口惜しさ、歯痒さでマルフォイは一人、スリザリン寮でぎりぎりと奥歯を噛み締めていた。
もし、もしも自分がロンのように強ければ。君を守ると、無責任だろうとハリーに口に出来たならどれだけ良かったことだろう?
だが、そんな勇気があったのならマルフォイはグリフィンドールに入ることが
“そう在れないからこそ、僕は──”
杖を振り、汗が散る。決闘クラブにおいて一年生は試合を行うことも、練習として模擬戦を行うことも禁じられている。
箒を用いない地に足をつけた決闘試合でも攻撃は危険であるし、決闘において最もポピュラーな相手の杖を弾く武装解除呪文、〈
基礎を磨き、精度を磨き、技術を磨き、ようやく不測の事態を起こさないと太鼓判を押されて、初めて模擬戦闘が許されるのが決闘クラブだ。
たとえ一年生の中では群を抜いて秀でていたとしても、マルフォイは他の一年生同様例外を認められてはいなかった。
「見事だな、マルフォイ」
「恐縮です」
指導に当たっていた三年生から贈られた賛辞に、粛々と頭を垂れた。
だが、マルフォイからすればまだ足りない。どれだけ呪文が完璧でも、動作に無駄がないとしても、まだマルフォイは父の形見たる杖から〈忠誠〉を勝ち得ていないと理解していたから。
まだまだ半人前に過ぎないのだと、誰よりも理解していたから。
“本当に、嫌になる”
女の子一人、守れると言い切れない自分が。
そんな弱さを、子供のせいにしてしまう自分が。
大人に、頼りきりの自分が。
“本当に、大嫌いだ”
◇
「死んだ? あのトロールがですか?」
「ええ、それでロンがやりすぎたんじゃないかって〈
開心術はその名の通り心をこじ開け、強制的に記憶や思考を読み取る術だ。反対呪文である閉心術を用いれば防ぐことも可能だが、ホグワーツ教師からの魔法を防げるような達人は魔法省でも多くない。
勿論正当防衛は認められたし、打ちどころが悪かったのだろうと判を下されたが……。
“腑に落ちない……いいえ、それもあるでしょうがミスター・ウィーズリーが気になっているのですわね”
だからこそダフネに相談したのだろう。愛称で呼ぶくらいにはロンと親しくなったハーマイオニーが、ああするしかなかったとは言え、一つの命を奪ってしまったことに対して心を痛めたロンのために何かしてあげたいと思うのはおかしなことではない。
“ただ、秘密の文通相手のことは良いのかしら?”
まぁ、深くは考えまい。男女間での友情が成立するかは疑問が残るが、ハリーだって友達としてマルフォイと一緒にいるのだし、どういう人生の選択を行うかはハーマイオニー次第なのだから。
◇
“結局、言えなかった……”
本当なら、ロンのことで相談するつもりはなかった。
確かにロンは少しばかり悩んでいたが、それでもそこまでは気にしていなかった。トロールに手心を加えてハーマイオニーが命を落としてしまうことを考えれば、過去をやり直したいだなんて思わないと、そう直接ハーマイオニーに言ってくれたのだから。
だから、ハーマイオニーが相談したかったのは、不可解な死因の方。
“あのあと私は、飛ばされた日記を拾って女子トイレから出た……だけど、日記帳は倒れたトロールの下敷きになってた筈なのに”
取り易い位置にあったのだ。見間違えたのか、巨体が倒れた際に風圧で動いたのか?
