闇深ハリーちゃんと綺麗なスリザリン   作:c.m.

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1_08 一握りの勇気を

「あれ? ダフネ、ロンと一緒に出てなかった?」

「ええ。ですが、もう用は済みましたから一緒に楽しみましょう?」

 

 何千という蝙蝠がパタパタと翼をはためかせながら、宙に浮かぶ炎と共に巨大な影絵を作り出す。そんな幻想的な光景に目を奪われるハリーをダフネはまるで年上の姉のように微笑ましく見つめていたが、突如、大広間のドアが勢いよく開かれ、生徒と教師が何事かと視線を集中させた。

 

「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って」

 

 恐怖で引き攣らせ、喘ぎ喘ぎに報告したクィレルはその場で気を失ってしまった。

 ハロウィンどころではない。トロールの危険性を知る生徒は大声を上げ、大混乱に陥ったがすぐさまダンブルドアが立ち上がって静粛にするよう求めた。

 

「監督生は、直ちに自寮の生徒を引率するように」

 

 

     ◇

 

 

 そのような事態とは露ほども知らず、ロンは一人校内を駆けていた。自分に能力がないと口にはしたものの、それでも決して殊更頭が鈍い訳でも運動神経が悪い訳でもない。

 単に比較し続けてきた対象がハーマイオニーやハリーであっただけで、ロンとて十分に活躍できる場はあったし、そうしたポテンシャルを秘めていた。

 

“あいつなら、自分が泣いているところなんか絶対に見られたくないし、誰にも知られたくないに決まっている”

 

 他の生徒の視線を避けながら、寮以外で居つける場所など限られている。それこそ図書室の奥かトイレぐらいのものだろう。

 

“上階は有り得ない。万が一にも立ち入り禁止場所に入ったら大ごとだし、あいつはそんなヘマしない。だったら行き先は地下の筈だ!”

 

「おや!? まだこんなところに居たのですか!?」

 

 そう驚いた風で声をかけたのはホグワーツのゴーストである〈殆ど首無しニック〉ことニコラス卿だ。処刑人がしくじったようで首の皮一枚が繋がっており、本人はそれが大層不服らしい。

 しかし、ロンはニコラス卿以上に切羽詰った表情で「今それどころじゃないんです!」と返して去ろうとした。

 

「お待ちなさい! 先生方から聞いていないのですか!? トロールが構内に入ったのですよ!?」

 

 瞬間、ロンは足を止めた。そして、大声で踵を返して頭を下げる。

 

「ニコラス卿、助けてください! グレンジャーが一人で何処かにいる筈なんです!」

 

 

     ◇

 

 

「何処に行くの、ダフネ!?」

「ミス・グレンジャーがミスター・ウィーズリーに泣かされて、一人で何処かに居るのですわ! 急いで探しませんと!」

「じゃあ僕達も頼って! パンジー、ドラコ、お願い! 協力して!」

 

 勿論だとハリーの嘆願に二人は頷き、手分けして動いた。監督生にはパンジーが事情を説明し、ハリーとダフネは上階を、ドラコはクラッブとゴイルを引き連れて危険度の高い地下に回る。

 だが、上階に足を向けていたハリーとダフネは、さっと物陰に身を潜めた。どういう訳か教師達が地下に向かう中、スネイプは一人立ち入り禁止たる廊下の方に動いていたのだ。

 

「……先生、どうしてわざわざ上に?」

「お静かに、また誰か来ますわ」

 

 声を押し殺して見守っていた二人だが、ゆらりと下から現れた影に今度こそ口元を覆った。あの、大広間で倒れた筈のクィレルまで立ち入り禁止場所である廊下に足を向けようとして、そこで立ち止まったのだ。

 

「ち……先んじられたか」

 

 平時の吃音や、オドオドとした印象はそこにない。何処までも暗く、冷たく、底冷えするような舌打ちと鋭い視線に、ハリーとダフネは一層息を殺して見守っていたが、やがて諦めたのか踵を返した。

 

「行きましたわね……」

「……う、ん」

 

 ハリーもダフネも、心臓が止まる心地だった。それ程までに先程のクィレルは恐ろしく、悍ましい気配を放っていた。あの心臓を鷲掴みにされたような空気は未だに背筋を凍らせているし、何より額の傷を我慢し続けていたせいで、ハリーの頭は割れそうなほどに痛かった。

 

「……間違い、ありませんわ」

 

 クィリナス・クィレル──彼は、闇の魔法使いだ。

 

 

     ◇

 

 

 発生した危機など露知らず、夢中になって万年筆を執っていたハーマイオニーは、パラパラと埃が天井から舞い落ちて、ようやく顔を上げた。

 次の瞬間、ずしり、ずしりという重く鈍い足音。荒い、獣のような唸りにようやく事態を悟った。

 

《どうしましょう……大型の魔法生物か何かだわ!》

《落ち着くんだ、ハーマイオニー。特徴を書いて。但し、そっとだ。音は決して立てちゃ行けない》

 

