マイノリティ脈絡   作:サイクス・ピコ

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ネーエの冒険②

「エヴァリスタと会ったのは、私の村が魔物に襲われた次の日」

 

「えっ、襲われた?」エリザベトは目を瞬きして、繰り返した。ネーエがあまりにあっさりと言うので、聞き間違いを疑う。

 

「うん。お父さんもお母さんも……ごめんなさい」

 

 ネーエは慌てて目元を拭う。もう辛さも和らいできたと言うのに、涙が溢れる。エリザベトの方は、その姿を痛々しそうに見つめる。自分の半分くらいの歳の子が、自分より遥かに重たい悲しみを抱えているのだ。

 

「……こっちのセリフ、ごめんなさい。その話はいいから、えっと、出会って一週間後のことを聞きたいかな?」

 

「ううん。大丈夫。よくわかんないけど、涙が出るだけだから」

 

 ネーエはそう言ってから、気を取り直して再び話を始めた。

 

「夜中、急に剣を持った大男が一人で村を襲ったの。角が生えてて、言葉を喋ってた」

 

「例の魔物ね。それで、エヴァリスタさんは?」

 

「その、私。崖から飛び降りようとして、そこを呼び止められたの。それで、エヴァリスタの家に行く事になって……」

 

 飛び降りる、などという物騒な言葉に、二人は思わず反応しそうになるが、触れてはいけないような気がして、何とか目や身体が少しばかり動くのに留めた。

 

「うーん、ネーエちゃんの今の家はどこにあるんだっけ。北部高原の辺りってのは聞いてたけど」

 

「帝国外の、でしょ」

 

「あっ、ああ。()()()か……」

 

 改めて、彼はネーエに哀れみの感情の乗った視線を送る。深い森に包まれた、通称、見捨てられた地。見通しも悪く、魔物も多いあの広大な森を帝国が保護するには、流石にコストがかかりすぎた。帝国の政務官を目指す彼にとって、目の前の少女はまさしく、帝国の絶対性を穿つ、ひとつの反証であった。

 

「よくわかんないけど、私が元々住んでた村は森を出たとこにあったから、今のお家もすごい奥の方にあると思う」

 

「北部高原の奥にそんな村があるんだ……」

 

 地図でしか位置を把握していない、行ったこともない土地が、自分にはあまりにも多すぎる。彼は自信を恥じた。

 

「うん。牛さんとか豚さんとかを育ててたの。遠くからお肉とか牛乳買いに来る人が居たから、もしかしたらここにも私の村のが()()()のかも」

 

「そ、そっか。ねね、エヴァリスタさんと出会う前の話を聞かせてちょうだいよ」

 

「ちょっと、姉さん……」彼は姉が話を促すのに眉を顰めてつつそう言った。

 

「うん、いいよ。お父さんとお母さんも牛さんを飼ってたの。村にもそういう人が多くて、私は知らなかったんだけど、エヴァリスタがそれはとっても珍しいって言ってた」

 

「エヴァリスタさんが?」魔物が()()()と知っていることに、彼女はやはり引っかかった。

 

「うん。間違ってる?」

 

「いや、確かに珍しいよ」

 

「そっか。あと、魔物が襲ってくるのは、よくあったの」

 

 エリザベトはそれを聞いて、少し苛立った。他所を壁で囲っておけば、他のところに流れてくる。そのように考えれば、その村に魔物が多いのは帝国の所為とさえ言えると彼女は思ったが、口外しなかった。

 

「私の村には剣を使う強い人が居たから、その人が魔物を退治してて」

 

「剣を使う人? 剣士の事ね。彼らもその村に住んでるの?」どこからか派遣されているのだろうかと、そう考えて彼女は尋ねた。

 

「え? 村で育った人だよ。いっつも遊んでくれたお姉さんが居てね、すっごい強かったの」

 

「あの日も、私たちを守って……」

 

 村一番の剣士が目の前で戦うのを、ネーエは見ていることしかできなかった。一太刀も加えられず苦しむ彼女を見下ろす魔物と、何もできず見る事しかできない私と。一体何が違うのだろうか。ネーエはそう思った。

 

「ごめんなさい」ネーエの考え事をするような表情を見て、彼女は好奇心で彼女を傷つけてしまったことを後悔する。トラウマでないはずがないのだ。「この話はやっぱり……無理しないで」