そうかも知れない。だが、そうではないのではないかという漠然とした疑念が生まれてもいた。そして……。
《君が無事で本当に良かったよ、ハーマイオニー。どうしたんだい、
文字でしか外界を認識できないと、そう返答した筈だ。だというのに今のトムは見えている。はっきりと、ハーマイオニーがそういう顔をしていると言った。
《貴方は……嘘を吐いたの?》
《いいや。だけど、説明不足だったのは認めるよ。僕を動かし続けているのは魔力だ。けれど、他の物でも動かすことが出来る。そう──生命力とかね》
それは血を求める吸血鬼のように。或いは人の感情を吸い取る吸魂鬼のように。生きるための力を奪うことで自身を高め、生きながらえさせるもの。呪物と称すべきその在り方はハーマイオニーを戦慄させたが、次の瞬間に告げたれた、一つの真実に喉が詰まる。
《それとも、僕が力を吸わない方が良かったかな? あんな軽い棍棒一発で倒れるほど、トロールはヤワじゃない。ましてや奴は〈
たとえ気絶したところで、すぐさま起きて君らに牙を剥いただろう。僕が力を根こそぎ奪わなければロンも無事ではいられなかったし、君も命を落としていたかもしれない》
先の魔法戦争でもヴォルデモートが服従の呪文を用い、並々ならぬ意志力で跳ね除けた一部貴族らを除き、多くを隷属させたのは有名な話だった。
「だから僕が──トロールを殺した。全ては君を護る為に」
そっと、背後から肩に手を置かれる。驚いて後ろを振り返れば、そこにはホグワーツの制服を着た、痩躯の男子が立っていた。
年の頃は一六程。白い肌に漆黒の髪と瞳を持った端正な顔立ちの少年は、これまでハーマイオニーが見た誰より魅力的な声と仕草で微笑んでみせた。
「貴方、トムなの……?」
「やっと話せたね、ハーマイオニー」
言いつつ椅子に座っていたハーマイオニーを立ち上がらせると、トムは真っ直ぐにハーマイオニーを見つめる。
「僕を軽蔑したかい? それとも、信じきれないのかな? 或いは両方かも知れない。だけど、それでも僕は君のために行動したかった」
たとえハーマイオニーから呪われた品だと思われたとしても。真実を告げることで遠ざけられるかもしれなくとも、言わずにはいられなかった。
「──君は、僕が初めて大切だと思えた女の子だから」
だから、自分を捨てたいと思うならそれでも良い。元の場所に戻すなり、教師に提出するなり、或いは火の中に放り込んでも構わない。
「しない……そんなこと、絶対しないわ」
だって、トムは初めての友達なのだ。初めて、自分から作った友達で、ハーマイオニーにとっても……
「トム、私も貴方が大切よ。だから、約束して。もう二度と、たとえ私の身に危機が迫っても誰かの命を奪わないって」
「……それは、だけど……」
ハーマイオニーは真摯に告げながらも、最後の最後でトムという少年を量っていた。
もしもトムが本当に誰かを傷付ける事に、命を奪うことに躊躇しないなら、きっと笑顔で「もうしない」と断言しただろう。
天秤に載せるという考えすら浮かばず、表面だけは従順になって、甘い言葉を吐いただろう。けれど、トムには迷いがあった。少年らしい、大切な相手と約束を天秤にかけるだけの葛藤を持ち合わせていた。そして。
「……駄目だ、僕は、それだけは誓えない!」
──ハーマイオニーが心の奥底で、口では否定しても、本当は望んでいた言葉を吐いたのだ。
「君を大切だって言ったのは嘘じゃない! 嫌われたって良いって言ったじゃないか!? だから、だからそんなことを誓わせないでくれ! 僕は……君が死んでしまうなんて、堪えられない」
自分は所詮日記で、過去の記憶の投影に過ぎないのだとしても。ただの思いの残滓に過ぎないのだとしても。
「君と出会えて、芽生えた気持ちに嘘はない。僕は君を愛してるんだ、好きなんだよ、ハーマイオニー」
嗚咽のような告白。男としてはみっともなく思えるような言の葉の響きは、けれど、だからこそ真摯さが伝わってくる。だから、ハーマイオニーは頬を赤らめながらも、静かに頷いた。
「ありがとう、トム」
急に言われて、気も動転していて、だけど同時に嬉しいとも感じた。だって、こんなことを言われたのは生まれて初めてなのだ。
いつもいつも出っ歯をからかわれて、
「私も、貴方が好きよ」
だから、これは仕方ない。告白されたことも、初恋も、全てが未経験だった少女には抗えない。後に振り返ればたとえこれが過ちなのだと理解していたとしても、この時のハーマイオニーは決して抗えなかっただろう。
──この、呪われた日記の誘惑には。
◇
