マイノリティ脈絡   作:サイクス・ピコ

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卑怯者②

 魔族エヴァリスタは頭が良かった。それは人間を狩るときにこそよく発揮されたが、魔法においてはそうでもなかった。身体能力も低く、魔力量も少ないばかりか、凡そ戦闘にも虐殺にも向かぬ魔法に愛された所為で、彼女は同族でも目立たず、会えばつまらない者として軽侮され、その度ごとに彼女の劣等感と功名心を強めた。

 

 彼女は自分の姿や話し方が獲物にどのように伝達されるのかを理解し、利用し、その群れに迎え入れられるのを我慢強くも待ってから、頃合いを見て群れごと滅ぼす。加えて、こうした狩りのスタイルが街にではなく、村で、特に外部からの往来が少なく、その地で生まれ、その地で一生を終えるタイプの個体を多く抱える群れに対して有効であることも理解し、またこれも利用することで、狩りに生じるリスクを最小化し、狩りの量を最大化した。

 

 今般の彼女の狩りの原因とも呼べる事件は、三ヶ月前のある日に起こった。最近はと言えば、遂に大陸南部の()()()()()()()までもが魔王に束ねられ、彼女()()は同族と出会うたびごとに、狩りの同行を命じられる。その日もそういった事情で彼らに連れられていた。

 

「いいか、何度も言うがこれは魔王様の命令だ」

 

 森の中を進む三人組、先頭を歩く大男がそう言って、木を剣で切りながら一歩進む。男の後ろで俯いて黙ったままのエヴァリスタに耐えかねて、彼女の隣にいた少年が口を開いた。

 

「だから、しつこいようですが、エヴァリスタ様はいつも言います。慎重に行けと。エルフやドワーフと戦うのは危険だとも」

 

「俺も何度も言うがね、つまりそいつは臆病者ってことだ。雑魚にはお似合いってとこだが、強者の言うことを黙って聞くのも雑魚のサダメなんだよ。おい女、こいつを黙らせろよ。この下り何回目だ?」

 

 男が呆れた表情でそう言うのも意に介さず、少年が繰り返そうとしたのを、エヴァリスタは制止した。

 

「フォルカー、もういいだろ。こいつは私より強い。ならこいつの言う通りするのが道理だ」

 

「エヴァリスタ様がそう言うのなら」

 

 少年がそう言って口を閉ざすと、皆が黙って進む。元より人里離れた森の中、静かだなとエヴァリスタが思った矢先、男がまた一本、木を倒した。ふと、頭上を見上げると緑の隙間から太陽がちらりと顔を見せた。

 

 *

 日暮れ。ほとんど暗がりとなった森の中を黙って進む。エヴァリスタは隣のフォルカーから時々送られる視線を疑問に思ったが口にはしなかった。

 

「おい見ろ、ようやくだ」

 

 依然先頭を歩く男は、木を切り倒すと、少し先の地面を指差す。大きな円を描くように一度掘り起こされた跡の残る地面を見て、人里が近くにあると判断したらしい。

 

「動物じゃないんですか?」

 

「いいやエルフだ。あいつらには奇妙な()()があってな、こういうことをするんだ」

 

「へえ、意外とバカなんですねエルフって。わざわざ自分らの痕跡を残してまで無意味なことをする、まるで狩られる為にやってるみたいだ」

 

 フォルカーがヘラヘラと笑いながらそう言うのを見て、男はニッと笑って「俺らがエルフを殲滅するのも時間の問題だ」と尊大に言った。

 

「フォルカー、ここはエルフが生活の中で排出し不要になったものを埋める場所だ。奴らはそれらを燃やすものと埋めるものとに選り分け、このように処分するんだ。もっとも、分ける行為自体の意味までは理解しかねるが」

 

 補足とばかりにエヴァリスタが「跡」についての話をすると、フォルカーは彼女へ不満げな表情を向ける。彼女はそれを看取って、再び口を開いた。

 

「ん? どうした? フォルカー、さっきから何か変だぞ?」

 

「いやね、エヴァリスタ様。エヴァリスタ、いやお前? お前、俺より弱いくせに何なんだ?」

 

 フォルカーがドスを利かせて脅かすように言い切ると、「は? 今それ関係あるか?」とエヴァリスタは苛立ちも隠さず濁った低い声で返す。

 

