異種族との恋(そしてあけすけな性)についての三つの物語   作:五十貝ボタン

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1,サラとグローグ

 サラはゆっくり語りはじめた。

「私は学園の手伝いをしながら、異種言語学と歴史を研究してた。十七の言葉を修めて、色々な言語で書かれた記録の比較をしたの。同じ時代、同じ場所の記録でも、それを書いた種族によって内容がまるで違っていた。いま、学園で教えている歴史は一部の種族にとっての歴史に過ぎない。多くの種族の歴史を比較する必要があると思ったの」

「私の恋人はエルフだけど」

 と、フェアリーのペタラが口を挟んだ。

「エルフはエルフの言葉でしか歴史を語らない。他の言語では表現できないと思ってるみたい」

 

 うん、とサラは頷いた。「種族の中でしか知られていない物語を比較できるようにしたいと思ってるの」

「立派な目標だけど、恋人の話はいつ始まんの?」と、リリィ。

「分かってるってば。それで、私はもっと古い(・・)言語を新しく(・・・)習得したくなって」

「古代魔法語?」と、ペタラ。

「ううん。古オルク語」

「それって、『北伐』で滅んだオークたちの言葉でしょ。いまのオークが使うオーク語とは別」

「うん。彼らは自分たちの言葉を文章に残そうとはしないし、図書館の本をひっくり返したけど、古オルク語についてはわずかな手がかりくらいしか得られなかった。でも、古オルク語を使っている人がひとりだけ見つかった」

 

「それが、彼?」

 リリィに聞かれて、サラは照れながら頷く。

「オークは部族ごとにまとまって、放牧や狩猟をして生活しているでしょ。その中には、『語り部』と呼ばれる、歴史を語り継ぐ役目があるの」

「昔の歴史を語るために、昔の言葉を身につけてるってわけね」

「その通り!」

 

 思わず身を乗り出してしまってから、サラは一息入れるためにティーカップを傾けた。

「でも、オークの社会は他種族に厳しいでしょ」と、リリィ。「どうやって部族に受け入れてもらったわけ?」

「彼らの部族は、都市と交易もするし、対話しやすい方だった。でも、部族の領域に入れてもらう交渉には一年以上かかったわ。でも、交流を重ねるうちに、私がオークの言葉を正しく使えることを理解してもらえた。だから、学園でオークの歴史をどう教えてるか伝えたの。そしたら、『お前たちの歴史は嘘だらけだ!』って」

「怒られた?」

 

「まあね。でも、こう言った。『だったら、本当の歴史を誰かが伝えないと。私がその役目を負います』

 ……で、彼らの集落への立ち入りを認められた。ただし、話をしていいのは『語り手』とだけ。他のオークとは口をきいてはならないって条件で。

 それで、私は戦士隊に囲まれて、『語り手』のところに向かった。ちょうど、その時彼は水浴びをしていたわ。若くてたくましいオークで……」

「水浴び中に人に会わせたの?」と、リリィ。

「オークはあんまり、そういうことを気にしないみたい」

「見えた?」ペタラがテーブルに手をついて身を乗り出した。

「……見えた。リリィの腕ぐらいあったわ」

「その時、すでに!?」

「自信があるから隠さないんだわ、きっと!」ペタラは興奮気味だった。

 

 ざわつく二人の反応が落ち着くのを待って、サラは続きを話しはじめた。

「彼の名前はグローグ。戦士たちと比べても、体格や筋量では劣ってなかった。私が挨拶すると、『そうか』って。もちろんオーク語で。水浴びが終わって、服を着るまで待ってたんだけど、他の方向を見ようとするとまわりの戦士隊が鼻をならして威嚇するし。彼の方を見ているしかなくて。下着を着けてないと、歩くたびにビタンビタンって。すごい迫力だった」

「鮮烈な思い出だねえ」

 

「こほん。で、彼のテントには何度も通ったわ。はじめは部族の外から来たヒューマンにいい顔はしなかったけど、私の贈り物が気に入ってくれたみたい」

「何を贈ったの?」

「本を。グローグは部族の中で、自分の本棚を持っている唯一のオークだった。オークはほとんど文字を読まないの」

「その彼は共通語の本を読めたの?」

「そう、そこよ。私は古オルク語を知りたい。彼は共通語の文字を読みたい……つまり、お互いに相手の知りたいことを知っている。だから、お互いに言葉を教え合わないかって提案したの」

