怨嗟ノ嘆   作:早瀬丸

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#6 苦痛

 昨日、何があったかを思い出せない

 

覚えているのは

 

2日間一睡もしていない体にも関わらず

意識が飛ぶまで走り続けていたこと

 

意味のわからない幻聴が 

聞こえ続けていたこと

 

…それだけだ。

 

気絶はしていたものの、

それ以外に大事はなく

無事に家に帰ることができた

 

その晩は

ベッドで横になると

すぐに眠りに落ちていった……

 

 

 土曜日 朝9:00

 

 

早起きの両親の居る俺にしては

珍しく遅い目覚めだった

 

目が覚め、スマホで時間を見た俺は

このことに驚いた。

 

本当なら

朝食を済ませて

両親が仕事で家を出るのを

見送っている時間だ

 

このままだと生活リズムが崩れてしまう…

 

せめて、早く朝食をとらないと……

 

そう思ってベッドから降りて

立ちあがろうとした

 

次の瞬間

 

 グラッ……

 

いきなり、足から力が抜けて

膝から崩れ落ちてしまう

 

何が起こったのかと不思議に思っていると、

 

「…!!」

 

地面に膝をついた直後

 

今度は

猛烈な倦怠感が

俺の全身を襲った。

 

 ゴホ ゴホ ゴホ

 

更には、

咳まで出る始末…

 

 

この時、俺は思った

 

まさか…

また…風邪をひいてしまったのか?

 

 

そう

 

俺は数日前に風邪を拗らせていた

 

2日ほど寝ていたら

体調が良くなり、

また学校に通い始めたのだが…

 

一昨日とその前の日、

2日間の不眠と

昨日の無理な運動が祟り

 

再び風邪をひくことになってしまったんだ。

 

 

せっかくの休日なのに

また風邪か…

ついてないな…

 

 

俺はそう思いながら、

リビングに薬を取りに行こうと

立ち上がって歩き出した。

 

風邪薬なら、

確かまだあったはずだ…

 

自分の部屋を出て、渡り廊下を歩き始める

 

倒れないよう、一歩一歩 慎重に歩いた。

 

フラフラしていて気持ち悪いけど、

薬さえ飲めばマシになるだろ…

 

…そうして、リビングに入ろうとした

 

 

その時だった

 

 

 「ア ハ ハ ハ ハ」

 

 

突然、俺の背後から

不気味な笑い声が聞こえてきた

 

びっくりして振り返ると

 

そこには

 

長い髪をした

俺よりも背の低い少女のような

 

『なにか』が、真後ろに立っていた

 

全身が真っ黒の

影のような

不気味な姿だった

 

笑い声以外に何の音もなく

 

それは 突然現れた

 

 

どう言うわけか

俺の額は、急に汗で濡れ始める

 

体の中にこもっていた熱が

一気に抜け出たかのような寒気にも襲われた

 

 ドッ ドッ ドッ ドッ

 

胸の鼓動が速く、大きくなるのを感じた

 

…自分でも、この体に何が起こっているのか

全く検討がつかなかった。

 

少女のような この黒い影が

俺に悪さをしてるのか…?

 

それとも、単に俺が

こいつを恐れているだけなのか…?

 

今まで味わったことのない

不気味な感覚だ……

 

 

落ち着け 大丈夫だ

 

深呼吸…

 

ゆっくり息をするんだ…

 

 

だが、この時の俺は

冷静になることができた。

 

 

 スゥー……

 

 ハァー……

 

 スゥー……

 

 ハァー……

 

 

少しでも

動揺を鎮めるために、

その場で深呼吸をする

 

すると、

ちょっとずつ

寒気が和らいでいく

 

心臓の鼓動も

元の速さに戻っていった。

 

しばらく深呼吸をした後

大きく息を吐いて目を開けると

 

さっきまで見えていた黒い影は消えていた

 

「よ よかった…」

 

安心した俺は、

リビングに脚を踏み入れる。

 

閉まったままのカーテン

 

消された照明

 

鳥の鳴き声や、

木々の揺れる音だけが

 

