皆さん、獣っ子が好きですね。作者も好きだよ。
けど実は作者のイメージだと主人公は……いやなんでもないです。
それは、ある日のこと。
「あれ、シズクじゃないっすか」
「イチカ」
パトロールを終え、今まさに帰ろうとしたタイミングでイチカは見知った顔を見かけた。
灰色の制服に、エンブレムである略式校章と盾。非公認の部活であるトリニティ自警団の証だった。
空色の髪と頭部から生える獣耳、制服の下から盛り上がる豊かな胸に、ゆらゆらと揺れる空色の尻尾。そして彼女から漂う癖になるような
「(って、いけないいけない)」
理性を擦り切ってしまいそうになる誘惑を、イチカは振り払う。
彼女はベータだ。オメガではない。少なくとも本人からはそう聞いている。
この匂いに誘惑されそうになるのは、特に匂いに敏感なアルファという種である自分だからこそ気にしすぎているだけ。
だから、こんなことを考えてはいけない。有耶無耶にするという意図もあって、イチカはシズクに言葉をかけた。
「どうしたんすか、こんなところで」
「え? あー……夕日を見てたの」
「夕日?」
「うん。今はそうしたい気分だったから」
たしかに今は夕暮れ時。見る分には綺麗で、眺めていたくなるというのもわからなくもない。
……ただ、シズクが静かに夕日を見ている、というのは意外だった。イチカは内心で思う。
彼女は……考えるよりも動く、静かにするよりも騒がしく、悲しいことより楽しいことを、というアクティブなタイプだった。
そんな彼女が、今はただ静かに夕日を見つめている、という状況は……なんだか、とても─────イチカはその考えに至る前に思考を中断した。
「……疲れてるんすかねぇ」
「?」
「いや、なんでもないっすよ。ところでシズク、寮には帰らないんすか? あそこでも夕日は見れたと思うんすけど」
「……今日はミカ先輩がいるから、夕日を見てると茶化されそうで。それに、先輩といると騒がしくなっちゃうから」
「な、なるほど」
ティーパーティーの聖園ミカ。彼女にそんなことを言えるのは同じティーパーティーのナギサやセイアぐらいだろう。もしくは彼女たちを知らない誰かだろうか。
少なくともシズクは、そんなティーパーティーのミカを相手に遠慮なく言える数少ない人物の一人だというのは確かだった。
「……夕日を見ていたいっていうのは、ただの口実」
「え?」
「本当は……思い出してただけ。私の─────」
そこから先の言葉は、上手く聞き取れなかった。
なにか、彼女にとって重要なことを言っていたはずなのに。
「そろそろ帰るね」
「え、あっ」
「それじゃあ、またねイチカ!」
そう言って、シズクはいつもの帰路に去っていった。
先程のシズクは、イチカのよく知る彼女に戻っていた。静かよりも騒がしく、ハキハキとした喋り方。不安なんてなくて、いつもキラキラとしている、そんな彼女。
彼女の背中を目で追いかける。
見慣れた光景だ。シズクがその道を通るのはいつものことで、いつだってイチカが見てきた場面だ。場合によってはそこに一人か二人加わることだってある。
だから……この不安は、きっと気の所為だ。
「……何処かに消えてしまいそう、だなんて、そんなことないよね……?」
─────その不安が実現してしまうことになるとは、当時のイチカには知り得ないことであった。
「あ、皆から……」
「見せて」
「え、アツ…」
「大丈夫って返して」
「いや、でも」
「いいか、ら」
「んん……はい」
”シズクが行方不明?“
「うん。モモトークを送って返事は来たんだけど……学校に来ていない。寮にもいないことは確認した。恐らく誘拐されて、返事も書かされたんじゃないかと思ってる」
「まだ決まったわけではないんですけど……でもシズクちゃんは、ただでさえオメガだと判明して危険なんです。一刻も早く見つけ出さないと……先生、どうか一緒に探してくれませんか?」
”うん、わかった“
”誰かシズクの行方を知らないか、聞いてみるね“
「ありがとうございます先生!」
「え、シズクが行方不明?」
”うん。イチカは何か知らない?“
「……そうっすか、シズクが……いえ、残念ながら何処にいるのかもさっぱりで……」
”そっか“
「……でも」
「知ってそうな人なら、心当たりがあるっす」
「やっほー☆ 先生久しぶりー!」
”ごめんね、急に呼び出して“
「そんな気にしなくていいよー! 私と先生の仲じゃんね?」
「それで、聞きたいことってなぁに?」
”実は……“
説明中………
「行方不明……そう、なんだ」
”何か知らない?“
「……前はね、私がシズちゃんのところによく行ってたんだ。シズちゃんといると居心地良いし、良い匂いもするし……」
「でも最近はぜーんぜん。会いにいけないし、シズちゃんも会いに来てくれなかったの」
「だから、シズちゃんが最近何をしてたのかは、私も知らない。だからごめんね?」
”そっか“
”ごめんね、時間取らせて“
「ううん、いいよ。先生の為ならいくらでも時間作れるから☆」
「……でも」
「アツコなら、何か知ってるかもね」
”アツコ?“
”そういえば……“
「アツコ、シズちゃんの名前を聞いた時……明らかに反応してたから」
「もしかしたら……もしかするかも?」
「……先生」
「シズちゃんのこと、おねがいね」
「あっ、先生!」
”レイサ?“
「はい! 私こそがトリニティの……いえ! 今はそれどころではありませんでした!」
「先生! 今からシズクさん救出作戦に向かうので、手伝ってくれませんか!」
”……“
”ごめん、1から説明してくれる?“
「あ、すみません……えっと、実は───」
説明中……
”つまり“
”シズクはアツコに会いに行って“
”それ以降、まったく帰ってきていない“
”場所はシズクが教えてくれたんだよね?“
「はい! でも大雑把な場所しかわからなくて……なので総当たりでシズクさんの居場所を探り当てようかと!」
”そんなことをしたら逃げられるんじゃないかな“
「そ、そうでしょうか……?」
”こっちに任せてもらっていい?“
”皆も呼んで、作戦会議だ“
”あれ、ヒヨリにミサキ?“
「せ、先生!? どうしてここに……はっ! ま、まさか姫ちゃんを探して……!?」
「……ヒヨリ、それ言っちゃってるから」
”……ここにアツコとシズクがいるってことでいい?“
「だ、駄目です! いま姫ちゃんは蜜月の真っ只中……例え先生でもここは通せません!」
「まぁ、そういうことだから……今は帰って」
”そういうわけにもいかないよ“
「……なるほど、ここにいるんすね?」
バァン! バァン! バァン!