「言葉の交流ってわけね。ロマンチック!」

 妖精がちいさな手を二度叩くと、テーブルの中央に花瓶が現れた。白とオレンジのアルストロメリアが生けられている。開花術は妖精にとってごく身近な魔法だ。

 

「私とグローグはお互いに自分たちの言葉を伝え合った。オークの知性が劣ってるなんて、とんでもない! グローグは一度覚えたことを決して忘れないし、複雑な概念を理解する能力に長けていた。共通語の文字なんて、すぐに覚えてしまったわ」

「それじゃあ、もうお返しに教えることがないじゃない」

「私もそう思った。引き換えにして古オルク語について教えてもらうはずだったのに、私には出来ることがなくなって。追い出されないかと思ったんだけど……」

「けど?」

「あるとき、グローグが村の子どもたちを集めてきたの。『この人からヒューマンの言葉を教わりなさい』って」

「他のオークと話しちゃいけなかったんじゃなかったの?」

「そのはずだったんだけど。私のことを、グローグは他のオークに話してくれていたのよ。『ヒューマンの言葉を皆が身につければ、昔のような争いを避けられるかも』って。さいわい、私は現代のオーク語を使うこともできた。だから、ヒューマンの歴史や文化についても、多くのことを伝えられた……いつの間にか、みんなが私のことを『ガァアン』って。これはオーク語で『先生』って意味なんだけど」

「すっかり受け入れられてるね」ペタラは自分で出した花の香りを嗅いでいる。

 

「子どもたちに教えていると、彼らから家族の話を聞くでしょ。それに、彼らの親が挨拶に来てくれたり。最初のうちは色々言われたわ。『細すぎる』とかね。

 オークたちの共同体では、女性でも強さを見せないと侮られる。だから、『私には魔法がある』って言い返したの。試されるようなこともあったわ。彼らは猪を飼ってるんだけど――豚じゃなくて、猪よ――その猪が暴れたときに呼び出されて、なんとかしろって。オークの猪飼いは猪が暴れると、おとなしくなるまで押さえつけるのよ。そうやって力の差を示すんだって」

「サラはどうしたの?」

「魔法で眠らせたわ。力じゃ敵わないもの。見ていたオークたちは、反応に困ってるみたいだった。彼らは魔法を学ばないから。恐れていいのか、驚いていいのか決めかねていた。しばらく皆が黙りこんでいたんだけど、グローグが最初に口を開いた。

『すごい!』って、ひと言。そうしたら、まわりのオークも『すごい!』『大したものだ!』って。

 それ以来、他のオークとも話をすることが多くなったわ。特に、猪飼いの女性たちと」

「さすが。受け入れられたってわけね」

 

「そのうち、グローグについても聞かされるようになったの。彼は部族の中で交流が少なくて、特に女性とはあまり顔を合わせたがらない、って。でも、私とは古オルク語や歴史についてよく話してた」

「サラとは話をしてくれたわけね」ペタラがかちゃりとティーカップをならしたので、サラは2杯目を注いだ。「どう思った?」

「……イケる! って」

「サラって見た目と違って積極的よね」

「やるって決めたらガッといくタイプだから」

 友人たちの賞賛しているのか呆れているのか分からない視線を浴びながら、サラは話を続けた。

 

「だって、あんなに強くて大きくて立派なひとが、部族の中で孤独を感じてるなんて。ギャップがあるって言うか、かわいそうなのがかわいいっていうか!」

 サラは興奮のあまり鼻をならしてから、咳払いをした。鼻をならすのは、オーク語では時分の主張を強めるときの合図である。オークの部族と暮らすうちに、うつってしまったクセのひとつだ。

「他のオークと興味や関心が違うのよ。みんなは部族の歴史に誇りを持っていても、正確に残そうとは思っていない。でも、グローグは起きたことの正しさを残そうとしている。

 ふたりで、いくつもの事柄について議論したわ。明らかな誤りと思われる伝承もあった。同じオークが何百年も離れた伝説に登場したりね。そんな話をしているうちに、グローグが『もっと本を読みたい』って言った。

