「凄かった! 凄くカッコよかったよドラコ!」
飛行訓練を終えてもハリーの興奮は収まらなかった。素早い上昇、片手で手綱を繰るような見事な箒捌きに杖の一閃。脳裏に焼きつく颯爽な動きに、ハリーは熱を上げっぱなしだった。
「そう持ち上げないでくれ……実を言うと、正直自分の浅慮を悔いているんだ」
マルフォイがあの場で動かずとも、フーチならより安全な方法で事態を終息させることができた筈だ。だというのに分も弁えず、勝手に飛び出して大立ち回りなど、誰がどう見てもカッコつけたがりの目立ちたがりだ。
自由奔放なグリフィンドール生ならいざ知らず、自制を求められるスリザリン生としては、ハリーの虐待を知った時のような、余程の事態でもなければ動くべきではなかっただろう。
「むぅ……それはどうかと思うな。少なくとも僕は、あそこで動かないドラコより、動いてくれたドラコが好きだよ?」
「──っ、君という奴は……」
どうしてこう思わず赤面してしまいそうなことを、意識もせず言えてしまうのか。
どれだけ泰然としている風に見せていても、マルフォイだって同い年の少年に過ぎない。そんな風に褒められては、どのような顔をすべきか分からなかった。
「それよりだ。ハリーこそ箒捌きは中々のものだったじゃないか」
こほん、と軽く咳払いしつつ、マルフォイは話題を変える。ただ、方向を変えるために取り繕った訳ではなく、本心からの賛辞だ。握り方や跨り方も堂の入ったものだったし、離着陸も初心者の中では群を抜いていた。
フーチからも「ポッターをお手本とするように!」とお墨付きを頂いたことからも、見る者が見れば確かな才能の片鱗を感じ取るには十分な授業だったと言える。
「いっそクィディッチをやってみる気はないかい? 僕は無理だが、君はまだどのクラブにも所属してないんだろう?」
クィディッチは魔法界における世界的にメジャーなスポーツで、ワールドカップでは毎年世界中から熱狂的なファンが集うし、魔法族の誰もが夢中になる競技だ。
ホグワーツのクラブ活動の中でも最も人気かつ力を入れているクラブで、各寮対抗戦は生徒が一丸となって応援するし、観戦の時間も特別に設けられる。
それほどまでのクラブに魔法族であるマルフォイが加わらないというのは普通疑問に思うところだろうが、ハリーは既にマルフォイが複数のクラブや同好会に顔を出している事を知っていた。
例えば既存呪文の練習ばかりでなく、オリジナルの呪文を作成すべく日夜精力的に研究している〈呪文研究会〉
(純粋に既存呪文を練習する為の〈呪文クラブ〉は〈呪文研究会〉との交流もある)
神秘的な歌声で他を魅了する〈合唱隊〉に、ロンが所属している〈チェスクラブ〉。
極めつけは実際に箒に乗ったり、地に足をつけて戦う〈決闘クラブ〉だ。
これらの内、他寮と合同で活動しているのは呪文研究会とチェスクラブの二つで、他は各寮ごとに活動している。
マルフォイは日夜呪文の成功率を上げる為の努力を怠っておらず、その為に杖の効率的な振り方を学べる呪文研究会や、正しい発音を身に着ける為に合唱隊に加わっていたが、メインは最後に語った決闘クラブだ。
このクラブではどのような形で試合を行うかで細かくルール分けされており、例えば箒に跨っての試合の場合、
地に足をつけてなら、攻撃側と防御側に分かれて相手に有効な一撃を加えれば勝ちといった風に、安全面に細心の注意を払いながら行われる。
昔は〈杖十字会〉なる招待制の非公式決闘クラブもあったそうだが、流石に安全面から今の形に落ち着いたそうだ。
決闘クラブはスリザリン生の男子ならば必須加入と言われる程のもので、クィディッチチームに所属して時間のない生徒ですら、週に一度は必ず顔を出す。
クラッブとゴイルなど、授業以上に熱を入れて決闘クラブに打ち込んでいる程だ。
飛ばしてしまったが、チェスクラブに関しては完全に趣味の延長としてマルフォイは所属している。
各寮合同という点が特に素晴らしく、友好の輪を広げたいというのもあるが、頭の体操として〈魔法使いのチェス〉が気に入っているのだ。
蛇足だが、チェスにおいてマルフォイ最大のライバルは現状、誰あろうあのロンである。現状とつけたのは本当に今のところ互角か、ややマルフォイが劣勢だからで、このままロンが経験を積めば、間違いなくマルフォイではロンの棋力を超えられなくなることを実感していたからだ。
もしもロンがクィディッチに熱を上げてさえいなければ、彼は魔法チェスの世界トーナメントにさえ出場できそうな天稟を有しているだけに、マルフォイは心底勿体無いと感じていたが、それはさておき、今はハリーの話である。
ハリーからしても、入部は出来る限り早い方が良いとせっつかれており、ダフネの所属する呪文研究会と、パンジー所属の合唱隊からは取り合うように声がかかっていたので、いっそ二枚わらじでもいいかと思っていたのだが、確かにクィディッチというか、箒を用いたスポーツには興味があったので、どんな競技か魔法書に記録された過去の試合映像を──魔法書の写真や絵は基本的に動くのだ──マルフォイに見せて貰ったところ、ハリーはこれ以上なく食いついた。
“こんなの誰だって夢中になるに決まってるじゃない!”
