マイノリティ脈絡   作:サイクス・ピコ

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皇帝酒①

 あれから丸一日が経って、もう日が沈むという頃に一行はビーア地方でも目立って大きい町にたどり着いた。村の周りは稲畑が広がっていて、街道沿いには口を開けたような、特に目印のない大きな入口があった。ネーエが最後に外に出ると、ポツリポツリと橙色の明かりが灯っている。その光景に感嘆して、ネーエは目を輝かせた。

 

「この灯りは南方帝国の名産でな。お化粧にも料理にも使える優れ物さ」エヴァリスタが言った。

 

「ご飯に?」ネーエがきょとんとしたのを見て「ああ」と頷くと、一人でに御者の方に向かって行ってしまった。

 

「お疲れ様。ほらこれ」エヴァリスタは何処からともなく金貨を取り出すと御者に手渡した。

 

「国から既に沢山頂いていますし、なにより、チップにしてもこんなに貰えませんよ」彼はギョッとして、両手を振って断る。

 

「これは嫌味なんだが、生憎、金貨しかもってないもんでな」エヴァリスタはそう言って笑った「それに経験上、恩を売っておいて悪い目に遭った事もない。だから、押し売られたと思って感謝しろ」

 

「ま、まあ。そこまで言うのなら。有難うございます。では、また明日!」そう言って男は宿の方にそそくさと向かって行ってしまった。

 

「良いんですか? いつ貧乏になったって取り返せませんよ」

 

「ガイウスが馬鹿みたいに寄越してきやがったからな、使い切ろうにも使い切れん」

 

「はあ、贅沢な悩みですね全く」

 

「お前にもやろうか?」

 

「ちょっと、成金みたいなことしないで下さい」

 

「もうやっちゃった」エヴァリスタは御者の向かった先へチラッと顔を向けて、レーゲンに向き直るとニカッと笑った。

 

「さ、私たちも行きましょうか」レーゲンはそう言って、先に見える酒場の方へ足を繰り出す。数歩進んで振り向いた。着いてくる気配がない。二人はさっきの御者と同じ方角、宿の方へと向かって歩いていた。

 

「ちょっと、酒場は向こうですよ?」レーゲンが呼び止めると、エヴァリスタが振り向いた。

 

「お前の所為でネーエが飲まないって言うんだ。今回はパス」

 

「痛いの嫌!」ネーエも振り向いて叫ぶ。

 

「そういうことだ。明日は朝一出発だと、彼には伝えておいたから。寝坊するなよ」

 

「勝手に何してくれてんですか! ちょっと……」

 

 制止する彼の声を無視して、二人はそのまま宿のある方へ向かって行った。

 

「ネーエ。レーゲンのことはどう思う?」道中手を繋ぎながら、エヴァリスタは見下ろすようにネーエの顔を見て尋ねた。

 

「変な人」

 

「ハハハ、明日言っとこ」

 

「ダメ。うるさいから」

 

「おい、怒るからとかマシな理由を言ってやってくれよ」

 

「だってうるさいんだもん」

 

「まあ否定はしない」エヴァリスタはそう言ってクツクツと笑った「この旅は楽しいか?」

 

「うん! キラキラ綺麗だし」

 

「キラキラ? ああ、この照明か」宿のドアを照らすべく設置された灯りを指差す「着いたな」

 

「おお、エヴァリスタ! 女房は裏に居るよ」

 

 ドアを開けると男が出迎えた。男はエヴァリスタに会えて大変上機嫌だ。

 

「久しぶり。部屋はレーゲンが抑えてくれてるんだって?」

 

「ええ、問題なく。ここだけの話、随分弾んでもらったんで、女房も大喜びでして。おーい、マリー! エヴァリスタだ」

 

 男の声が宿に響くと、ドタドタと駆ける音が近付いて、女が姿を現した。

 

「まあ! エヴァリスタ! 久しぶりね!」

 

「マリー! 会いたかったよ。経営の方は順調か?」エヴァリスタが両手を大きく広げると、マリーは抱き付いた。

 

「貴方のお陰でね! ちょっと、あんた。ぼさっとしてないで、仕事あったんじゃないの?」

 

「おっと、そうだったよ。悪いね、エヴァリスタまたゆっくり話そう」

 

 そう言って、男は宿の奥へ行ってしまった。

 

「で、順調なんだって、そりゃあ良かったよ。勇作の知識が役に立ったな」

 

「ボキだったっけ? 不思議な知識を持っている方もいるものね!」

 

「ああ、本当に。兎に角、助かったなら良かったよ」

 

「頼もしい友人ね。何処に居るのかしら、御礼でもしないと」

 

「ああ。気持ちだけで大丈夫さ。もう亡くなったんだ、十年も前に」

 

「あら。ごめんなさい。辛い事ね」

 

「ああ。そうだな。辛い事だ」

 

 エヴァリスタの声がひどく冷淡に感じられて、ネーエはエヴァリスタの顔を見た。暗い悲しげな顔を見て、気の所為かと目を外す。

 