「ひぃ、な、なんですか!?」
「あの服装、正義実現委員会の……それに」
「私こそ、トリニティの救世主! 宇沢レイサ! 参!上!です!」
「シズクちゃんは返してもらいます!」
「ヒヨリ、ミサキ、邪魔立てするなら容赦しないよ」
「……多勢に無勢かな、流石に」
「辛いですね、苦しいですね、人生ってどうしてこうも……で、ですがこれも姫ちゃんのため、こちらも引けません……!」
戦闘中……
「……もう限界か。ヒヨリ、上に行って態勢を立て直すよ」
「は、はい!」
『ごめん、姫』
「ううん、仕方ない。先生なら、いなくなればきっと探そうとするから」
「けれど」
「……誰にも渡さない」
「手段は選ばないよ、先生」
■■■
ドォォォォォォン!!
「……下から響いてる。誰か戦ってるの……?」
アツコがいなくなって、早くも十分ほど。
未だに拘束中のシズクです。どうも。
アツコによって付けられた手錠のせいで、部屋の外に出ることも出来ません。幸いにも制服は着させて貰えたけど……だいぶ着崩された状態なので、他の人に見られたら恥ずかしい。
アツコがいた時は片手は空いてたんだけど、アツコが外に出る時に手錠を両手に付けて、さらにはベッドに括り付けて動けなくされてしまった。
おかげで身嗜みも整えられない。
……これ、他の人に見られたらどう思われるんだろう。
見られたくないなぁ……無理なんだろうけど。誰か助けに来てくれ─────「シズク!」ましたね、はい。
扉を荒々しく開ける音と同時に響き渡った声は、よく知る人の声だった。
てっきり来るのは事前に話しておいたレイサと、あとは異変を察知した先生かなと思ってたんだけど……
「イチカ……来てくれたんだ」
「……今、それを外すから」
ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
……うん?
あれ、もしかして……逆にピンチ?
少しずつ……歩いてこちらに近寄ってくるイチカは、なぜだかアツコと同じ気配を身に纏っていた。
即ち、捕食者のオーラ的なアレである。
……実況してる場合じゃないなこれ。
イチカはベッドに身体を沈ませこちらに近付き……そのまま、銃口を手錠へと向けて発砲した。
考えていたこととは裏腹に、イチカは何もせずに手錠を外してくれた。銃を使ったのは……まぁ鍵探すよりも撃った方が速いから、かなぁ。
イチカを警戒していた自分を恥じて、イチカに感謝を告げようと顔を上げた。
「あ、ありがと、イチ─────」
カ、と最後まで告げる。
その前に、イチカは俺をうつ伏せにして押さえ込んできた。
……単純な腕力において、俺がイチカに勝つことはない。アルファとオメガには、そのくらいの力の差があるから。
だから、こうなるのはある意味必然だった。
「……少しだけ」
「少しだけ、痛いと思うんすけど」
「我慢、してね」
「すぐに終わる、から」
そう言って、イチカは─────
■■■
「『第2の性』について、ですか?」
”うん“
「どうしてそのようなことを……?」
”今回の騒動が、それが原因で起こったことだから“
”知っておきたいと思って“
「なるほど、たしかにそうですね。では、私の知ってる範囲でお教えしましょう」
「『第2の性』────それは男と女、それに加えて3種類存在する性別のことです」
「この3種類は『アルファ』『ベータ』『オメガ』と呼ばれており、一番数が多いのがベータ、次にアルファ、最後にオメガとなっています」
「アルファは優秀な方が多いですね。そして生来の支配者気質を持っていて、例えばミカさんもアルファになります」
「ベータは、そうですね、こう言うのもアレなのですが……普通の人、一般人、大衆……そう呼ばれる方々がベータとなります。該当する例はコハルちゃんがそうですね。特別な才能のない、普通という枠から出ることのない人達。もちろん努力で自分を高めることはできます。優れた才能を持つ人も、少なからずいます」
「……あくまで、比率としてはアルファに劣るのが事実というだけで」
「ですがベータの特異性は、後天的にアルファ、もしくはオメガに変化することです」
「性別が変化する、なんて想像し難いかもしれませんが……今はそういうこともある、と考えていただければ」
「どうして変化するのかは、今の段階ではわかっていないというのが現状ですね」
「最後に、オメガ。これはアルファよりも格段に数が少なく、各学園に一人いればいいくらいです。ヒフミちゃん、シズクちゃんがオメガですね」