『そんなにたくさんは持ってこられない』って答えたら、『なら、俺が行く』って。だから、今度は私が彼を街に招待した。図書館と――私の家に」

 

 リリィとペタラは、息を呑んで聞き入っていた。

 

「『私から離れないで』って言ったわ。『オークに対して、よくない印象を抱く人もいるから』グローグは、『俺たちもそうだった。すまないことをした』って。街中では時々嫌な視線を感じたけど、図書館では問題にはならなかったわ。新帝国語を話せる人は学者として扱うのは常識でしょ」

「いつの間に新帝国語を?」

「古い歴史は新帝国語で書かれていることが多いから。二人で勉強したの。で、何日かかけて、いくつかの本を解読した。『北伐』についての本が多かったけど、もっと古い時代のものもあった。その間、彼には私の家に泊まってもらうしかなくて。だって、育った文化が違うから、宿屋でトラブルが起きたりした大変でしょ。その点、私の家なら浴室の使い方まで教えられるし……」

「一つ屋根の下で若い男女がふたりきり」

「何も起きないはずがなく……」

「か、勝手なこと言わないで!」

「起きなかったの?」と、リリィ。

「……起こしたのよ」

 歓声が上がり、ふたりは手つきで続きを促した。

 

「ごほん! 私の家にはいちおう客室はあるけど、オークが使うにはちょっと手狭で……特にベッドが彼の体格には小さすぎたの。膝から下がはみ出してしまうぐらいだったから。だから、『私の部屋のベッドならもう少し大きいから、そっちを使って』って。『もちろん、私も一緒に寝るけど』

『君は客室のベッドを使えばいいだろう』って言われた。

『私が私の家で私のベッドを使って悪い?』って言い返したわ。強く見せるオーク流ね」

「そうかな?」とペタラ。

「いや、人間(マンカインド)社会に慣れてないところにつけ込んでると思う」とリリィ。

「人聞きの悪いこと言わないで! 彼は紳士的で、『俺が妙な気を起こしたらどうするんだ!』って言ってくれたけど、『私には眠りの魔法がある』って言ったら、さすがに反論もできなくなったみたい。

 ……言っとくけど、私もいきなり襲ったりはしないわよ。同じベッドに入って明かりを消すとドキドキしたけど、それ以上に彼の大きな体を隣に感じると安心する感じがあって。そうして一緒にいることがすごく自然に感じた。そうしたら、落ち着いて眠れて……安らぐなあ、もっと一緒にいたいなあって」

 

「計画的にやったってことね」リリィはテーブルの上のお菓子を器用にもてあそんでいる。

「何度も引き返すチャンスはあったのに」ペタラがかぶりを振った。

「いいじゃない! 彼だって、一緒に寝ることには同意してくれたんだから!

 ……とにかく、彼が街に滞在する最後の夜になった。同じベッドに入って……勇気を出して抱きついた。でも、彼は応えようとしなかった。

『ヒューマン相手にそんなことはできない』って言われたの」

「異種族恋愛の難しいところね」

「じゃあ、結局ダメだったってこと?」

 サラは首を振った。

 

「実は……そうなるんじゃないかと予測していたの。だから、猪飼いたちに相談して、古い歌を教えてもらっていたのよ。オークたちの愛の歌よ。それを彼の耳元で囁いた。暗闇の中でも、アレ(・・)が存在感を増してくのが分かったわ」

「どんな歌なの?」ペタラが興味津々に聞いた。「私の彼は詩人でもあるから、知りたがるかも」

「共通語に直すと……

 『私のおナカは準備万端(ばんたん)。立派な○○○を飲み込むのも簡単《かんたん》』

 『あなたの種をもらうため豊穣神に祈祷(きとう)。一発必中できるきっと』

 『戦場で叫んでた命令(コマンド)』。その声に濡れてしまったの○○○○』

 ……って、感じ」

 ○○と伏せた部分は、サラも言葉に出すのはためらわれたらしい。

「淫語囁き音声じゃん」リリィは思わずツッコんでしまった。

「オーク社会では肉体の愛が重視されてるのね、きっと」ペタラはやはり興味津々(しんしん)。使っているカップは白い新品(しんぴん)

