マイノリティ脈絡   作:サイクス・ピコ

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長くなり過ぎました……


ネーエの冒険①

「またあ?」ネーエの呆れたような声が、部屋に響く。昨日の夜、城に帰ってからネーエが朝起きてもずっと、何かに取り憑かれたように紙を取り出してはペンを走らせて、それを置いたかと思えば今度は分厚い紙束を手に取ってうんうん唸りながらそれに何やら書き込んでいるのを見て、嫌な予感がしていたのだが、見事に的中した。

 

「今日もお昼過ぎには戻ってくるから。……あとまたお菓子買ってくるから」

 

 エヴァリスタが「ホントごめん」と言って、手を合わせているのを不機嫌そうに眺める。お菓子で釣ろうとしてる浅ましさ、更にはそれに釣られるとでも思われている事にも腹が立ってきた。

 

「なあ、ネーエも来て良いんだぞ?」

 

「やだ。絶対面白くないもん」

 

「面白くなるようにするから」

 

「数学なんか嫌いだもん」苛立って不貞腐れたように言う。何で行く事が前提なんだ。

 

「はあ、まあ悪いけど、決まってる事だったんだ。じゃ、行くから。部屋で魔法の練習してなさい」

 

「ねえ! なんで行くの! 待って!」

 

 エヴァリスタが行こうとするのを見て、ネーエは怒鳴った。

 

「えぇ、じゃあ来るか?」面倒臭そうに、エヴァリスタは立ち止まってネーエの方を見る。

 

「行かない!」

 

「じゃあ待ってろ」

 

「やだ」

 

「お留守番! いいな」

 

「うるさい! 出てって」

 

「はいはい。じゃ、昼過ぎには帰ってくるから」

 

「お菓子も忘れないで」ネーエは先程までの自分の態度を少し恥じて、それでもなお収まらない怒りとのバランスをこの台詞に託して言った。

 

「はあ、調子の良いやつ。わかったから、行ってきます」

 

 ネーエがそっぽを向いて不貞腐れているのに無関心な足音が遠ざかって行く。やがて、バタンと音がして、一人残された事を自覚させられ、どうしようもない寂しさを感じた。

 

 呆っとしてるのも勿体無いと思って、部屋を出る。エヴァリスタからは魔法の練習をしておくよう言われたが、最近はやる気が起きない。彼女にはいつも「あれを練習した、これを練習した、けどできなかった」と嘘の報告をしている。

 

 廊下に出て、食堂のある方とは反対へ進む。今日は城の中を散歩しようと、ネーエは廊下を歩きながら、中庭に目を向けた時にそう決めた。ネーエの居た部屋と同じようなドアが右手にずらりと並んでいる。

 

(小さくなっちゃう薬でもあったりして)

 

 昨日、エヴァリスタが記憶を読む魔法(エラン・ヴィタール)で見せてくれた物語を思い出して、クツクツと笑った。長く単調な廊下は冒険の幕開けを予感させる。とりあえずこのフロアを一周しようと、ズンズン進む。ちょうど廊下の真ん中辺りに差し掛かるところで、真横のドアが開いた。

 

「あらネーエさん、朝食ぶりね。エヴァリスタさんは?」

 

「何か用事があるって言って出てった」

 

 王様(ハダカ)の長女が出てくるなり、一人で居るネーエを見て少し驚いた調子で尋ねる。すっかり晴れてしまった不機嫌を甦えらせて、敢えて口を尖らせながら返す。

 

「喧嘩したんだ。ねえ、暇ならちょっとこっち来なさいな」

 

 そう言って、彼女は今しがた出てきたドアの取っ手を掴んで、手招きをする。暇だし良いかと思って、ネーエは彼女について行った。

 

 部屋の中はネーエのいつも居る部屋と変わりなく、その機能も飽くまで複数日の宿泊に向けに造られているようだった。そんなところに何故彼女が、と不思議に思いながら、部屋の奥まで歩みを進める。

 

「ここね、ちょうど真ん中だから全然人が泊まらないの。使用人が()()()()()だから、泊まりに入らなきゃ掃除もしに来ないしね」

 

 部屋の奥で立ち止まると、ネーエに背を向けたまま長女は語った。外を見ているのだろうか、ネーエは背後からでは伺えない彼女の視線を何となくそうおし測った。

 

 ネーエがぼんやりとしていると、彼女は急に身体を翻して、「つまり、秘密基地ってこと!」大きく腕を広げて、堂々と声を張って言った。

 