その日の授業が終わるな否や、クィディッチに魅了されたハリーはスリザリンチームの門を叩いた。クィディッチのレギュラー選手は誰も彼もが大柄で逞しく、みな男子だったが彼らはハリーの入部を歓迎した。
これはハリーが有名人だからというのでなく、彼女の父、ジェームズ・ポッターもまたグリフィンドールのクィディッチ選手として活躍し、今でもホグワーツにはジェームズの名が刻まれたトロフィーや盾が飾られていることを知っていた為である。
当然ハリーにもそのことを伝え、金銀の煌びやかなトロフィーが飾られた一室でジェームズの名前が刻まれた物を鑑賞させた。
目を輝かせるハリーはやる気に満ち満ちており、そんな彼女がスリザリンチームに加わった事をグリフィンドールは非常に残念がっていた。
寮杯もそうだが、クィディッチにおいても両者はライバル関係にあり、特にグリフィンドールの寮監たるマクゴナガルは打倒スリザリンに並々ならぬ執念を燃やしている事で有名だったのだ。
「ミス・ポッター、もしグリフィンドールに転籍したくなったら、クィディッチだけでもこちらにいらっしゃい」
おいこら教師、とスリザリンならずグリフィンドールからも非難の視線が刺さったが、マクゴナガルには柳に風だった。
◇
かくしてパンジーとダフネから大層惜しまれながらも、クィディッチの練習に参加する事が決定したハリーだが、小柄ですばしっこく、箒の制御も完璧な彼女はすぐさま「理想的なシーカーだ」と太鼓判を押され、レギュラー選抜に加わるのにひと月も要しなかった。
「恐ろしい才能ね、彼女……」
「血もですけど、あれは努力もあってよ。ハリーの手、箒の握り過ぎで血豆が絶ませんもの」
お陰で治癒呪文の精度が上がりっぱなしだとダフネは零す。その癖ハリーはその手を勲章のように笑って見せびらかすものだから、痛々しくて見ていられなかったと語る相手は、同じ呪文研究会に所属するハーマイオニーだ。
「同室のパンジーなんて、手を見るなり顔を青くしてしまいましたわ」
尤も、パンジーが顔を青くしたのはハリーが「こんなの何の理由もなく顔をぶたれ続けたことに比べたら、全然ヘッチャラなのに」と漏らしたのが決め手だろうが……。
「……そんな……」
ハーマイオニーもハリーの虐待の事は知っていたが、余りの痛々しさにそれ以上言葉を継げなかった。大広間での食事中や、授業でのハリーの明るい姿を見知っているだけに、一層闇の深さが窺い知れる。
「あの子、ずっと笑顔が絶えませんけれど、それだけ今まで自分を押し殺して来たんですわ」
痛いのも苦しいのも慣れっこで。
涙なんていつも流していて。
だからこの学び舎はハリーにとっての楽園で、どんな経験も幸福に繋げてしまうのだろう。努力の苦痛や痛み、失敗の挫折さえ、きっとハリーはあっけらかんと受け入れる。
暗く冷たい、牢獄のような場所を家と呼ばなければならなかったハリーにしてみれば、そしてこれからもそんな牢獄を家と呼び続けなければいけない人生を思えば、どんな経験であっても、経験できるというだけで幸せなのだ。
「だから、ミス・グレンジャー。もしハリーとお話する機会があったら、あの子から親しげに話しかけてきたら、貴女もあの子のお友達になって下さる?」
「勿論よ!」
ハーマイオニーもハリーが明るい良い子なのは知っている。友達になって欲しいと思うのは、むしろハーマイオニーの方だ。
「でも、やっぱり距離が近いようで遠いのが辛いわね……ねぇ、ミス・グリーングラス、良かったら、その……貴女から」
「ええ、勿論紹介致しますわ。といってもあの子、今はクィディッチに夢中で授業が終わるとすぐにクラブに行ってしまいますから、次の日曜日にでも……」
「お二人共、部長がお呼びよ」
と。丁度いいところで先輩からのお呼び出しがあったため、二人は間が悪いなぁと苦笑しつつも一年生らしくキビキビ動く。
現部長はレイブンクローの七年生で、彼女もハリーを研究会に引き抜きたかった一人なのだが、クィディッチに引き抜かれてからはしばらく溜息を延々と吐いて周囲を寄せ付け難い雰囲気を纏いつつ、歴代の先輩方の備品や記録の整理を行っていた。
「いらっしゃい、二人共。早速だけど、一緒にこの区画を仕分けしてくれる? 私も他の子も一緒にするから」
視線を部長に合わせて向ければ、そこには巻物やらノートやらが無造作に積まれた棚、棚、棚……。
「あの、部長。記憶が確かなら、確かそこはメモや余り価値のない先輩方の走り書きの保管場所だったかと……」
「そうなんだけどねー……そんな走り書きの中でも、偶然ポロっと凄く効率的な杖の振り方が書いてるメモがあったりもするのよ。まぁ、大抵杖の長さとか素材に左右されたりで、万能な訳じゃないんだけど」
それでもホグワーツで過ごせる残り少ない時間の中で、一つでも後輩の為に有益な資料を発掘したいという。そんな部長の心意気に純朴な一年生が打たれない筈もなく、ダフネとハーマイオニーもせっせと乱雑に積まれたメモやノートと格闘し始めた。
◇
“あら?”