 ハーマイオニーは静かに筆を走らせた。呼吸、音の重さ、間隔、唸り声の擬音。そして、近づいて来る音と共に強くなる一方の悪臭……女子トイレの個室に居ながら、これらを正確に伝えると、すぐさま《それはトロールだ》と返事が来た。

 ハーマイオニーも名前や絵姿は知っている怪物。四メートル余りの背丈と墓石のように鈍い灰色の肌。異常に長い腕を持った怪力の持ち主。

 もしも見つかってしまえば、ハーマイオニーの小さな体などまるで小枝を折るようにへし折られるか、首を胴から引き千切られてしまうだろう。

 

《だが、非常に頭が悪いことでも知られている。隠れてやり過ごせれば──》

「きゃあ!?」

 

 だが、トムの文字を最後まで目で追えず、ハーマイオニーは咄嗟に身を伏せた。

 どういう訳か、このトロールはハーマイオニーの居場所を察知して棍棒を振ったのだ。

 ドアが破壊され、砕けた木片が散らばる。身を伏せていたとはいえ、怪我一つなかったのは奇跡にも等しい。

 

“どうして!? どうしてバレたの!?”

 

 音はなかった。呼吸は完全に殺していたし、物音ひとつ立てなかった。だというのにどうしてと這う這うの体で個室から抜ければ、次の瞬間にハーマイオニーが手にしていた物にトロールの視線が向いた。

 非魔法族(マグル)の世界になら、何処にでもあるごく一般的な万年筆。しかし、そのインクの匂いは魔法界においては珍しく、鼻が効いた為に察知されたのだろう。

 すんすんと匂いを嗅いでいることからもそれは明らかだったが、野生のトロールが、まるで犬のように鼻が利くなど聞いたこともない。

 

“普通じゃない!? きっと、魔法か何かで操られてるか、或いは何か仕掛けが……!?”

 

 だが、考えたところで正解が見つかる筈もなし、唯一の頼りである日記は遠くに飛んでしまった。助けなどない室内で、ハーマイオニーはにじり寄るトロールから一歩でも離れるべく距離をとったが、トロールはその巨体で逃げ道を塞いでおり、彼女の背後には壁しかない。

 

 最早これまでかと、縋るように飛んだ日記を見つめ、瞳に涙を浮かべたが日記には手も足もないのだから無理な話だ。けれど、ハーマイオニーは諦めたくなかった。

 もっともっと、楽しい人生を送りたい。誰にも気づかれないまま殺されるだなんて、そんなことは認められない。だから。

 

「誰か──たすけて──────!!」

 

 あらん限りの声で叫ぶ。届かないとしても、間に合わないのだとしても、それでも決して諦めたくなかったから。たとえ次の瞬間に頭を潰されてしまうのだとしても、諦めて終わるなんて、グリフィンドールらしくないと思ったから。だから。

 

「──こっちだウスノロ!!」

 

 そのお約束。窮地に駆けつけるヒーローのように現れた存在は、決してハーマイオニーが来てくれると思うような相手じゃなかった。

 だけど、それでも彼は声に誘われてやってきた。全身汗だくで、ローブはヨレヨレで、トロールを見た瞬間の引き攣った顔なんて、お世辞にもカッコイイとは言えなかったけれど。

 

「逃げろ、グレンジャー!!」

 

 この瞬間だけは、ロナルド・ウィーズリーは最高のヒーローだった。

 

 

     ◇

 

 

「逃げろ、グレンジャー!!」

 

 口にしたロンは、自分でも声が震えているのが分かっていた。ニコラス卿はゴーストである以上剣を帯びていようと全く役には立たず、生者にも触れられない為に庇えない。だからこそ、知性の低いトロールを相手に攪乱するのが関の山だったが、それでも今は心強い味方だったし、何より自分は立ち向かうべきだという思いを強く抱いていた。

 

“これは僕のせいだ! 僕が招いちゃったことだ!”

 

 だから、誰かに任せておくなんて出来っこない。右手には次兄が使い回したお下がりの杖。ボロボロで、今にも折れてしまいそうなその杖は、しかしロンが手に出来る唯一の武器に他ならない。

 そして、ロンが扱えるような呪文の中で、唯一使えそうなものもまた一つだけ。

 

“できるか? 僕なんかに”

 

 そう、自分の心から弱い声が一瞬聞こえた。けれど、やるしかないんだ。注意はニコラス卿が引いてくれている。

 

「鈍い奴め! 何回その無様な棒を振り回せば私を殺せるのかね!?」

 

 大仰にマントを翻し、マタドールのように挑発しながら蔑めば一層強く棍棒が振り回され、その都度体をすり抜ける。

 だが、どんなに馬鹿だっていつかは気付いて狙いを変える。迷っている暇などないと分かっていて、だからこそロンは勇気を振り絞って杖を振る。

 

「──〈浮遊せよ(ウィンガーディアム・レヴィオーサ)〉!」

 

 するりと手から離れた棍棒。次こそはとニコラス卿めがけて放とうとした一撃が拳だけとなり、バランスを崩してたたらを踏んだ。

 

「今だ、走れ!」

 