 こんな楽しげな彼女の表情は初めて見たな、とネーエは思った。すると、またドアの開く音がする。

 

「あれ、来客なんて珍しいな。いらっしゃい」

 

 声の主は長男だった。彼もどう言うわけか自信に溢れた表情で部屋の奥までゆったりと歩いてきた。エリザベトとフリードリヒだっけ、と彼女はあまり覚えていない名前を必死に思い出した。

 

「ここは俺らの秘密基地なんだ」キザッたらしい口調で口の端を軽く釣り上げながら彼はそう告げた。

 

「それもう私が言った。で、勉強の調子は?」エリザベトは左手にあったベッドにゆったりと腰掛けて、彼に尋ねる。

 

「うーん、からきし」

 

「何度も言ってるけど、宮廷の政務官だって、()()と同じよ」

 

「俺とお前とでは家を出たい理由が違うって言ってるだろ」

 

「えっとね、ネーエさん。私たちはいっつもここで家出の作戦会議をしてるの」

 

 彼女はネーエが置いてけぼりにならないように気遣ってそう言ったが、ネーエは結局彼女が何を言っているのか理解できず、きょとんとした顔をしている。

 

「そう。こいつは親からの結婚しろしろ圧力(マリッジ・ハラスメント)が嫌で、俺は父親にできなかった偉業を成し遂げたい(エディプス・コンプレックス)んだよね」

 

「いや、それも確かに嫌だけど。そもそも貴族が嫌。制約ばっかでさ。女に生まれたらお勉強だって"花嫁の嗜み"程度の簡単な内容ばっかり。あんたは良いよね、お勉強難しいんでしょ?」

 

「お前は良いよな。頭良くて」

 

 長男は彼女の言い振りに反して、淡々とした調子で言った。

 

「私に憧れてる暇あったら勉強なさい」

 

「はあ、なあネーエちゃん。聞いてくれよ。俺が一日かけても理解できない事をこいつは一瞬で理解しちまう!」

 

「へえ、エリザベトは凄いんだね。エヴァリスタみたい」

 

「エヴァリスタさんも頭が良いのか?」

 

「うん。とっても。私、魔法の勉強をしてるんだけど、いっつも私が悩んでる事を『ああ、それは多分……』って言ってすぐに教えてくれるの。その通りにできたら解決しちゃう」

 

 ネーエが何の気なしに語っていると、二人は急に表情を暗くして、何と言えば良いのか困ったようにむっつりと黙り込んだ。しばらくして、ようやく、「それってさ」とだけ彼が言って、エリザベトも何かを話せる気になった。

 

「そうね。ネーエさん、それ他の人にあんまり言わない方が良いよ」

 

「何で?」

 

「ここオイサーストは本国との戦争に負けたから、帝国って事になってるのはわかるわね?」

 

「えっと……」ネーエはどう返答して良いのかもわからず困ったように俯いた。

 

「元々は別の国だったんだけど、争いをして負けたから、虐めてもいい地域として、無理矢理仲間にさせられたってこと」

 

「ひどい……」

 

 虐めという言葉を引き金に、燃え盛る炎を背に、得物を振るう大男の姿を想起して、ネーエは顔を曇らせた。笑顔で村の人たちを虐め殺す魔物、そのような者が人間にも居るのだと、ネーエはそう思い至って悲しくなった。

 

「姉さんの発言の方が魔法より危険な気がするが……まあそういうこと。奴らは高度な自治性を謳って居るけど、本国の属領統括機関の事前の承認があって初めて、当該地域の正式な意思決定と見做される」

 

 長男は得意げにひけらかす。実際は、今日学んだ事の復習であったが、あまりに堂々と話すので、ネーエには悟られず、頭が良いんだなと思うばかりだった。

 

「実際、本国へどれだけ物品を奉納したかで、優遇のされ方が違うんだ。親父は、そうだからと言って、徴税の為に民衆の生活に介入を始めてる。これじゃあ、帝国が俺らにやってる事と同じだ。なあ、ネーエちゃんはどう思う」

 

「ちょっと。最近判ったからって得意げにペラペラと。話を戻しましょう。問題は帝国がどうやって私たちを支配するに至ったかよ」

 

「ごめん。つい」長男は頭の後ろの辺りをさすりながら、綺麗に整った歯を見せて笑った。

 