 

「大丈夫。お姉さんにも、パパにもママにも守られてばかりで。だから私ね、誰かの力になれるように、魔法の勉強をしてるんだ」ネーエは自罰の混じった気分に浮かされた頭で、思い付いた事をペラペラと話した。

 

「ネーエさん……」

 

「立派な思想だね。陰ながら応援させてもらうよ」黙っていたフリードリヒも途端に笑顔になって言った。負けじと彼女も「私も応援する」と続けた。

 

「ありがとう、二人とも」さっきまでは微塵も考えていなかった事を豪語して、褒められたものだから、少し気まずかった。しかし、()()()()()()()()()()()か。一方で、前々から無意識でそう考えていたのかもしれないと、ネーエは妙な一貫性に心地良さも覚えた。

 

「さっきはごめんなさいね、その、色々。貴族でいる間は、私にも出来ることはあると思うから、楽しみにしててね」歳の割に大人びた顔で、悪戯っぽくウインクする彼女の姿が、ネーエにはとても艶やかに映った。

 

 それから程なくしてランチがあって、普段は儀礼めいた食卓が、実は偽装された、仮初のものだと判ったのもあって、ネーエには楽しく感じられた。食事中、さっきまでとは打って変わって取り澄ました表情で、料理を口に運ぶ二人。彼らに目配せすると、秘密を共有し合ってる間柄よろしく、控えめな笑みが返ってくる。ネーエも同じように微笑んだ。エヴァリスタが居なくても、楽しくやっていける予感がした。

 

 昼食後、また今度話そうと約束をして、三人はそれぞれの部屋に戻った。ネーエは新しく出来た友達に何を話そうか想像を膨らませながら、ロビーの広い階段を一人で上る。二人は用事があるらしく、出掛けに行ってしまった。

 

 上から、ちょうど階段を降りようと、男の子が廊下を歩いているのが目に映る。エヴァリスタの食事を溢した使用人だ。階段に差し掛かったところで、ようやく彼の方もネーエに気が付く。表情が苛立ちを示すように曇りのが彼女にもわかった。

 

 何かしたっけ、と首を傾げながら階段を登る。彼も階段を降りるので、視線を合わさないように、顔を伏せて歩いた。すれ違い様に、舌を打つ音が聞こえた。怖くなって、さらに深く顔を伏せて数段登る。気になって、階下を見た。

 

「おいブス! ここの家の奴と仲良くなったからって良い気になんなよ!」

 

 少年が待ち構えていたように怒鳴る。ネーエは部屋まで逃げようと、慌てて階段を駆け上がる。背後から、汚らしい笑い声が聞こえてきた。

 

 *

 夕飯を前に、ようやくエヴァリスタが帰ってきた。昼過ぎには帰ってくるんじゃなかったのかと思ったが、今のネーエには大して気にならなかった。

 

「ただいま。ごめんな、予定より遅れて」慌ただくしく部屋に入って来るなり、エヴァリスタはそう告げる。道中、駆けてきたのか髪もボサボサだ。

 

「大丈夫、気にしないで」

 

「え? ……あ、あとさ」

 

 エヴァリスタは落ち着きなく、左手で髪をかきあげながら、ネーエの方を見ずに話す。

 

「何?」

 

「明日から三日間ミリアルデのとこに一人で泊まれるか?」

 

「えっ、どうして?」ネーエは驚いたが、すぐに冷静になって尋ねる。

 

「えっと、まあ、その。予定が……」

 

「予定って?」

 

「ええと、数学の研究?」

 

「そっか、わかった。大丈夫。ミリアルデのとこ行く」

 

「うそ?! え? お、お前ネーエだよな? 今日何かあったのか?」

 

 頼んでおいて何をそんなに驚いているんだと、ネーエは思った。既に結論付けられた事について許可を求てくるのは、これまでもしばしばあったし、それがエヴァリスタの嫌なところと、ネーエも認識していた。

 

「うん。お友達ができたの。エリザベトとフリードリヒ」

 

 彼女への小さな不満には目をつぶって、ネーエは答える。今日は気分が良い。エヴァリスタの我儘を許すだけの度量が、今の自分にはあると思った。一方のエヴァリスタの方は、心内を悟られないように平静を装いつつ、ネーエから話を引き出そうとする。