ハロウィンが終わり、一一月に入ればいよいよクィディッチ・シーズンの到来であり、この日のために研鑽を積んだ各寮は堂々たる足取りで試合場へ入場した。
割れんばかりの喝采、自寮を応援する色鮮やかな応援旗と、掲げられるスローガンの数々……コロッセオにも似た熱気の中、緑の
「ハリー、頑張ってー!」
そう大声を上げたのは、同じスリザリンの
栄えあるスリザリンチームの代表としてハリーは軽く箒を掲げて声援に応えた後、相手選手と一列で向かい合う。
胸を張り、肩を揺らすことで勇壮を示す相手はライバルたるグリフィンドール。
対するスリザリンは、ザ! と、儀仗兵の如く腰に手を当てて箒を前に出し、寸分の狂いもない動作で自らの錬度を示す。
「さぁ皆さん、正々堂々戦いましょう──箒に乗って、用意!」
審判たるフーチのホイッスルが鳴り響き、両チームの箒が風に乗る。
周囲の状況把握だけでなく、司会者の解説もまた視界外からの情報を収集する上で役に立つ。ハリーは試合成績を磐石のものとするため、最低でも五〇点差を付けてからスニッチを掴むよう厳命されている。
点差が開くまでに相手シーカーがスニッチを発見されてしまった場合は致し方ないが、そんな無様をスリザリンの一軍は決して晒さないと胸を張った以上、ハリーもまた信頼し、期待に応えるべくスニッチの発見に注力した。
「スリザリン開始早々に一〇点! やはり手強いマーカス・フリント! この男をグリフィンドールはどう抑える!?」
熱を上げる司会者以上に、ハリーの眼球はまるで爬虫類のようにギョロギョロと動きっぱなしだ。試合はスリザリンの優勢であるが、まさかここまで早く点を入れてくれるとは思わなかった。
スリザリン内での一軍争いでは、もっと膠着していたからだ。
「おっと!? スリザリン、やはりラフプレーで迫ってきたがグリフィンドールは対策済みなのか躱しています! 日頃の紳士ぶりは何処へやら! いつものことですが、これはスポーツであって戦争じゃないぞ!?」
“馬鹿言っちゃいけない。スリザリンにとって
常日頃、紳士淑女たるべく心がけるスリザリンだが、クィディッチを初め、寮対抗制の競技に関しては譲るという言葉を捨て置いて久しい。
競い合う場においてスリザリンが用いるのは蛇の如き狡智であり、時には反則スレスレの行為さえ辞さない。
はじめ、ハリーがスリザリン・チームに加わった際も、まず初めに教えられたのが戦いに情け容赦を捨て置くことであったが、ハリーとて普段のスリザリンとのギャップに戸惑い、「こんな事でいいのだろうか?」「フェアプレーの精神に反するのではないか」と、チームとして既に染まっているメンバーでなく、部外者であるパンジーに相談したことがあったが、パンジーは笑ってそれを否定した。
「ハリー、貴女のその優しさは確かに美徳よ。お友達として、そんな貴女を私も好いているわ」
だけど、と。年上のような面持ちでパンジーは人差し指を立てて語る。
「一つだけ、そんな優しすぎる貴女にこの言葉を送るわ。〈恋と戦争は手段を選ばない〉」
正々堂々と戦うことは、確かに素晴らしいし美しい。その信条を貫いた結果として負けて、それで後悔しないのならそれでもいい。
「けれど、それができるのは本当にひと握りの、強くて愚かな人達だけ」
信念を貫いた果てに、死ぬことさえ後悔しないのは英雄と狂人だけだ。誰だって負けた時は悔しいし、人生を振り返って、あの時ああしていればと後悔してしまう。
人間とは常日頃から清く正しくあろうとしても、結局自分が幸福でなければ満足できない生き物で、そうした点を醜いと否定する気はパンジー自身ない。
「だって、当たり前でしょう? 人生は競争で、必ず勝ち負けが何処かではっきりしちゃうもの」
それが譲っても良いものなら、別に譲ってしまえばいい。けれど、譲れないものまで譲ってあげる義理なんてない筈だ。
「スリザリン・チームにとって、優勝杯は〈譲れない〉。だって、スリザリン皆の期待を背負っていて、チームの中にはプロとして活躍したい人が何人もいる。彼らにとってグラウンドは戦場で、クィディッチは戦争そのものなの」
だからこそ彼らは紳士であり、淑女であることをその時だけは忘れておく。他者が右に出ること、並ぶことをよしとせず、唯々勝利を目指して飛翔する。
「ハリー、貴女だってスネイプ先生に勝つって約束したんでしょう? それは素晴らしいことだけど、もし貴女が勝ったら、同じように優勝を誓ってたチームの人たちは泣くでしょう。けれど、だからと言って譲れるかしら?」
思いの強さは誰だとて同じだ。参加することに意義があるなどと、そのような安っぽい言葉で手放せるなら、勝利にどれだけの重みがあり、価値があると言えるのか?
