怨嗟ノ嘆   作:早瀬丸

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#14 陰湿

先述の

風早高等学校での出来事から時が経ち

 

翌日…

 

俺は、今日も薄暗い森の中にいる。

 

辺りに響く音は

風で草木の揺れる音と

鳥のさえずり

 

…それだけだ。

 

奴への復讐をしたいと思っても

手がかりが一向に見つからないので

何もできない

 

 

今も あの女はきっと

友達と幸せに過ごしているんだろう

 

俺を死なせておきながら…

のうのうと…!!

 

 

そんなもどかしい思いを抱えながら

只々空を見上げていた。

 

 

しかし 次の瞬間

 

俺の耳に

いつもとは違う異常な音が入ってくる

 

 

「なんだ…?」

 

それに気がついて

咄嗟に注意深く聞き耳を立てると…

 

 

「わ 私は本当に…何も…」

 

 

その音が男性の声であることに気がついた。

 

何かに焦っているような、

怯えているような…

 

そんな調子の声だ。

 

 

俺は、すぐさまその声のする方に

向かう。

 

声のした場所のすぐ近くまで

一瞬で移動することができた

 

 

怪異となって今日で一週間が経つ

 

この体の扱いにもすっかり慣れてきた。

 

瞬間移動のやり方も だいぶ分かってきた

 

虚しさと怒りだけだった霊としての生活も

少し楽しくなってきたかもしれない。

 

 

…そう思ったのも束の間

 

俺は、衝撃の光景を目にすることとなる。

 

 

 「そんな訳無いだろう

 

 それだったら…

 先月の件はどう説明するんだ?」

 

 

先ほどの声とは別に聞こえてくる

嘲笑うような男の声

 

 

太った中年の男と

それより年下と思われる会社員が2人

一本道で面と向かって立っていた。

 

上司と部下…なのだろう。

 

 

「先月の資料の誤字の件に関しては

本当に申し訳ございませんでした…

 

…ですが、

今回は私がやったものではありません

 

…本当に」

 

 

先ほどの声の主は

若い会社員の方だった。

 

 

ミスをしてしまって叱られているのか…?

 

…俺はそう思っていた。

 

 

しかし 

 

彼の身に起こっていたことは

俺の予想より遥かに深刻なものだった

 

 

 「…信用できないなぁ」

 

 

上司と思われる男が

溜め息と共に話し始める。

 

 

 「手を抜いてるのが丸わかりなんだよ

 

 こんな有様じゃあ

 昇進させるどころか

 休みをやることもできない」

 

 

すると、若い会社員の男性は

 

そんな…!!

 

1ヶ月間休日も休まず働いたんです

 

それなのに また休みなしだなんて…」

 

明らかに動揺した様子で

上司に抗議する。

 

確かによくよく見ると、

彼の目にはクマができている…

 

あの上司

自分の部下を休まず働かせているのか?

 

しかも資料の誤字と言う

些細な失敗を理由に

更に働かせようとしている

 

 

 「いつまでも甘えた考えをしているから

 こうなるんだ

 

 休むことが許されると思ってるのかい?

 …君のような若者が

 

 私も若い頃は

 休まず働いていたんだがねぇ」

 

 

…俺が考えを巡らせている間にも、

上司は話を続けた。

 

 

人を見下すような笑みを浮かべている上司と

それに怯えてか小刻みに体を震わせる部下

 

この状況に、

俺は苛立ちを覚え始めていた。

 

無意識のうちに グッと拳を握りしめながら

俺は、2人の様子を見続ける

 

 

 「何をキョロキョロしているんだい

 

 人が話してる時は…

 

 ちゃんと相手の目を見なきゃダメだろう?

 

 態度を弁えなさい

 

 君のことなんて

 いつでもクビにできるんだからね…?」

 

 

恐怖から目をキョロキョロしている部下に

上司は不敵な笑みを向けて更に言う

 

その言葉で、部下は動けなくなった。

 

俺もまた 動かずに会話を見ていた

 

 

……………

 

 

…なぜだ……

 

 

なぜ自分の部下をそんなに苦しめたがる?

 

嫌がっているのがわからないのか?

 

 

人を追い詰めて何が楽しい?

 

自分がやっていることが陰湿で残酷な行為だと気が付かないのか?

