カシャンッ!
手に持ったスプーンが不意に手から滑り落ちて音を立てた。
「大丈夫かい?最近よく落とすなぁ、トモヤ」
「いや、ちょっと余所見をね、おっと、タツヤ~あぶねぇな」
自分のスプーンを拾うのと同時に落としそうになったタツヤのフォークを支える。
正直、父さんの言葉に内心焦った。
もうほとんど手には握力がないに近い、それを悟らせないように細心の注意を払ってさえ一回の食事には必ずと言っていいほど落としてしまう。
だから、あまり家族と一緒に食べるのは控えていたが・・
「おお~おにい~ちゃん、ありあと~」
「ゆっくり食べな、タツヤ」
「まどか・・・遅いなぁ、連絡もないし」
「そうだな。」
確かに、本当だったらもう帰ってきて一緒に夕食をしててもおかしくはないが今日は帰りが遅い。何かあったのだろうか、何もなければいいが・・・
「言ってるそばから帰ってきたかな」
玄関を開ける音が聞こえ足音が近づいてくる。
「はぁ~、ただいま~。今日も疲れたわ~」
「おかえり、ママ」
「ただいま」
「おかぇい~」
「おかえり」
帰ってきたのはまどかではなく母のほうだった。
「今日は意外と早かったんだな終わるの」
「まぁね。」
あのハゲ~とか会社の愚痴を言いながら手を洗いに行った母を見送り
「ごちそう様」
「もういいのかい?トモヤ、最近あんまり食べてないんじゃないか?」
「昼に外で食べたんだよ」
もちろん嘘である、だんだん固形物がのどを通らなくなってきた。ごまかしもそろそろ限界が来ていることを日に日に感じる。
「そうかい?食器は流しにつけておいてくれ」
「わかったよ、父さん」
食器を流しにつけ、二階にある自室へ避難する。一緒にいれば必然的に自分の身体の変なところに気付くはずだ、だから一番いい方法は何も見せないこと、演技もずっとできるわけじゃないのだ。
「待ちな、トモヤ。 話がある」
リビングから避難しようとしたところを母に捕まった。
「なに?」ちょっと不機嫌目に応える。
「・・また腕が細くなってやがる。トモヤあんた今日学校行ってないだろ」
「はぁ?何言ってん「制服が朝のままかかってたぞ」・・んだよ」
「なぁトモヤ、このさい高校サボったことには怒らねーよ、いやほんとは怒らないといけねーんだが、とりあえず、サボったことはいい、それは重要じゃないんだ。 なぁトモヤこれだけは答えてくれ」
「・・・」
依然腕をつかまれたまま無言で返す。
「トモヤお前、 ど こ に 行 っ て い た?」
「別に、どこでもねぇよ」
一般的に12~18の男子、所謂思春期のオトコノコというものは親に、特に母親に何か小言を言われるとそれはもう高い確率でギャクギレするのである。
例にもれず自分もその一人だ、まぁ今回は勢いに任せてごまかしてしおう、という気負いが強いが。
「うるせーな。別にどこほっつき歩いてたっていいだろ!」
「よくねーから言ってんだ!お前は身体が「かんけーねだろそんなの!」ッ!」
バシッ!!
頬がじんわりと熱くなる、っくそ!ただ打たれただけなのに意識が飛びそうだ。
「関係ないわけねーだろーが!トモヤ、あたしはお前の母親だぞ!」
「うるせーババァ!ろくに家にいねぇくせにこういうときばっかり母親顔すんな!」
こういう年頃はすぐに頭に血が上りやすい普段言えないものがつい口から出てしまう。
母の悲しそうな顔が目の前にあった。
「トモヤ、それは言い過ぎだ。ママは僕たち家族のためにも働いてくれているんだよ」
「わかってるよ!」
「ママも落ち着いて」
「ああ、トモヤ明日もっかい聞くからな」
頬をさすりながら、リビングから出ていく。
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バタンッ!
