マイノリティ脈絡   作:サイクス・ピコ

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ヒューマノイド
北部高原


 片桐勇作の死から十年後。五年前、統一帝国は今までの外征による膨張主義的な対外強行路線から、対内的な中央集権化体制の整備へと政策的な移行を遂げた。属国化した所領に高度な自治政府を設置し、穏当、時には不穏当な仕方で首都への従属を促した。統一帝国の方針転換について、北方への領土拡張によって、北方で拡大する魔物による被害が帝国内部の問題へと変じたことが主要な理由であり、その被害の深刻さは、北方拡大では無血開城による戦争終結が珍しくもなかったという事実に端的に表されている。何はともあれ、帝国の支配領域はこれにて一旦確定されたのだ。

 

 北部高原はその殆どを帝国の支配圏内とされたが、一部の地域については、深い森の中にあり調査の必要のあること、少人数の集団がまばらに分布しており防衛に伴う歳出が割高であることから、魔物の被害件数を鑑み、帝国圏外とされた。こうした地域に住む人々は、魔物の襲撃を防ぐ術を持たず、瞬く間に滅ぼされた。つい先日も、高原の北端に位置する崖下の小さな集落が魔物によって滅ぼされたが、こうした事件は大して珍しくもなく、帝国内部にも伝わることはなかった。

 

 この崖下の集落は、開かれた平野を使った牧畜を主要な産業とし、殆ど自給自足の暮らしを営んでいたのだが、今や人気はなく、ただ牛だけが呑気に草を食んでいるばかりだ。家屋の殆どを焼失し、遺体もそのままに放置されている。腐乱し虫の餌食となった物、焼けて人間とも覚束ない物。喘ぐように仰向けのまま天に向かって手を伸ばす焼死体は、見る者がいれば、苦渋に顔を歪めざるを得まい。

 

 しかし、崖の上から見下ろして、これを一望すれば、その凄惨さについて幾分盲目になれるというものだ。両親の懸命な庇いによって、一人の少女はこの惨劇から逃げ仰た。今はどうやってか、崖の上に立って、村を見下ろしている。今年でやっと七歳になる少女が自死を選択するのに、どれだけの絶望があったのかは、どう想像しようと計り知れまい。

 

 父母とはもう逢えないこと。崖下のそれを見れば何となく察せられた。そう言えばと、あらゆることが思い出された。空腹に気付けば、いつもの母の笑顔から昨夜の泣顔まで思い出す。どうせ、空腹で死ぬ。ならばここから飛び降りてしまうのも、同じことではないか。淋しげに視線を落とし、一歩崖下へと近づく。あまりの高所に恐怖で足が竦む。後一歩のところで後退って、空を見上げた。

 

「おいガキ」と背後から女の声が呼び止めた。声のする方へ、少女がちらと目を向けると「下の村ならもう終わりだ」と女は言う。少女が身体を向けると、彼女はニヤリと口を曲げ「こっちにも村がある。どうだ?」と親指で後ろを指して言った。

 

「あなた、昨日の……」

 

 少女は虚ろな目で、彼女の頭から生える二本の角を見た。

 

「ここら一帯はお前の村みたいに一晩でなくなっちまうのが大勢ある。ちょうど、今お前が見てるこれを生やした奴に襲われてさ」

 

 目の前の女は、節目がちに自分の頭から生えているそれをコツコツと叩いて言った。

 

「だが、これを生やしてる奴が皆、そんなことをしているわけじゃない。かくいう私もこうしたことを憂えて、お前みたいな生き残りを集めて守ってるんだ」

 

「嘘。昨日村を襲ったやつも最初はそう言って、村の人を殺した」

 

 少女の目は胡乱げな眼差しに変わり、怒りの混じった口調で応えた。

 

「で、お前は死ぬのか? 拾った命をみすみす捨てて、お前の両親や村の大人はどう思う?」

 

 女が話を逸らしたのに、少女は気が付かなかった。昨日の父母がどれだけの覚悟で彼女だけを逃したのかを思い出して、それどころではなかったのだ。

 

「私のことは信用しなくて良い。村にも来なくて良い。だが、そっちには行くな。崖から離れたら、右でも左でも好きな方に行けばいい」

 

 そう言われて、少女は崖から離れるように、一歩前へ進んだ。急に背後の崖が怖くなって、離れるのにも、後ろに転んでしまわないか心配になる。彼女は自分の足を見つめながら、しばらく何事か考えた後、やがて目の前の女をまっすぐ見つめてから、また俯いて、女の足を視界に入れながら口を小さく開いた。

 

「その……村に。食べ物もなくて」とボソボソ言うのを聞き取って、女は笑顔を作って、「じゃあ、決まりだな。少し遠いから飛んでいくぞ」と言うなり、少女を抱えて宙に浮かんだ。

 

 少女は驚き目を見開いて眼下に広がる森を見る。「魔法は初めてか?」と耳元でする優しげな問いかけに、首を小さく縦に振って「綺麗」と言った。少女は顔も見えないのに、自分の返答に女が笑顔になったのを感じた。

 

「そういえば名前は?」と女が言って「私はエヴァリスタ」と名乗ったので「ネーエ」とだけ返す。そうすると、「ネーエ、これからもよろしくな」と明るい声が返ってきた。どこか嬉しくなってきた、自然と口角が上がった。親を殺した憎き仇と同じ角を持つ怪しい女とは、もはや思えなくなっていた。

 

「ねえ、何で私のとこに来たの?」

 

「偶々さ。偶々、あそこを通りかかって、そこにネーエが居た。ちょうど、この森の村々の位置を把握しておきたくて調査していたんだ」

 