整理から三〇分ほど経過した頃、ハーマイオニーは丁度自分の肩提げ鞄にピッタリ収まるサイズのノートを発掘した。
“裏表紙にロンドン、ボグゾール通りの新聞・雑誌店名の印刷……間違いなく元の持ち主は私と同じ
パラパラと捲るが、何の記載もない。念のためダフネや部長にも見て貰ったが、完璧に白紙のノートだった。
「製造年の記載はありませんが、紙質から察するに経過年数は五〇年程前の物ですわね……表紙が掠れていますけれど、幅からしておそらく日記帳でしょうか?」
「ご明察ね、ミス・グリーングラス。ただ、透明インクや暗号で書かれた代物ならここに置く筈もないし、きっと本当に唯のノートとして使用するつもりだったのね。ミス・グレンジャー、お駄賃じゃないけど鞄にぴったりなら貴女がお使いなさいな」
良いんですか? と問いたくなったが、所詮は何の変哲もないノート一冊である。
研究会では棚ごとに有為無為の品を分け、成果を後々に伝えていくので、この区画の見え辛い場所に放置されていた時点で、きっと誰かの置き忘れがそのまま忘れ去られて残ってしまったのだろう。
丁度新しいノートが欲しいと思っていたし、手頃なサイズだ。ハーマイオニーは有り難くお礼を言って、元日記帳のノートを持ち帰ることとした。
◇
その日の晩、ハーマイオニーは日課の予習・復習の為に鞄からインク壺と羽ペンを取り出し、女子寮の机でノートを開いた。ただ、部長はああ口にしたが仕掛けがあるかもしれない。
念のため呪文研究会でいの一番に教えられた、透明インクを見るための呪文を試した。
結果は白紙のままで、それでも諦め悪く〈現れゴム〉までかけたが、どうやら本当に何でもないノートらしく、少しばかりハーマイオニーは落胆した。
“まぁ、現実なんてそんなものよね”
そんな風に思いながら、ハーマイオニーは教科書も合わせて開きつつ筆にインクを浸けた。魔法薬学の授業は今年度から劇的に過ごしやすくなったと全校生徒から評判だが、それでも宿題は難しいし、予習復習を欠かせば痛い目を見る。
手始めにスネイプが飛ばしそうな質問の素材を書き出すべく筆を走らせたのだが、何と文字が見る見る内に消えていくではないか!