「はぁ~、まどかだとこうはいかないんだがな、トモヤは少し難しい子だよ」
「そんなことないさ、あの年頃の子は無意味に反抗的になってしまうものだよ。
ママそれよりも」
「ああ、わかってる。最近起きてくるのはやけに遅いし昼間はどこ行ってるかわかんねぇ」
「ご飯もあまり食べてないように見える、さっきだってあんなに物を落とし過ぎだ」
「一回病院で検査したほうがいいな。」
「そうだね。でもトモヤは病院嫌いだから」
「無理やりにでも連れて行くさ、昔からずっと病院通いだったからな、嫌いにならないほうがおかしいさ。休み取ったら連れて行こう?」
「そうだね」
「そういやまどかはどうした?」
「まだ帰ってきてないんだ、連絡もないし」
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時刻はすでに深夜近い、鹿目家はすでに寝静まりあたりは暗闇が支配している。
「はぁ~ただいま、思ったより遅くなっちゃったよ」
ゆっくりとなるべく音をたてないように戸を開く。
今日は本当にいろんなことがあった、なぜか自分を睨んでくる転校生 暁美ほむらに襲われ、三年の先輩 巴マミに救われた。
ついでに魔女や魔法少女のことを知った。世の中には本当に不思議なことがあるものだ。
まどかはある種の高揚感に包まれていた、町を人を悪い魔女から守る魔法少女巴マミの姿を見て、キュウべえから自分にも魔法少女の素質があるのだと聞かされて、これから起こるであろう不思議な、夢物語のようなストーリーを想像してのことだった。
こ ん な こ と 願 う ん じ ゃ な か っ た
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まどかは手を洗うために洗面台のある部屋へ向かった。
そこではすでに水の滴る音が聞こえる。
「誰かいるの?ママ?」
「まどかか、俺だよ」
「お兄ちゃん? こんな明かりもつけず何やってる・・・の?」
まどかの足もとにはいく粒かの白い錠剤が転がっていた、それを踏んで下を眺めている。
実は内心焦りまくりだ、みんなが寝静まったころをみてこっそり薬を飲んでいたところいきなり声をかけられて、薬をこぼしてしまった、まだ手には飲むべき薬が残っている。
薬は使えば使うほどその効果は薄くなっていく、だから量も、数も自然と増えていく。
「これ何?」
「なんでもないさ、それより帰りが遅かったじゃないか何かあったのか」
「え?!、ううん、ちょっと先輩の家にお呼ばれしちゃって」
「そうか、遅くなるなら連絡をしろよ。心配するから」
いそいで薬を飲み込み片づける。のどがごろごろして吐きそうだ。
「うん、・・っあ、手伝おうか?」
気を利かせて言ってくれたのだろう、おぼつかない手で薬を袋に詰める俺の姿に。
まどかは優しい子だから。
「いや、いい。」
答えは拒絶。
「え、うん。」
「水道使うんだろ? すぐどくからちょっとまってな」
それは、言うべきはなかったのだろう。普段だったら言わなかったはずだ、まどかは本来おとなしい子で、それほど我を通すほうではない。
何が原因だったのだろうか、何にしても本当だったらただの兄妹ゲンカで終わればよかったのだ。
タイミングが最悪すぎた。
「おにいちゃん・・・私ね、何でもできるお兄ちゃんがとっても羨ましかったんだ。
私は、得意な教科とかないし取り柄だってない運動もどっちかって言ったら苦手だよ。
知ってる?今でも残ってるんだよ見滝原中の白い伝説。三年間すべてのテストを満点で通した生徒がいるって、なのにお兄ちゃん推薦来てた高校蹴って見滝原の家から近い高校選んで、お兄ちゃんだったらもっと上目指せるのに私ができないこともっともっとできるのに私が持ってないものもってるお兄ちゃんがソレを活かさないのを見てる時の私の気持ちわかる?」
「どうしたんだ、まどか。」
「私結構いやな子なんだ子供のころお兄ちゃんよく病院行ってたよね、ママもパパもお兄ちゃんにばっかりかまっててすっごく嫉妬したんだ、それからもお兄ちゃんができることは私にはできない。いいんだよ?私はすっごくいいお兄さんを持ったんだって思った、お兄ちゃんのこと尊敬してる。でもね・・」
「まどか・・・」
一歩、まどかが足を踏み出す。今まで溜めていたものを一気に吐き出すようにまどかの言葉は止まらない。
「でもね、私は許せないんだよ、私なんかよりずっとずっといろんな才能もってるのに、何にもしないお兄ちゃんが、「うるせーな、だったらお前がもっとがんばれよ」・・・」
正直イライラしていた、俺のほうがまどかのことは羨ましかったのだ。
何不自由なく人として明日を迎えることのできるこいつに、明日の命も知れないこんな俺に、勉強ができたって、才能があったって何の意味すらないというのに、まどか、お前はわかってないんだ生きているということがどんなに尊いのかを。
「まどかお前はいつもそうだよな。他人と自分を比べてはあの人はすごいあの人はすごい、そんで、自分は取り柄がないから、お前は何かやったのかよ?お前のあこがれるものに近づくために何かやったのかよ?なぁ、別にいいさ嫉妬も羨望も、だけどよ、まどか。
自分を諦めてんじゃねぇよ!。 他人に自分の理由を押し付けんじゃねえよ。
何にもできないわけじゃねぇ、お前は何にもやってないだけだ。」
「わ、私は! お兄ちゃんなんかに私のことがわかるわけないよ!!
いいよね、そうやってできる人は上から説教ができて、そうやって見下せて!
私はずっと、ずっとずっとずっと、そんなお兄ちゃんのこと嫌いだった!優しくしてくれるのもなんだかずっと心のどこかで惨めに感じてたんだよ!」
「はぁ、はぁ、・・だったらもっと早く言えよ!そうか、そんな風に思ってたのかよ。
よかったなまどか! もう、そういうこともなくなるかもしれない・・っぜ?」
その時だった、急に視界がぐにゃりと、足に力が入らなくなった。
とっさに洗面台を掴む、手にしていた薬の袋は床に落ちて中身が散らばる。
「なん・・だこれ・・」
急激に吐き気がこみ上げてくる。意識は朦朧として妹の姿ももう、よく見えない
異変に気づいたのかまどかが声をかけてくるがそれもよく聞こえない
「お、お兄ちゃ・・か・・へん・・・・ぶ?」
口の中からなんだか生暖かい液体がどんどん溢れ出してくる。ついにそれは含みきれず外へとあふれ出た。
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何が起こっているのか理解できなかった。
ついさっきまで喧嘩をしていたはずなのに、急に兄が苦しみだした。
その兄が膝から崩れ落ちる、バチャッ! っという水の跳ねる音がする。それは決して水ではない。
赤い、赤い、赤い、液体が、どんどん溢れ出してくる。
そこにうつぶせに倒れたまま動かない兄を見て、ここでやっと”声”が出た。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」