「ハリー、私の大切なお友達。優しくて、明るくて、日向の花のような女の子……ずっとずっと、我慢し続けてきた貴女だからこそ、私は言うわ」
傍若無人になれとは言わない。闇の魔法使いたちのように、欲望のままひた走れとは決して言わない。けれど。
「貴女の人生は、貴女が主役よ。私の人生の中心が私であるようにね」
人生も運命も、誰かに譲ったり、利用されたりして定まるものではない。
「貴女にとって、譲れない戦いがあるのなら勝ちなさい。貴女にとって、譲れないお相手が居るのならば愛を掴みなさい。
貴女は他の誰かの添え物なんかじゃない。一番という幸福を掴もうとする自由と権利は、誰にだってあるんから」
ハリーにとって、パンジーのこの言葉は蒙を啓かれたような心地だった。
そうだ。誰だって負けたくない。自分だって、スネイプや応援してくれている皆の為に優勝したい。これから先の人生だって、薄暗い物置に閉じ込められたまま、負け犬のように過ごすなんて絶対に嫌だ。
「ありがとう、パンジー! 僕、頑張る! 絶対後悔しない人生を歩んでみせる!」
後に、このやりとりがきっかけでハリーの人生観を狂わせてしまい、パンジーは大いに頭を抱える結果となるのだが、この時はまだ知る由もなければ問題が表面化するのは数年後の未来となるため、今は時間軸を試合に戻そう。
◇
全てはこの日の為に、血の滲むような努力を続けてきた。勝つ為に、優勝する為に。ただそれだけを目標に、ハリーはここに立っている。
いい成績や入賞だの準優勝だのには興味はない。そんなものでは誰の期待にも応えられない。たとえ対戦相手が同じような思いだったとしても、ハリーは決して譲る気はなかった。
“そうだ、僕は勝ちたい! スリザリンに栄光を贈りたい!”
手加減なんて以ての外だ。怪我なんて練習でも散々した。想いの総量が同じでも、相手の方が上回っているかもしれなくても、それで引く理由は何処にもない。
視界の端で、何かか光った。誰かの時計か金具か? いいや、輝きが違う!
「ポッター! 一直線に翔けた! ニンバス二〇〇〇の性能か!? 矢のようですが危険です! 自チームの選手を掠めました!?」
分かっているし織り込み済みだ。勝利のためならば構わない。他を気にするなとはチームメイトの総意である。グリフィンドールのシーカーは、速い。
純粋なテクニックであれば、日の浅いハリーでは僅かに劣る。しかし、ハリーのように自チームの負傷すら度外視して勝利を掴めるほど
“勝ったッ!!”
この瞬間、ハリーは勝利を確信していた。いいや、目で追ったスリザリン・チームの誰もが勝利を疑って居なかっただろう。
だが、スニッチに手を伸ばすべく、更なる加速を見せたその瞬間、ハリーの軌道が僅かに
「……!?」
おそらくそれは、ハリー以外の誰もが操作ミスだと感じるほどの誤差だった事だろう。だが、このニンバス二〇〇〇の癖をハリーは誰より熟知していた。徹底的な、完全なる制御下に置いていたと自負していたからこそ、このような軌道変化は有り得ない。
“塔にぶつかる!?”
この速度では頭蓋が潰れる。身体を捻っても複雑骨折は必至だろう。ならば、取れる手段は唯一つ。
「諦めるかァ!!」
瞬間、ハリーは箒から脱出し、のみならず蹴った拍子に軌道を変えたスニッチを確保。あわや地面に叩きつけられそうになった瞬間に、大声で手を突き出す。
「〈
競技中、万が一の事故に備えてと先輩方から教わった呼び寄せ呪文。たとえ視界外の物であったとしても、イメージが正確ならば自分の持ち物を手にできるという魔法だが、本来習得は四年生からという高等呪文だ。
成功率は今のハリーで三割。賭けには分が悪かったものの、見事にその手にニンバス二〇〇〇を掴んで見せた。
“制御は戻ってる! なら──”
飛行中の箒の制御を奪えるような魔法使いなど、学生では七年生の中でも一部のもの。当然そんなことをする生徒は存在しない。
最大の容疑者であるクィレルに目を向ければ、彼は憮然とした表情でハリーから目を逸らさず見つめていた。
──……死ねば良かったものを。
そう瞳が語っていたことは、ハリーにもありありと伝わった。
なお日記帳は捨てようが戻そうが教師に提出しようが、ダンブルドアかスネイプ以外だと全く問題ないし、何より捨てようとしたらハーマイオニーが操られてしまう模様。
やっぱり呪いの品じゃねーか!(知ってた)
あ。聡明にして冷静なるレイブンクローめいた読者諸兄は既にお気づきのことでしょうが、トム君に恋愛感情はないです。原作でもそうですが、愛なき故に破れるヴォルデモートが愛を知れる筈もないので、単に利用してるだけです(ガチ屑)
あと、ハーマイオニーちゃんのことを「中古」とか「お古」とか言うんじゃないぞ! 良いか、絶対に言うんじゃないぞ! 大事なことだから繰り返し言うが「ロリ中古」とか絶対に……(ry