「!?」
慌てて周囲を確認し、人影がないことにほっと息を吐く。もしもこれが卒業生の残した重要な代物だとしたら、きっと部長や先輩方はすぐさま返却を求めるだろう。
勿論それは構わないのだが、生来の知識欲が先人の英知を求め、好奇から少しぐらいはと一人でその断片ぐらいは覗きたくなったのだ。
だが、真に驚くべきはここからだった。消えた筈のインクが再び紙に滲み出し、文字を形成し始めたのである。
《やぁ、君は誰?》
ハーマイオニーは息を飲んだ。ひとりでに喋る本というのは魔法界でも珍しくないが、大抵が決まったことしか喋らない。だからまず彼女は驚きつつも、この本が何処まで
《私は、ハーマイオニー・グレンジャーです。呪文研究会の一年生で、入学してまだ半年も経っていません。貴方は、研究会の先輩ですか?》
おそるおそるといった体で、ハーマイオニーは挨拶と自己紹介、質問を綴った。決まった語句しか表現できないなら、この質問を正確に返すことはできないからだ。だが。
《へえ、顔は見えないけど、綺麗な字だから利発だって分かるよ。きっと君は素敵な女の子なんだろうね。僕はトム。研究会には顔を出してたけど、残念ながら正式な部員じゃなかったんだ。学校には慣れたかい?》
今度こそ、ハーマイオニーは口に手を当てて息を呑み、次の瞬間には日記帳にインク壺をぶちまけてしまった。けれど日記帳はインク全てを吸い込んで、ハーマイオニーや机を汚しはしなかった。
《危ない危ない、制服が汚れるところだったね。それとも今は私服かな? 悪いんだけど、文字か直接触れられるかでしか認識できないんだ》
本来なら、この時点でハーマイオニーは違和感に気付くべきだった。文字か触れられるだけでしか外界を認識できないのならば、飛沫すらも防いで庇いきる事ができるのはおかしいと。しかし咄嗟の事であったし、何より助けられたということが、彼女から平時の判断力を奪っていた。
《どうもありがとうございました。貴方は、魔法の肖像画みたいなものなのですか?》
ホグワーツや魔法族の旧家には、生前の人物を魔法画家に描かせるという風習が残っている。これら魔法の肖像画は絵画のモデルとなった本人の能力や画家の技量、生前モデルが指導・譲渡した知識の総量によって再現度が異なるものの、ホグワーツの歴代校長や〈聖二八〉一族の当主のような大手の仕事となれば、それこそ思考の隅々まで生前のそれと瓜二つになる。
しかし、日記帳に自分をコピーするなどというのは聞いたこともなかった。絵画なら周囲の情景が手に取るように分かるし、喋ることもできるのでそちらの方がずっと良い筈だ。
そのことについて質問すると、《僕は学生だよ?》と、おそらくは苦笑しているのだろう言葉が滲んだ。
《確かに絵なら正確だけど、原理としては魔力を写すことだからね。僕は在学中、自分の知識を正確に残しておくために日記帳を選んだのさ》
日々の感情、物事の印象などを魔力と共に正確に記せば、記した情報の分だけ完璧な自分が再現できる。《ここまでできるようになるには、相当根気がいる作業だったけど》と軽口混じりにトムが語れば、ハーマイオニーは驚嘆と感動双方の感情を込めて筆を執った。
《先輩! 貴方は天才です! これを発表したら、貴方の名前はホグワーツに絶対残りますよ! いいえ、きっともう残っているのかもしれませんが》
《ああいや、僕は自分の名前を残すために日記帳を残したんじゃないんだ。僕はね、ミス・グレンジャー。本当の親友が欲しかったんだ……あまり、この学校に良い思い出がなくてね》
ハーマイオニーはどう返すか熟考した。良い思い出のない学校ということは、間違いなくいじめに遭ったということだ。そして、今から約五〇年前といえば……。
“世界魔法大戦……グリンデルバルドとその信奉者が、熱心に魔法界から
“嗚呼、なんてこと……だからこの先輩は自分の時代でなく、後の時代に見つかるよう日記帳を隠したんだわ”
なまじ聡明なだけに、すぐさまハーマイオニーは頭の中でストーリーを組み立てることができてしまった。
“考えて、考えるのよハーマイオニー。私が
《年下ですけれど、私は、先輩のご友人になることはできますか?》
なるべく丁寧に、想いが届いて欲しいという期待を込めて綴る。暫し文字はそのままだったが、次の瞬間にはゆっくりと、丁寧な字で応えが来た。
《ありがとう、ミス・グレンジャー。僕のことは先輩だなんて思わないで、対等な友人として、トムと呼んでくれると嬉しい。敬語も要らない》
《光栄だわ! 私のことも、ハーマイオニーと呼んで!》
筆跡だけで伝わる、優しそうな声音。何よりもダフネ以外で
《ねぇトム! 貴方のこと、色々と教えて! 嫌なことじゃなくて、楽しいことよ!》
《僕も君のことが知りたいな、ハーマイオニー。勿論、楽しいことだよ?》
ふふっ、とハーマイオニーは微笑みながら勉強も忘れて好きなことを書いた。
日記帳を返そうなどとは、もう頭の中には欠片もない。だって彼女は今日、
デンドンデンドンデンドンデンドン デレンドロン♪(DQ BGM)
ハーマイオニーは トム・リドルの にっきちょうを てにいれた!
のろいで トム・リドルの にっきちょうが はずれない!
クラブ活動は学校生活の華なんだから、オリで色々加えたって問題ないよね!
(なおぶち込まれる盛大な厄ネタ、トム・リドルの為だけに加えた設定の模様)