微かに俺の耳を通り抜けていく……

 

…そういえば、今日はちょうど

両親が2人とも休日出勤だから

留守番をしないといけない日だったっけ。

 

こんなことを思い出しながら、

俺は

風邪薬を取り、

コップに水を注ぎ…

そして飲んだ。

 

食欲がなかったので、

お腹が空くまでご飯は食べないでおくことにした。

 

薬を飲み終わると、

俺はすぐに部屋に戻っていく

 

 タッタッタッタッ……

 

さっきの黒い影のこともあってか

早足で渡り廊下を歩いていった。

 

 ガチャ 

 

そして何事もなく部屋に戻ると

 

一刻も早く風邪を治したいと思い、

ベッドで眠ることにした。

 

寝付くかどうかが少し心配だったが、

この日も

ベッドで横になって目を瞑ると

すぐに眠りに落ちたのだった……

 

 

 数時間後_

 

 

夢を見ることもなく

ぐっすり眠っていた俺は

ようやく目を覚ました

 

俺にとっては

眠りに落ちてから起きるまでが

まるで一瞬の出来事のようだった。

 

目が覚めたばかりで

まだ目の焦点が合っていない

 

まだフラフラしていた。

 

再びスマートフォンを起動してみると

 

『13:30』

 

と言う数字が俺の目に入った

 

午前中 寝て過ごしたことなんて

一回もなかった俺は、

 

自分の体がいかに疲れていたかを

改めて思い知らされた。

 

家は相変わらず静まり返っている…

 

親はまだ帰ってきていないようだ。

 

ベッドから出た俺は、

 

机に座り

ぼーっとすることにした

 

風邪の症状自体は、

早くも落ち着いてきていた

 

特にやるべきことも

やりたいこともなく、

話し相手もいない今

俺にできることは

これぐらいしかなかった。

 

 

そうして、机に座ってから5分が経過した頃

 

再び異変が起こり始める

 

 

「…!!」

 

 

ぼーっとしていたはずの俺が、

突然 窓の方を振り向いた

 

カーテン越しの窓から

一瞬だけ人の形をした影が見えたんだ。

 

普段

俺の部屋の窓辺りに人が来ることは

全くない

 

そこに人影が見えることなんて

無いはずだった

 

少し驚きはしたものの

よく見ておらず

 

気のせいか…

 

…と思っただけで

取り乱すことはなかった

 

 

この時は 

大したことなんてない

と 思っていた_

 

 

そこから時は

あっという間に過ぎて行った

 

時刻は20:00

 

 ガチャ

 

「ただいまー」

 

扉の音と、聞き覚えのある声

 

帰ってきたのは、俺の母さんだった。

 

 タッタッタッ

 

声を聞いた俺は、

すぐさま自分の部屋を出て

玄関へ駆けていく

 

「母さん おかえりー」

 

と言う言葉と共に

母さんを出迎えるために。

 

出迎えにきた俺は

 

「お仕事お疲れ様」

 

休日出勤だった母さんに声をかける

 

「いいのよ ありがと」

 

それに対し、母さんは優しく返してくれた

 

すると、

靴を脱いで渡り廊下に上がるついでに

視界に入った俺の様子が気になったからか

 

母さんは俺の方を見つめて

 

「あら 顔色が悪いわね

もしかして、また風邪ひいちゃった?」

 

心配そうに言った。

 

「うん……

今朝、風邪薬は飲んだけど

まだ完全には治ってなくて…

ごめん…」

 

俺は、こう答えて謝った。

 

「いいのよ

私も最近あんまり家にいなかったからねぇ…」

 

俺の言葉に母さんは

申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

「俺は風呂に入って寝るから」

 

ちょうど風呂に入る時間だったので、

俺は 風呂場へと向かって行く

 

「はーい」

 

 

 風呂場にて

 

 

まだちょっとフラフラしていた俺は

いつも以上に長い時間

ゆっくりお湯に浸かっている

 

浴槽に満たされた湯が揺れて、

心地の良い音を奏でる

 