「ちょっと、その子。貴方子どもいるのね!」マリーはネーエに気付くと嬉しそうにした。ちょうど良いところに話題が転がって居たのだ。

 

「ネーエです。今日は、宜しくお願いします」ネーエはそう言ってペコリと丁寧にお辞儀をする。

 

「あら、礼儀の正しい子! 私はね、マリーって言うの。宜しくね」ネーエはマリーに差し出された手を取った。父の手と似た硬い皮膚の感触に、思わず顔を歪める。

 

「エヴァリスタ。で、お相手は誰なの? もしかして、その勇作って方?」

 

「あ、ああ。まあそんなとこだ。おい、ネーエ。どうした?」

 

「ううん。何でもない」ネーエは咄嗟に隠すように顔を俯ける。自分は今悲しそうな顔をしている。賑やかな会話を邪魔しちゃダメだ「ほら、おいで」エヴァリスタはネーエを抱き締めると、そのまま持ち上げた。

 

「あら? もう眠いのかしら」

 

「どうやらそうらしい。部屋、案内してくれないか?」

 

 ギシッと歩く度に床から音がする。お父さんを思い出した。優しくてかっこいいお父さん。さっきの男の人みたいに、お母さんにはヘコヘコしてたけど。私の大好きなお父さん。魔物に殺された……脳裏に焼き付く記憶。燃え盛る炎に、皮膚は痛みを覚えた。焦げ付いた匂い。劈くような悲鳴。それは、ネーエと仲良くしてくれた友達の声だった。何故私はあの時お父さんが逃すのを拒んで、一緒に居なかったのだろう。ネーエは後悔に涙する。

 

「おいしょ」魔法で浮かばせていた荷物を無造作に床に置くと、エヴァリスタはネーエを抱えたまま、ベッドに腰掛けた。

 

「辛いよな」エヴァリスタが頭を撫でる「もう寝るか?」コクリと頷くと、エヴァリスタはネーエをベッドに寝かせて、自分も一緒に入った。

 

「ごめんなさい」ネーエは隣で寝そべるエヴァリスタに、呟くように言った。

 

「え? どうしたんだ」エヴァリスタは驚いて目を見開いた。

 

「お話の邪魔しちゃったから」

 

「はあ、そんなこと気にしてたのか? マリーはいつまでもペラッペラ話すから、寧ろありがたかったよ。私だって、もう眠たかった」

 

「エヴァリスタ、寝るの?」

 

「げっ、良く見てるな。私は全然寝ないな。ふふ、でもマリーの話が長ったらしいのは本当だ」エヴァリスタは秘密の話をするようにいたずらっぽく笑った。それを見るネーエも笑顔になってくる。

 

「お父さんとお母さんが私の事、逃してくれたの」ネーエはポツポツと話し始めた。

 

「ネーエは無事ですって、帰ったら伝えてやろうな」

 

「うん」と笑顔で頷く「私、エヴァリスタに会えてよかった」

 

「……それは私もだよネーエ。魔法、上手くなったら二人も喜ぶぞ?」

 

「どうだろう。驚いちゃうかも」

 

「ハハ、驚かせてやれ。空を飛んでな。色んなお土産持って来てやるんだ」

 

「うん。絶対飛ぶ」ネーエは笑顔で意気込んだ。

 

 数分経って、ネーエはすっかり眠ってしまった。慣れない環境、馬車での旅、疲れるのも無理はないだろう。エヴァリスタは起こさないように、そっとベッドを降りた。瞬間、コンコンコンと大きく響く音でドアを鳴らして、ガチャリとこれまた大きな音を立ててドアが開いた。

 

「しーっ!」エヴァリスタは苛立ちも込めてうるさいと苦情を伝える。

 

「えっ、あっ。すみません」と言うのはレーゲンだった。二人はそっと、部屋を出て、ドアを閉めた。

 

「いや、すみません。寝てるだなんて」

 

「全く、誰かと思えば。で、何だよ」

 

「飲みに行きましょう」

 

「……断ったはずだが?」エヴァリスタは目を細めた。

 

「どうせ、貴方寝ないんだから良いじゃないですか。ほら、ちょうどぐっすり寝た事だし」

 

「あのな、起きたらどうする。私が居なきゃ、きっと不安がる」

 

「起きやしませんよ。ほら、ここを出たら飲みになんて行けないんですから」

 

「はあ、ちょっとだけな。すぐ帰るぞ」

 

「おっ、漸く行く気になりましたか」

 

「お前がしつこいからだ」

 

 *

「そういえば、名前を決めないと」道中、レーガンは不意に口を開いた。

 

「何のだ?」エヴァリスタは嘲笑混じりに尋ねる。馬鹿みたいな切り出し方だ。

 

「そりゃこれから造られる機関のですよ」どうやら銀行の話らしい。

 

「ああ、なるほど」エヴァリスタは顎に手を当てて考え始めた。よくよく考えれば銀行はどう訳せばいい? 