「戦闘用の魔法を覚えた奴らを戦争に動員したの。殆どは既存の支配地域からの登用だったみたいだけど」

 

「カルタゴか」彼は歴史の勉強で知り得た南にあった国の名前を言った。

 

「まあそうだけど。ネーエさんにもわかるように説明すると、昔敵だった奴が使ってきたやり方を真似したのよ。しかも、人は用意できないから、そのまま同じ人を使ってね。共和政なんて美辞麗句を使ってるけど、本質は邪悪そのもの。正に()()って感じ」

 

「なあ、あんまりそう言う事吹き込まない方が……」

 

「あんたがこれからそっち側に行くから?」

 

「おい! そんなこと、俺ら仲間だろ?」

 

「家出においては、でしょ?」

 

「お前だって、俺がそんな単純に考えてないことくらいわかってるだろ!」

 

「ちょっと怒鳴らないでよ。悪かったから」

 

「すまん。俺も」

 

 急に難しい話を二人で始めたと思っていたら、いつの間にか喧嘩になっている。ネーエはポカンと口を開けてこのやり取りを黙って見る他なかった。

 

「ねえ、あの子は? あの、妹の……」ネーエは口論の落ち着きを見計らって、遠慮がちに尋ねた。

 

「ああ、カトリーンの事か。まあ、彼女は()()()だからね」

 

「食事中も、絶対パパに逆らわないでしょ。()()のよ。私たちとは違ってね」

 

 いつもは「お人形さん」と呼んで陰口をたたいている事を、流石に二人とも口にできなかった。

 

「ここは知らないの?」

 

 ネーエが聞くのを二人は首を縦に振るだけだ。

 

「駄目だよ言っちゃ。ママに告げ口するから。ここに隠してる本とかみんな取り上げられちゃう。まあ、でもそれはフリードリヒのって事にすればいっか」

 

「さすがにバレると思うけどな」と彼はそう言って笑った。

 

「本? 本があるの?」

 

「うん。このベッドの下にね」彼女はバシバシとベッドを叩いて「見る?」とネーエに尋ねる。

 

「うん!」

 

「借り物だから、大して蔵書はないんだけど」

 

「うわあ、凄い。エヴァリスタもね、沢山本持ってるんだ! 家にはもっと、ズラっと並んでる」

 

「へえ。なあ、初日からずっと疑問に思ってたんだけど」長男は今しがた思い出した事を呟くような調子で言った「魔物って人間の文字が読めるもんなんだな。人間に友好的だとそうなるのか」

 

「魔物? ドワーフでしょ?」

 

「いやいや。ドワーフには角生えてないだろ。あれ、冗談じゃなかったの?」

 

「生えてたわよ。あんたも見たでしょ、伝説の鉄人ウォルフラム」

 

「あれはヘルメットだろ」

 

「パパが角だ! って叫んでたじゃん」

 

「あの人を当てにしちゃダメだろ。あれ聞きながら馬鹿だなって思ったわ」

 

「嘘でしょ?! あんな遠くから見たんだから普通、間違えるわよ。しかも、他人から『角だあ!』なんて隣で言われたら尚更」

 

「誰それ」ネーエは疎外感を感じて、無理やり自分の声をねじ込んだ。

 

「南方帝国を滅ぼした英雄アレキサンダーの盟友。もう五年経つかな、北部高原に向かうってので、この国に寄ったのよ。もう大分ヨボヨボのお爺ちゃんだったけど」

 

「まあ、若い頃どんな強くても、老いには勝てないもんさ」

 

「二人のお話し、難しくてよくわかんないけど。凄い人って事?」

 

「まあ、そう言うことだね」

 

「でも、そうね。エヴァリスタさんが魔物となると、中々に怪しい感じね」

 

「怪しい?」

 

「うん。最近、言葉を話す魔物による被害報告が大陸北部を中心に拡大しているでしょ」

 

「確かに、言われてみれば関係ありそうだな」

 

「ありそうじゃなくて、()()()よ。もしも私たちの敵ならスパイの可能性が高い」

 

「ちょっとちょっと。姉さん、相手は魔物だろ? どんなに頭良くたって、そんな組織が前提にあるような事、するはずがない」

 

「そうかしら? 実際に村を襲われて、ここまで避難してきた人たちの話、聞いてない?」

 

「い、いや」長男はたじろいだ。姉がこの調子になると手に負えないのは、経験上明らかだった。

 