「あります。あるよ。あんだろ、おい。おかしいだろ、俺が雑魚だった時から一緒にいたからって、お前の方が偉そうにするのは、おかしいだろ」

 

「別にお前をそのようにし向けた覚えは全くないがね」

 

「あ? じゃあ俺がお前に勝手に従ったってのか? お前みたいな劣等存在に?」

 

 余りの唐突さに呆れさえ募ってきて、エヴァリスタはとうとう閉口してしまった。

 

(くそっ、さすがに私より強いやつを飼い慣らすのは無理があったか……未熟な時期に才能のある者を教育し手懐け、慣習によって主従関係を確立、維持する。人間から得た素晴らしいアイデアだと思ったが、こうも簡単に綻ぶとはね。それにしても、計画は本当に上手く行くのだろうか。そもそも、計画などと表現しているが、ただの夢想ではないのか。怪物的に肥大し、内なる野望として燃え上がった劣等感を、理性の工事によって論理的、理論的体系で飾ったに過ぎないのではないか。まあ、いずれにせよ振り出しだ。どうやって言葉を話す魔物(こいつら)を手懐けるか)

 

 エヴァリスタが更に思索を続けようとするのを、「おい、聞いてんのか」とフォルカーの声が止めた。フォルカーは彼女の背を強く押し、うつ伏せに倒れたところを踏みつけた。

 

「ここからはお前が先頭に行け。エルフは強いって、俺に何度も言い聞かせてきたよな? であれば、作戦の成功の為に弱い奴が手前に行く方が合理的だ。お前が前に出て敵の攻撃を真っ先に受け、敵の魔力量を減らす」

 

 そう言うと、「おい、それでどうだ?」とフォルカーは男に向かって呼び掛ける。それでいい、と納得したように男は頷いた。一方で、土に塗れたエヴァリスタの顔は深い苛立ちを湛え、燃える様な憎しみを孕んでいた。

 

 *

 地面にへたりこんで「なんで」と呟くスザンヌに、村の中心で火を灯す井桁の向こう側からエヴァリスタは視線を送った。村の家々は数軒を残して炎に包まれている。お祭りの会場だった広場には、村中の人々が余す事なく集まって賑わいでいたが、今や皆、横になって、身体から槍を生やし口を開く事もない。

 

「スージー逃げるんだ」と苦しげに顔を歪めながら搾り出すように、エルマーの兄が言うのを見て、彼を見下ろすように目の前に立つエヴァリスタは愉悦に顔を歪めた。

 

「ふふ、人間ってのは本当に愚かだ。こう言う時に限って、すくんで動けない。なあ、グレゴール。そういえばお前の判断は正しかった、なぁ?」

 

 グレゴールが最後まで彼女を村に迎え入れるのを拒否していたのを、彼女は振り返る。

 

「だが、合議とは得てして多数決に基づく。多数決という合議の媒体が合議の条件に取って代わってしまうんだ。元々、合議によって真理に到達する事が本願であったろうに。はは、しかし、グレゴールよ。お前にも非があるというものだ」

 

 酷薄な笑みを浮かべ滔々と語る。エヴァリスタは人間を狩る時に必ず何故自分の狩りが上手くいったのかを獲物にひけらかした。

 

「お前のそれが判断ではなく決断であったのなら。お前は衆愚の良心なぞ断ち切って、私をその場で切りつけるべきだったんだ。かつて栄華を極めた南方帝国では決断力の欠如した政治形態を衆愚政治と呼んだ。ふふ、正しく、お前らのような、ね」

 

 グレゴールは槍で裂かれた腹を抑えながら、肩を揺らして呼吸をする。彼の体力の限界を察し、エヴァリスタは彼に向け手を翳す。

 

記憶を読む魔法(エラン・ヴィタール)

 

 その発動に従って、彼の見た地図や見知った近辺の情報がエヴァリスタの識下に入る。「ありがとう、そしてさようなら」そう言って魔法で造った槍をグレゴールに突き立てた。あと一人。エヴァリスタは槍を再び造り出し、ゆったりとした歩調でスザンヌの方へ向かう。

 

 スザンヌはエヴァリスタが近付いてくるのに気付いて、俯いたまま、右目でちらと視界の端に映るエルマーの方を見た。彼も他の村人と同じように槍に貫かれて死んだのだ。

 

「エヴァリスタを返して」

 