「オメガは……その、口にし難いことなのですが、アルファの番として存在することそのものが役割となっています」
「アルファの……より強い個体の子を生む。それがオメガです」
「ですのでオメガは、アルファを誘惑するフェロモンのようなものを常に撒き散らしていますが、それが特に強くなることがあります」
「この状態のことを、発情期、もしくはヒートと呼びます。この状態は一週間ほど続き、その間オメガは行為以外の何もできなくなるほどの脱力感と性欲の増進が起こるそうです」
「幸いヒートを抑え込むための抑制剤が存在していて、それにベータにはフェロモンが効きづらいので、最悪の事態は免れることができます」
”ヒートって治せないの?“
「……治せます。あまり勧められた方法ではありませんが……アルファと番になれば、ヒートは起こらなくなります。ただ……」
”ただ?“
「うなじを噛まれ番となったオメガは、噛んだアルファ以外にはフェロモンが効かなくなるように変化します。ですが、その時点でオメガはそのアルファ以外に頼ることができなくなります。一種の依存状態ですね」
「もし捨てられてしまえば……最悪、精神的に衰え死に至ることもあったそうです」
”安易にできない、ってこと?“
「そうですね。本当に信頼できるパートナーでもない限り、番になることは慎重になったほうが良いです」
「……それと、これは補足になりますが」
”補足?“
「オメガもアルファも、番は一組だけ。複数は作れない……のですが、例外もあります」
「他のアルファが、既に噛まれたオメガを噛んだ場合です」
「その場合、互いに独占欲の強いアルファは自分の物だと争い合いますが……」
「もし、互いにオメガを共有することを選んだのなら……」
「オメガは、複数の番を持つことが可能となります」
”……あまり、聞いていて愉快な話じゃないね“
「そうですね。私もそう思います」
「……以上が、私の知る範囲になります」
”ありがとうね、教えてくれて“
「いえ、それほどでも」
”……ところで“
「はい?」
”大丈夫? 無理してない?“
「……うふふ♡」
「それでは、失礼しますね、先生?」
シズク救出作戦から、数日後の一幕。
「あー、そんなに泣かないでほしいっす」
「……ちょっとやりすぎたかな」
「え? なんであんなことを、って」
「え〜、言わせないでほしいっすよー」
「─────貴女が好きで、欲しかったから」
「気付けば消えてて」
「いつの間にか番にされてて」
「今更、自分の想いに気づいて……私の心はめちゃくちゃ」
「……でも、奪うなんて出来なかった」
「だから交渉した」
「シズクを噛んだあと、アツコと話して決めた」
「私はいつでもシズクの側に居られる」
「アツコは追われているから、いつまでも同じ場所には居られない」
「アツコがいない間、私がシズクを守る」
「お互いに、好きな人は一緒だから」
「それに」
「私はもう、シズクの番になった」
「番が失われれば、オメガの心労は計り知れない。例えもう一人、番がいたとしてもそれは変わらない」
「だからアツコも、拒絶したくても私の案を飲むしかなかった」
「……って、ところっすよ?」
「大丈夫っすよ、そんなに怯えなくても」
「ちゃんと、シズクのことは守りますから。心も、身体も」
「だから、ね」
「シズクも、私を愛してね」
……な、なんでこんなことに……
『シズク』
トリニティ自警団兼補習授業部所属。
アツコに噛まれた時点でメス堕ち寸前だったが、この度
イチカにも噛まれたことで完全に堕ちた。
状況に振り回されるままだったが、最終的に受け入れた。
『イチカ』
正義実現委員会所属。いつもシズクを正実に勧誘していた。
自覚こそしていなかったがシズクに対して執着心を抱いており、アツコに噛まれた後のシズクを目撃したことで想いを自覚。
自身の知識から番は増やせることを知っていたので、そのままシズクに噛みついた。
『アツコ』
先生がいたこともあって負けてしまい、そのまま一番行かせてはいけない相手をシズクの元に行かせてしまった。
交渉の末渋々認めたが、今もシズクがどうなっているのか気が気じゃない。
イチカと顔を合わせる度に険悪になり、シズクが仲介に入る。
お互いに甘い雰囲気になると、そのまま○Pに……
『ミ?』
最後の一人。
そんな資格はないと考え、自ら近づいたりはしない。
……心の何処かでは、まだ諦めきれていないようだ。