それ以外の音は聞こえてこない

 

その日溜めた疲れを癒すことのできる

至福の時だ

 

 

こんな時間がずっと続いてほしい

 

今の俺が求めるものは

息抜きのできる時間だけだ

 

 

しかし

 

 

ここでも 俺は異変を感じ取った

 

「…!!」

 

浴槽に張られた湯

 

そこに

 

黒い影が映り込んでいた

 

それをみた俺は、動揺で声を漏らした。

 

「なんだ…?」

 

咄嗟に後ろを向くも……

 

やはり、誰もいない

 

「今朝もあったよな…同じようなことが…

幻覚か何かか…?」

 

奇妙に思った俺は 独り言をこぼす。

 

風邪をひいているのが

いけないんだろう

 

朝から晩まで

幻覚に悩まされている…

 

 

そうして

何とも言えない気持ちのまま、

俺は風呂から上がり

自分の部屋に戻っていくのだった

 

 

 夜22:00

 

 

来週の授業の用意と宿題をやっていたら

いつの間にか

こんな時間になっていた

 

父さんも遅れて帰宅

リビングでくつろいでいる。

 

さっきの奇妙な出来事のせいで

風呂上がりは何とも言えない気持ちを抱えていたが

宿題をやっているうちに

心の中のモヤモヤは

気にならないぐらいに小さくなっていった

 

 

これで、ようやく…

 

元の日常に戻ることができる

 

来週から

 

また

 

勉強を

 

部活動を

 

一生懸命 頑張るんだ…!!

 

 

きっと、不幸続きの日々も

もう終わる。

 

もう、先生に叱られない

 

クラスメイトから冷たい目で見られることもない

 

誰かに揶揄われることも…

 

きっと…

 

 

運に恵まれない中でも、

 

心も体も疲れた状況でも…

 

俺は、希望を見出しつつあった。

 

この先に待つ未来を

楽しみにしていた_

 

 

風呂に入り、体調はほぼ回復していたが

念の為

今日も早めに寝ることにした

 

 カチャッ

 

スマホに目をやることもなく

部屋の明かりを消して

ベッドで横になった

 

だが、夕方までずっと安静にしていたからだろう

 

すっかり眠気はなくなっていた

 

全く寝付かない

 

寝たくても 

色々と考え事をしてしまい

寝ることに集中ができなかった

 

それから10分で

我慢の限界がきた俺は

 

ベッドから起き上がり

座った状態で

眠くなるのを待つ

 

まだ倦怠感は抜けてないので

壁を背もたれにして座っていた

 

 

ここから

未だかつてない『恐怖』が

俺を襲うなんて知る由もなく

 

 

ベッドから起き上がって数分が経った頃だ

 

 

 「 ア ハ ハ ハ ハ ハ 」

 

 

突然

 

不気味な笑い声が聞こえ始める

 

甲高い声の

 

俺を小馬鹿にするような笑いだ

 

「またか…」

 

最初は、笑い声が聞こえただけで

それ以外のことは何もなかった

 

大したことなんてないと思っていた

 

しかし その数分後

 

 

 「 アハ ハ 

 ア ハ ハハ ハ ハ

 ハ ハ ハ ハ  ア ハ ハ 」

 

 

今度は

さっき以上に長く

 

そして不気味な笑い声が

 

俺の耳に突き刺さる

 

途中、耳を塞いでも

頭の中に鳴り響くような感覚で意味がない

 

自然に鳴り止むのを待つしかなかった

 

 

い 一体…

 

何が…起こってるんだ…?