 ちょうど目の前まで槍を持った女が来て、彼女はぽつりと呟いた。エヴァリスタの方はそれを聞いて、自身の計画の完成度に達成感を覚え、口角を釣り上げる。

 

「まだ実感が湧かないのも無理はないさ。お前は私の事が大好きだからな。しかし、スージー。その横のクズを殺したのは私だぞ? 最愛のエルマー。どうだ? 思いも告げられずに別れてしまう気分は」

 

「エヴァリスタはそんなこと言わない。優しくて、頭が良くて、何でもできて、すっごい頼りになるお姉さんで、それなのに私のくだらないイタズラにも付き合ってくれて、それから」

 

(ふん、何度か見たパターンだ。精神的に未熟なガキに見られる現象だ。全て想定の範囲内に事が進んだと言うわけだ。完璧な計画。これが私の知的活動の成果だ。他の愚物どもとは違う。私のみに可能な美しき狩りの体系。しかし、そう時間もない。おしゃべりは程々にとっとと殺しておくか)

 

 エヴァリスタがそう思って槍を構えると、「ねえ」とスザンヌが口を開いた。彼女は一旦構えを解いて、スザンヌの言葉を待つ。

 

「どうせ殺すのに、何で私に幾何なんて教えたの?」

 

「ふん、何て答えて欲しいんだ? どうせ死ぬんだ、お前の望む回答をくれてやるよ」

 

 嗜虐的な笑みを携えたエヴァリスタの返答を無視して、スザンヌは訥々、言葉を紡ぐ。「わざわざ魔法で図形を作って見せてくれたり」、「私に使わせたり」、「証明のやり方だって」、「あなたが示して」、「私が倣った」。そこまで言うと、スザンヌは面を上げて真っ直ぐエヴァリスタを見つめた。

 

「エヴァ。今までありがとう。貴方のお陰で私は自分にも何かできるかもしれないって初めて思えた。こんな狭い村の無知な娘が、世界は広いんだって、知れた。本当にありがとう」

 

 スザンヌは目を瞬かさせながら、覚悟を決めたような顔をしている。エヴァリスタは彼女の言葉に驚き、目を見開いた。

 

「なるほど。そういう逃避の仕方があり得るわけか。ふふ、いやなに、お前がどう受けとろうが勝手だが、実は私の方も感謝しているんだよ。お前のお陰でパップスの六角形定理が全く新しい示唆を内含していることを直観できたんだ、ほんと貴様ら人間の知的能力の高さには畏れ入るよ」

 

 エヴァリスタが感慨深そうにそう言うのを見て、スザンヌは自分の置かれた状況すら忘れてクスクスと笑うと、「へぇ、やっぱり数学が好きなんだね」スザンヌは悲しさと嬉しさの入り混じった複雑な感情に涙を溢し、それを撫でる様に拭って「やっぱり本物のエヴァリスタだ」と笑った。

 

「ところで、エヴァリスタ」スザンヌはそう言うとゆっくりと立ち上がって、再び意を決した表情を作ってエヴァリスタの瞳をまじまじと見つめた。

 

「エヴァリスタって弱いからこんなことしてるの?」

 

 彼女が何を言っているのか、エヴァリスタは理解も追い付かず固まった。その間にスザンヌは言葉を続ける。

 

「だってさ、エヴァリスタって魔物なんでしょ? なら、魔物らしく力を使って戦えばいいじゃん? でもそうしないってことは、ね」それに、とスザンヌは続ける。「グレゴールさんが言ってた、言葉を話す魔物、だっけ?」、「グレゴールさんが会ったのはもっと魔力量も多かったって言ってたよね」そう言い切る前に「黙れ」とエヴァリスタは叫ぶ様に言った。

 

「黙れ。お前の生殺与奪の権は私が握っていることを忘れるな。それ以上余計な口を利くなら今すぐ殺す」

 

 エヴァリスタが槍をスザンヌの首元に寄せ威嚇するのを気にも留めず、彼女は自信げな笑みさえ浮かべて、揶揄うように言った。

 

「命で交渉したいなら、私の助かる選択肢くらい用意しておくことね、頭は良いんでしょ? 弱っちょろいエヴァちゃん」

 

 スザンヌは片目を瞑って舌を出した。瞬間、エヴァリスタの槍が彼女の喉を貫いた。

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