「古典ばっか読んでても仕方ないわよ。ちゃんと時事も抑えないと。まあ、それはそれとして。難民の少なくない数の人が魔物の会話から『魔王』と言うのが聞こえたと言っているの。それも、目の前の特定の誰かを呼ぶのでもなくね」

 

「王、ね。いや、考え過ぎだと思う。群れの長が偶々そこに居なかっただけで……。ましてや、スパイなんか」

 

「相手は言葉を話す魔物よ。意思疎通にそれを使ってもいる事が確認されている以上、人間が考えつく程度の事を実行するだけの知能があると疑った方が良い」

 

 彼女は落ち着いた口調で、冷静に言葉を紡いでいくと、一呼吸ついてから、ネーエの方を心配そうに眼差して、更に続けた。

 

「ネーエさんも気を付けてね。親子関係ってのは主従を形成するのに最も適してるんだから。それをわかってて、ネーエさんを手先にしようとしているのかもしれない」

 

「えっと、どういうこと?」

 

「エヴァリスタさんがあなたを操ろうとしてるかもしれないって事。最初からずっとね」

 

「ええ! エヴァリスタが?」

 

「優しさの裏で利用しようとする奴なんて、人間でも五万と居るわ。別に縁を切れって訳じゃない。飽くまで私の憶測だしね。気を付けるに越したことはないってこと」

 

「うーん、でも違うと思う」

 

「そうね。私も違うと思う。でもね、そう思わせるのが異常に得意な連中だって沢山いるの」

 

「エヴァリスタが魔物だから疑うの?」ネーエはだんだん腹が立ってきてはねつけるように言った。人間でも居ると言うが、エヴァリスタが人間だったら、このような状況に果たしてなっただろうか。

 

「え? 違うけど」ネーエの態度に思わず口調が乱暴になる。

 

「そうじゃん。エヴァリスタはとっても良い人だよ。料理も作ってくれるし、一緒に遊んでもくれるもん。魔法も勉強も一緒にやってくれるもん」

 

 ネーエは具体的に説明する術をもたなかったが、どう疑っても彼女にとってエヴァリスタは()()()だった。

 

 とっても忙しいのに時間を割いてくれるエヴァリスタ。頼んでもいないのに、魔法の本を借りてきて、寝もしないで、私の為に頑張ってくれるエヴァリスタ。

 

「ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったの。ただ、気を付けて欲しいだけで……」

 

 彼女が魔物であるという疑いの根拠を覆せず、耐え難い程の悔しさに襲われながら、エリザベトの弁解を聞き流す。

 

「姉さん、もうやめなよ。もしかしたら本当に良い魔物なのかも」

 

 彼が仲裁に入ろうと適当に話すと、キッと睨んで怒りに任せて口を尖らせた。

 

「人間に都合の良い? あのね、さっきも言ったけど、本当に魔王なるものが居ると仮定すれば、向こうの都合に人間の都合が偶々一致してると考える方が自然でしょうが」

 

「だから、ネーエちゃん泣いちゃってるじゃん」

 

「あんたが変な事言うからでしょ」

 

 彼女の態度にフリードリヒが苛立って「言ってない」と返すと、即座に「言った」と返ってくる。なお苛立って、彼が繰り返してから、下らない応酬が始まった。

 

 ネーエはその様子を傍目に見て、途端に懐かしさを覚えた。村で一番仲の良かった友達ともこんなやり取りをよくした。腹が立った時、敢えてこうやって下らない喧嘩をしてみると、案外すぐに仲直りできるのだ。

 

「なんか、バカみたい」ネーエはクスクスと笑ってそう呟いた。

 

「バカはこっち!」と二人で指を差しあってる。

 

「そうじゃなくて、私の話」ネーエはアハハと笑った。

 

「ネーエちゃんは悪くないよ。このバカが君を責めたのがいけないんだ。こいつ、俺にもいっつもそうだから、そういう性格なんだと思う。許してあげて」

 

「まあ、今回はちょっと言い過ぎたかも。ネーエさん、ごめんなさい」

 

()()()? あと、()()()()()? 俺は?」

 

「あんたはちょっとくらい詰められた方が良いの。ね、ネーエさん。エヴァリスタさんの事、聞かせてもらえる? 例えば、どうやって出会ったのかとかさ」

 

「え、うん。いいよ」彼女を疑ってるのではないのかと、驚いて目を丸くしながらも、コクリと頷いた。

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