 

「ふふ、そうなると思いました。そこで提案です。相互扶助(ライファイゼン)ってのはどうでしょう?」

 

「ライファイゼン。良いじゃないか」エヴァリスタは言った「しかしレーゲン。さては、ハナからそいつを披露してやるつもりだったな?」そう言って、わかってるぞと笑う。

 

 そうこう話している内に、酒場の前に着いた。レーゲンが足早にドアの前まで歩いて行って、勢いよく開けた。レーゲンの身体越しに、店内の様子が垣間見える。木製の小さな円卓を小樽が囲うように置いてある。椅子代わりなのだろう。テーブルは全部で五卓あって、奥にはキッチンの前に備え付けられたカウンターがある。どうやら人でいっぱいで、カウンターしか空いていないらしい。ツカツカと店内を進んで行くレーゲンの後にエヴァリスタは着いて行った。

 

「ビール。お前もビールだろ? 二つ」エヴァリスタは素っ気なく言った。

 

「ふふ、店主。ボースハフトも一つ」

 

「一杯ずつ頼めよ」

 

「貴方はもっと愛想良く注文なさい」

 

「うるさい。あー、あと塩辛いの何かくれ」

 

「何かって何ですか。伝わりませんよ」エヴァリスタの注文に「はーい」と返ってきた。

 

「伝わったみたいだぞ?」

 

「とりあえず、ボースハフトね」カウンターからニョっと太い腕がガラス瓶と共に飛び出した。レーゲンがそれを受け取ると、エヴァリスタに差し出して、「これ好きでしょ?」と笑顔で言う。それを訝しげに受け取って、手で捏ねくり回して気が付くと、エヴァリスタも笑みを浮かべて興奮気味に口を開いた。

 

「おお! ガイウスの就任祝いの酒じゃないか! こんなもん出回ってるのか」

 

「そりゃあそうでしょう」

 

「ん? まあ早速開けよう。店主! 何か入れるもんない?」 

 

「ああ、いいです。私は飲まないので」

 

「何だ誘った割に抑え気味だな」

 

「こんなの好きなの貴方しかいませんよ」

 

「そうなのか? 美味いのに」

 

「ドブみたいな味ですけどね。まあ貴方の味覚がおかしいんでしょう」

 

「ええ、そんなか?」エヴァリスタは栓を抜くとチビチビと飲み始めた。

 

「政敵がカイザーなんて陰で呼んでいるくらいです。現在の独裁体制に不満を持つ市民は一年に一度、このお酒の入った瓶を割るお祭りを催すんです」

 

「最後の情報要るか?」

 

「要りますよ。カイザー様は本当に国のことを思ってやっていると言うのに、そんな不味い酒に喩えるなんて失礼極まりないです」

 

「私が美味い美味いと言って飲んでる酒に、目の前で難癖を付けるお前も大概じゃないか?」

 

「だってそれは不味いでしょう」

 

「そいつらだって同じことを言うだろうさ」

 

「……ちょっと、それ貸して下さい」

 

「何だやっぱ飲むんじゃないか」

 

 エヴァリスタが酒瓶を渡そうと手を伸ばすと、レーゲンはそれをひったくって、瓶ごと口にした。

 

「今日は飲みますよ!」彼は空になった瓶をゴンとテーブルに叩きつけた。

 

「勿体無い」

 

「ワンガリーマータイでしたっけ?」

 

「いや普通に」エヴァリスタがいつの間にか来ていたビールに手を伸ばすも、既に一杯目のビールも空にしたレーガンの手の方が早かった。

 

「私の記憶じゃ、そうやって威勢の良い時こそ、次の日にダメになってる気がするが……」

 

「そんなこと言ってられますか! この村に来たら飲まなきゃ損ですよ! ほら、このビールなんてホント安いんですから!」そう言うなり、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、ビールを飲み始める。

 

「おっ、おい。また一気飲みか……勘弁してくれ。ほら、もう挨拶はしたんだし帰ろう」

 

「一気飲み? 斬新な言葉遊びですね! 貴方、まだ何も飲んでないじゃないですか。付き合いますから。店主! ビール二杯おかわり!」

 

「か、勘弁してくれ……」エヴァリスタは絶望に顔を歪める。これはもう終わりだ。折角酒場に来たのに、一杯も飲めず、ゲロ吐きの世話をさせられる。何度か繰り返された記憶が蘇って、エヴァリスタは頭を抱えた。

 

「隣、いい?」女の声が聞こえて、エヴァリスタは「どうぞ」と言ってチラと見る。エルフだ。つまらなさそうなに見えるのは、眠そうに重い目蓋の所為か。レーゲンから背中をバシバシ叩かれて、慌ててレーゲンの持つビールをひったくった。

 

「テメェ! いつの間にこんな飲んでやがる」

 

「おう、エヴァリスタ! お前も飲めよ!」

 

 気付けば九杯目のビールに手を付けていた。ベロベロに酔っ払ったレーゲンの対処に、エヴァリスタはホトホト手を焼いた。

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