 

 

…そうか

 

今わかった

 

この男は自らの立場を利用して

自らの私腹を肥やす愚か者だ

 

救いようのない愚か者だ

 

 

こんな奴が

 

こんな人間が

 

この世に居てはならない

 

 

強い怒り 憎しみが

俺の胸にどっと押し寄せてきた

 

 

部下と思しき男性は 自らの上司の脅しには逆らえず

 

「…す すいませんでした」

 

は落ち込み 男に頭を下げた

 

 「分かったなら良いんだよ

 

 明日から また頑張ってくれたまえ」

 

それに対して、男は何食わぬ顔で

踵を返して立ち去ろうと歩き出した

 

立ち去る男を見た部下も

同じく後ろを向き

肩を落としながら その場を後にしようとする

 

 

しかし 次の瞬間

 

 

 「ああ…ああああっ!!」

 

 

先ほどまで平然と他人に悪口を言っていた男が

突然 言葉で言い表し難い叫び声を上げ始めた

 

当然 それを聞いた部下は

咄嗟に後ろを振り返る

 

 

そこに居たのは

 

 

「え……?」

 

 

手脚が異様に長い おぞましい怪異

 

 

そう 俺だ

 

 

骨だけとなった大きく不気味な黒い手で

頭をつまむようにして

男を宙に浮かせていた

 

 

本来 現実で目にしないであろう光景に

部下は振り向いたまま硬直

 

目を大きく見開いて動揺していた

 

 

そんな彼に 俺は一言

 

 

『見るな 後ろを向け

 

後ろを向いて 耳をふさげ』

 

 

低く重い声で言った

 

 

硬直していた彼は

この言葉によって我に返り、

言われるがまま 後ろを向いた。

後ろを向き 耳を塞いだ。

 

それを確認した俺は

部下に背を向けると

 

必死になってもがく男の頭を

もう片方の手で覆うように握った

 

 

「ウゥゥゥッ アアッ アアアアアアア!!」

 

 

手から男の叫び声が聞こえる。

 

叫びながら、

俺の手から抜け出そうと

必死にもがいていた

 

 

 グシャッ

 

 

…だが奴は

必死の抵抗も虚しく

息絶えることとなった

 

俺が握る手に力を込めたことで

奴の頭は一瞬で粉々に砕けてしまった

 

 

これで男は完全に死んだ

 

即死だ

 

 

『いつまでも甘えた考えをしているから

こうなるんだ』

 

 

…だが 頭を潰した程度では

俺の怒りは収まらなかった

 

 

 ググググ…

 

 

両手で それぞれ奴の両脚と胸を握ると

勢いよく引っ張り

 

 

 グシャアッ

 

 

亡骸の上半身と下半身を断裂させた

 

 

呆気なく引き裂かれた体

 

裂け目からは勢いよく血が噴き出てくる

 

地面に流れ落ちる血は

数分もしないうちに大きな血溜りとなった

 

 

人ではなくなったそれを

偶然近くにあった茂みに隠すと

 

 

『もう 大丈夫だ』

 

 

優しい声で 

後ろを向き耳を塞ぐ会社員に声をかけた。

 

 

「………」

 

 

会社員は、俺の言葉を聞くと

すぐに俺の方を振り向いた。

 

ここまでは俺も予想していた

 

 

しかし 彼は振り向いたと同時

 

 

「き 君は……

 

まさか……!!

 

 

まるで俺のことを知っているかのような

言葉を発した

 

 

怪異に変身した今

どんな人間だろうと

俺の姿を見ることはできる

 

…だが、この姿から俺が何者かを

推測するのは困難

 

 

完全に予想外の反応だった

 

 

この男性とは初対面だ

 

直接会ったことなど一度もない

 

…なぜ俺のことを知っている?

 

 

俺が困惑していると、男性は

 

 

「八王子直人くん…だよね…?

 

つい最近亡くなったって話だったけど…」

 

 

俺の姓と名を口にした

 

これには、俺も思わず

 

『なぜ俺の名を知っている?』

 

彼に聞き返してしまった

 

 

怪異となり、

もはや人間だった頃の原型を留めていない

この姿を見て

動揺しながらも俺の正体を言い当てる

彼に感心していた

 

 

俺の問いに男性は

 

「…やっぱりそうだったのか

 

君のことは

今は違う部署に配属になった

うちの会社の先輩

 

君のお父さんから

度々聞いていたんだ」

 

動揺を鎮め、落ち着いた口調で説明する。

 

『そうか』

 

俺の父と繋がりがあったのか…

それなら俺を知っているのも納得だ。

 

「あの人は 

仕事も卒なく熟すし

人当たりも良いし…

 

僕の憧れだったんだ」

 

俺の反応から少し間を置いて

男性は話し続ける。

 

「だけど…

 

あの人、

君が亡くなってから

ずっと落ち込んでるんだ

 

仕事のペースも落ちてるし

誰かと話すことも少なくなってて…」

 

彼は、

俺や俺の父のことを心配している様子だった

 

 

この時 俺の脳裏に

在りし日の記憶が蘇る

 

 

 