「そっか。エヴァリスタ。私も魔法が使えるようになりたい」

 

「なんだ、私みたいに飛びたくなったか?」

 

 エヴァリスタの問いに「うん」と応答する。「よしわかった、じゃあ村に着いたら一緒に勉強しようか」そう言いながら、彼女は徐々に速度を落として「そろそろだ」とネーエに伝えると、高度を徐々に下げていく。

 

「あと、言い忘れてたが、村の一員になる以上、仕事はしてもらう。なに、そう大変なことじゃないから心配するな」

 

 あまりに唐突だったので、あまり深く考えず頷く。正直なところ、木々の緑が徐々に近づく光景があまりに珍しくて、それどころではなかったのだ。エヴァリスタの方は、彼女の頷きに大変満足したようだったが、彼女の顔を見れないネーエにはそれに気付く術もなかった。

 

 やがて、森の開けた場所に降り立つと、抱えられていたネーエは優しく降ろされた。降りた場所には、木造の小さな小屋が数軒建っていて、ネーエから見て右手には何やら作業をしている男が二人。親子だろうか。一人は顎に髭を生やしているが、片や未だ若々しく、亡き父を思い出す。彼らは彼女たちに気が付くと手を振った。エヴァリスタが手を振り返すと、二人はこちらに向かってゆっくり歩いてくる。

 

「エヴァリスタさん、おかえり。えっと、その子は?」

 

 若い方が最初に口を開く。軽く挨拶をすると、エヴァリスタの隣にいる少女を見下ろして、疑問を口にする。

 

「偶々、魔物の襲撃に遭った村を見つけたんだ。それより、ヨーナス。頼んでいたものは?」

 

 エヴァリスタが髭面の男を見てそう言うと、驚いた様子で慌てながら「すまん」と気まずそうに言った。忘れていたのだろう。エヴァリスタは「別に急ぎでもない」と諭すとそのまま話を続けた。

 

「シュティムトの奴は元気してたか? ルーカス、最近帝国領に行ったそうじゃないか」

 

「あ、ああ。あいつは元気してたよ。してたけど」

 

「さっき帰ってきたぞ。奥さんも連れず一人でな」

 

 ルーカスと呼ばれた青年が答えにくそうにするのを見兼ねて、ヨーナスが加わる。エヴァリスタが不機嫌そうに眉を上げ「で、今は家にいるってことか」と言うと二人は黙って頷いた。

 

「すまない、二人とも。一旦この子を連れて家に帰るから、世間話はまた今度にでも」そう言って、ネーエの手を取って広場の奥へ歩き出した。

 

「どうしたの?」とネーエが連れられながら、困惑した表情で問いかける。二人は家の並ぶ広場を抜けて、土を固めてできた、木々の合間を縫うように続く細い道を通って何処へと向かっている。

 

「あのな、これから会う大人みたいにはなっちゃダメだぞ?」

 

「悪い人なの?」

 

「いいや。そうではないんだが、まあとにかく真似しちゃダメだ」

 

 不思議そうな顔をするネーエに申し訳なく思ったのか「この先に私の家があるんだ」と切り出して、エヴァリスタは説明を始めた。

 

「さっきのとこは元々あった村でさ。私達がここに来たのは四年前。だから、あいつとはかれこれ三十年の付き合いになるのかな」

 

「ずっと一緒に居たの?」

 

「ああ。三十年も前にゃ、ただの口も聞けないガキだったんだがな」

 

「赤ちゃんの頃から?」

 

「そうだ。それで、最近ようやく家を出たんだがな」

 

 エヴァリスタの感情を呈示するよう動く。ネーエはその表情を見て、呆れを感じ取った。

 

「いつまで経ってもガキのままだ。体のでかい口の聞けるガキだ」

 

「ふーん」と適当に相槌を打って、特に感慨もなく行先をぼんやりと見つめる。すると、奥にさっきの村と似たような建物が木々の合間に見えた。

 

「あなたはその人のお母さんなの?」

 

「はは。確かにそうだな。なあネーエ」

 

 エヴァリスタは急に立ち止まるって繋いでいた手を解くと、彼女の方を向いて膝を折り、目を見つめながら頭を撫でる。

 

「私は人間よりずっと長生きなんだ。だから、ネーエにはもう寂しい思いはさせないよ。約束だ」

 

 そう言って微笑んで小指を差し出す。「ネーエも出して」と言うので、同じようにすると、「絶対だ」差し出した小指を絡めながら、エヴァリスタは破顔した。

 

 ネーエにとって、一連の所作が何を意味するのか皆目わからなかったが、すっと胸の空くような思いがして、自然と笑顔になった。彼女が笑顔になるのを認めると、絡まった小指を優しく解いて、エヴァリスタは立ち上がる。ネーエは、彼女の顔が再び遠くなったのに取り上げられたような感覚を覚えた。思えば、昨日からずっと一人だった。彼女が新しいお母さん。そう思って、エヴァリスタの腰ほどしかない身体をグッと押しつけるように、エヴァリスタの方に寄せて、彼女の足に抱きついた。

 

「どうした?」気にかけるような調子を作って、また頭を撫でると、覆い被さるようにして、ネーエのお尻の辺りに両腕を回し、軽々と持ち上げた。ネーエの背中をさすりながら「どうしたー?」と呼びかけるような口調で言う。ネーエの方は、彼女に抱えられながら、肩の辺りに顔を埋めている。エヴァリスタはそこが汚れるのも気に留めず、彼女を抱きながら、暫く森の中で立ち止まった。そこには彼女の、応答を要求しない呼びかけだけがあった。

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