 

「へえ、あいつらか……最初はあんなに文句言ってたのにか?」

 

 エヴァリスタは自身の意に反して、自然とネーエの将来に思いを馳せる。辺境ではあるものの彼らは腐っても貴族。そのコネクションは決して無駄にはならないだろう。

 

「話してみたら良い人だった」

 

「そっか。良かったな」

 

 魔法使いの数は少ない。時の政治家として活躍した者達も殆どが陰謀で失脚した。今や残っているのはレーゲンだけと言ってもいい。社会のメインストリームから追放されて後、彼らはどこに行ったのだろうか。それすらもわかる者は少ない。

 

「暴力の(カタチ)、魔物の(シルシ)、か」

 

 修辞に優れた政治家が放った一言。戦争の道具であり、魔物が使う怪しい技術。そんなものを使う人間に、権利を与えてはいけない。

 

「どうしたの?」

 

 今の帝国において、魔法使いになるという選択は、他にあり得た選択を放棄するに等しい。だから、そうならない為にも政治的に有利な立場に居る人間と関係を持つのは重要だ。

 

「いや。こっちの話。じゃあ、明日は早く起きて、ミリアルデの何処に二人で行こっか」

 

 それに、いつまでも彼女の魔法の面倒を看る訳にはいかない。一人前の魔法使いになる過程で、魔法に明るい者を師に当てがう必要が出てくるのは間違いないだろう。

 

「うん。わかった」

 

(というか、そもそも私が頼んだんだろ……バカじゃないのか)

 

「エヴァリスタ? 大丈夫?」

 

「えっ。ああ、大丈夫だよ」

 

 エヴァリスタはさっき自分が何を言ったのかも、すっかり頭から抜け落ちた状態で言った。

 

「なあ、ネーエ」

 

「何?」

 

「魔法の勉強、好きか?」

 

「うん。好きだよ」

 

「そっか、ごめんな。大した事教えられなくて」

 

「どうして謝るの?」

 

「こんな事ならもっと練習しておけば良かったって思ってさ」

 

「どういうこと?」

 

「そうしたらネーエだって、もう魔法が使えたかもしれないだろ?」

 

 そう言うエヴァリスタはどこか哀しげだ。ネーエは背後にあるテーブルに置かれた数冊の本を見た。図書館でも取り扱いの少なかった魔導書。この街に来て二日目、一緒に勉強しようと言ってエヴァリスタが借りてきた。その隣には、ネーエにも理解できるように、エヴァリスタが内容を纏めた紙が束になって置かれている。

 

「でも、これ。書いてくれたでしょ?」その束の一番上の紙を拾って、エヴァリスタに見せる。

 

「こんなの、合ってるかはわからないし、私にもわかる簡単な内容を纏めただけだよ」

 

「でも……」ネーエは気まずくなって、必死にこの状況を逃れる術を考える「あっ、そうだ! お土産は?」

 

「げっ、すっかり忘れてた」

 

「そっちの方が問題かも」

 

 わざとらしく頬を膨らませて、エヴァリスタを睨む。

 

「ええっ?! ごめんって。ほら、しょっちゅう食べてると、身体に毒だろ?」

 

 エヴァリスタは騙されたのか、随分狼狽えた様子で弁解する。その隙をネーエは見逃さない。

 

「あっ、言い訳言った! 嘘つき、買ってくるって行ったでしょ」

 

「おっと、魔物は嘘つき。忘れた訳じゃないだろうな?」

 

「それズルくない?」

 

「ちなみにさっきのも冗談! 本当はネーエの困る顔がちょっと見たかっただけ! あのまとめ作るの、めっちゃ苦労したんだからな?」

 

「ああ! 酷い、本気で心配したのに」唐突なカミングアウトのわざとらしさには気付かないふりをして、ネーエは両の手で拳を使って、自分の足を軽く叩いた。

 

「そろそろご飯だ。ネーエ、下いくぞ」

 

 エヴァリスタはすっかり笑顔になって立ち上がると、そそくさと部屋の外に向かう。

 

「あっ、逃げた!」とネーエは叫びつつ、同じように笑顔になって彼女の後を追った。

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