ーーそれは、俺が中学生だった時のこと

 

 

会社へ行く父を玄関で

 

母と共に見送ったことがあった

 

 

「行ってらっしゃい」

 

 

玄関の扉を開けて

会社へ向かう父に

母が穏やかな表情で言っていた

 

俺がそんな母の顔を見つめていると

 

 

「お父さんはね 

 

自分のことを後回しにして

私たちのためにお金を稼いでるのよ

 

私が休みの日も

朝から晩までずっと会社にいるの」

 

 

母は父のことを話し始める

 

 

「父さん、

体調が悪い日も会社に行ってたよな…」

 

 

俺がこう呟くと

 

 

「そうね…

 

だから私も

少しでもお父さんに楽させてあげれるように

頑張ってるつもりなんだけど…」

 

 

母はどこか寂しそうな表情を浮かべる

 

 

…そんな母を見た俺は

 

 

「何かできることがあったら

俺も手伝うよ 

 

いつまでも

父さんや母さんに任せっきりじゃ駄目だから」

 

 

…こんなことを言っていた。

 

 

その言葉を聞いた母は

俺に優しく微笑みかけてくれた ーー

 

 

 

母に言った言葉

 

俺は 家族が幸せに過ごすことを ただ夢見ていた

 

…だが、その夢は叶わなかった

 

 

悔しさの余り

思わず体が震える

 

 

すると 

それを見た男性は

 

 

「こんなこと聞くべきじゃないのかもしれないけど…

 

八王子くん

 

君は…一体何があって…あんなことに…」

 

 

衝撃の問いを投げかけてきた

 

『なぜ話す必要がある?

他人に話せるような物ではない』

 

彼は先程まで性悪の上司に虐められていた

 

心は疲れ切っているはずだ

 

今この場で話して

更に心を傷つけることになってはいけない

 

俺は、問いに答えまいと

突き放すような言葉を彼に返した。

 

しかし

 

「君のお父さんには良くしてもらってたんだ

 

それに君は僕をたった今助けてくれた

 

君のお父さん そして君のために

 

出来ることがあるかもしれない」

 

男性は、諦めることなく

俺の顔を見て話し続けた

 

『…………』

 

嘘偽りのない真剣な眼差しを目の当たりにした俺は、しばらく黙り込んだ。

 

だが、彼の熱意にとうとう根負けし、

俺は再び 自らの過去を打ち明ける

 

 

『……俺は

 

虐められていたんだ

 

それがきっかけとなり

俺は死ぬことになった』

 

 

俺の言葉に対して

男性は、嫌がる素振りなど見せず

真剣な顔で頷く

 

 

『"長瀞早瀬(ながとろはやせ)"

 

俺を虐めた女の名前だ』

 

 

彼は信用できる

 

だからこそ俺は包み隠さず伝えた

 

…俺を死に追いやった女の名を。

 

 

その名前を聞いた男性は

 

「聞いたことがある

 

風早高校の1年生…

 

仕事帰り

あの子がジムで運動しているのを

何回か見たことがあるんだけど…」

 

奴のことを知っていた

 

だが それだけではない

 

「確か

その子の友達の家族がジムをやってて…

 

名前は…

 

"蒲生(がもう)"

 

…だったはず……」

 

なんと、彼は奴の友人の情報まで持っていた

 

蒲生(がもう)……』

 

耳に飛び込んできた新たな情報に、

俺は戸惑いながら呟く。

 

「オレンジに染めた長い髪の子だったよ」

 

彼は更にこう言った。

 

 

死ぬまで不幸続きだったのが、

死んでから一転して

運に恵まれるようになっていた。

 

まさか奴に関する情報が

こんなにも早くに手に入ってしまうとは…

 

 

『手間をかけさせて申し訳ない』

 

 

俺は ただ一言

彼に感謝の言葉を溢した。

 

 

「僕もあの上司に虐められていたからね

 

先月にミスをしてから

急に目をつけられるようになったんだ

 

僕に仕事を押し付け、

何か言えばクビにするぞと脅して…

 

正直散々だったよ

 

君が助けてくれなかったら

今頃どうなってたことか…」

 

 

一方の彼も、

俺に対し感謝の言葉を述べた。

 

 

「じゃあ…疲れたし帰るよ

 

助けてくれて 本当にありがとう」

 

 

目にクマをこしらえた男性は、

穏やかな表情でその場を去って行ったのだった

 

 

復讐の刻は

 

刻一刻と 確実に迫っている

 

 

そう思いながら 

俺は彼の後ろ姿を見つめていた




#14 陰湿
八王子は 他者を虐げる愚か者を目の当たりにする

#15 遭遇
その後
八王子は とある人物と遭遇する
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