 

 

2度目の笑い声には、

流石に動揺してしまった。

 

スマホから鳴ってるのかもしれない…

 

不気味に思った俺は、

すぐさまスマホの電源を切って

再度 様子を見る。

 

 

だが

 

 

 「 ハ ハ ハハ ハ ハ

 ハハ ハ ハ ハハハ ハハ

 ハハハハハ ハハハ 」

 

 

スマホの電源を切った直後

 

あの笑い声が

 

俺の頭の中で

けたたましく鳴り響く

 

「…!!」

 

怖くなってきた俺は

頭を押さえ

 

笑い声が止むのを必死に

祈った

 

出そうになる声を抑えて

うずくまっていた

 

 

 「 ハはハハ ハハ ハ は

 

 は ハハ ハ ハ ハ ハはハハ

 

 ハ ハハハハ ハハ ハハハ」

 

 

その後も

恐ろしい笑い声は聞こえ続けた

 

時間が経つ度

 

それは

 

更に大きく

 

不気味に

 

絶え間なく 

 

俺の精神を蝕んでいった

 

 

部屋が真っ暗なのがいけないのか

 

 

そう思った俺は

 

 

スゥーー……

 

ハァーー……

 

 

慌てて部屋の明かりを点けると、

 

俺はゆっくり深呼吸をした。

 

 

落ち着け…大丈夫だ…

 

平常心

 

平常心…!!

 

 

必死に心を落ち着かせようと努力した。

 

 

 「 ハハ ハは ハ は ハハハハ 」

 

 

頭の中で鳴り止まない笑い声を

必死で止めようとした。

 

 

しかし…

 

 

辺りを見回していた時

 

俺は見てしまう

 

 

ちょうど俺の真後ろ

 

そこに

 

今朝も見た

 

あの 少女のような黒い影が

 

音もなく立っていた

 

 

だが 今朝とは少し違うところがあった

 

黒い影の顔を見ると…

 

そこには

 

雑に塗られたような

 

不気味な 赤い目と口が付いていた

 

 

その顔は

 

まるで貼り付けたような

 

おぞましい笑みを浮かべていた

 

笑みだけを浮かべていた

 

 

きっと ただの幻覚なんだろう

 

笑い声だって 幻聴に違いない

 

だが 俺にとって それは

 

とても…

 

ものすごく…

 

…恐ろしいものだったんだ

 

 

黒い影が俺の目に入った瞬間

 

 

 ドッ ドッ ドッ ドッドッドッ

 

 

心臓の音が

次第に速くなっていく

 

倦怠感に襲われて

体から力が抜けていく

 

息が荒くなっていく

 

 

全て、無意識に起こったことだった

 

どうすることもできない。

 

もう 恐怖心に押しつぶされていた

 

 

しかし それだけでは終わらなかった

 

 

 スゥッ…

 

 

「…?!」

 

 

俺は 思わず声を漏らしてしまう

 

 

黒い影

 

それが突然

 

俺に向かって歩き始めたのだから。

 

 

「な なな 何するんだ…!!」

 

 

いきなり動く黒い影

 

俺は腰を抜かしてしまう。

 

絞り出すような 弱く かすれた声で

 

それに問いかける

 

 

しかし

 

 

 「 ハ は ハHaハハ 

 

 h ¿ハァ ハ は ハハハハ ハは

 

 ハ ハ ハハは!ハ ハハ アハハハ!!!

 

 ハ.ハハハ ハハ ハハh ハ ハハ!!

 

 

俺がいくら抵抗したところで

 

 

「や……

 

や……」

 

 

もう 『それ』には通じない

 

 

「やめ……」

 

 

絶望に打ちのめされた俺を

容赦なく追撃してくる

 

 

「やめ………て……く」

 

 

俺に安息の場所なんて なかったんだ

 

もう 侵略されていたんだ

 

 

「やめて……くれ……」

 

 

あの時の幻聴

 

最初はただの異変だと思っていた

 

 

「や…やめてくれ……」

 

 

だが もう限界だ

 

 

「お願い……」

 

 

なんとかして

 

この

 

苦痛 を

 

 

「お願い………だから………!!」

 

 

苦痛を

 

終 わ ら せ

 

 

 バタッ

 

 

少しずつ近づいてきた黒い影

 

それが俺の目の前まで迫った時

 

俺の意識は

 

もう なかった_

 




#6 苦痛
八王子にとっての苦しみは
ここからが本番だった

#7 行動
苦しみから解放されるため
彼の体は 意識とは無関係に動き始めていた
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