炎の紋章…?そうか!」
またもやハンネマン先生は叫ぶとブツブツと呟きながら本を手に取り、凄い勢いで捲り始める。
「我輩は君の紋章をそれで全体像だと思った…だがもし仮に紋章が大き過ぎて全体像が収まっていないとしたら!これは…!!」
そして本をパタンと閉じると、驚きの顔のまま私に振り返った。
「間違いない。君のそれは炎の紋章だ。」
「まあ分かっていたことではあったがの。わしとおぬしは一心同体。なればわしの紋章を宿していても何らおかしくはないわ。」
「信じられん!かの英雄ネメシスと同じ紋章を持つものが現れるとは…!!君はかの英雄王の子孫ということになる。是非ジェラルト殿も測定を…!!」
が、その一言が不味かった。ソティスの顔に苛立ちが走る。
「英雄じゃと…?薄汚い墓荒らし風情が?それに、わしのべレスがあの盗人の子孫じゃと?」
体に力が迸る。不味い。ソティスが怒髪天だ。
凄まじい力が体から放たれて奔り、室内を駆け巡る。
「うおっ!?何だこれは!いかん!器具が!」
(落ち着いてソティス!彼には悪気はない!単なる推測にすぎない!)
私が諌めると、段々とソティスが冷静になっていく。最後にふうと息をつくと、完全にソティスは冷静になった。
「すまんの。…つい頭に血が昇ってしもうた。所詮は何も知らぬ人の子の戯言よな。よくもまあセイロスはこんなことを続けてこれたものじゃ。」
「わしは疲れた。少し寝ておるぞ。」
そう言ってソティスの姿が見えなくなる。
頭に血が昇って力を使って疲れたのだろう。
目の前のハンネマン先生は、目を輝かせて叫んだ。
「信じられん!今のは炎の紋章の力なのか!あり得ん話ではないか…!何せこの数百年で未発見の紋章!是非体を見させてくれ!何か変化はないか!」
いや、流石にそれは困る。
私の裸はジェラルトか可愛い女の子以外に見せるつもりはない。
眉を顰めて断ると、ハンネマン先生は冷静になって済まなかったと謝った。
「マヌエラ…マヌエラ先生に明日見てもらうしかあるまい。今日はここまでにしよう。」
「それでは、おやすみなさい。」
そう言って私は部屋から立ち去り、寮の自室への道を急いだ。にしても随分夜も更けてしまった。
そんな夜更けに、目の前から歩いてくる人影があった。
暗くてよく見えず近づくと、それが女の子であることに気づく。
「あら?もしかして…えーと…新任の先生?」
そのおっとりとした美声には聞き覚えがあった。
相手がさらにこちらに歩いてくると、姿がはっきりと見えた。
薄い亜麻色の長髪におっとりとした顔と声。そして服越しにでも分かる立派な胸の果実。
「メルセデス?どうしたの?こんな夜遅くに。」
「先生こそ。あ、もしかして仕事してたの?大変ね〜。こんな夜更けまで。」
「仕事じゃないよ。ちょっと野暮用でね。」
私とメルセデスは雑談に花を咲かせる。
が、唐突にメルセデスは不安そうに問いかけてきた。
「仕事の方は大丈夫?荷が重いと感じる時はない?私でよければ手伝うけど…」
正直ちょっと心外だった。
まるで私が生徒に手を借りねばいけない程教師としてなってないと言われている気がした。
「大丈夫だよ。どうしてそんなことを?私はそんなに頼りなく見える?」
すると、メルセデスは困ったように眉を顰めて言いにくそうに言ってくる。
「気を悪くしたならごめんなさい。でも、やっぱり貴女若すぎるように見えるんだもの。下手したら私より年下なんじゃない?」
「さあ?私年数えてないんだ。父親譲りでね。」
その私の言葉にさらに不安そうにメルセデスは言葉を重ねる。
「本当に?そんな人いたのね…ねえ、もし不安だったら…」
私はメルセデスにぐいっと近づき瞳を見てハッキリと言う。
「不安でもないし大丈夫だよ。そんなに不安がってくれるのは嬉しいけどね。今度の学級対抗戦で証明するよ。私が優れた教師だって。」
そう言い切ると、私はおやすみと声をかけて去り、寮の一階にある自室に入る。
メルセデスからの不安にドロテアからの期待。
二人の顔が頭を駆け巡る。
どうやら私の教師人生はハーレムの野望のためには思いの外重要になったらしい。
「なってみようか…立派な教師に。」
まずは学級対抗戦!必ず勝つ!
そう胸に誓って、私は寝床に入ったのだった。