 

「彼にとっても、古語の歌は刺激的だったみたいで。だんだん息が荒くなってきて……」

 サラはほうっと赤くなる頬を押さえた。

挿入(はい)ったの?」

 その質問がとても重要だ、というように、リリィが聞く。

 サラはゆっくり頷き、空にきりり(・・・)とした視線を向けた。

「その日のために準備をしていたの」

「すごいこと言い出したな」

「ち、違うよ!? そういうんじゃないから!」

「何も言ってないけど」

「ほら、耐久性を上げる魔法の応用で。一部では有名な呪文なのよ。夜の悩みは夫婦生活につきものだから。長く楽しみたいとか、お互いの体を守るために接合部(・・・)を保護するの。魔力で覆って、傷つかないように」

「見たところ、サラの体が傷つくようなことがなくてよかったよ」リリィはニヤニヤしながら言った。「ごくフツーのオタノシミになったの?」

 

「ええと……」

 サラは空中に視線をさまよわせて、自分の指先を触れ合わせた。しばらくそうして言葉を探してから、「あまり覚えてなくて」といった。

「覚えてないって?」妖精が首をひねる。

「入れる直前までは覚えてるんだけど。その(・・)瞬間、頭が真っ白になっちゃって……」

「大きすぎて苦しかったから?」

「それもあるかも。でもそれ以上に……」

 続きは言葉にならず、サラは両手で頬を押さえた。

 

「だいたい分かった。すごい体験だったみたいね」

「実は、ちょっとだけ後悔してるの」

「都市部でオークへの理解が十分じゃないのはわかるけど……」

「ううん、そうじゃなくて……」

 友人への理解を示そうとするペタラを制して、サラはその時のことを思い浮かべた。

「シーツと枕の替えを用意してなかったから、次の日は洗濯が大変で」

「そっちの準備はしてなかったと」

「次の日の天気がいまいちで、乾かなくて。幸い、グローグは集落に帰る日だったから。翌日は私が客間のベッドを使えばよかったんだけど」

 

 サラのカップはカラになっていた。話しているうちに体が火照って、汗をかいてきている。

「私が、正式に図書館に勤めることになったでしょう? だから、これまでのように頻繁にオークの集落を訪ねることができそうになくて。でも、グローグにも語り手としての役目がある。今のところ、月の3分の1だけ、彼を街に招こうと思ってるんだけど」

「3分の1も一緒に過ごせるなんて、愛されてるね」

 ペタラはにっこり笑って、サフランティーを注いでくれた。念動力の応用だ。

「一緒に暮らせるまでは時間がかかりそうね」

「それが、そうでもないかも」

 いたずらっぽくいって、サラは指を曲げた。ペンを握る手つきだ。

 

「グローグと二人で、彼の部族の伝承をまとめているの。本にして発表すれば、歴史学的にも価値があるし、その本を使えば語り手の仕事を軽くすることもできる……」

「でも、オークは口伝で語り継いできたんでしょう? 文字にすることに抵抗があるんじゃない?」

「まったくないわけじゃないと思うけど……」

 サラはオークたちとの話し合いに思いをはせた。恋人と二人で、長老たちを説得したのだ。

「それよりも、学園にオークの歴史を知らせたい思いの方が強いみたい。一方的な歴史観を変えたいって」

「私も気になるわ。北伐の記録って、オークのことを一方的に悪者みたいに語ってるもの」

 ペタラが花瓶のまわりをくるりと旋回してから、元の位置に戻った。

 

「私の話は、こんなところ」

 サラはぽんと手を打って、それぞれの手のひらを二人に向けた。

「次の順番は、誰かしら」

 話し終えてずいぶん気が楽になった。

「うーんと……」

 リリィは小さな手をこすり合わせている。まだ踏ん切りがつかないようだ。

 

「じゃあ、私!」

 ぴし、っと妖精が手を挙げた。

「どこから話そうかな。私はサラほどドラマチックじゃないけど。私と彼は、季節ごとに一度だけ会うことにしているの……」

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