 ロンの叫びに、脱兎の如くハーマイオニーは駆けた。当然、そこではじめの狙いに意識を向け直したものの、次の瞬間には宙を浮く棍棒が、強かにトロールの頭蓋に叩き込まれていた。

 

 

     ◇

 

 

「はぁ、っ、はぁ、は……」

 

 緊張と興奮からかいた汗は、全力疾走していた時以上だった。それでもロンは女子トイレにへたり込むような無様は晒さず、トロールが倒れたことを見届けてから杖を仕舞った。

 今棒を操るところまでは全く自信はなかったが、それでも成功したは幸運だったという他ない。

 

「……死んだの?」

「トロールは頑丈ですから、頭を叩かれた程度では死にませんよ。気絶しているだけでしょうな。さぁ二人共、急いでここから──」

 

「二人共、ここで何をしていたのですか!?」

 

 ニコラス卿が避難を求めるより早く、おっとり刀で教師たちがゾロゾロと駆けつけ、その少し後にはマルフォイらが姿を見せた。

 当然教師たちの追求から逃れられる筈もなく、ロンが口を開きかけたが、それより先にハーマイオニーが前に出た。

 

「私がトロールを探しに来たんです……私一人でやっつけられると思って、だけど、皆が心配して探しに──」

「──違う!!」

 

 大声で強く、けれど、泣きそうな顔でロンは叫んだ。トロールが目を覚ますかもだとか、言えばきつい罰が待っているだとか、そんなことは欠片も思いつかなかった。

 

「僕が、グレンジャーに酷いことを言ったんです! だから、折角のハロウィンなのに彼女は一人でここに居て、何も知らなかったんです!」

 

 本当ですか? とマクゴナガルがハーマイオニーに問えば、彼女は逡巡した後で小さく頷いた。遅ればせながらやってきたマルフォイらも、ハーマイオニーがいないことを心配して、手分けして探してきたことを正直に告げた。

 

「ミスター・ウィーズリー、貴方には失望しました。ですが……同時に見直しました」

「いいえ、先生。僕は最低なままです」

 

 だって、ロンはまだ謝れていない。助けたことだなんて当然で、蒔いた種を刈り取ったというだけに過ぎない。

 

「ごめん、グレンジャー。許されるなんて思ってないけど、それでも……」

「……もういいわ」

 

 こうまで頭を下げられて、汗でドロドロになった姿まで見せられて許せなかったら、それこそどちらが悪者か分かったものじゃない。

 

「仲直りよ、ロン」

 

 差し出された手。それを恐る恐るだが掴めば、柔らかな少女らしい感触が返ってきた。先生がいるから嫌々やっているという訳ではないだろうことは、ハーマイオニーの表情が証明している。

 二人の握手を見届けてから、マクゴナガルは大きくため息を吐いた。

 

「……全く。ミスター・ウィーズリー、グリフィンドールから五点減点です。怪我がないなら、グリフィンドール塔に帰りなさい。生徒たちが中断したパーティーの続きを寮でやっていますよ」

 

 

     ◇

 

 

「それで一件落着ですか?」

「ああ。ただ、ミス・グレンジャーがハロウィンを楽しめなかった倍の時間、ロナルドは魔法抜きでトロフィー室の盾とトロフィーを磨かなくちゃならなくなったがね」

 

 一部始終をこのようにスリザリン寮でマルフォイが伝えれば、パンジーは当然だと言いつつも、大変いい笑顔で怪我人が出なかったことを素直に喜んでいた。

 一方ハリーとダフネは深刻な表情で自分達が見て感じたことをありのまま伝えれば、マルフォイもまた釣られるように眉根を寄せた。

 

“そこまで露骨に行動したなら、ダンブルドア校長の目をやり過ごせていたとは思えない”

 

 やはりアルバス・ダンブルドアは手を打たないまま放置している。

 

「ハリー、ミス・グリーングラス、ミス・パーキンソン……クラッブとゴイルも来てくれ。良いかい? これは他の誰にも打ち明けるべきじゃない。だが、確かなことがある。ダンブルドア以外に僕らに味方がいるとすれば、それはスネイプ先生だ」

 

 他の教師が地下に向かう中、未然にクィレルに先回りできたのはスネイプだけ。つまり彼はダンブルドアの腹心か、或いは独自にクィレルが怪しいと目をつけた教師ということになる。

 

「ハリー、白か黒かで黒だと分かった以上、何を言っても気休めにしかならないだろうが、それでも僕たち以外で、助けを呼べる味方が傍にいることだけは心強いことだ」

 

 もし、ダンブルドア校長が深謀故に手を動かさないのだとしても、スリザリン生である限り、スネイプは寮監として護ってくれるのだから。

 

「ミス・グリーングラス、ミス・パーキンソン……君達は片時も、少なくともクィレルがホグワーツから消えるまでは、ハリーから離れないであげて欲しい」

 

 それが、今のマルフォイに考えつく唯一の最良だった。

 どれだけ口惜しいと感じていても──、今のマルフォイは無力な子供だったのだ。

 

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